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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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 眠り姫を尋ねて・2
 
 
【1】
“噂”というものは一度発生すれば広まるのは驚くほど早い。
知ってしまえば誰も彼もに話したくなる魅力があるし、ましてやそれが自身に関係の無い物であると腹に溜め込んでおく必要などまるで無い。
人の口から口へ、戸は立てられぬそこから伝わる噂は何時しか変性を起こして、根も葉もない尾ひれもくっついていく。
こうして広まった噂はやがて噂の張本人を知る人間にも伝わるだろう、とても捻じ曲がった形で。
しかし時としてその捻じ曲がった形が“真実”の場合も、あるのだ。
 
【2】
「そう……そんな噂になっているのね」
「えぇ、全く驚きました。こいつ……あぁ、青リスって云うんですけど、『ルクラさんが死んだ』って噂を拾ってきたもんだから……」
「いやねぇ……そんなはずが無いのだけれど」
「俺もそう思ったんですが、やっぱり心配で。……でも安心しました。あ、いえ。風邪で寝込んでるのが良かったって訳じゃないですけどね」
 
照れ隠しに笑みを零しつつ、後ろ頭をぽりぽりと掻く青年。
 
「噂というものは恐ろしいな、主人よ」
「あぁ全くだ。良い噂はともかく悪い噂の扱いにはホトホト困るね」
「噂話は面白いけれど、こういうときは困ったものです……。ねぇ、ジャックさん?」
「えぇ、そう思います。今回の一件で……本当に」
 
ファイン・ジャックとそのお供青リスは揃って首をかしげ、ばつが悪そうに頬を掻いた。
 
「ひとまず安心はしたけれど、風邪の方も心配だ。具合のほうはどうなんです?」
「まだ治まっては居ないけれど……食欲のほうは少し出てきたのよ。だから、もう回復に向かってると思います」
「うーん、そうか。……となるともうしばらくの辛抱かな。早く元気になるといいですね。やっぱり彼女には、元気な姿が一番似合ってると思います」
「えぇ、その通りですね。あの子は元気な姿が、一番……。……あぁ、ごめんなさい。お茶も用意しなくて。良かったら少し寛いで行かれませんか?」
「いいんですか? ……それじゃ、お言葉に甘えようかな」
 
老婆はジャックに笑みを向けて、少し早すぎる時間だがお茶会の用意をするべく、宿の中へ向かう。
予感もしていたしその準備もすでに早朝にしていたのだ。
噂を聞きつけやってくる人物がまだまだたくさん居ると、老婆は今までにルクラから聞かせてもらった話から推測していた。
急ぎの用意、寝かせておいたクッキーの生地を取り出し形成を始める。
十字に切れ込みを入れて四つに分けて、そのうち三つにチョコチップ、レーズン、セサミをそれぞれ入れて、薄く延ばす。
傍らでは水を張った鍋が火にかけられている。
テーブルの上ではポットとティーマット、紅茶葉の缶が独りでに動いて、いつでも茶葉をポットの中に注げるようにスタンバイ。
トレイの上にはポットと同じように独りでに動き出したカップ&ソーサーが二組きっちり整列して並んでいた。
大きい平たい皿が宙を泳ぐように進み、老婆の手元の邪魔にならないところに静かに降り立った。
型をクッキー生地に押し込んで切り取って、クッキングペーパーの引かれた四角いオーブン皿の上に並べる。
オーブン皿を三枚同時に焼ける大きなオーブンだから、この生地を全て一気に焼き上げることだってできる。
生地を切り取り、余った部分は丸めて延ばしてまた切り取って、もう型で切るには小さすぎる位になったそれは手でさっと形を作って。
オーブンのスイッチを入れる。170度で15分。
焼きあがって少し冷ます時間も入れれば、お客に出せるのは今から20分後だろう。
使い終わった器具を手早く洗う。そのついでに水を張った鍋を火にかけておく。
洗っている間にまた来客があったらしい。庭から上がる声がどうやら増えたことに気づいた。トレイの上にもう二組乗せておく。
オーブンが焼きあがったことを知らせるべく、甲高い音を一つ立てた。
焼きあがったクッキーを取り出し冷ましつつ、沸騰したお湯の入った鍋を取って、中身をポットとカップに注いで器全体を暖める。
注いだ湯を捨てて、ポットの中には6杯分の茶葉をティースプーンで流し込んだ。
また火にかけて沸騰した状態を保っていた鍋から勢い良くポットに注ぎいれてすぐに蓋をする。5分程度蒸らせば紅茶は完成。
それと同時にクッキーのほうも程よく冷めて、味の馴染んだ物になって完成だった。
 
「お待たせしました」
「いえいえ。……あ、お婆さん、お客さんですよ。俺の知り合いでもあるんですけど」
「はじめまして」
「はじめまして~」
 
庭にはジャックのほかに二人、新たな来客があった。
金属質のパーツを纏ったメイドに、紅白の装束に身を包んだ女性である。
 
「いらっしゃい。貴女は……みゆきさんですね。そちらの方はアスカさん、でよろしかったかしら……?」
「私の事をご存知なのですか?」
「まぁ~。その通りですわ~♪」
 
ぴたりと名前を言い当てられ――ジャックもそうだったのだが――舞鶴みゆき、草薙飛鳥の両名は少しだけ驚いたような表情を見せてから、ぺこりとお辞儀をして見せた。
 
【3】
 
「そうですか……」
「風邪を引いてしまったんですわね~? でも良かったですわ~、噂を聞いたときは私、びっくりしましたもの~」
「俺もですよ。だから慌てて……。でも本当良かったですよ」
「ですわね~。本当に、良かったですわ~♪」
「具合のほうも快方に向かっているようですし、安心しました」
 
焼きあがったクッキーを摘みつつ、三人は改めて安堵の様子を露にしていた。
 
「……主殿。食いすぎじゃ」
「だって慌てて来たから何も食べて無いんですもの~」
「はぁ……やれやれ」
「いいんですよ。まだまだ一杯ありますから……」
「とっても美味しいですわ~♪ それにこのお茶も、一体どんな方法でこんな美味しいものを作れるのでしょうか~?」
「紅茶と云うんですよ、このお茶は。……そんなに気に入ってくれるなんて、嬉しいわねぇ。良ければ少し葉っぱを分けましょうか?」
「あら? あらあら、いいんですの~? でしたら是非是非~♪」
「主殿、少しは遠慮というものを……」
 
一人で皿の三分の一ほどを平らげてしまった飛鳥は、更に紅茶の葉っぱをもらえるということで満面の笑みを浮かべていた。
 
「……あ、そうですわ~。何かこちらも御礼をしなければいけませんわね~」
 
そんなことを云いながらごそごそと荷物袋を漁る。
そうして出てきたのは、一本の酒瓶で。
 
「銘酒神招(かみまねき)ですわ~♪ ルクラさんはお風邪だそうですから、これで玉子酒をつくって飲ませてあげてくださいな~」
「玉子酒……。古くから伝わる飲み物ですね。鶏卵、日本酒、砂糖または蜂蜜を混ぜ合わせたアルコール飲料と記憶しています」
「えぇ、その通りですわ~。風邪にはこれが一番、ですのよ~」
「まぁ……こんなにいいお酒を……」
「いえいえ~。この……『みるくてぃ』と『くっきぃ』の御礼に、ルクラさんへのお見舞いですわ~♪」
「ありがとう。……あの子には少し刺激が強いかもしれないけれど、ちゃんと作って飲ませてあげますね。……こういうときにしかお酒には触れられないでしょうしねぇ」
「……そういえば、リズレッタ様の姿が見えないようですけれど……、あの方はこちらにはいらっしゃらないのですか?」
 
きょろきょろとみゆきは辺りを見回して、そんな疑問を老婆にぶつける。
老婆は苦笑をして見せて、答えた。
 
「探索を中断するわけには行かないと、今も遺跡の中に居るはずですよ」
「遺跡に……」
「なんだか今は大きな目的があって彼女たちも探検をしているようだから、あの子の世話は私が引き受けて、後押しもしたのですけどね……。やっぱり少し、心配みたいねぇ……」
「そうでしたか……ありがとうございます」
「そりゃあそうだ。……仲間が風邪を引いてしまってるんだから、やっぱり心配なものだね」
「一刻も早くルクラさんが元気になるように、お祈り申し上げますわ~」
「最近、お店を開いたんです。ルクラ様に『元気になったら、是非訪れて欲しい』とお伝えして頂けますか? ささやかな物ですけれど、お祝いの料理を振舞いたいです」
「ありがとう……。しっかりあの子に伝えておきますね」
 
飛鳥とみゆきの言葉に、老婆はしきりに頭を下げて感謝の言葉を述べていた。
 
「……」
「どうした、主人よ?」
 
それを見ていたジャックが無言で、立ち上がる。
彼はそのまま、ルクラが眠っているであろう、二階の窓の開いたところを真正面に見据えて。
 
「ルクラさーん!!! ……お大事にーっ!!!」
 
大きな声を上げた。
 
「……何もお見舞いの品を用意できなかったので、代わりに俺の言葉を送りました!」
 
きょとんとした表情の老婆たちに、ジャックは満足げな表情を見せつつそう言った。
彼の笑顔に、自然とみな釣られて笑みを見せた。

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