六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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Meligor
【1】
「そ……そうですよリズレッタ? もうちょっと喜んだらいいじゃないですか? ずぅっと探してたんでしょ……? ほ、ほら……リロルちゃんとクロさんのおかげなんですよね?」
「どちらかと言うと拾った、が正しいですわね。ここで。」
「ひ、拾った……?」
「貴女の所に居る事は“知っていました”し、良い時期なので逢わせてしまおうかと。都合よく使ったようで御免なさいね?」
「う、ううん! 謝る事なんて無いですよ! その……やっと出会えて、わたしはよかったって……」
誰も何も言葉を発しない、そんな雰囲気に耐えられなくなったのは矢張りルクラで。
引きつったような笑みを浮かべながら、リズレッタを恐る恐る眺めて。
「え……えっと……り、リズレッタ……さん?」
思うところは同じだったのだろう、クロも続いて口を開き。
そして二人同時に息を呑んだ。
リズレッタの瞳の光は今、激情に駆られ蠢いているのを目の当たりにしたからだ。
「お、おねえ……さま?」
辛うじて搾り出され、殺風景な草原に吸い込まれたか細い声はラズレッタのものだ。
クロが静かに彼女を抱きかかえて地面へと降ろした。
「あ……」
姉を見上げる彼女の姿は、こうしてみると矢張りとても小さくて。
ようやく動き出したリズレッタは、膝を地面についてできるだけ彼女の高さに合わせなければいけなかった。
それでもまだラズレッタは彼女を見上げていなければいけなかったが。
「随分、小さくなりましたのね。ラズレッタ」
その声に揺るぎは無い。驚くほど透き通った声が辺りで見守るルクラ達の耳へ届いた。
ラズレッタはその言葉に少し機嫌を損ねたか、拗ねたようにぷいと視線を逸らして答える。
「お姉さまこそ……。なんですの、そのはしたない小娘は」
「は、はしたっ……!?」
どこ、どれ、なにが!?
そう慌てて服装を見直している姿のルクラは無視される。
「……それに、何処と無く柔らかくなられたかのような表情――堕落の色が見て取れますわ」
「……そういう貴女こそ。かつての栄光を共に手に取り謳歌していた頃の面影はあまり見えませんわ」
ラズレッタが少し姉を軽蔑しているような様子に対し、リズレッタは妹に対してなんら負の感情を抱いてはいないようだった。
責めるような刺々しいものではない、どころか、ルクラでさえ初めて聞くような優しい声。
「そうですわ」
俯き加減で前髪が掛かり、表情を隠していたラズレッタが再び姉を見上げた。
「わたくしは、もう、こんなにもみすぼらしい。背丈はこんなにも小さく、片腕はこんな玩具で、心だってわたくし、お姉さまとまた逢えたらのなら、”もっといっぱい悪い事をしにいきましょう!”って、もっともっと、誰かを傷つけて、泣かして、蹂躙の限りを尽くしましょうって! そう告げたかったのに」
不安とも、喧嘩腰とも取れる表情。
目の前に居るこの大きな姉に、彼女は愛憎入り混じった複雑な感情を抱いているのは間違いなかった。
「……何も、何も出てきませんの」
がっくりと肩を落とす。
さながら大切な物を取り上げられてしまった子供のようなそれ。
「恥じているのね。かつての自分と大きく違う、今の自分を。わたくしにそう、云えないのは、そういうことなのかしら」
そんな姿を見て、リズレッタは哂った。
しかしそれはラズレッタだけに向けられたものではないらしい。
「でも、ラズレッタ? わたくしもそうなのよ」
自虐的な笑みを浮かべ、リズレッタは自分の胸に手を当てた。
「今こうして貴女を目の前にして、わたくしは……貴女に何を言えばいいのか、判らない。わたくしも貴女と同じ。……自分を恥じていますの。貴女の大好きなお姉様は、もう此処には居ない。自分から居なくなってしまった」
「お姉さま…………」
そっとルクラを見る。
彼女の右腕のバングルを認めると、軽く鼻で哂って視線を戻した。
「……わたくしを、愛してくれるお姉さまも、此処にはいなくなってしまいましたの?」
そう言ってラズレッタはクロの姿を探し視線を泳がせた。
心配ないよと言い聞かせるかのように、クロは彼女の肩に手を乗せて微笑んでいる。
それを掴んで、小刻みに震える。
恐怖に震えているのだ。
自身の知る姉は最早何処にもいないのかと、この前の前に居る姉は違う“モノ”なのかと、怯えている。
「いいえ」
そんな感情を拭い去ってやるようにリズレッタは答える。
「そんなことは有り得ない。わたくしの可愛い妹を嫌いになるだなんて……どうしてそんなことができますの? 大好きよ、愛しているわ、ラズレッタ。けれど――」
静かに目を閉じる。
「今のわたくしは……貴女を愛する資格などあるのかしら。それが、わからない。わかりませんの。
きっと貴女は今日この場でわたくしを見て、少なからずとも抱いた感情があったはずですわ。
そしてその感情は、わたくしは否定することができない。……ねぇ、ラズレッタ。わたくしの可愛い妹は――」
目を開ければ変わらぬ不安げな妹の姿。
それに向かってリズレッタは手をゆっくりと差し出して――。
「今のわたくしを、愛してくれる?」
問うた。
「お姉さまは何時だってそう……」
ラズレッタは半ばクロの手にしがみつきながら、答える。
「わたくしの思っている事を、既に思っていて
わたくしの考えている事を、先に考えていて
わたくしのしてもらいたい事を、何時だってしてくれて……」
失望はしましたわ、わたくし以外のものが隣に居る事に。
それがわたくしの代わりだったとしても、今は違うのでしょう?
だから、わたくしは一人取り残される事を、考えもしましたわ。
今こうして、堕落の極みにある、お姉さまの元から去ることも考えましたわ」
表情が歪み、涙が溢れているが誰の目にも明らかだった。
「でも、でもでも、わたくしにはお姉さまだけで、それで、従者はできましたけど
お姉さま、お姉さまお姉さま! 愛してくれるかなど、問わないで下さいませ!
愛しております、未来永劫、お姉さまをお慕い申し上げております!」
ぶんぶんと頭を振って、煩わしい暖かな雫を弾き飛ばしたようだが、その効果はあまりなかったようで。
「だから、お姉さまは、わたくしを愛してくださいませぇっ!」
最後まで言い切ったそれをきっかけに、ラズレッタは泣き崩れた。
「……ありがとう」
妹の言葉を聞いている間、リズレッタの胸はちくちくと痛みっぱなしだった。
妹と二人で居たときには決して味わうことのなかった感情によってだ。
それは悲しみや、後悔の類の痛みではない。
喜びだった。
泣き崩れる妹の姿を見ても、あくまでリズレッタは涼しい顔で答えた。
きっとそれは姉としてのプライドだったに違いない。
妹と同じように、嬉しさに身を焦がして涙を流すことだけは、留めたのである。
【2】
「で、では……その……再会を祝して……乾杯ー」
「乾杯です!」
「乾杯」
「あ、うん、乾杯」
掲げたグラスは皆違って。
リロルと別れ、残った四人でやってきた妖精の宿。
辛い事でも楽しい事でも、此処は全てを受け入れてくれる。
「……ラズレッタ。貴女、本当に大丈夫ですの?」
「え。大丈夫ですよ、お姉さま。これでも私結構飲めたんだから」
「その飲めていた場面を見たことがないのだけれど……」
人形サイズには大きすぎるビールジョッキを抱えて、中身を飲み干そうと掛かる妹の姿に、リズレッタは軽くため息をつき、小さく零した。
「お姉さま、これ不味いの。よければ手伝って欲しいな……」
「……か、構いませんけれど……」
上目遣いにお願いする妹の姿に釘付けで、口の中で弾ける意味不明なミートボールに口内を蹂躙されているルクラの事など目に付かない。
「はぁい、お姉さま。あーん、して」
自分のように、偉ぶった口調はもう妹からは綺麗さっぱり消えている。
「(双魔は今度こそ本当に……消えましたのね)」
もとより自分が妹に仕込んだ物で、もうこれからは必要ない物だろう。
自然な姿の妹を見るのが酷く久しぶりで、柄にもなく感傷に浸りそうになる。
「お姉さま?」
「……? あぁ、ごめんなさい。少しぼんやりしていましたわ」
「お姉さまったらぼんやりさんなんだから。はい、あーん」
「えぇ……あーん」
これでいい。
全てが終わった。
「……不味いですわね……」
そしてこれからまた、始まるのだ。
不味いといいつつ、リズレッタの表情はこれまでにないほど幸せそうだった。
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