六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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誰も立ち入ることは出来ぬ
【1】
老婆は椅子に腰掛けて静かなままを保っている。
その呼吸すら限りなく無音に近づけるかのように、ただただ静か。
視線はどうやら定まっていないようだった。
彼女の見る光景は日の光に満ちた世界。
開け放たれた窓。
そよ風にはためく紺色のカーテン。
そしてベッドの中で眠る、一人の少女。
他の誰でもない、その少女はルクラ=フィアーレ。
彼女は眠っていた。
呼吸一つせず、死んだように眠っていた。
「……お嬢さん……」
悲しみに満ちた声色は、涙を流す一歩手前でどうにか耐えている事を物語っている。
こうして声を掛けるのも最早何度目か、老婆は覚えてなどいない。
何度声を掛けても、ルクラは身じろぎ一つすること無かった。
いまや老婆の目にもはっきりと見える白い竜の翼に、布団から僅かにはみ出しだらりと垂れ下がっている尻尾も、ピクリと動こうともしない。
「『封印』、ですわ。それも飛び切り強力な。……貴女にも勿論、わかるでしょう?」
「手に負える代物じゃありませんわ。……貴女は勿論、このわたくしでさえも、足元にも及ばない。俗な言い方をすれば『神に等しい力』とでもいうのかしら」
「この娘自身が解くしかない。けれど……」
リズレッタの言葉が頭の中で蘇り、そして変わりもしない状況が目に映り、老婆の中には『絶望』の二文字しか浮ばなかった。
横たわるルクラの頬は、少し痩せこけていた。
【2】
「ルーちゃん、大丈夫かな」
唐突にポツリと愛瑠が呟いて、他の三人は表情を固くした。
話題が尽きて、無言の状況だった中に放り込まれた新たな、今現在最も彼女らが気がかりであろう話題だったので、正確には唐突というよりは必然であり、そしてその表情の硬さもより一層増したようなものだった。
彼女達が囲むテーブルの上には更に乗せられたいくらかのクッキーに、そして人数分のカップ&ソーサーにココアが注がれている。
だが、そのどれにも、誰もが口をつけてはいない。
ここは愛瑠が部屋を取っている小さな宿。
彼女達は今後の予定を相談しあっていたのだった。
議題は専ら探索の“中断”か“続行”の二者択一で、そして答えはまだ出ていない。
簡単に答えが出るような問題ではないのだ。そしてその問題を抱えることになった原因である出来事に、誰もがまだ戸惑いを隠せていないのだから当然だった。
初めは湯気が立っていたカップも最早冷め切って、ココアの表面には膜が張っていた。
「大丈夫ですわ。心配など必要ありませんの」
沈黙を破ったのは、リズレッタだった。
「此処で止まる必要性は見出せませんわ。確かにあの娘が寝こけていることでの戦力低下は否めない、けれどそれだけで中断をする理由にはなりませんの」
「でも」
「それに――」
反論しかけた愛瑠を留めて、リズレッタは眼を閉じつつ言葉を続ける。
「あの娘のことですわ。もし此処で中断の選択肢を取った事を目覚めた後に知れば、自分の所為だと鬱陶しい事この上ないことになるのは明白。中断は長い目で見ればお互いに損だと思うのだけれど?」
「ルクラ殿は目覚めてくれるのですか、リズレッタ殿?」
「今すぐに、とはいかないでしょう。けれどいずれは。命に別状はありませんし……あの宿の主にならば全面的に任せても大丈夫だと思いますわ。……わたくしは『続行』を推しますの」
それを聞いた三人は、しかしまだ悩んでいるようだった。
あまりリズレッタにとっては、好ましくない態度であり状況だ。
もう少し強めに切り出すべきかと溜息をついたその時。
「あら。どうしたの口もつけないで」
「あ、おばさま」
不思議そうな顔でやってきたのはこの宿の主である女性だった。
自分が用意した品が全く減ってもいない事に首をかしげている。
「ちょっと、相談してて」
「だから皆難しい顔をしてたのね。……よければ相談に乗りますよ?」
愛瑠の言葉に納得したように頷き、そんな返事を返し。
「……うん。よかったらおばさまにも聞いてほしい、です」
“いいよね?”といった表情の愛瑠に他の三人も軽く頷いてみせる。
新たに椅子を一つ持ってきて、宿の女主人は彼らの輪の中に加わった。
そして愛瑠から事情を一通り聞き終え、彼女は少し考える様子を見せた後“そうね”と前置いて切り出す。
「私も彼女と同じ意見かしら。つまり『続行』」
リズレッタを見つつ。
「その子の事はあなたからもよくお話を伺っていますからね。目覚めて、探検がその間中断して居たことを知ると酷くショックを受けるんじゃないかと思うわ。あなたを迎えに来た時の数えるほどしか会ってないし、話したのも少しだけだけれど、あの子はそんな性格の気がするのよ。……みんなのほうがよくわかっているんじゃないかしら?」
リズレッタ以外は顔を見合わせて、それからゆっくりと頷いた。
此処まで一緒に旅をしてきたのだ、大方それぞれがどのような人物かはみな看破している。
そして何よりルクラは人一倍“判りやすい”人物でもあった。
目覚めて、探検をその間中断をしていたことを知れば、動揺して泣きながら謝って来る、そんな光景すら目に浮ぶ。
「とても心配なのもよくわかるわ。だってみんなの仲間、お友達ですものね。けれど、ここで立ち止まるのは彼女の言う通りお互いにとってためにならないと思うの」
愛瑠を見やる女主人。
彼女の事情を一番知っているからこそだろう、口には出さないが、“ためにならない”という言葉はどうやら主に愛瑠に向けられているようだった。
“だから”と続けて。
「ここは探検を続けて、少しでもあの子に変な負担をかけないようにする道を選ぶべきだと思うわ。勿論この道だって全く彼女に罪悪感を植え付けないわけではないけれど、探索を中断するよりはきっと少ないと思うの。少しでも彼女が戻りやすい環境を維持しておくべきだというのが私の意見ね」
「戻りやすい、環境……」
「彼女が居てこそ……誰一人欠けずにいられる事こそが一番。……そうみんなが思っているから、こんなにも難しい顔をして悩んでいるのでしょう? 苦しい探検になるかもしれない、だけど後々に良い方向に生きるのは探索の続行をすることだと思うわ。『彼女が居ないと』っていう思いを、それこそみんなが身をもって経験して、目覚めた彼女に伝えることが出来るのだから」
再び、リズレッタ以外の三人は顔を見合わせた。
ラジオから小さく流れてくる音楽だけが無言となったその場を支配する。
「……決めた」
「……そうね」
「ふむ」
何処かほっとした表情になった三人は、
「続けよう」
「続けましょう」
「続行だ」
一斉にそう口に出して、意見を完全に一つに纏め上げたのだった。
「では、決まりですわね」
その様子を横目で見ながら、リズレッタはココアに出来た表面の膜をスプーンで取り払い、そしてカップに口をつけて味わう。
「………………」
泥水のような味に顔をしかめかけたが、なんとかポーカーフェイスを装う。
急速な再生のためとはいえかなりの無茶をしたお陰で、味覚が壊れているのをすっかり忘れてしまっていたのだ。
これが元に戻るには、まだ時間が必要だった。
やや大きな音を立ててカップを戻し、その動作の間に無理矢理喉の奥にココアを流し込んでおく。
「頑張ってらっしゃい。……ぼろぼろになって帰ってこないようにね」
「うん。……何だか決まったらお腹が空いてきちゃった」
愛瑠はひょいと皿の上のクッキーに手を伸ばし、そしてかじりつく。
さくさくという音を響かせておいしそうに食べる彼女を見て、エクトとスィンも彼女に倣うように皿の上に手を伸ばした。
【3】
町外れの小高い丘の上で、リズレッタは一人で居た。
既に日は落ち空には星々が、地には街の灯が煌々と輝いている。
その光景を無感動に眺めつつ、リズレッタはじっと時間が過ぎるのを待っていた。
「………………」
今頃宿の老婆は一人寂しく食事をして居るに違いない。
だが帰ろうという気にもならなかった。
何を口に入れても腐ったような、泥水のような味しかしない今、無理に食事を取る必要も無いリズレッタは暫く断食を老婆に申し出ていたし、夕食の時間に帰る理由も無いのだ。
だから帰らない。
「……建前ですわね」
立って眺めていた風景を座り込み、膝を抱えて眺める。
宿に帰らない、“帰りたくない”理由はもっと他にあった。
言うまでもなくそれは、ベッドの中で眠っているルクラの存在にある。
「……あぁ、もう」
苛々する。
自分で自分を封じ、目覚めることの無い眠りについた彼女の姿を見ているだけで無性に腹が立って仕方が無かった。
今の彼女の存在を目にするだけで、彼女を手にかけたいほどの怒りの炎がたぎるのだ。
だから帰りたくなかった。傍に居たくなかった。
だから、あの時愛瑠たちにも強く探索の続行を推したのだ。
「本当に、なんて娘なのかしら」
懐から取り出した布の塊を解き、露にしたのは壊れてしまったルクラのバングル。
はめ込まれた宝石は無傷のままだが、本体になる銀の輪は何か強い力によって引き千切られたようになってしまっている。
手に持っただけで伝わる不快感。
破壊された状態でも十分すぎるほどの感覚に、リズレッタは再び布を巻いて懐へ仕舞った。
壊れてしまう前のこれは、一体どれほどの力でルクラの力を封じていたのか想像もつかない。
【4】
あの時、リズレッタは今まで感じたことの無い感情を覚えた。
それは”恐怖”だった。
圧倒的な力を前に、本能的に自らを弱者に位置づけてしまったのだ。
今思い返しても、身震いがする。
喰い止めようと飛び掛ることができたのがまるで奇跡のようだと思い、自分が奇跡などと言う下らない単語に頼っていることに気付いて苦笑する。
其れが結局、ルクラを確実な死に追いやる原因になったのではないかと思い、その苦笑は一瞬で消え去った。
そして再び彼女の感情を埋め尽くすのは得体の知れない怒り。
「……あぁ、もう!」
手近な雑草を力任せに引き抜いて、空に向かって投げ捨てた。
命に別状はありませんし……
彼女は愛瑠達に一つ嘘をついた。
本当はこのままいけば、ルクラは死ぬのだ。
そう遠くない未来に、確実に死ぬ。
宿の主人である老婆もそれは気付いている。
封印状態にも拘らず徐々に衰弱しているのは、封印を施した本人が“自らの死”を望んでいる証拠だった。
救う手立ては、見つからない。
何度考えてみても変わらない現実に、リズレッタは何故だか胸が痛くなった。
得体の知れないそれに顔が歪む。
だから膝を抱えて、その間に顔を埋めて、また只管に時間が通り過ぎるのを待つことにした。
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