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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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 箱の中の竜骨座
 
 
【1】
「ただいまっ!」
 
ぱたぱたと駆け足で戻ってきたルクラとリズレッタの姿を見て、老婆は微笑んだ。
 
「おかえりなさい。……ふふ、今回の探検も、上手く行ったみたいですね?」
「はいっ! リズレッタと二人だけで頑張ったところもあって……緊張したけど、この通り! 怪我も無く帰ってきました!」
「あらあら……それは何よりですね。さぁ、中にお入り。今お茶を淹れてあげますからね」
「はい!」
 
額の汗を手で拭ってから、扉を開けて宿の中へと入っていったルクラを、老婆はリズレッタと一緒に見送る。
それから彼女のほうへ向き直った。
 
「様子は……どうかしら? おかしなことは何もありませんか?」
「えぇ。さっさと力に慣れさせようとしたのだけれど……性格ですわね。なかなか全力でやらないから困りましたわ」
「そう……。でも、大丈夫のようですね。力の使い方は、もうしばらく後に覚えても大丈夫ですよ、あの子なら……」
「早いほうがいいですもの。……まぁ、あの調子なら大丈夫ですわね。力の制御も……もう一つの厄介事も」
「厄介事……?」
「お忘れ? 貴女が箱の中に仕舞い込んだ物を」
 
老婆の部屋、棚の上から二番目にその箱は置いてある。布に包まれて。
その中にはルクラにとって大切な品が眠っている。
だがかつて開けようとして、触れる事さえ敵わなかった物だった。
箒を片付け、早くお茶の準備をしようと老婆も扉に手をかける。
 
「……そうですね。今ならあの子も……あの箱を開けられるかもしれない」
「お茶のほうは」
 
扉を開こうとした老婆を、突然少し大きな声でそう呼び止めて、リズレッタは笑う。
 
「少し後で構いませんわ」
「……?」
 
その言葉の意味を、老婆はすぐ知ることになる。
 
【2】
「本当に、いいんですね……?」
「はい! ……大丈夫、です」
 
ことりと鈍く音を立ててテーブルに置かれた“それ”を見て、ルクラは緊張した面持ちを見せた。
布に包まれた箱は、以前と変わらぬ様子でそこにあった。
触れるのを躊躇ってしまう威圧感が部屋に満ちる。
 
「……!」
 
ぶんぶんと首を横に振って、それから両の掌で頬をぱしりと叩いて。
ルクラは恐る恐る手を伸ばした。
 
「杖を取り出したいんです!」
 
テーブルについてそわそわとした様子を隠そうともしなかったルクラは、宿の中に戻ってきた老婆の姿を見るなり開口一番、そう告げた。
リズレッタの“後で構わない”という言葉の意味をこの時老婆は瞬時に理解して、そして一度だけ頷いた。
制止しようとは思わなかった。先ほどリズレッタに言ったように、自分ももう、あの箱をルクラが開けられるのだと半ば確信めいたものを持っていたから。
この状況になるのに、そう時間は必要なかった。
指先が布に触れた。
びくりと一瞬ルクラの身体が震えるが、両の指先でしっかりと布を摘み、結び目を解いていく。
程なくして箱がその姿を露にすると、より一層部屋の雰囲気は重苦しくなった。
禍々しいまでの何かが、その箱の中から湧きだしている。
ルクラは箱をじっと見つめて動こうとしない。
 
「諦める?」
「い、いいえ!」
 
小莫迦にしたようなリズレッタの声に、やや向きになってそう返事を返して、ルクラはがしりと箱の蓋を鷲掴んだ。
そうなることを狙ってわざとリズレッタも声を掛けたのだろう。
面白そうにくすくすと、ルクラには聞こえないように、見えないように笑っているのが老婆にはよくわかった。
箱が開けられる。
 
「……!」
 
全体に銀の細工が施された木製の短い杖が姿を現すと同時に、その威圧感は最高潮に達した。
銀細工が光を反射して美しく輝いているはずなのに、今この部屋に居る全員には、その光に纏わりつく真っ黒な闇がはっきりと見えている。
その黒い光が身体の傍を通るだけで背筋が凍る。
今一番近づいているルクラにはおそらくそれ以上の、“恐怖”という名の感覚が纏わりついているに違いなかった。
もうリズレッタも声は掛けない。此処から先はルクラ一人の問題だと彼女もわかっている。
沈黙が続く。
誰もが微動だにしない。
 
「……っ!」
 
ふっと息を吐き出して、ルクラが動いた。
杖を右手で取り出し、それから左手も動員してしっかりと握り締めて目を硬く閉じる。
それに応じるかのように、杖から発せられる黒い光は強くなり、ルクラの身体を這い回った。
彼女の額には再び玉のような大きな汗粒が滲んでいる。
 
「……!」
 
それでも決して離さない。
離してなるものかという表情を一瞬見せて、ルクラは更に強く杖を握り締めた。
そして――。
 
「……ふ……ぅ」
 
ルクラの表情が緩んだと同時に、黒い光は消え去った。
そして重苦しい雰囲気も嘘のように晴れ渡る。
 
「大丈夫かしら……?」
 
恐る恐る声を掛けた老婆にルクラは、ぱっと笑みを咲かせて。
 
「はいっ!」
 
大きくそう答えた。
 
「……やるじゃない」
 
その様子にリズレッタも、微笑んだ。
 
【3】
「強くなったわね。お嬢さん。……いえ、ルクラちゃん」
「えへへ……。おばあさんや、リズレッタ。それに一杯一杯……沢山の人のおかげです!」
「えぇ……そうですね。本当に、立派になって……」
 
大事そうに杖を握り締めたルクラを見やり、老婆は微笑む。
ルクラも笑みで応えて、それから手に持った杖をゆっくりと手から離した。
静かに杖は宙に浮いて、ルクラの右後方でぴたりと制止する。
 
「でも一番は……おばあさんのおかげだと、思います。おばあさんと出会ってなかったら、わたし……きっと、だめな子のままだった。リズレッタにもきっと、会えなかっただろうし……。だから!」
 
ルクラは席を立ち、老婆の傍へと駆け寄って手を取った。
 
「おばあさん! ありがとうございました!」
 
短くて、一番心の篭ったその挨拶に、老婆は目を細めた。
 
「どういたしまして……。でも、私も貴女にお礼を言わなければ」
「えっ?」
 
そしてルクラを優しく抱きしめる。
 
「毎日がとても賑やかで、寂しさなんてどこかへ行ってしまいますから。……本当に、貴方達には感謝しています。なんだか二人も孫娘ができたような……そんな毎日ですもの」
「……ねぇ、おばあさん」
「はい……?」
「よかったらその……おばあさんの昔のお話、聞いてみたい」
「私の……? そんなに楽しくは、ありませんよ……?」
「ううん。そんなことないです。……おばあさんのお話、おばあさんのこと、もっと一杯聞いて、知ってみたい」
「ふふ……わかりました。それじゃあ、貴方達が眠る前の少しの時間を使って、少しずつお話しましょうか……」
「本当!? やった! ねぇリズレッタ!」
「まぁ……構いませんけれど。わたくしも興味はありますし」
 
はしゃぐ二人を目にして、老婆はもう一度、優しい笑みを浮かべた。

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