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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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 『おかえりなさい』
 
 
【1】
「反省? それが、『反省』だと云うの」
 
握り締めた手をゆっくりと開けば、粉々になった氷の欠片が零れ落ちた。
リズレッタはじっとルクラを見つめて、静かに言葉を紡ぎ続ける。
 
「罪の意識に苛まれた挙句、こんな薄暗い、居るだけで不愉快になるような場所に引きこもっている行動をお前は反省だと……?」
 
大きく息を吐き出し、そして大きく息を吸った。
 
「ふざけるなっ! この莫迦娘っ!!!」
 
ルクラの傍に居る少女は再び身体をびくりと震わせた。
頬を紅潮させ、リズレッタはあらん限りの大声でルクラに言葉を投げつけていく。
 
「何が反省だ! ただ泣きはらしお前は逃げているだけじゃありませんの!!! 全てに背を向けて無様に逃げ出して、耳を塞いで誰の声も受け入れていないだけ!!! そんなものをよく『反省』だと偉そうに口を利けますわね! 恥を知りなさいっ!!! ……誰も嫌いたくは無い? 誰からも愛されたい? そんな科白はお前自身を省みてから口に出しなさい!!!」
 
容赦なく批難する言葉を叩きつける。
少女やルクラの言う事すべてが気に喰わない。
口から出てくる乱暴な言葉は、止まらない。
初めてリズレッタは、ルクラに対して心の底から怒りを湧き上がらせていたのだ。
 
「罪に立ち向かうことすら出来ない軟弱者! そんなゴミ以下の価値しかないお前など……誰からの寵愛も受ける資格などありませんわっ!!!」
 
リズレッタの口が閉じられれば、驚くほどの静寂が訪れる。
しかしそれも、数秒の間だけだった。
少女が敵意をむき出しにしてリズレッタを睨み付けている。
 
「あなたに……あなたになにがわかるの! いったいわたしのなにがわかるっていうのっ!!! なんにもしらないくせにっ!!!」
 
そして負けじと大声で噛み付いた。
傍にいたルクラも、目を大きく見開いてリズレッタを見やり、ゆっくりと立ち上がった。
そして怒りを露にした様子で口を開く。
 
「竜の血を引いている……たったそれだけの理由!」
 
自分の胸に掌を当てれば、彼女の瞳は黄色く輝き、白い翼と尻尾が猛り狂った様子をリズレッタに見せる。
 
「それだけで人間はわたしを差別する!!! 辛いこと、楽しいこと、なんでも共有できるような『親友』でさえ……わたしの事を知ってしまえばあっという間に裏切った!!!」
 
その目尻には雫が輝き続けている。
それでもそれを零すまいと必死に堪えているのが、リズレッタにも判った。
 
「あなたに……あなたにわかるの? ずっと嘘をつきつづけて生きる『辛さ』が! 本当の自分を見せることのできない『悲しさ』が! 自分の血を呪う『怒り』が! 人間に裏切られた『苦しさ』が!!! わかるのっ!!! 何も知らないくせに説教をするのは止めてっ!!! もうこれ以上わたしに何も……何も押し付けないでよぉっ!!!」
 
堰を切ったようにルクラの目から涙が流れ出す。
頭を振って、再び顔を両の手で覆って、その場に座り込んだ。
 
「もう悪い子のままでいい! わたしは……もう……!!!」
 
泣きじゃくるルクラを前に、リズレッタの顔は暗く重い物へと移り変わった。
 
「……そう」
 
怒りの炎は一瞬にして隠れて、無表情とも取れる冷ややかな態度へとなり。
 
「それじゃあお前は『嘘つき』で、更に『裏切り者』として死に行くというのですわね」
 
静かに紡ぎだしたはずのその言葉は、今までのどんな言葉よりも大きく響いていた。
ルクラにとってそれは予想外の言葉だったのだろう、驚愕に染まった表情を隠そうともしていない。
 
「お前はわたくしに嘘をつこうとしている。お前の本当の姿などどうでもいい、もっと他の嘘をつこうとしていますわ。このまま頑固に、知りたくも無いお前だけの事情を盾にしてここに居続けるなら嘘は成立。めでたくお前は最悪の『嘘つき』になる」
 
そんな彼女に、リズレッタは一つずつゆっくりと、子供に物を教えるかのように話し続ける。
 
「でももう一つお前は……『裏切り者』の名を背負って消えていく」
「どうして! わたしは……わたしは誰も裏切ってなんか無い!」
「いいえ、お前は大勢の人間を裏切ることになりますわ」
「ちがう! ……ちがう! わたしは誰も――!!!」
 
何度も頭を振って否定するルクラ。
 
「……何故、気づきませんの」
 
その姿がまた、リズレッタの神経を逆撫でする。
 
「……何故お前の帰りを待ちわびる沢山の連中の存在に気がつこうとしませんの!? どれだけお前のことを気にかけて、無事を祈っている連中が居るか!」
 
蔦に邪魔されるのも構わず、入り口の無い鳥篭を掴んで怒鳴り散す。
 
「判らないなら教えてやりますわ! 共に探索をする少年少女達! かぼちゃの涙亭とやらの女主人に給仕に従者! 宿の庭に訪れていた人々! 黒い翼を持った女性も、随分熱心にお前を看ていましたわ! もちろん、あの宿の主である老婆だって! 他にも、沢山居るのでしょうね! わたくしが知らないだけで、お前はあちこちで沢山の人々と出会い、話していたのだから!!!」
 
誰もが皆一様に、ルクラの無事を心から願い待っている人々ばかりだった。
少なからずその様子に触れたリズレッタからすれば、その人々を蔑ろにするルクラの言動など、到底認められるものではない。
そして蔑ろにされているのはその人々だけではない。
当然、今此処にいるリズレッタも同じだった。
 
「お前は彼らの気持ちを無視して、消え行くの!? だとしたらそれは立派な裏切り! だからお前は『裏切り者』なのですわ!!!」
「……わた、し……」
 
ルクラの様子が、少しだけ変わった。
自暴自棄だった先ほどまでとは違い、明らかな未練の光が瞳に宿った。
 
「此処に留まる? ……そんなことは、このわたくしが認めない! 許さない!」
 
だが、怒りに再び支配されているリズレッタには気づくことはできない、僅かな変化だった。
 
「そんな選択をお前が取るのなら……いっそこの手で、この場でお前もその小娘も殺してやる!!!」
 
リズレッタは絡まる蔦を乱暴に振り払い、鳥篭から手を離して少し距離を置く。
次の瞬間、ルクラと少女の周りに冷気が集い。
 
「っ……!?」
 
膨大な数の氷のナイフが生み出されたのはほんの一瞬だった。
身動きをとることすら叶わない程のそれらに囲まれた二人はリズレッタの次の行動を待つしかない。
 
「どちらの道を歩むか決めなさい! 此処を出て、罪と向き合うか! 『嘘つき』で『裏切り者』としてこの場でわたくしに殺されるか!!!」
 
自身の手の内に新しく生み出した氷のナイフの切っ先をルクラに向けて、リズレッタは睨み付ける。
 
「答えなさい! ――ルクラ=フィアーレッ!!!」
「わたしは……わたしっ……はっ……!!!」
 
――鳥篭が、崩れていく。
 
【2】
情けない顔だ、そう思って、リズレッタは薄く笑った。
見るだけで苛々するはずだったのに、今はその表情が愛おしくも思える。
 
「……そう答えると思いましたわ」
 
彼女は何と言っていいか悩んでいるらしいと察して、助け舟のつもりでそう呟いた。
それをきっかけにするかのように、ルクラはリズレッタの元へと駆け出して、思い切り飛びついたのだった。
 
「リズレッタ……」
 
リズレッタはそんなルクラの身体をしっかり受け止めてやり、そして自分の足で立つように仕草だけで促す。
 
「……ごめん――」
 
そして思い切り、頬を叩いた。
 
「いったぁ……!?」
 
泣きそうだった表情から目を白黒させて、叩かれた頬を押さえて戸惑っているルクラを見て、かなり気持ちがすっきりした。
 
「決断も謝るのも遅すぎますわ、全く! 深く反省なさい!」
「ご……ごめんなさい!」
「今お前の頬を張ったのでわたくしからのお仕置きは終わりにしてあげますわ! 寛大なわたくしの心に感謝することですわね!」
 
真っ暗な空間には今、光が差していた。
自然とそちらに足が向く。
勿論ルクラの手は、リズレッタの手の中にしっかりと握り締められている。
 
「……帰りますわよ」
「……うん」
 
一歩足を踏み出す。
 
「また、おいていくんだ」
 
しかし背に掛かった幼い声に歩みを止めた。
ふてくされたような顔の少女がリズレッタ達をじっと睨んでいる。
 
「またわたしをここへおいていって。むりやりわすれて、わたしをずっとここにとじこめるんだね。……いいよ。かってにいけば」
 
少女の後には、闇が広がっている。
差し込む光すら飲み込む、深淵だった。
 
「……そうやってまた、うそをついてたちなおったふりをしていればいい! じぶんからここにもどってくるにきまってるもの! なんどだってここにわたしをとじこめていればいいんだ!!!」
 
表情を歪ませて、少女は吼える。
怨恨に満ちたそれを隠すことなく、ルクラにぶつけている。
 
「……小煩い」
「ま、待ってリズレッタ!」
 
眉をひそめたリズレッタが再びナイフを手に取ったのを、ルクラは慌てて止めた。
自分に向けられた声に、ショックを受けている様子は無いようだ。
どころか彼女は、少女の下へと近づく。
その行動が理解できなかったのか、少女は怪訝な顔で見つめていた。
 
「なによ! さっさといっちゃえ!」
 
その口ぶりも、敵意に満ちたまま。
しかしルクラは。
 
「……え」
 
優しく少女を、抱きしめていた。
 
「……行こう? 一緒に、此処を出よう?」
「何を考えてますの?」
 
少女もリズレッタも、驚きの表情でルクラを見やる。
ルクラは微笑みながら答えた。
 
「リズレッタは、言ったでしょ? 『罪と向き合え』、って。わたしの罪はもう一つある。……この子を……『昔のわたし』を此処に閉じ込めたのが、そう」
 
ルクラは少女を――もう一人のルクラを強く抱きしめ、瞳を閉じた。
彼女の存在をしっかりと感じるかのように。
 
「もう逃げない。絶対に。……ね?」
 
嗚咽を漏らし、泣き始めた少女を抱き上げて、ルクラは彼女の背中を何度も撫でていた。
 
「……世話の焼ける小娘達ですわね」
 
再び、光向かって歩き出す。
二人ではなく、『三人』で。
 
【3】
ゆっくりを目を開けて、映ったのは星空。
続いて飛び込んできたのは、今にも泣きそうな表情で自分を覗き込んでいるリーチャの顔。
あっという間に耳の周りは心地よい、喜びの喧騒で埋め尽くされても、しばらくルクラはぼんやりとしていた。
ただ、何度も何度も投げかけられるある言葉に、彼女はなんとなくそう返さなくてはならない気がして、たった一言――。

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