忍者ブログ
六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
[79]  [78]  [77]  [76]  [75]  [74]  [73]  [72]  [71]  [70]  [69
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 思いは一つ
 
 
【1】
遺跡から戻って、愛瑠たちと別れ。
リズレッタの足は自然と宿『流れ星』へと向いていた。
それに気づいたのは、宿が目の前に見えてからという随分遅いものだったが。
帰りたくない気持ちは消えたわけではない。どころか前より強い。
それでも今、宿が目の前に見えているこの状況で踵を返す行動には移れなかった。
やや緊張した面持ちで入り口に近づき、扉の取っ手を硬く握る。
ゆっくりと開き、ゆっくりと中に入る。
リビングにはいつものように老婆が居た。
驚いたような表情でこちらを見る彼女は少々、やつれていた。
ろくに睡眠も食事も取っていないことが直ぐに判る。
 
「貴女まで何か悪い物でも貰ったのかしら、ミセス?」
 
返事は無い。
難しい表情をして、ふいと視線を逸らしただけだ。
そんな様子にリズレッタはため息を一つ付く。
 
「……貴女まで倒れたら困りますわ。少しは自愛なさい」
 
二階で眠っている少女のように大げさに驚いたり、ましてや手を貸すことなどは無い。
言葉を投げかけるだけで終いだった。
それでも過去のリズレッタを知るものがもし此処に居れば、その言葉だけでも驚かれるに違いない。
そのまま足は二階へと続く階段へ向かう。
 
「あ……」
 
老婆の小さな声が聞こえたが、立ち止まらなかった。
 
【2】
「……君は?」
 
ルクラの眠る部屋の扉を開けて中に入るなり、そんな声を掛けられてリズレッタは少しだけ目を見開いた。
昼時の眩しい日差しが差し込み明るい室内には場違いなほどの黒い色が、部屋の中にある。
それは翼だった。
そして扉を開けた自分を見る女性の髪や肌の色はそんな黒い翼とは対照的だった。
 
「人に名を聞く前にはまず自分から名乗るべきですわ。……そうではなくて?」
 
自分にとって見知らぬ女性が、ルクラの部屋に居る。
なんだかそれが酷く気に喰わなくて、憮然とした態度を以ってそう返した。
一瞬戸惑った様子を見せた女性だが、直ぐに最初の時のように真面目な顔つきに戻り、答える。
 
「……すまない。私はレオノール=ライトニングリッジだ」
 
黒い翼を持つ女性、レオノールの名はリズレッタも聞いたことがある。
無論目の前で眠っている少女から聞かされてだ。
南瓜の涙亭とやらの店主とそのバイトのことを話すときも彼女は眼を爛々と輝かせていたものだが、思うにこのレオノールという女性のことを語っているときが一番“楽しそう”だったことをリズレッタは僅かに記憶していた。
 
「わたくしはリズレッタ。……一応その娘の友人ですわ。……それで? 誰の許可を得て此処にいるのかしら」
 
ルクラの事はひた隠しにすると老婆と取り決めた筈だった。
状況を一部知っている愛瑠やエクト、スィン達にもきつく口止めもしている。
誰にも彼女の状況を知られてはならないはずなのに、無関係のはずのレオノールが何故居るのか、リズレッタには理解できなかった。
押し黙るレオノールを見つつ、リズレッタはふと消沈しきった老婆を思い出す。
 
「……いえ。答えなくて結構ですわ。大体事情は察しましたから」
「すまない」
「謝る必要など無いでしょう? どういうつもりか知らないけれど、此処の主人は秘密を守る気を無くしただけのようだし」
「秘密……? ずっと、隠していたのか?」
「えぇ、そうですわ。広めても仕方が無いでしょう、こんなことを? 尤も、わたくしたちが広めなくても勝手に噂は立っていたようだけれど」
 
何気なく部屋を見渡して、見慣れないものが壁に掛かっているのに気が付いた。
なんとなく誰が置いていったかわかる、制服。
秘密を知っているのはレオノールだけではないようだ。
 
「……ルクラに一体、何があったのか教えてもらえないだろうか? 正直……何も判らなくて戸惑っているんだ」
「平たく言えば『封印』ですわ」
「『封印』?」
「この娘の正体はご存知かしら」
「……少しは彼女から聞いている。ドラゴニュートだとは」
 
リズレッタは懐から一つの品を取り出した。
布に包まれたそれは、ルクラが肌身離さず実につけていたバングルだ。
いまやぼろぼろに壊れてしまっているが。
 
「あの老婆が秘密を守る気がなくなったのなら、わたくしも秘密は隠さないことにしますわ」
「それは……」
「触れてみなさい」
 
布越しに掴んだそれを放り投げる。
 
「っと――!?」
 
反射的に受け取ったレオノールだが、一瞬にしてその手を離した。
まるで熱い物に触れてしまったような、そんな反応。
木の床にぶつかりバングルは鈍い音を立てた。
 
「……お分かり?」
「これは……一体?」
「この娘が本来持っている力は凄まじい物がありますわ。その品は、それを極限まで押さえるための品。……姿を偽るのなんて、おまけに過ぎない。着けているときは指先一つ分ほどの力も出せていなかったのでしょうね」
「まさか。だが、彼女は……」
「信じられないでしょうね。わたくしも最初は信じられなかった。こんな小娘にそんな力が眠っていたなんて。けれど、直ぐに理解『させられた』」
 
部屋の中を歩き、バングルを布で包んで拾い上げてから、ルクラの眠るベッドの脇に腰を下ろす。
まだあの時、暴走したルクラと対峙した事を思い出してしまうと、とても立ってなど居られないのだ。
レオノールにも、さっきまで座っていた椅子へ座るよう促した。
 
「この娘が秘めている力は、まだ自身では制御できないほど強大な力。陳腐な言い方をすれば『神にも等しい』と言うのかしら? ……故に品で制御する必要があった。誰が作ったのか知らないけれど、同じように神を封じてしまうような強さの品で」
「その封印が解けたのか? ……何故?」
「本来なら解けることなど無かったのでしょうね。……本来なら。でも、この島の『マナ』がその本来を捻じ曲げた」
 
何か思い当たる節があったのか、レオノールの目が見開かれた。
それを見やりつつ“詳しく説明する必要はなさそうですわね”と、リズレッタは呟く。
 
「この島のマナは急速な成長を約束しますわ。そしてその見返りに……『狂わせる』。全員ではないようだけれど、この島に来てその『マナ』と触れ続けたこの娘は逃れることは出来なかった。狂って増大した力を抑える術も無く、やがて限界を超えて――」
 
一旦言葉を切って、レオノールの反応を待つ。
 
「……そこまでは理解した。いや、理解しよう。だが、どうしてそこから封印に結びつくんだ? それだけに強い力を封じ込める手段は早々無いだろう?」
「いいえ。とても身近に封印を施せる人間は居ましたわ」
「……まさか」
「えぇ。この娘は『自分で自分を封印した』。自分でさえ知らない力に翻弄されて、恐ろしくなったのでしょうね」
 
“そうしてこの有様ですわ”と、リズレッタはルクラを眺めて答える。
 
「我武者羅に、訳も判らずただ『封印』と願ったそれは一応叶えられた様だけれど、お粗末ですわね。不完全もいいところ。この季節が終わるまでには間違いなく死にますわ」
「……助けることはできないのか? 何かある筈だ」
「どうにかできるとお思い?」
「そう易々と諦められる訳が無いだろう!?」
 
冷ややかに返した事が諦観の境地と見られたか、そう怒鳴られた。
無言となったお互いの間に風が吹き込んで、部屋の中の埃を僅かに舞い上げる。
古びた木々の匂いを吸い込んだそれは、互いに感情が昂っている今、静かに命を小さくし続ける少女の最期を予感させるような死臭に思えた。
レオノールが背の翼を僅かにはためかせて、その香りを無理矢理に掻き消す。
 
「……すまない。感情的になりすぎた、な」
 
必死に平静を装うレオノールの顔は、しかしそれでも時たま歪み。
 
「リズレッタ、と言ったな。私はそろそろ……帰るとしよう」
 
悔しさで埋め尽くされた口元を手で覆い隠し、背を向けて部屋の扉を開く。
 
「彼女を、頼む」
 
そう一言、搾り出すように告げて、レオノールは部屋を後にした。
 
「………………」
 
ゆっくりと腰掛けていたベッドから降りて、先ほどまでレオノールが使っていた椅子に腰掛けて、ルクラを見た。
よほど長時間の間レオノールは手を握っていたのか、青白く血色の悪い筈のルクラの手に僅かに赤みが差していた。
少し捲られた布団から覗く彼女の胸元には、光を受けて輝くファイアオパールのブローチが身に付いたままだった。
このブローチも先ほど部屋を後にしたあのレオノールから貰ったのだと以前、ルクラが興奮した様子で話してきたのを思い出す。
改めて、部屋を見渡す。掃除の手が行き届かなくなってしまった今のルクラの部屋は、あちこちに埃が溜まってしまっている。
掃除をする筈のルクラがこうなってしまっており、老婆もそんな彼女の部屋を、掃除したくても出来ないのだろう。
当然とはいえば当然の状況だが、リズレッタとしては落ち着かない。椅子から立ち上がり、叩きを持って掃除を始める。
しかし直ぐに、手を止めた。
 
「……何故、わたくしは……?」
 
浮かんだ一つの疑問に、手を止めざるを得なかったのだ。
 
「もう、いいじゃないの」
 
少なくとも、十分あの小娘に対して見返りは与えた筈だ。
言われたとおり“友人”として接して、彼女の我侭も聞き入れて、受けた恩は返した筈。
もうこの少女は死んでしまうのだ。これ以上自分が此処にいる意味が何処に在る?
 
「十分ですわ……」
 
去ってしまえばいいのだ。
もうこの場に居る意味など無い。恩を返すべき相手はもう居なくなるのだから。
また一人、死んだ妹のためにも再びあらゆる存在を侮蔑する最上位の存在へと戻れば良い。そうなる為の力も、もうじき完全に掌中に戻る。
飯事の様な真似はもう必要ない。
去ればいい。
 
「……何故……なんで」
 
何故だ。
 
「どうし……てっ……」
 
何故、泣いている。
 
【3】
 
「……そんな、馬鹿な事を……!」
「無茶は承知。賭けであることも承知の上ですわ」
「何を言っているのか判っているの、貴女は!?」
「くどい。……あの娘を助けるためにはこの方法しかない。そしてこれは貴女にしか頼めないことですわ、マダム。貴女の力が絶対に必要」
「……っ……!」
「早く返答なさい、わたくしの気が変わる前に。あの娘を助けたいのかどうか……早く答えなさい!」
 
殺戮の道だけを歩んできた氷の女帝が今、本当の意味で救済の道へと足を踏み入れた瞬間だった。

拍手[1回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
secret (管理人だけにコメントする。)
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
10 2024/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新CM
最新TB
プロフィール
HN:
鐘の音
性別:
非公開
自己紹介:
SD
-Eno.850セサリカ=ゴトランド(終了)
-Eno.37シルヴェリア・ミューアレネンス
偽島
-Eno.455ルクラ=フィアーレ→リズレッタ・メリゴール(終了)
六命
-Eno.1506レミス&ミーティア
バーコード
ブログ内検索
カウンター
リンク
酪農戦隊
酪農兵器
功夫集団
アクセス解析

Copyright © おしどり夫婦が行く。 All Rights Reserved.
Material & Template by Inori
忍者ブログ [PR]