六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
一つの大きな忘れ物
【1】
宿『流れ星』の庭は、主人である老婆が開放したことで、多くの冒険者が立ち寄る憩いの場となり、『くつろぎの庭』と呼ばれていた。
お客様のために老婆は最高のお茶とお菓子を用意して御持て成し。
時には、小さいながらもパーティを開いてその腕を振るい、参加者の腹を満足させた事だってあった。
いつも老婆は笑っていた。
傍らに二人の少女に、一人の小さな人形のような少女、そして片耳だけの猫の耳を持った少年に囲まれて、幸せそうにいつも笑っていた。
そんな庭は今、老婆以外に誰の姿も無かった。
彼女は一人テーブルについて、そしてお茶の用意をしている。
カップは二つ。自分の席とその向かい側、最高級の茶だ。
老婆の秘蔵の茶葉を使ったそれは、今までのどんなお茶よりも濃厚で、魅力的な匂いを立ち昇らせている。
老婆は、待ち人が来るまで顔を僅かに傾けて、じっと辺りの音を聞くことを楽しんでいた。
「待っていました」
そう言って顔を上げた先には、一人の女性が居た。
音も無く現れたその女性は、老婆に促されるままに席につく。
「今度こそ、時間が来てしまったようです」
一口だけお茶を飲んで、その味に心底幸せそうに笑う。
「あの子も帰っていった……。残された時間が僅かだと、私も悟りました」
それは女性も同じようだった。
「とても楽しい時間だった。それもみんな、あの子達のお陰……」
淡々と老婆は語る。
その笑顔は、一点の曇りも無く。
「ただ」
空を仰いだ。
「一つだけ、心残りがあるんです」
太陽の光が眩しくて、眼を細めた。
「あの子は私を忘れてしまった。それも仕方の無い事です。私はこの島に居た人間だから。忘れ去られてしまうのが当たり前。……けれど」
もう一度老婆は女性を見た。
「我侭かもしれないけれど、あの子の記憶だけには残りたいんです。私と言う存在を。……この、おばあさんの存在をまた思い出して、そして覚えて置いて欲しいんです。……貴女にそれを、お願いしてもいいかしら……?」
女性は静かに頷く。
老婆はそれにほっとした表情を見せて、もう一度お茶を飲んだ。
「……ありがとう。安心したわ」
そして老婆は庭を見渡す。
「もっと貴女と話して居たいけれど、時間が無いようです」
女性はゆっくりと席を立つ。
彼女は帰るのだ、元の場所へ。
女性の後姿を老婆は、座ったままじっと眺めて見送る。
「……さようなら。貴女の歩む道に、神の御加護がありますよう――」
老婆の声は、静かに風に乗って、消えた。
【2】
「おねえちゃん?」
突然良く知った声が耳元で大きく響いて、思わずびくりとしてしまった。
「おはよー。珍しいね、居眠りなんて」
「……寝て、ましたか」
春の陽気に誘われて、ついついまどろんでしまったらしい。
時間にすれば大したこと無いのだろうが、従姉妹であるこの子からすれば、さっき言ったとおりに珍しい光景に違いなかった。
「ま、ボクもお昼寝しよっかなーって思ってたんだけどね! こんなに気持ちのいい天気なんだもん!」
空の太陽のように明るい笑顔を浮かべて、彼女は膝枕をねだる。
頷けば嬉しそうに、ころんと横になって眼を閉じた。
「………………」
まどろんでいる間に、何か夢を、見たような。
もう一度眼を閉じて、思い出そうとしてみる。
「クォラァァァーッ!!!」
「げっ。先輩だっ!?」
「ミーティアサマの膝枕とか羨ましいコト……! 今すぐドケ!」
「やーだよ。……べぇーだ!」
「ンナッ!? ……いい度胸じゃないデスか」
「ちゃんとおねえちゃんにお願いして、膝枕してもらってるんだもん。ボクは悪くないよ~だ」
「ホーォ。実力行使も止む無し、ですネ……」
「……負けないよ」
……どうやらそういう時間は、無くなってしまった様だ。
いつも彼女達は仲が悪い。
喧嘩するほど、と言うけれど……従姉妹としても、友人としても、もう少し二人とも互いに歩み寄って、仲良くなって欲しいと思う。
「二人ともそう喧嘩腰にならずに……。 カルリもして欲しいなら、私は別に構いませんよ」
「ホントデスかっ!?」
「でもボクが最初にお願いしたんだからボクが先だからね~」
「却下!」
「なんでさ!?」
「……ラティベル。先になるか後になるかの些細な違いなんですから。ここは二人とも公平にじゃんけんで決めてください」
「えー……しょーがないなぁ」
どっちが勝つだろう。
そんな事をぼんやり考えて。
「……! っ……! ……!」
「っ! ……! ……! ……ッ!」
相子ばかり出して一向に勝負がつかない、ただのじゃんけんに物凄い白熱している様子の二人に、思わず笑ってしまう。
……今日も、いい天気だ。
~FIN
PR
この記事にコメントする
カレンダー
10 | 2024/11 | 12 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | |||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
最新CM
最新TB
プロフィール
HN:
鐘の音
性別:
非公開
自己紹介:
SD
-Eno.850セサリカ=ゴトランド(終了)
-Eno.37シルヴェリア・ミューアレネンス
偽島
-Eno.455ルクラ=フィアーレ→リズレッタ・メリゴール(終了)
六命
-Eno.1506レミス&ミーティア
-Eno.850セサリカ=ゴトランド(終了)
-Eno.37シルヴェリア・ミューアレネンス
偽島
-Eno.455ルクラ=フィアーレ→リズレッタ・メリゴール(終了)
六命
-Eno.1506レミス&ミーティア
ブログ内検索
カウンター
リンク
酪農戦隊
酪農兵器
功夫集団
アクセス解析