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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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 忘れていた物を顧みて
 
 
【1】
「……なんですの、じっと見つめて」
「あ、いえ!」
 
ぱちりと目を開けてずっと自分を見て、なにやら変なものを見る目つきに変わりだした所で声を掛けると、ルクラは慌ててベッドから起き出して、スリッパを履いて床の上に立つと大きく伸びをした。
 
「おはよう、リズレッタ!」
「えぇ、おはよう」
 
その目つきの理由はリズレッタにはすぐわかった。
ルクラが寝ている間に見た夢の所為だ。
随分気弱に作り上げたものね、と心の中で呆れつつ、リズレッタもルクラに倣ってさっさとベッドから出る。
ルクラの力と自分の力が密接な関係を持ち出してから、リズレッタは夢を見るようになっていた。
今まで自分が見てきたような、見た後にいつも虚無感が残るようなものではなく、どこか不思議だが、起きた後には不思議と楽しい気持ちが残る夢だ。
ルクラが見ている夢が、リズレッタの意識の中にも流れ込んでくるようになっているらしい。
 
「楽しい夢でも見ていたの?」
「うん! おばあさんとリズレッタが居てね……、リズレッタがなんだかすっごくおとなしい子になってたの。で、リズレッタがお菓子を初めて作ってて……」
 
当然ルクラはそんなことを知らないので、聞けば一からじっくり話してくれる。
それでも身体は冒険の準備のために休まず動き続けていた。
パジャマを脱いで、洗い立てのローブに身を包んで、壁にかけてあった肩掛け鞄を開いて中身を取り出して確認をしている。
慣れた物で、ひょいひょいと中身を全部取り出したかと思えば、またあっさりと鞄の中へと戻していく。
 
「それでそのクッキーがものすごく酸っぱくて……! 聞いてみたら隠し味にレモン二つ分の果汁を入れたんだって」
「……そんなに入れてはいけないのね。だからあの子も……」
 
遠い昔、妹にクッキーを振舞ったとき凄まじく顔を強張らせていたのはそういう訳か、とリズレッタは初めて知った。
 
「え?」
「いえ、なんでも。……あら、早速使うつもりですのね」
「あ、これ? うん、これが無くっちゃやっぱりしっくりこないから!」
 
鞄に全ての品を入れ終えて、ルクラが再び取り出したのは銀の細工が施された小さな杖。
ついこの間ようやく手元に戻ってきた愛用の杖、“アスピディスケ”だ。
 
「貴女のことだから、手に入れたはいいけどやっぱり怖くて使えない、なんて事態に陥るかと思いましたけれど。杞憂でしたわね」
「もー。わたしそんなに臆病じゃないよ! ……そりゃあ確かに、最初手に取ったときはすごく怖かったけど……」
「今はもう問題ないと?」
「うん!」
「じゃあ聞かせてもらおうかしら? その杖に封じられていた『物』を」
「い、今?」
「いけない?」
「そうじゃないけど……なんていうか。凄く説明し辛いんですよね」
「時間ならまだたっぷりあるじゃない。お昼を過ぎてからの出発でしょう? 今から朝食を食べたとして十分すぎるほど余りますわ」
「うーん……じゃあ、ご飯の後に」
「いいでしょう」
 
そんな約束を取り付けた途端ルクラが難しい顔をしだしたのを見て、リズレッタは疑問に思った。
てっきり、矢張り怖いから色々理由をつけてはぐらかそうとしていたのかと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
その表情は先ほど彼女が口に出したとおり“説明に困っている”といった様子なのだ。
少し意地悪くしすぎたか、とリズレッタは反省しつつも、これから語られるであろう、あの杖に封じられていた“記憶”について、胸を躍らせるのだった。
まさかそれが、とんでもない光景を伴って現れる物だとは夢にも思わず。
 
【2】
思考に潜む天使と悪魔が――というには些か可愛すぎるが――食事か、探索かを議論する。
 
「そう……たしか、春によく家の花壇で」
 
天使と悪魔の戦いは、どうやら天使が勝利を収めたようだった。
徐々に徐々に、ルクラの記憶が掘り起こされ、鮮明になっていく。
 
「……そう! ハチの羽音! 間違いないです!」
 
ようやくたどり着いた結論に、ルクラは一人満足そうに頷いた。
その答えから導き出される今の状態を考えると――。
 
「この近くにハチさんがいる――」
 
再び止まる思考。
それは何故か。
 
「え……ちょ、ちょっと待って……こんな」
 
あまりに音が大きすぎたのだ。
魔物だ。ルクラはそう直感した。
このキャンプのすぐ近くに魔物が潜んでいる。
 
「……や――」
 
――もう何度も戦ったじゃないですか! わたしにだって魔物が倒せるんです! 怖がる必要なんて……無いの! さぁ、立って! 動いて!
 
恐怖によってその現状を彼女は拒絶しようとした。
だがすぐに眼を白黒させて、頭を振って、自分を叱咤する。
反射的に震える身体を、ぴしゃりと叩く。
杖を握り締め、ゆっくりと立ち上がる。
そして、一目散に外へ向けて駆け出し。
 
「っ!」
 
杖を構える。
すぐ魔術を展開できるようにして、目の前に居るであろう敵に向けて先手必勝とばかりにたたきつける算段での行動だった。
しかし。
 
「えっ……」
 
“其処”に居たのは、ルクラの想像とは違う物だった。
羽音を響かせ浮遊しているのは巨大な蜂だ。だが、その身体のあちこちが崩壊して、真っ黒な闇を覗かせている。
 
01000101010001010101010100010101010011000
 
 
0と1の数列がその闇の中を何重にも飛び回っている。
蜂“だったもの”は悶えて、ついに地面に落ち込んだ。
のた打ち回る身体はぱきぱきと音を立ててどんどん闇と数列に飲まれていく。
 
01000101010001010101010100010101010011000
 
01000100010011110100101011111101010101010
 
11001111100000010101010101000000010101011
 
 
error! error!
 
 
error! error! error!
 
 
「きゃっ!?」
 
数列が消え、別の文字が流れ出した瞬間、ぱきぱきという音が大音量となってルクラの耳を直撃した。
 
「あ……あぁ……!?」
 
辺りを見回せば、蜂だけではない。
この遺跡全てが同じように“崩壊”を始めていた。
空が、地面が、植物が、テントが、四角いタイルが剥がれ落ちるかのように崩れ、そして蜂の身体を支配していた真っ暗な闇と数列を覗かせる。
 
ERROE! ERROE! ERROE!
 
 
「これ何……!? 何なの!? 誰かっ! 誰かぁっ!?」
 
考える暇は無く、ルクラはまだ崩壊の進んでいない部分へ向かって走り出す。
振り返る余裕など無い。ただぱきぱきという音が背中越しに響くのを聞きながら、どうかそれが大きくなったり近づいてきたりしないようにと祈りながら只管に走るだけだった。
行くあては無い。出口までの道は先ほどの崩壊で絶たれたし、つまり彼女は奥へ奥へと逃げ延びていた。
 
「いや! いやぁ! 怖いぃ!」
 
逃げる最中エキュオスらしき姿は何度も見たが、そのどれもがあの巨大蜂のような有様になって、力なく崩れ落ちていっている。
他の冒険者の姿は見当たらない。皆この崩壊に巻き込まれたのだろうか。
 
「あ……う……ぁ……!?」
 
立ち止まる。道の先は崩壊が始まっていた。
何処を見ても、行ける場所は無い。
空を見上げれば真っ黒な闇、そして飛び交う文字の山。
 
ERROE! ERROE! ERROE!
 
ERROE! ERROE! ERROE!
 
ERROE! ERROE! ERROE!
 
 
もう何処にも逃げられず、ただただその場に立ち尽くすしかなかった。
崩壊は猛スピードで進み、確実にルクラまで迫ってくる。
 
「……っ……!!!」
 
声にならない悲鳴を上げた瞬間。
 
Not Found
 
 
一面にその文字が張り巡らされて、そしてそれがルクラの最後の光景になった。
 
【3】
「………………」
「……わたしの杖に封じられてた記憶は、ここまで、かな。……うーん、やっぱり説明が難しい……よくわかんなかったでしょ、リズレッタ? ……リズレッタ?」
「えっ? あ、あぁ、そうですわね。全く持って理解不能でしたわ」
「だよね……。ごめんね、もっと上手く話せたら……」
 
言葉では全く意味がわからなかったので、意識の共有を使ってと思いついたのがリズレッタにとっては災難の始まりだったのかもしれない。
ルクラの意識を通して見たそれは、言葉と同じように理解不能で、そして無闇と恐ろしかった。
老婆から聞かされるだけだった“崩壊”、無論老婆だって実際に目で見たわけではない。
ルクラが実際に体験したそれは、リズレッタの想像を遥かに上回っていた。
よくこんな記憶を取り戻して、いつもどおりの状態で居られるものだと感心する。
矢張りこれも彼女が言ったとおり、“そこまで臆病ではない”のだろう。
この光景を見てしまった以上、その言葉が謙遜に思えても来た。
 
「あ……えっと、リズレッタ?」
「……何か?」
「今日の夜……もう一個、話したいことがあるの。……いいですか?」
「別にそれは構いませんけれど……?」
「ありがとう! それじゃ、また夜二人っきりになれる場所でね! ……あ、そろそろ行きましょうか? もういい時間ですし」
 
時計を見れば、もう出発する時刻が迫っていた。
随分長い時間話を聞いていたのだと改めて思い知る。
 
「えぇ……そうですわね。行きましょうか」
「メーちゃんたちにも一応話しておかなきゃ……。心配されると困りますもんね」
 
既にルクラは、夜自分に何か話すことで頭が一杯らしい。
それが何かは探らない。野暮と言うものだ。
 
「夜までまだあるのだから、それだけじゃなくて他のことにも気を配りなさい?」
「あっ、はいっ!」
 
ただ、意識をそれだけに取られて下手をされては困るので、そう一言釘だけは刺しておいた。

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