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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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【1】
「ほら、リズレッタ、こっちこっち!」
「別にそんなに急がなくてもいいんじゃありませんこと……?」
 
夜。
15隊をお望みどおり全力で蹴散らしたその日、ルクラは予告していた通り、リズレッタを連れ出し草原を駆けていた。
二人っきりになれる場所、として、ある程度人気がなくなるところまで走ったところ、ようやく止まる。
 
「ふぅ……!」
 
緊張か興奮か、普段では乱さないような短い距離でも、やや彼女の息は荒い。
 
「……それで? わざわざこんなところにまで連れて来たのだから、それなりの理由があってのことでしょう?」
「うん! えっとね……」
 
ルクラは息を整え。
 
「わたし……リズレッタのことも全部、思い出した! 『あの夜』の事も、思い出したの!」
 
その言葉に、リズレッタは目を見開いた。
 
寂しくないように
 
 
【2】
『……お前、莫迦?』
『なのかなぁ』
 
“莫迦な小娘”、最初はそう本気で思ったものだった。
無闇と笑顔を振りまいて、誰にだっていい顔をしてそうな、そんな存在にリズレッタは最初吐き気を思えるほどに嫌悪した。
今までの彼女からすればそんなものは無意味で、無駄。
一刻も早く自らの手で破壊したくなるほどに見苦しい、最悪な物だったといえる。
 
『……じゃあ、わたくしが何かを望めば何でもするのかしら?』
『はい! して欲しい事はなんでもしようと思ってます!』
『ふぅん……そう』
 
だから彼女は、なんでも言う事を聞くと後先考えずに言い出したルクラに、ある残酷な行いを始めた。
 
『……じゃあ、聞いてもらおうかしら』
 
思えば既にそれらの行動が、“紛らわせ”の行動だったのかもしれない。
妹を失くし、喪失感に苛まれていた自分への慰みのための行為だったのかもしれなかった。
でもそれは結局――。
 
『お前など……ラズレッタなんかじゃありませんわっ!!! わたくしの……わたくしの愛しくて可愛いラズレッタは、お前なんかよりずっと……! ずっと……!!!』
 
彼女が莫迦だったのではない、自分こそが莫迦だったのだと思い知らされた。
今思い返しても。何故そんなことをしたのか理解に苦しみ、そして恥ずかしくも思う。
ただ、その恥ずかしさは決して居心地の悪いものではなかった。
何故なら――。
 
「わたし……あの時、約束したんですね。リズレッタと」
「……えぇ、そうね」
「ずっと忘れてた……なんで、こんな大切なことだったのに忘れてたんだろう?」
 
『……泣かないで』
『うる……さいっ……だまれ……ぇ……!!!』
『代わりになれなくて……ごめんなさい』
『……!?』
 
しっかりと抱きしめてくれた温もりを忘れることなどはできなかった。
そして――。
 
『でも……約束する……! あなたが寂しくなんて無いように、わたしがする! 頼りないし、妹の代わりにもなれなかったけれど……寂しいの、わたしが全部引き受ける! 寂しいのが無くなるまでずぅっと、こうやってぎゅーっとしてあげる! だから……! だからもう泣かないで……! 泣かないでぇ……!!!』
 
自分も恐怖で、そして今になってわかるが、寂しさで一杯だったであろう筈なのにこうして掛けてくれた言葉に、救われた事を忘れたくはなかった。
 
「でももう、大丈夫! ぜーんぶ思い出しましたから! ね!」
「………………」
「……あ、あれ。……もっとその、驚かないんですかリズレッタ」
「別に。……というか、遅すぎますわ。本当に貴女はいつもいつも遅い」
「……ご、ごめんなさい」
「褒めているのよ」
「そ、そうなの!?」
 
言葉で言われなくても、ルクラがずっと忘れていたとしても、それはもうリズレッタにとっては何の意味も無い。
 
「全く……本当に莫迦ですわね」
「……褒められた……んですよね?」
「えぇ、そうよ。お莫迦さん――」
 
彼女はずっと自分を思ってくれていたのだから、今こうしてはっきり思い出しても、変わらないのだとリズレッタは今までを顧みて、笑った。
急に抱きつかれて目を白黒しているであろうルクラには、決して見えることの、見せることの無い表情だった。
 
【3】
辺りは静まり返っている中、リズレッタは一人テントの外に出て、星空を眺めていた。
仲間は皆、今頃夢の中にどっぷり浸かっている事だろう。
起きればすぐに遺跡の外へと帰る予定なのだ。誰もが緊張することもなく、珍しくスィンも熟睡している。
星空に何気なく腕を伸ばした。掌一杯に光り輝く粒を乗せる。
静かに握り締めて、眼前で開いてもその手の上には何も無い。手を伸ばしたぐらいでは届かないところにあの輝く宝石たちはいるのだ。
 
「全てが、わたくしたちの物、思うが侭……。全てが、わたくしたちに平伏し、わたくしたちが、頂点」
 
いつかはあの星空すら、そう思っていた頃が酷く懐かしい。
妹と二人、いつも一緒だった頃の自分はそうだった。
しかし妹が死に、自分も重傷を負い、そしてルクラと出会い。
その揺ぎ無い、硬い信念は彼女と接するうちに罅が入り始めていた。
見た目から強固で、崩れることのなさそうなそれは、実は妹と言う存在が居て初めてそうなるものであり、妹が居ない今はただただ虚栄の象徴でしかない。
皹など容易く入った。
しかし彼女は頑固にも、何処にも傷などついていないように振舞った。そう思い続けた。
だがそれすらも砕ける時が来た。
ルクラの力の暴走による一件で、完膚なきまでに破壊しつくされた。
正確には、自分自身で壊したのだ。
これから行う、“救う”という行為には不必要で、邪魔なものだとリズレッタ自身が手を下したのだ。
その選択が間違っていたとは今でも思わない。あのとき自分が行動しなければ、この今の時間は存在しえなかったと自信を持って云える。
こうしてまたルクラが傍にいてくれる、それがリズレッタの安らぎになっているのは、疑いようの無い事実なのだ。
だから、誇り高き信念を自ら捨て去った事については、なんら間違いだとは思っていなかった。
 
「……あの子は、許してくれないでしょうね」
 
それでも、リズレッタの胸の内には幾許かの後悔と罪悪感が残っている。
共に同じ信念を持ち、そして死んでいった妹。
今こうしてむざむざと生き永らえる姉の姿を見て、妹はきっと激怒するに違いない。
誇りも信念も捨て去り、のうのうと一人のなんでもない少女と過ごす姉を見て、殺意に駆られるに違いなかった。
 
「………………」
 
今この場に居なくとも、謝罪の言葉を。そう思っても口には出せなかった。
最早それすらも自分には許されない。
“今の自分”が妹に謝罪など、愚弄にしかならぬと悟っていた。
もう、戻れないのだ。
 
「……ラズレッタ……」
 
何度腕を伸ばしても、星空は掴めない。
 

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 全力で来いと云われたので
 
 
【1】
自分が眠ってしまっている間、パーティには一つ大きな変化が現れていた。
 
「メーちゃんメーちゃん」
「ん?」
「なぁにルゥちゃん?」
「……あ、ち、ちっちゃいほうの、メーちゃんです」
 
云うまでも無く“もう一人のめる”の存在である。
今までルクラたちがずっと探していた人物が、こうしてひょっこりパーティに居たことにはじめは吃驚したものだ。
 
「これ……塩胡椒をテーブルに運んでおいて貰えますか?」
「おっけー」
 
調味料の入った瓶を両手で抱えて、やや重たそうに宙を飛んでいく愛瑠。
そんな様子をしばし見送り、めるはフライパンの中のベーコンエッグに再び注意を向け始めた。
 
「わぁ、美味しそう」
「もうちょっとでできるからね。席に座って待っててもいいよ」
「はい!」
 
これで目的が達成されたわけではないことをルクラはすぐに二人の“める”から聞いて知った。
元の愛瑠は今は小さな体に追いやられてしまい、もう一人のめるはその愛瑠の体を借りている状態。つまり彼女自身の体はまだどこかにあるのだ。
目指す場所は地下二階か、四階か。まだまだ旅は長いものになるだろうという予感をルクラは感じる。
同時に“頑張ろう”という大きなやる気が体の中にみなぎるのも感じた。
 
「はい、おまちどおさま」
「わぁ! いっただきまーす!」
 
今日も“おこさまたんけんたい”は平和である。
今日はやや遅めの昼食を済ませて、それから西へと向かう予定になっていた。
 
【2】
ベルクレア。
その名前を聞くのは酷く久しぶりな気がルクラにはした。
一度だけ対峙したのは果たして何ヶ月前だったか。
妖美な女性が率いる三人の兵士と戦った記憶が酷く昔に位置することに気づいて、過ぎ去った時間の流れを驚いたものだ。
柄の悪そうな青年に、そんな彼に静かに付き従う美しい少女。そして配下の、以前見た兵士よりは良い武装をしている兵士三人。
今彼らが、ルクラたちの行く手を阻んでいる。
 
「我らベルクレア第15隊!魔王エリエスヴィエラの守護のもと、いざ参るッ!・・・ってかぁ?ハハッ!隊長の半分が消えてるってぇのに探索より足止め優先たぁ騎士団長様は余裕なもんだねぇ?」
「半分が消えてる……?」
 
15隊の隊長らしい青年――少女にはギルと呼ばれていた――の口からは不穏な気配が感じ取れた。
どうやらベルクレアという軍隊も、ボロボロの状態であるらしい。
 
「………………」
 
おそらくは彼らも、あの“崩壊”に巻き込まれたのではないかという予想に行き着くのにそう時間はかからない。
こうして五体満足で立っている彼らに、ルクラはやや安堵の念を感じざるをえなかった。
自分達の敵であろうとも、同じ人である。
 
「・・・・・・。・・・いきますよ。」
 
そんなルクラの視線に気づいたか、それとも、さっさと仕事を始めようとしただけか。
シズクリアスプリズムという曰く長ったらしい名前の少女――だからシズクと呼べ、と先ほどギルに進言していた――が弓を構えた。
場に緊張が走る。
そんな状況でもギルは面倒臭そうに鼻で笑って。
 
「はいはい。敵さんは全力出せよぉ?・・・でないと――」
「一瞬で終わっちまうからなぁぁッ!!」
 
ぎらつく歯をむき出しにして、吼えた。
 
「………………」
 
『それじゃ、また夜二人っきりになれる場所でね!』
 
ふいにそう、リズレッタに約束したのが思い出された。
負ければきっと、そんな余裕は生まれない。
できるだけ早く彼女に伝えたいことなのだ、だから此処では負けられない。
 
「……いいでしょう」
 
お望みどおり全力で。
ルクラの背後を浮く杖、アスピディスケにいつもより強大な力が宿り始めた。

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 忘れていた物を顧みて
 
 
【1】
「……なんですの、じっと見つめて」
「あ、いえ!」
 
ぱちりと目を開けてずっと自分を見て、なにやら変なものを見る目つきに変わりだした所で声を掛けると、ルクラは慌ててベッドから起き出して、スリッパを履いて床の上に立つと大きく伸びをした。
 
「おはよう、リズレッタ!」
「えぇ、おはよう」
 
その目つきの理由はリズレッタにはすぐわかった。
ルクラが寝ている間に見た夢の所為だ。
随分気弱に作り上げたものね、と心の中で呆れつつ、リズレッタもルクラに倣ってさっさとベッドから出る。
ルクラの力と自分の力が密接な関係を持ち出してから、リズレッタは夢を見るようになっていた。
今まで自分が見てきたような、見た後にいつも虚無感が残るようなものではなく、どこか不思議だが、起きた後には不思議と楽しい気持ちが残る夢だ。
ルクラが見ている夢が、リズレッタの意識の中にも流れ込んでくるようになっているらしい。
 
「楽しい夢でも見ていたの?」
「うん! おばあさんとリズレッタが居てね……、リズレッタがなんだかすっごくおとなしい子になってたの。で、リズレッタがお菓子を初めて作ってて……」
 
当然ルクラはそんなことを知らないので、聞けば一からじっくり話してくれる。
それでも身体は冒険の準備のために休まず動き続けていた。
パジャマを脱いで、洗い立てのローブに身を包んで、壁にかけてあった肩掛け鞄を開いて中身を取り出して確認をしている。
慣れた物で、ひょいひょいと中身を全部取り出したかと思えば、またあっさりと鞄の中へと戻していく。
 
「それでそのクッキーがものすごく酸っぱくて……! 聞いてみたら隠し味にレモン二つ分の果汁を入れたんだって」
「……そんなに入れてはいけないのね。だからあの子も……」
 
遠い昔、妹にクッキーを振舞ったとき凄まじく顔を強張らせていたのはそういう訳か、とリズレッタは初めて知った。
 
「え?」
「いえ、なんでも。……あら、早速使うつもりですのね」
「あ、これ? うん、これが無くっちゃやっぱりしっくりこないから!」
 
鞄に全ての品を入れ終えて、ルクラが再び取り出したのは銀の細工が施された小さな杖。
ついこの間ようやく手元に戻ってきた愛用の杖、“アスピディスケ”だ。
 
「貴女のことだから、手に入れたはいいけどやっぱり怖くて使えない、なんて事態に陥るかと思いましたけれど。杞憂でしたわね」
「もー。わたしそんなに臆病じゃないよ! ……そりゃあ確かに、最初手に取ったときはすごく怖かったけど……」
「今はもう問題ないと?」
「うん!」
「じゃあ聞かせてもらおうかしら? その杖に封じられていた『物』を」
「い、今?」
「いけない?」
「そうじゃないけど……なんていうか。凄く説明し辛いんですよね」
「時間ならまだたっぷりあるじゃない。お昼を過ぎてからの出発でしょう? 今から朝食を食べたとして十分すぎるほど余りますわ」
「うーん……じゃあ、ご飯の後に」
「いいでしょう」
 
そんな約束を取り付けた途端ルクラが難しい顔をしだしたのを見て、リズレッタは疑問に思った。
てっきり、矢張り怖いから色々理由をつけてはぐらかそうとしていたのかと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
その表情は先ほど彼女が口に出したとおり“説明に困っている”といった様子なのだ。
少し意地悪くしすぎたか、とリズレッタは反省しつつも、これから語られるであろう、あの杖に封じられていた“記憶”について、胸を躍らせるのだった。
まさかそれが、とんでもない光景を伴って現れる物だとは夢にも思わず。
 
【2】
思考に潜む天使と悪魔が――というには些か可愛すぎるが――食事か、探索かを議論する。
 
「そう……たしか、春によく家の花壇で」
 
天使と悪魔の戦いは、どうやら天使が勝利を収めたようだった。
徐々に徐々に、ルクラの記憶が掘り起こされ、鮮明になっていく。
 
「……そう! ハチの羽音! 間違いないです!」
 
ようやくたどり着いた結論に、ルクラは一人満足そうに頷いた。
その答えから導き出される今の状態を考えると――。
 
「この近くにハチさんがいる――」
 
再び止まる思考。
それは何故か。
 
「え……ちょ、ちょっと待って……こんな」
 
あまりに音が大きすぎたのだ。
魔物だ。ルクラはそう直感した。
このキャンプのすぐ近くに魔物が潜んでいる。
 
「……や――」
 
――もう何度も戦ったじゃないですか! わたしにだって魔物が倒せるんです! 怖がる必要なんて……無いの! さぁ、立って! 動いて!
 
恐怖によってその現状を彼女は拒絶しようとした。
だがすぐに眼を白黒させて、頭を振って、自分を叱咤する。
反射的に震える身体を、ぴしゃりと叩く。
杖を握り締め、ゆっくりと立ち上がる。
そして、一目散に外へ向けて駆け出し。
 
「っ!」
 
杖を構える。
すぐ魔術を展開できるようにして、目の前に居るであろう敵に向けて先手必勝とばかりにたたきつける算段での行動だった。
しかし。
 
「えっ……」
 
“其処”に居たのは、ルクラの想像とは違う物だった。
羽音を響かせ浮遊しているのは巨大な蜂だ。だが、その身体のあちこちが崩壊して、真っ黒な闇を覗かせている。
 
01000101010001010101010100010101010011000
 
 
0と1の数列がその闇の中を何重にも飛び回っている。
蜂“だったもの”は悶えて、ついに地面に落ち込んだ。
のた打ち回る身体はぱきぱきと音を立ててどんどん闇と数列に飲まれていく。
 
01000101010001010101010100010101010011000
 
01000100010011110100101011111101010101010
 
11001111100000010101010101000000010101011
 
 
error! error!
 
 
error! error! error!
 
 
「きゃっ!?」
 
数列が消え、別の文字が流れ出した瞬間、ぱきぱきという音が大音量となってルクラの耳を直撃した。
 
「あ……あぁ……!?」
 
辺りを見回せば、蜂だけではない。
この遺跡全てが同じように“崩壊”を始めていた。
空が、地面が、植物が、テントが、四角いタイルが剥がれ落ちるかのように崩れ、そして蜂の身体を支配していた真っ暗な闇と数列を覗かせる。
 
ERROE! ERROE! ERROE!
 
 
「これ何……!? 何なの!? 誰かっ! 誰かぁっ!?」
 
考える暇は無く、ルクラはまだ崩壊の進んでいない部分へ向かって走り出す。
振り返る余裕など無い。ただぱきぱきという音が背中越しに響くのを聞きながら、どうかそれが大きくなったり近づいてきたりしないようにと祈りながら只管に走るだけだった。
行くあては無い。出口までの道は先ほどの崩壊で絶たれたし、つまり彼女は奥へ奥へと逃げ延びていた。
 
「いや! いやぁ! 怖いぃ!」
 
逃げる最中エキュオスらしき姿は何度も見たが、そのどれもがあの巨大蜂のような有様になって、力なく崩れ落ちていっている。
他の冒険者の姿は見当たらない。皆この崩壊に巻き込まれたのだろうか。
 
「あ……う……ぁ……!?」
 
立ち止まる。道の先は崩壊が始まっていた。
何処を見ても、行ける場所は無い。
空を見上げれば真っ黒な闇、そして飛び交う文字の山。
 
ERROE! ERROE! ERROE!
 
ERROE! ERROE! ERROE!
 
ERROE! ERROE! ERROE!
 
 
もう何処にも逃げられず、ただただその場に立ち尽くすしかなかった。
崩壊は猛スピードで進み、確実にルクラまで迫ってくる。
 
「……っ……!!!」
 
声にならない悲鳴を上げた瞬間。
 
Not Found
 
 
一面にその文字が張り巡らされて、そしてそれがルクラの最後の光景になった。
 
【3】
「………………」
「……わたしの杖に封じられてた記憶は、ここまで、かな。……うーん、やっぱり説明が難しい……よくわかんなかったでしょ、リズレッタ? ……リズレッタ?」
「えっ? あ、あぁ、そうですわね。全く持って理解不能でしたわ」
「だよね……。ごめんね、もっと上手く話せたら……」
 
言葉では全く意味がわからなかったので、意識の共有を使ってと思いついたのがリズレッタにとっては災難の始まりだったのかもしれない。
ルクラの意識を通して見たそれは、言葉と同じように理解不能で、そして無闇と恐ろしかった。
老婆から聞かされるだけだった“崩壊”、無論老婆だって実際に目で見たわけではない。
ルクラが実際に体験したそれは、リズレッタの想像を遥かに上回っていた。
よくこんな記憶を取り戻して、いつもどおりの状態で居られるものだと感心する。
矢張りこれも彼女が言ったとおり、“そこまで臆病ではない”のだろう。
この光景を見てしまった以上、その言葉が謙遜に思えても来た。
 
「あ……えっと、リズレッタ?」
「……何か?」
「今日の夜……もう一個、話したいことがあるの。……いいですか?」
「別にそれは構いませんけれど……?」
「ありがとう! それじゃ、また夜二人っきりになれる場所でね! ……あ、そろそろ行きましょうか? もういい時間ですし」
 
時計を見れば、もう出発する時刻が迫っていた。
随分長い時間話を聞いていたのだと改めて思い知る。
 
「えぇ……そうですわね。行きましょうか」
「メーちゃんたちにも一応話しておかなきゃ……。心配されると困りますもんね」
 
既にルクラは、夜自分に何か話すことで頭が一杯らしい。
それが何かは探らない。野暮と言うものだ。
 
「夜までまだあるのだから、それだけじゃなくて他のことにも気を配りなさい?」
「あっ、はいっ!」
 
ただ、意識をそれだけに取られて下手をされては困るので、そう一言釘だけは刺しておいた。

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 いつもと違う一幕
 
 
【1】
 
「ど、どうかしら?」
「……これは……」
「……そうですねぇ……」
 
珍しくエプロンを身につけ菓子を振舞っているのはリズレッタ。
テーブルにどんと乗せられたクッキーは大きさも形も不ぞろいで、それらを口にしたルクラと老婆の顔は複雑なものであった。
 
「焦げてしまってますね……」
「し、しっかり火を通した弊害ですのよ!」
「なんか、酸っぱい味がする……?」
「アレンジしてみましたの!」
 
無言。
贔屓目に見ても“まずい”と二人の表情は物語っていた。
ややしばし居心地の悪い時間の経過を持って、ようやく老婆が口を開く。
 
「そうですね……初めて作ったお菓子にしては上出来だと思いますよ、お嬢さん」
「本当ですの?」
「えぇ。でも上達にはいくつか課題が残ります。……何といってもまずは、大きさを整えることですね。不ぞろいだと均一に火を通すことが難しくなって、たとえばこの大きなクッキーにしっかり火を通そうとすると、これより小さなクッキーは焦げてしまうでしょう」
 
続けてルクラが、半分だけようやく齧って飲み込んだクッキーを皿に戻してリズレッタに聞く。
 
「えっと……レモンの汁入れたんですね」
「そ、その通りですわ。……わかりますのね。隠し味だったのに」
「……どれぐらい入れた?」
「二つですわ」
「……大匙?」
「ですから二つですの」
「……全然隠れてないし、慣れないうちのアレンジは失敗の元だよ? と言うかいくらなんでも、レモン二つ分の果汁は入れすぎだと思います……」
「そ、そうですの? でも生地が多かったしこれぐらい入れなくてはと……」
「目分量とかも慣れないうちはだめ」
「う……」
 
ぴしゃりぴしゃりと指摘するルクラに、リズレッタはやや涙目を見せて。
 
「……はぁ。本当にわたくし、だめですわね……。こんなことも満足にできないなんて」
「ちょ、ちょっと。すぐ落ち込むんだから!」
「そんなに気を落さないで、お嬢さん。誰だって始めはそうなのですから」
「そうですよ! わたしだってひっどいのを最初は作り上げましたよ!」
「でも……わたくしの失敗作なんかより全然良いものでしょう……?」
「私は最初にクッキーを作ったとき、砂糖と塩を間違えましたねぇ……」
「わたしは岩みたいに硬いクッキーとオーブンをダメにしかけました!」
 
“それに比べたらまだ……”“ねー!”などと昔の失敗談を笑い話に変えつつ、老婆とルクラは笑っている。
 
「ふふ……なんですの、わたくしよりよっぽど酷かったのですわね」
「えぇ。だから言ったでしょう? 初めてにしては上出来だと……」
「確かに酸っぱくて食べ辛いけど……でもまだ食べられますもん! 練習したら美味しいお菓子が作れるようになりますよ!」
「そう……ですわね……。えぇ、わかりましたの。もっともっと、頑張らないと」
「そう! その意気です!」
「また作りましょうね、お嬢さん」
 
三人分の笑い声が響く……。

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 箱の中の竜骨座
 
 
【1】
「ただいまっ!」
 
ぱたぱたと駆け足で戻ってきたルクラとリズレッタの姿を見て、老婆は微笑んだ。
 
「おかえりなさい。……ふふ、今回の探検も、上手く行ったみたいですね?」
「はいっ! リズレッタと二人だけで頑張ったところもあって……緊張したけど、この通り! 怪我も無く帰ってきました!」
「あらあら……それは何よりですね。さぁ、中にお入り。今お茶を淹れてあげますからね」
「はい!」
 
額の汗を手で拭ってから、扉を開けて宿の中へと入っていったルクラを、老婆はリズレッタと一緒に見送る。
それから彼女のほうへ向き直った。
 
「様子は……どうかしら? おかしなことは何もありませんか?」
「えぇ。さっさと力に慣れさせようとしたのだけれど……性格ですわね。なかなか全力でやらないから困りましたわ」
「そう……。でも、大丈夫のようですね。力の使い方は、もうしばらく後に覚えても大丈夫ですよ、あの子なら……」
「早いほうがいいですもの。……まぁ、あの調子なら大丈夫ですわね。力の制御も……もう一つの厄介事も」
「厄介事……?」
「お忘れ? 貴女が箱の中に仕舞い込んだ物を」
 
老婆の部屋、棚の上から二番目にその箱は置いてある。布に包まれて。
その中にはルクラにとって大切な品が眠っている。
だがかつて開けようとして、触れる事さえ敵わなかった物だった。
箒を片付け、早くお茶の準備をしようと老婆も扉に手をかける。
 
「……そうですね。今ならあの子も……あの箱を開けられるかもしれない」
「お茶のほうは」
 
扉を開こうとした老婆を、突然少し大きな声でそう呼び止めて、リズレッタは笑う。
 
「少し後で構いませんわ」
「……?」
 
その言葉の意味を、老婆はすぐ知ることになる。
 
【2】
「本当に、いいんですね……?」
「はい! ……大丈夫、です」
 
ことりと鈍く音を立ててテーブルに置かれた“それ”を見て、ルクラは緊張した面持ちを見せた。
布に包まれた箱は、以前と変わらぬ様子でそこにあった。
触れるのを躊躇ってしまう威圧感が部屋に満ちる。
 
「……!」
 
ぶんぶんと首を横に振って、それから両の掌で頬をぱしりと叩いて。
ルクラは恐る恐る手を伸ばした。
 
「杖を取り出したいんです!」
 
テーブルについてそわそわとした様子を隠そうともしなかったルクラは、宿の中に戻ってきた老婆の姿を見るなり開口一番、そう告げた。
リズレッタの“後で構わない”という言葉の意味をこの時老婆は瞬時に理解して、そして一度だけ頷いた。
制止しようとは思わなかった。先ほどリズレッタに言ったように、自分ももう、あの箱をルクラが開けられるのだと半ば確信めいたものを持っていたから。
この状況になるのに、そう時間は必要なかった。
指先が布に触れた。
びくりと一瞬ルクラの身体が震えるが、両の指先でしっかりと布を摘み、結び目を解いていく。
程なくして箱がその姿を露にすると、より一層部屋の雰囲気は重苦しくなった。
禍々しいまでの何かが、その箱の中から湧きだしている。
ルクラは箱をじっと見つめて動こうとしない。
 
「諦める?」
「い、いいえ!」
 
小莫迦にしたようなリズレッタの声に、やや向きになってそう返事を返して、ルクラはがしりと箱の蓋を鷲掴んだ。
そうなることを狙ってわざとリズレッタも声を掛けたのだろう。
面白そうにくすくすと、ルクラには聞こえないように、見えないように笑っているのが老婆にはよくわかった。
箱が開けられる。
 
「……!」
 
全体に銀の細工が施された木製の短い杖が姿を現すと同時に、その威圧感は最高潮に達した。
銀細工が光を反射して美しく輝いているはずなのに、今この部屋に居る全員には、その光に纏わりつく真っ黒な闇がはっきりと見えている。
その黒い光が身体の傍を通るだけで背筋が凍る。
今一番近づいているルクラにはおそらくそれ以上の、“恐怖”という名の感覚が纏わりついているに違いなかった。
もうリズレッタも声は掛けない。此処から先はルクラ一人の問題だと彼女もわかっている。
沈黙が続く。
誰もが微動だにしない。
 
「……っ!」
 
ふっと息を吐き出して、ルクラが動いた。
杖を右手で取り出し、それから左手も動員してしっかりと握り締めて目を硬く閉じる。
それに応じるかのように、杖から発せられる黒い光は強くなり、ルクラの身体を這い回った。
彼女の額には再び玉のような大きな汗粒が滲んでいる。
 
「……!」
 
それでも決して離さない。
離してなるものかという表情を一瞬見せて、ルクラは更に強く杖を握り締めた。
そして――。
 
「……ふ……ぅ」
 
ルクラの表情が緩んだと同時に、黒い光は消え去った。
そして重苦しい雰囲気も嘘のように晴れ渡る。
 
「大丈夫かしら……?」
 
恐る恐る声を掛けた老婆にルクラは、ぱっと笑みを咲かせて。
 
「はいっ!」
 
大きくそう答えた。
 
「……やるじゃない」
 
その様子にリズレッタも、微笑んだ。
 
【3】
「強くなったわね。お嬢さん。……いえ、ルクラちゃん」
「えへへ……。おばあさんや、リズレッタ。それに一杯一杯……沢山の人のおかげです!」
「えぇ……そうですね。本当に、立派になって……」
 
大事そうに杖を握り締めたルクラを見やり、老婆は微笑む。
ルクラも笑みで応えて、それから手に持った杖をゆっくりと手から離した。
静かに杖は宙に浮いて、ルクラの右後方でぴたりと制止する。
 
「でも一番は……おばあさんのおかげだと、思います。おばあさんと出会ってなかったら、わたし……きっと、だめな子のままだった。リズレッタにもきっと、会えなかっただろうし……。だから!」
 
ルクラは席を立ち、老婆の傍へと駆け寄って手を取った。
 
「おばあさん! ありがとうございました!」
 
短くて、一番心の篭ったその挨拶に、老婆は目を細めた。
 
「どういたしまして……。でも、私も貴女にお礼を言わなければ」
「えっ?」
 
そしてルクラを優しく抱きしめる。
 
「毎日がとても賑やかで、寂しさなんてどこかへ行ってしまいますから。……本当に、貴方達には感謝しています。なんだか二人も孫娘ができたような……そんな毎日ですもの」
「……ねぇ、おばあさん」
「はい……?」
「よかったらその……おばあさんの昔のお話、聞いてみたい」
「私の……? そんなに楽しくは、ありませんよ……?」
「ううん。そんなことないです。……おばあさんのお話、おばあさんのこと、もっと一杯聞いて、知ってみたい」
「ふふ……わかりました。それじゃあ、貴方達が眠る前の少しの時間を使って、少しずつお話しましょうか……」
「本当!? やった! ねぇリズレッタ!」
「まぁ……構いませんけれど。わたくしも興味はありますし」
 
はしゃぐ二人を目にして、老婆はもう一度、優しい笑みを浮かべた。

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