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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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【1】
「こ、今度は三匹っ!?」

気持ち悪い。

その緑の存在は、一言で表すならこうだった。

頭の天辺からつま先から緑色、体躯はお世辞にも逞しいとは言えず、所謂ビール腹。

しかめっ面をした中年男のような顔つきで、それは永劫変わることが無い。

先ほどまで土の下に眠っていた存在が当然衣服を見につけているわけは無く、全裸。

そう、この存在は最初からその辺を適当に歩き回っているわけではない。

土の中に潜み、獲物が近づけば一瞬にして地上に飛び出し、襲い掛かってくるのだ。

よくみれば身体のところどころから飛び出ている茶色く細長いものは根っこで、髪の毛は草であることが判る。

信じられないが、植物の一種らしい。

――た、戦いたくないなぁ……。

もっさぁもっさぁとよくわからない、そしてあまり聞きたくない音で騒ぎまくる相手なのは、前回戦ってよく判っている。

戦い自体を好まないのもあるが、特にこの相手とは戦いを避けたい思いがルクラにはあった。

怖いわけではない。

重ねて言うが気持ち悪いのである。

視界の端にスィンが顔をしかめて、それから額を押さえて頭を振っているのが見えた。

どうやら同じ気持ちらしい。

それでも戦いを放棄するわけには行かない。

「モッサァァァァァァァァァッ!!!」

雄たけびが響き渡り、戦いの火蓋は切って落とされた。

【2】
メルが斧を力任せに振り回し、エクトの補助魔術を受けたスィンが、前回の戦闘より素早い動作で確実にダメージを与え、ルクラが後ろから魔術を用いて一匹ずつ、確実に仕留める。

突っ込みすぎた所為かメルが何度か攻撃に晒されている場面もあったが、特に苦戦することも無く戦闘は終了した。

力尽き倒れた歩行雑草達はその姿をぐずぐずに崩し、頭の草だけを残して消えてしまう。

「よくやったわ。私たちの勝利ね」

細剣を鞘に戻し、エクトが満足げに頷く。

「はい、戦利品」

メルが渡してくれた草は、ルクラには見覚えがある。

それはどう見ても街の店で無料で配られていた『おいしい草』だった。

今までの過程で食料として何度と無くお世話になった、あの草である。

「……あのお店で売られてる草って……。……今まで食べてきた草って……」

知りたくなかった事実が、今目の前にある。

――ほんとに……戦いたくなかった……。

大した怪我もなく戦いには勝ったものの、心には致命傷を負ってしまったルクラであった。

【3】
「………………」

メルがおいしい草を使って作ってくれたサラダをもぐもぐと食べる。

味は、美味いの一言に尽きる。

手作りのドレッシングが単調な味をかき消しているのもあるが、何より素材自体が美味なのである。

――でもこの草、あれの頭の上の草……。

しかし心中複雑であった。

「どう? 美味しい?」

「えっ!? あっ、はい、メルちゃん! これ、すっごく美味しいです!」

「そっか。よかった。なんかフォークがあんまり進んでないから、口に合わなかったのかと思ってね」

「そっそんなことないです! 美味しいですよ!」

メルに声を掛けられ、味を問われて、美味しいと答えた以上、『あれ』の頭の上の草を使った料理だと判っていても食べきるしかない。

そもそも不味い訳ではないのだ。

――魔法陣でも見て早く忘れよう……。

そう思いながら、ルクラはサラダを口いっぱいに頬張って、よく噛み、ごくりと飲み込んだ。

人工的な素材で作られた床の上に作ったキャンプの傍に、今まで見たことも無い魔法陣が描かれている。

あの戦いの後自然の橋を渡りきり、平原から砂地に変わった地形を東に向かった先、それが今ルクラ達が居る場所だった。

『シリウス浮ぶ河』と壁に記された文字が、焚き火の炎に照らし出されている様子を眺め、それから床に描かれた文様へと視線を動かす。

「問題なく到着できたな」

「えぇ。これからもこれぐらい順調だといいのだけれど」

「次の目的地どうするー? それとも戻る?」

傍でメル達が話しているのを聞き流しながら、ルクラはこのメンバーで始めてのキャンプに少し緊張していた。

寝相が悪くないかとか、寝言言ったりしないかとか、とにかく迷惑をかけないだろうか、と些細なことでの緊張だが、彼女にとっては大問題に等しい。

「ふむ、戻るほど疲労が溜まっているわけでもないし、できたらもう一つぐらい魔法陣を覚えておきたいんだが」

「近くに無いかしら?」

「南に下った所に一個、この壁の向こうに一個あるね。どっちを覚えに行くにしても、南に行く必要があるよ」

「ふむ、決まりだな。南に行こう」

「ねえ、それでいい?」

「ふぇっ!?」

だから突然メルに話を振られたとき、咄嗟に反応できずに間の抜けた声を上げたのも仕方の無いことだった。

――ぜ、全然聞いてなかった……!

話し合いの場で自分だけ全く話しを聞いていないことに気づいて、ルクラの顔は真っ赤に染まる。

「な、なんでしょうかっ!」

「まだ街には戻らずに、南に行くの。それでいい?」

「は、はいっ! それでいいです!」

「じゃ、決まりだね。……ボーっとしてたけど、大丈夫?」

「無理はいけないわ」

「だっ大丈夫です! ちょっと別の事を考えてて……ごめんなさい!」

「ふむ、よくある事だ。そんなに謝る事は無いだろう」

「うん。そんなに気にしなくてもいいよ」

「あはは……」

――よ、よかったぁ……。

話を聞いていなかったことを咎められなかったことにほっと胸をなでおろし、照れ隠しにルクラは笑ってみせる。

少しのことで罪悪感を生み出す、というのが彼女の欠点――そんな要素が、彼女の素直すぎるとも言っていい性格を形作っているので一概に欠点、とは呼べなかったが――だった。

悪い方向へ考えをシフトさせやすく、抱かなくてもいい畏怖を常に抱えている。

だが。

「それじゃあ、明日は南ですね! 明日も頑張りましょうね! えいえいおー!」

彼女の行動は何時だって、その畏怖に囚われて尻込みするようなものではなかった。

「「おー!」」

ルクラの鬨の声に応え、右手を高く突き上げる彼ら一行の姿は、他の冒険者にはどう映ったのだろうか。

少なくとも、何事かと顔を向け、そしてその光景に思わず頬を緩ませた冒険者が多かったことは、確かである。

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【1】
ルクラの用いる『魔術』とは、大気中に満ちる『マナ』を集わせ、術者のイメージによって力を持たせるという術だった。

「大丈夫。ルーなら上手にできるよ。『風』を思い描いてごらん?」

初めて『魔術』という存在に触れたあの頃の事が思い出される。

まだ『魔術』とは何たるものかを微塵も知らず、その発動すらできないことのほうが多かった――できたとしても、制御も何もあったものではない、とても危険な魔術だった――あの頃の事が。

――わたしが……5歳の頃だっけ。

「はは。難しく考えなくていいさ。ほら、この前皆でピクニックに行っただろう? あの時の春風は、とても気持ちよかった。覚えてるかい、ルー?」

上手くできるようになるまで、ずっと付きっ切りで教えてくれた優しい父親の姿がルクラの脳裏に蘇る。

「それを思い出してごらん。どんな風だったか……どんなふうに僕達の傍を通り過ぎていったのか」

島に訪れてから、その手段は一切通用しなくなってしまっている。

この島の『魔術』と、ルクラの故郷の『魔術』は微妙に、そして大きく違っているようで、一度はそれで苦い思いをした経験がルクラにはあった。

――お父さんの言う通りにしたら、なんだか不思議な感じがした。風が『見える』ようになった気がした。

「ルー。今自分の周りに、風が集まっているのが判るね? 今度は、風さんにお願いしてみよう。自分の思ったとおりに動いてくれますか、ってね」

どれだけ頑張っても、この島で自分の『魔術』が発動することは無かった。

見知らぬ場所で一人ぼっち、何もできないまま、帰る術を自分で見つけられないまま時間を過ごすのかと絶望した。

忘れることなどできない経験だった。

しかし今、ルクラは立派に『魔術』を行使しようと魔石に力を込めている。

【2】

「大いなる力よ」

――そうだ。

魔石に青白い光が宿る。

「わが掌中に集い」

――そうだ。

それは強さを増していく。

「形を作り意味を持ち」

――その調子だ。

それは徐々に魔石を飲み込むように広がる。

「その姿を白き光の矢に変えて」

――いける……いけるぞルー。

かと思えばそれは魔石の中心に収束し、白い一個の点となり。

「わが眼前の敵を貫け!!!」

一瞬点は静止して。

「マジックミサイル!!!」

――今だ!!!

記憶のはずの父親の声が、一瞬だけはっきりと耳に届いた気がした。

瞬間、点が消えたと思えば、それは白い矢となって、対峙する緑色の化物に向かって飛来していた。

矢は正確に化物の身体を貫き、そして――。

【3】
「ばっちりおっけーですっ!」

メルの元気な声にルクラは我に帰る。

周りに化物の姿はもう無い。

代わりに草と、肉、そしてウサギの足を模ったアクセサリーが地面に転がっている。

戦いに勝利したのだ。

そしてその勝利は、三人の仲間と力を合わせて手に入れたのだとルクラには確信できた。

魔術を使ったことにより起こる不思議な高揚感が、自分も立派に戦いに参加した事を何より物語っていたのだ。

――あの時確かにわたしは、風とお話してた。……ううん、風じゃない。『マナ』とお話してたんだ。

8年前、父親との特訓で感じた不思議な感覚の正体を、ルクラは今になって知ることになる。

そしてそれは、自分の故郷の『魔術』も、この島の『魔術』も、多少の発動方法は違えど、力の根本は同じものであるという何よりの証拠にもなったのだった。

――お父さん……ありがとう。わたし、ちゃんと『魔術』使えるよ。

今この場には居ない相手に、ルクラはそっと感謝を捧げ、そして――。

「やっ……ったぁー!」

喜びの歓声を上げたのだった。

「うさぎさんごめんなさい……。……でもなんだったんでしょう、あの緑色の変なの……?」

敵だったとはいえ小動物をやっつけたことを、肉とアクセサリーに変わってしまった相手に謝り、そして草に変わった緑色の妙な化物に対して疑問を口に出す。

ルクラはもう、すっかり余裕を持てるまでになっていた。

一種のトラウマだった経験を、完全に吹き飛ばした瞬間である。

【4】
戦闘が終わり、品物の整理を終わらせ、ルクラ達は一旦その場に腰を降ろして休憩を取っていた。

敵を倒して周りに気配が無いうちに、色々と済ませておこうという考えである。

「雑草といえどもちゃんと料理すれば……」

「わぁ……!」

「たんぽぽがアクセント。はい」

「ありがとうございます!」

メルが食材を用いて全員分の弁当を作り。

「よし、合体させるわ」

「頑張ってくださいっ!」

「ガンガンガンガン♪ 若井おさ○が真っ赤に燃えてー♪ 見ーたかー、合体ー♪」

「聞いたこと無い歌だけど……なんだかかっこいい……!」

エクトが歌を歌いながら、食材同士を掛け合わせ、全く異質なものを作り出す。

合成と呼ばれる技術で、様々な用途に使われるらしい。

完成したのは一体何に使えばいいのかわからない『どうしようもない物体』だが、話によればこれでもなかなか使い勝手が良い、とはエクトの話である。

「はい、草一個目……これが二個目」

「ありがとうございます! スィンさん!」

エクトの合成をルクラも自分の食材を用いて頼んでいたのだが、はじめは食料が足りなくなるのではないか、という懸念からエクトの誘いをやんわりと断っていた。

だが、余っているからとこうして草二つを分けてもらえることになり、ルクラも『どうしようもない物体』を一個手に入れることができた。

こうして腰を落ち着けて色々やっているのを見ていると、メルもエクトもスィンも、結構子供っぽい所があるのにルクラは気づいている。

――……よかった。みんなすっごく落ち着いてるから、ちょっと緊張してたけど……。

自他共に認める慌てんぼうであるルクラだ、故郷の同年代の友達の間でもその慌てっぷりには定評がある。

恥ずかしい思いをするのではないか、という恐れもここで解消され、最早ルクラの悩みの種は殆ど尽きてしまった。

残るは『どうやって故郷に帰るか』という悩みの種を残すばかりである。

【5】

少しの休憩を置いて、それから。

左手に川を眺めながら、ルクラ達は獣道を行く。

途中右手にぽつんと存在する森が見えたのだが、不用意に立ち入ってしまうと危険な目に遭うかもしれない、とメンバー全員の意見が一致したことにより遠巻きに眺めるだけに終わらせる。

やがて左手の川を渡れる自然の橋が見えてきたので、これを渡ろうとしたそのときである。

「……っ!?」

ここで再び、自分達に敵意を向ける何者かの出現。

しかもそれは――。

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【1】
 何処までも続く青い空、そよ風が通り道にした獣道、煌めく透明な川。

 太陽が堂々輝き、眼下の冒険者達を照らし出すその様は、正に地上と変わらない。

――ほんとうに、不思議なところだなぁ……。

 道を行きながら、ルクラはそう思った。

 遺跡の中なのに、外と全く変わらない光景。

 既に辺りの人影はまばらだった。
 
――……財宝かぁ……。

 島の奥深くに眠ると云われる、財宝。

 それを求めている人間が殆どなのだから、こんな遺跡の入り口に燻るはずが無かった。

 ましてや、『自己紹介装置』に構って数時間、最早入り口の人波が完全に掻き消えてしまった頃合にようやく遺跡に侵入を果たしたのだから、尚更人など居るはずがない。

 自分の故郷にも『冒険者』なる存在はごまんと居るが、やはり彼らもこの島に訪れたら、あれだけ遺跡の入り口にひしめいて、いまやその姿を遺跡の奥深くへと進めた人々のように、目にも留まらぬ速さで遺跡を行くのだろうかとルクラは考えた。

「あ……」

 全くの無害な小鳥がすぐ傍を掠めて飛んでいったのをきっかけに、その姿を追うことに集中する。

 目もくれず蒼穹に飛ぶ小鳥の姿に、思わず笑みがこぼれる。状況が許せば何時までもここで日向ぼっこをしていたい、そう思えるほどにその光景はルクラにとって、平和だったのだ。

――……幾ら財宝が欲しいからって……。喧嘩はいけませんよね。

 時にはライバルを蹴落とすために襲い掛かる『冒険者』も居るという笑えない話もルクラは知っていた。

 しかし遺跡の探検はとにかく『無茶をしない』事を前提として行うつもりで居るから、間違ってもそんな連中と合間見えることは無い、そう思っている。

 だが、万が一が在り得ないわけではない、ということも彼女は重々承知していた。

――どうか……、そんなことありませんように、お願いします……。

 だからルクラはそっと、視線の先の光景に祈りを捧げたのだった。

 その祈りが聞き入られるかどうかは判らない。

 だが、何もしないよりもこうして、戦いや財宝探しなど全く関係無いとばかりに空を行く小鳥に祈りを託す方が、幸運が舞い降りてくれるような気がルクラにはしたのだ。

 傍にいた三人の少年少女達も、彼女の行動に倣った。

【2】
 遺跡に入るまでは一人だったルクラだが、遺跡に入ってからは四人での集団行動を行っていた。

 一人目は右側に出したブラウンのポニーテールに、同じ色の瞳、桜色のワンピースに身を包んだ少女メルこと、『愛瑠=M=エスカロニア』。

 一見すれば極普通の少女だが、その手に持った身の丈以上もある大斧が、戦う術を知っている立派な戦士であることを示していた。

 二人目は桃色の髪の毛を赤いリボンで結んだツインテール、同じ色の瞳、白のシャツに明るいブラウン色のパーカー、水色のショートスカートといった出で立ちの少女『エクト』。

 彼女もメルのように一見すれば極普通の少女に見えるが、実は普通の少女とは大きく異なる点がある。

 頭の上から飛び出た二本の桃色の触覚、その存在が彼女を人ならざる物であることを証明している。

 また、帯刀した一振りの細剣が、彼女がただ変わった外見の少女ではなく、戦う力を持った存在という評価に押し上げていた。

 最後の三人目は、深緑の髪に同じ色の瞳、蜂の巣を思い起こさせるような鎧に身を包み、深紅のマントを羽織った騎士の少年『スィン』。
 
 彼もエクトと同じように、頭の上から二本の緑色の触覚が顔を覗かせていた。

 ひと時もエクトから離れず、危険が迫れば迷い無くそのショートソードを抜き放たんと警戒しているその姿は、『従者』という言葉がぴったりと合っている。

 『無茶をせず、のんびりと遺跡を探検する』。

 という同じ志を持った、ルクラにとってはこの島に訪れてからのはじめての仲間で、友達。

 それが彼ら三人だった

【3】
 『自己紹介装置』に自己紹介をする前に、装置から発せられた沢山の人の声――それらは全て自己紹介で、友人や仲間を募っている旨の内容ばかりだった――を聞いて、ルクラは初めて、この島を共に冒険する仲間が欲しいと思った。

 この妙な物体に自己紹介して、それがきっかけで仲間や、心を許せる友達ができれば。

 そんな期待を胸に彼女は自分の紹介を始める。

 やがてそれが終わり、ぺこりと装置に向かってお辞儀をして勢いよく頭をぶつけ、痛むそこを撫でさすっていたその時に、彼ら三人は現れたのだった。

 その内の一人、メルが『自己紹介装置』を利用し始め、装置から発せられた声や、先ほど利用したルクラなどと同じように仲間を募っている姿を見て、ルクラは自分にまたとないチャンスが訪れた事を知った。

 それは仲間や友人ができるだけでなく、そして贅沢だと思っていた、『自分と同年代』という条件まで付随したまたとないチャンス。

 興奮で頬にさっと赤みが差す。

 今『自己紹介装置』を使用している一人が、成すべき事を済ませたその瞬間に声を掛けるのが、最初で最後の機会。それを逃すわけには行かない。

――こんな感じかな。ふふ、知り合いいっぱい増えるといいなぁ。

 期待に満ちた表情でメルがそう言った瞬間、ルクラはさっと近づき、そして――。

 ――元気に遺跡内を行くルクラ達四人の姿が、その後の事を何よりもはっきりと物語っていた。

 ちなみに彼らのパーティネームは『おこさまたんけんたい』。

 自分達の特徴を表し、そして自分達の行動方針をも表した名前、なのだろう。

【4】
 西に進路をとり、歩き続けたルクラ達。

 何処までも続くかと思えるほどの平和な光景にルクラが少し気を緩ませたその時だった。

 突如、前を歩いていたメルが歩みを止めた。

 何事かと問う前に、スィンがショートソードを抜き放っているのに気づき、ルクラは状況を把握した。

 魔物だ。

 一瞬にして緊張感が辺りを包み込む。

 だが、その緊張感は恐怖を呼び覚ます物ではない。寧ろやってやろう、そんな気持ちすら奮い起こす。

 一人ぼっちだった今までとは違うのだ。今は、仲間が居る。

――さぁ……何でも来なさいっ!

 宿屋の主人である老婆から貰った魔石を構え、ルクラも仲間達の視線の方向をじっと睨みつけた。

 やがて――。

「……う、うさぎさん?」

 ――二匹のウサギが怪しく眼光を発しながら現れ――。

「えっ……」

 そして――。

「えぇぇーっ!!!???」

 長閑な風景、可愛らしい――眼光は怪しいが――ウサギ二匹、それらと対峙する少年少女という絵面には似合わない、緑色の『何か』が姿を現したのだった。

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【1】 
 二度目の鳩の強襲は、またもルクラの勝利で幕を下ろす。

 ついさっき見たように地面に倒れ伏し、そしてついさっき見たように大きな肉の塊に変わってしまった。

 その反応にもうルクラは驚くことはない。

 正確にはそんな余裕がなかった。

 連続で行われた戦いは、彼女の体力を大きく奪い取っていたのだ。

 ぺたりと地面に座り込み、空を仰いで息をする。

 その動作の途中に周囲の気配を彼女なりにしっかりと探り、もう危険な存在が近くにいないことを悟った。

 耳元でがなり立てている自分の拍動音を聞きながら、ルクラは自分の胸に手を当てて深呼吸をし始める。

 ローブ越しからでもわかるほどの強い拍動。

 それも10回目の深呼吸で若干弱まり、15回目の深呼吸を終わらせる頃には穏やかな物に変わっていた。

 これでもルクラは、外で身体を思い切り動かし遊ぶことに慣れている。

 ドラゴンの血を血を引いている事による高い身体能力のおかげで、同年代の異性にだって負けないぐらいの体力を持っていた。

 だが、ここでの戦いはそんなルクラの体力をいとも簡単に消耗させていく。

 外で遊ぶのと、外で戦うのとでは、まるで違うのだ。

 改めて自分が選んだ道の険しさを、文字通り身をもって知ったルクラは、呼吸の調子が整った後もしばらくは座り込んでいた。

「………………」

 目を閉じる。

 何かを想うように。

 それは数分程度の物だったが、彼女の決意を揺るぎない物にするには、十分すぎる時間だったらしい。

「よしっ! 頑張ろう!」

 ルクラは自分に聞かせるように、明るく大きな声でそう言ってみせると、元気よく立ち上がった。

 目の前に落ちている肉の塊を拾い上げ、紙に包んで丁寧に鞄の中に入れる。

 そしてしっかりとした足取りで、自分のキャンプへと向かい歩いて行くのだった。

【2】
 ルクラが一人で作った小さなキャンプからは、肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきていた。

 先ほど手に入れたばかりの肉を、調理したのである。

「えへへ……♪」

 我ながら良い出来栄えだ、ルクラはそう思って顔を綻ばせる。

 料理をしたことが無いわけではない。母親や父親の傍に立って、自分なりに手伝いをすることはよくあった。

 それでもこのように、周りに誰も居ないたった一人の状況で、食欲をそそる焦げ目まで付けて肉を焼けたというのは、ルクラにとっては今後のキャンプ生活の不安を僅かに取り除き、また僅かに楽しさをも呼び起こす。

「残ったお肉も……うん。大丈夫かな」

 焼けた肉は、手に入れた肉一個に対し大体半分ぐらいの大きさになっている。

 残りの肉はどこへ行ったのかというと、彼女が今手に持っている少し大きめな容器の中に収まっていた。

 今までルクラが見たことも無い不思議な材質でできた容器。軽くて丈夫、理想的な容器だ。

「逆さにしても大丈夫みたいだし……すごいなぁ。『たっぱー』って」

 気温は涼しい。まだ寒いぐらいだ。

 これならこの冒険の間ぐらいは、しっかり鮮度を保てるだろうとルクラは思った。
  
「それじゃあお肉の保管もばっちりですし」

 テーブル代わりの切り株の上に置かれた、紙で作られた簡易的な皿。

 その上に載った、バードステーキに再び視線を戻すルクラ。

 狐色に焼けた姿。あふれ出る肉汁。塩と胡椒だけで味をつけ、アクセントに少しのマスタードとケチャップ。美味しい草に一工夫して作ったサラダ。

 肉のいい匂いが鼻腔を刺激して、よだれが滾々と湧き出る。

 それをごくり、と飲み込み。

 椅子がないので正座をして、皿と真剣に向き合い、手に取り。

「いっただっきまーす♪」

 小さなナイフとフォークを取り出し、心底幸せそうな笑みを浮かべて食事を始めようとした――。

「……?」
 
 ――その時だった。

 なにやら、雑音が聞こえてくる。

 音の質としては、それは酷く低い。

 そして持続的に一定の高さを発し続けている。それもかなりの高速で。

 どうやらキャンプの周囲にその音の発生源があるようだった。
 
「この音……どこかで……」
 
――そんなことより食べましょうよ!

――一体なんなのか正体を探るのが先です! 魔物だったらどうするんですか!

――食事が冷めちゃう!

――安全確保!

――食事!

――安全!
 
 記憶の発掘は遅々として進まない。

 思考に潜む天使と悪魔が――というには些か可愛すぎるが――食事か、探索かを議論する。

「そう……たしか、春によく家の花壇で」

 天使と悪魔の戦いは、どうやら天使が勝利を収めたようだった。

 徐々に徐々に、ルクラの記憶が掘り起こされ、鮮明になっていく。

「……そう! ハチの羽音! 間違いないです!」

 ようやくたどり着いた結論に、ルクラは一人満足そうに頷いた。

 その答えから導き出される今の状態を考えると――。

「この近くにハチさんがいる――」

 再び止まる思考。

 それは何故か。

「え……ちょ、ちょっと待って……こんな」

 ――あまりに音が大きすぎたのだ。

 魔物だ。ルクラはそう直感した。

 このキャンプのすぐ近くに魔物が潜んでいる。

「……や――」

――もう何度も戦ったじゃないですか! わたしにだって魔物が倒せるんです! 怖がる必要なんて……無いの! さぁ、立って! 動いて!

 恐怖によってその現状を彼女は拒絶しようとした。

 だがすぐに眼を白黒させて、頭を振って、自分を叱咤する。

 反射的に震える身体を、ぴしゃりと叩く。

 杖を握り締め、ゆっくりと立ち上がる。

 そして、一目散に外へ向けて駆け出し――。

「……ふぇ?」

 ――そこで意識が沈んだ。

【3】
「……ふぇ?」

 間の抜けたような自分の声に、ルクラの意識は急速に覚醒し始めた。 

 ふかふかのベッドに沈む自分の身体。

 古びた窓に天井。

 差し込む光。

「ここ……『流れ星』……?」

 目の前に広がるその光景は、つい最近彼女が部屋を借りた宿『流れ星』のものだった。

「あれ……わたし、さっき……。……あれ?」

 ベッドから起き上がり、記憶を整理しようと呟いて、彼女は再び首をかしげた。

 ついさっき、自分は何をしていたのだろうか。

 一度遺跡に潜って、それからまたこの宿に戻って、大泣きしたところまでは覚えている。

 その先が全く思い出せなかったのだ。

 不自然に抜け落ちたような、そんな感覚。

「何か忘れてるような……あれ? あれぇ……?」

 「?」が頭の上で乱舞している。

 そんなルクラの耳に遠くから届く、小さな低音の羽音。

「そう、丁度こんな音が……。もうちょっと、もうちょっと考えたら思い出せそう……」

 音は近く大きくなってくる。

「そう、こんな感じに大きな……。……大きな?」

 ふとルクラは、顔を音の方向へ向けた。

 そこには小さなミツバチが居り、ちょうど顔を向けたルクラの鼻先にぴたりと着地する。

「――――――」

 一瞬の無音。

「○△×◆▼※~!!!???」
 
 響く素っ頓狂。

【4】
「それじゃあ、行ってきます!」

「はい。行ってらっしゃい、ルクラちゃん。気をつけてね」

 朝ごはんをしっかり頂いて、ルクラは宿【流れ星】の主である老婆に元気よく声を掛けた。

 旅立つには良い天気だ。

「はい! 何日か遺跡の中でキャンプするので、暫く会えませんけど……。おばあさんも、身体に気をつけてくださいね! 最近寒いですから!」

「えぇ、ありがとう。忘れ物はありませんか?」

「大丈夫です! キャンプの道具に、食べ物に……おばあさんからの贈り物も、ほら!」

 鞄からルクラは、一冊の薄い本と、拳大の石ころを取り出して見せた。

 それは『命術』と呼ばれる術の基礎が書かれた本に、『魔石』と呼ばれる石だった。

「遺跡でお勉強して、身に着けてきます!」

「貴方なら大丈夫。きっとすぐに覚えられるし慣れ親しめると思うわ。……気をつけて行くんですよ」

「はい! ……行ってきます!」

 ぎゅっと抱擁を交わして、名残惜しそうに離れてから、二人は笑みを浮かべ。

 ルクラは踵を返し、町の中央へ向かって駆け出した。

【5】
「わぁ……。人が一杯です」

 遺跡の入り口は、大混雑していた。

 数え切れない人の山。それら全てがこの一つの遺跡を目指しており、流れは一つだった。

「今入ろうとしたら怪我しちゃうかな……」

――あれだけ混雑してるから普通の人でも危ないだろうし……、それにわたし背が――。
 
「……子供ですから気づかれにくいですもんね」

 理論的な思考を途中で思いっきり叩き切り、感覚的な思考に無理矢理切り替えるルクラ。

 遺跡を遠巻きに眺める彼女の姿は、とても小さい。

 本来の年齢より半分以上下に見られるほどなのだ。

 彼女はそれをとても気にしている。

 だからちゃんと物事を分析して考えられたはずの、『混雑した人ごみの中に自分が行くとどうなるか』という問題の思考を無理矢理に切り替えたのだ。

 何故だかそれが恥ずかしくて、ルクラはふいと視線を逸らした。

「……あれ?」

 そしてその先に、奇妙な物体が置かれているのに気づいた。

 銀色の四角いそれは、途中からすっぱり刃物で切られたように斜めの切り口を晒しており、その上には透明で光り輝く板が浮いている。

 四角いボディにぺたぺたと張られた紙にはこう書いてあった。

――遺跡探索の同志を探そう! 自己紹介装置。

「……じこ、しょうかい、そうち?」

 その物体が何かを説明しているのだろうが、いまいち意味がわからない。
 
――でも、あんなに混んでるし、何もしないよりはいいかな……。

 ルクラはそう思って、自己紹介装置へと近づくのだった。

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