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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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【1】
「いたた……。こ……降参します……」
「成程……この分なら大丈夫そうね。よく出来ました、って処かしら?」

ルクラの降参を確認し、もう誰も戦う意思が無い事を確認すると、ティアは胸の中に残った空気を最後まで吐き出して、大きく伸びをして見せた。
南瓜の涙亭の面々との練習試合は、惜しくもルクラ達の敗北で幕を閉じたのだ。

「ふふ。これからが本番ですよっ!ぷにぷにの刑開始~♪」
「う~……でも約束ですものね! 思う存分ぷにぷにしていいです!」

負けたら罰ゲームとして一日ぷにぷにされる。
とはいえお互い顔を合わせれば必ずやっているような事を一日と限定したって、そう何かが変わるわけでもなかった。
リーチャがルクラにぎゅっと抱きつき、早速頬をぷにぷにとつつき、ルクラは少し恥ずかしそうに、しかし嬉しそうにそれを受け入れている。

「じゃあ、ボク達は帰るね。ルゥちゃん、お疲れ様」
「また明日ね、ルーちゃん」
「では、失礼する」

その光景を面白そうに眺めつつ、メルとエクトは丁寧にお辞儀をして。
スィンは唯一練習試合中に倒す事ができた眼鏡がやたら印象に残る剣士と握手を交わして、彼女達に続いて宿へと戻っていった。

「……情けない」

リズレッタだけは、その光景を見て眉を潜め、不満を隠そうともせずそう吐き捨ててそっぽを向いた。
戦いに敗北をしたのに、何を嬉しそうにしているのか、全く理解が出来なかったのだ。
そんなリズレッタを見て、ティアはなにやら悪戯っぽい笑みを浮かべ。

「ねぇルクラちゃん」
「はい~?」
「あの子も罰ゲームの対象よね?」
「リズレッタですか~? いいですよ~♪ ぷにぷに~♪」
「なっ……!?」

ルクラにそんな質問をすれば、彼女はリーチャと楽しそうに遊びながら即答し。
勿論リズレッタにとっては寝耳に水である。
驚愕がその表情に張り付いていた。

「ばっ馬鹿を言わないで頂戴! このわたくしが何故お前達のふざけた遊びに付き合わないとっ――!?」
「リズレッタ。あんなことしたんですから、あなたも罰を受けるべきですよ? 練習試合であんな危ない事して……ティアさん達に何かあったらどうするつもりだったんですか?」
「あれはビックリしましたっ!」
「驚いたけど、ちゃんと捌けたから大丈夫よ、ルクラちゃん。かなり雑な範囲攻撃だったからね。……でも確かに、お仕置きが必要かしら?」
「なっ……なっ……!?」
「多人数での練習試合で何が大事か。……それは連携よ。なのにあんな、打ち合わせも何もしていないアクシデントみたいな事をしては、皆に迷惑が掛かるわ。だから、お仕置きね」
「大丈夫ですよリズレッタ、お仕置きって言っても怖くもなんともないですから。ぷにぷに~♪」
「ぷにぷに~♪」
「さぁ、覚悟しなさい……」

じりじりとティアがリズレッタににじり寄る。
リズレッタは、じりじりと後ろに下がるしかない。
練習試合中ルクラの力を無理矢理奪い取って大技を繰り出したのだ、逃げるために力を使う余裕は無かった。
必死に口を使ってなんとかティアを追い払おうとするしか、出来ない。

「ち、近づくんじゃ……寄るんじゃありませんわっ! お前なんかがこのわたくしに触れて良い訳が――!?」
「ふふふふふ……」

ティアの瞳が、怪しく輝く。
にじり寄る。
後ずさる。
寄る。
下がる。

「っ……!?」

石に躓いて、盛大に尻餅をつく。
ティアの魔の手(?)が、リズレッタに迫る。

「い、いや――」

罰ゲームの始まりであった。

【2】
遺跡を行くルクラ達の歩調は、何時もより緩やかだった。
実際行軍の速度は緩め、仲間達と雑談をする時間を豊富に取れるほど余裕のある移動である。
遺跡内の探索もかなりの程度進んできたようで、ルクラ達の耳にも様々な情報が入ってくるようになっていた。
ベルクレア15隊。
ゴーレムの群れ。
巨大な骨のエキュオス。
サンドラと名乗る謎の少女。
どれもかなりの強敵らしく、さて次の目的地はどうしようとルクラ達が悩み導き出した結論は――。

”慌てず行こうよ”

であった。
今までの探索は所謂『開拓者』と称される人間たちのペースに合わせて行っていたのだが、人では無い存在ばかりとはいえ、ルクラ達は子供である。
何時までも未知の部分に足を踏み入れ、戦い抜いていくような人々についていくにはかなりの無理が生じていたのだ。
別に一番乗りに財宝を目指すわけでもない、目的は地下三階にいるらしいもう一人のメルを見つけ出す事。
ならば慌てて探索を進めなくとも、そろそろ探索の手を緩め、自分達の力を高める事に専念しよう。
そう話が纏まった時、皆の表情が緩んだのをルクラは感じた。
それは勿論自分も例外ではない。
早く地下三階に行きたいという気持ちは勿論ある、だが無理をして全滅をしては意味が無いのだ。
それに、とルクラはメルを見やる。

「ちょっと余裕が出来たら、床にでも突っ込んでみようか? 強い敵がでるらしいけど、それぐらい勝てなきゃ3階なんて目指せないもんね」

今は平気に振舞っているようだが、また何時14隊との戦闘でのような出来事が起こるかわからない。

「……ん? ルゥちゃん、どうかした?」
「あ、いえっ! ……方針が決まって、なんだか肩の力が抜けました」
「そうだね。ボクらはボクらのペースでがんばろーよ」
「はいっ!」

だから彼女に悟られず、今まで以上に慎重にこの遺跡探検を進めよう。
ルクラは密かにそんなことを思っていた。

「……む」
「お出ましね。狼が……三匹。スリードッグ」
「姫様。ドッグは犬です」

狼が三匹、真っ直ぐ此方に駆けて来るのが見えた。
情報によれば、叫び声で自らを鼓舞し、その後繰り出す噛み付きが強烈だといわれている相手だ。

「噛まれないように気をつけよぅ」
「一匹ずつ確実に倒しましょう!」
「やっと思う存分暴れられそうですわね」
「リズレッタ」

会話を聞くだけであまり参加しようとはしなかったリズレッタが、狼を見て瞳を輝かせる様を見て、ルクラはまたあの練習試合のようなことが起こるのでは、という嫌な予感から声を掛ける。

「……わかってますわよ」

が、それはリズレッタも判っていたのだろう。
横目でルクラを見やり――罰ゲームをまた思い出したのか頬を少し赤く染めて――短く答えた。

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【1】
「あらあら……ダメねぇ14隊ちゃん。」

ベルクレア14隊との戦いは、ルクラ達の圧勝という形で収まる。
息も切らしていない14隊の隊長らしき人物、レディボーンズはその光景を見て面白そうに笑い、それから倒れ伏した兵士達に手をかざした。
ふわりと兵士が宙に浮き、レディボーンズも続く。

「あっ!? 逃げる気ですかっ!?」
「お洋服、汚したくないしね♪」

ルクラの言葉に、人差し指を唇の前に持ってきて、悪戯っぽく笑ってそう答え。
レディボーンズははるか遠くへと、飛び去っていく。

「放っておきましょう。あれ自体に興味は無いわ」
「障害を排除できた、それだけで十分だな」
「……そうですね」

エクトとスィンは初めから追うつもりは無いようで、武器を仕舞いその場に佇んで息を整えている。
そして――。

「……メー、ちゃん?」

ルクラは、恐る恐るといった様子でメルに声を掛ける。
それは何故かといえば、今の彼女が持つ雰囲気が明らかに異質なものへとなっていたからだ。
ルクラの言葉をきっかけに、エクトもスィンもメルを見やる。

「………………」

メルはレディボーンズたちが飛び去った方向を見やり、小さくため息を吐き出して。

「こんなものですね。それじゃマナ接続解除、あとは任せた」
「えっ――」

一方的にルクラ達にそういい残すと――。

「め、メーちゃん!?」

ふっと身体の力を抜き、その場に崩れ落ちるようにして倒れたのだった。

【2】
「……っと。……ちょっと!」
「え?」
「何をぼんやりしているの。わたくしの言葉にさっさと反応なさい」
「あ……ご、ごめんなさい」
「まったく……」

憤慨したような様子を見せつつ、リズレッタは手に持ったカップを口元に持っていき、紅茶を――ファーストフラッシュとかいう、値段が高めの紅茶だった。当然支払いはルクラである――味わった。
申し訳無さそうな表情を見せつつ、ルクラも彼女に倣う。
こちらの中身は蜂蜜入りのホットミルクだった。
リズレッタを仲間に紹介し、それから色々な準備を終えた後の一服。
街中の小さなカフェテラスで過ごす一時である。

「……で? わたくしの言葉を無視するほどぼんやりしているのだからそれなりの理由があるのでしょうね?」
「そ、それは――」
「そうでなければ許しませんわよ」

冷たい視線が自分に突き刺さるのをルクラは感じた。
言わなければ、頬を赤く跡が残る上にかなりの長時間痛みが続くほど抓られるに違いない、と確信する。

「……実は、メーちゃんの事で」

あまり彼女の事を知らないリズレッタに話すのも気が引けたが、これから共に探検する仲間だ、話しておいてもいいだろう。
と、抓られたくないという本音を建前で囲っておいて、ルクラはぽつりぽつりと話し始める。

「あぁ、あの娘」

あまり興味が無いといった様子で言葉を紡ぎ、リズレッタはカップにもう一度口付ける。

「この前、わたし達がベルクレア14隊をやっつけたのはもう話しましたよね?」
「えぇ」
「その時のメーちゃん、おかしかったんです。まるで別人みたいだった」

ブラウンの髪の毛が薄い紫色に変色し、サイドテールをポニーテールに結わえなおしていたメルの姿は、脳裏に焼きつき忘れられる気がしない。
メルとよく似た、しかしメルではないと何処か確信できるような少女が、あの時ルクラ達の目の前に居たのだ。

「メーちゃんは」

自分のカップの中のミルクを見つめながら、ルクラは言葉を一つ一つ丁寧に選び話を続ける。

「人を探してるんです。……自分とそっくりな女の子を」

ふとリズレッタを見やれば、彼女は眼を閉じて紅茶を味わっていた。
暫くすると片目を薄く開いてルクラを見やり、そして興味なさげにまた紅茶に口を付けている。
それが”さっさと続きを話せ”、という催促であることをルクラは知っていた。

「詳しい話は、わかりません。……何を言っているのか、わたしがよく理解できていないというのもあるけれど。『オリジナルの、もう一人の自分を探す』。『同じマナを持った自分を探す』と彼女は言ってました」

――……あはは、妙にシリアスしちゃったけど、そんなかんじ!

とても寂しそうな笑顔を浮かべたメルの姿がふとルクラの脳裏に蘇った。
カップをソーサーに戻し、ローブをぎゅっと握り締める。

「でも、詳しい話はわからなくたって、メーちゃんがもう一人の自分を探し出したいと思っている、っていうのはわたしにだって判ります。だから、リズレッタと会う前ももう一人のメーちゃんを探すために、遺跡をずっと探検してたんです。3階に居るらしい、という情報も手に入れて、そこを目指そうって話にもなって。……だけど」

――ここで足止めは要らない。

14隊を前にして、その雰囲気をがらりと変えたメルの姿は、未だに受け入れられてない。
それはきっとエクトやスィンも同じだろう。
あの時言葉こそ交わさなかった――戦いを前にして交わす余裕が無かった、という方が正しくもあるが――ものの、同じように驚愕を貼り付けていたのだから。

「あの時のメーちゃんを見て、わたしすごくびっくりして。……それから、ちょっぴり怖かった。わたしなんかで、メーちゃんの目的を達成することが出来るのか、ちょっと不安になって――」
「じゃあ、見捨てればいいじゃありませんの」
「ま、まだ最後まで言ってませんよ! こ、怖かったし不安になったけど、でもわたしが不安になってちゃ、だめなんです! 一番不安なのはきっとメーちゃんなんだから、仲間のわたしがしっかり支えてあげなくちゃいけないって思うんです!」

リズレッタの言葉に慌てて、身振り手振りを交えながらルクラは必死に語り。
それから少し気持ちを落ち着けて、リズレッタを上目遣いで見やりつつ言った。

「……そう考えてたらちょっと、その時の事を思い出しちゃって。リズレッタを無視する感じになっちゃって……ご、ごめんなさい」
「ふぅん……」

口をつけた箇所の雫を人差し指の側面で拭き取り、リズレッタは不敵な笑みを浮かべる。

「実にあなたらしいお人よしの思考でわたくしは無視された、というわけですの。……まぁ、いいですわ。なるほど、あの娘はそういうことでしたのね……」
「えっ!? 何か知ってるんですかリズレッタ!?」
「さぁ、知りませんわ? わたくしを無視したあなたなんかに話す気にはなれませんもの」
「えーっ!?」
「精々足掻いて自分で知りなさいな。……しっかり支えてあげるのでしょう、お人よしのおチビさん?」

明らかに何か知っている、そんな雰囲気を醸し出しつつも取り付く島も無い。
暫くは困ったような表情でリズレッタを見やっていたルクラだが、彼女は済ました顔で紅茶を味わいに戻っている。

「……わかりました。じゃあ、自分達でもっとメーちゃんのことを知ります!」
「そう。頑張りなさい?」

どう言ったって話すはずが無いのは、暫く彼女を見ていれば誰にだってわかることだった。
ましてや一週間近く彼女の傍に付きっ切りだったルクラがそれを知らない理由は無い。

「頑張ります! ……ところでリズレッタ、何かわたしに用があったんじゃ? さっき聞き逃しちゃったけど……」
「あぁ、それは――」

リズレッタが再び自分の本題に入ろうとしたその時だった。

「ルクラちゃ~ん!」

少し遠くから聞こえた、よく通る女性の声。
名前を呼ばれた以上振り向くしかない、ルクラはさっとリズレッタに顔を背けて、後ろからの声に注目した。

「あっ! リーチャさん! ティアさんも!」

そこには元気一杯といった様子で手を振っている、長い金髪を二つ結びにし、活動的な服装に身を包んだ女性。
その横には金髪を青いリボンで結びポニーテールにし、青いエプロンドレスに身を包んだ女性と、妙に眼鏡が印象に残りそうな剣士らしい出で立ちの男が立っていた。
女性二人にルクラは見覚えがある。
手を振っているのは”南瓜の涙亭”のアルバイト、リーチャ・ミレッタ。
その横でこちらに笑みを向けているのは”南瓜の涙亭”の店主ティア・クレイティアだった。

「ちょっとだけお久しぶりですねっ、ルクラちゃん! ぷにぷに~」
「今日は探検お休みみたいね?」

こちらに近づいてくるなり、リーチャはルクラの頬を人差し指でぷにぷにとつつく。
ルクラとリーチャの間での挨拶のようなもので、ルクラもいやな顔一つせず、寧ろ笑顔でリーチャの頬をつつき返している。

「明日からまた探検なんですよ! ティアさん達は?」
「私達も同じよ。明日からまた遺跡に店ごと移動するわ」

この二人とルクラとの関係は、非常に良好といえる。
誰とでも仲良くなり親交を深める性格のルクラだが、この二人は特別な存在だった。
子供らしい一面を見せる事ができ、甘えられるというルクラにとっての数少ない相手なのだ。
暫く他愛の無い話が続く。

「………………」

当たり前だがリズレッタは再び無視であった。
未だ家族が恋しい彼女が、思いっきり甘えられる相手を前に何時ものような態度を保てるはずは無いのだ。
無いのだが。

「………………」

リズレッタには当然そんなことが理解できるはずもない。

「ところで、ルクラちゃん。魔術の鍛錬はしているかしら? 以前見て以来だけどね。鍛錬は大事よ。……どうやらお互い近くに居るみたいだし。どう? ルクラちゃんの魔術の腕前がどれだけ上がったのか、私に見せてみない? 練習試合って奴ね」
「ええっ!」
「ほっ、ほんとですかっ!? ぜひっ! ぜひやりたいですっ! すぐお友達を呼んできます!」

暫く話が続き、何時しかそれは練習試合のお誘いへと変わっていた。
ルクラにとっては願ったり叶ったりの話である。
すぐさま座っていた椅子から飛び降りて、仲間を呼びに走っていってしまう。

「………………」

勿論、リズレッタは無視されっぱなしである。

「……ふ、ふふ……」

とても、とても不気味な笑みをリズレッタは浮かべ、そしてそれをカップを持っていくことで隠したのだった。

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【1】
「あっ! お姉さま!」

自分の姿を見つけるなり、本当に嬉しそうな表情でラズレッタは駆け寄り、擦り寄ってくる。
それが本当に可愛らしく愛しくて、少女はいつもラズレッタを優しく抱き締めてやっていた。

「もうお姉さまったら。最近よく一人でどこかへお出かけされていますのね?」
「ごめんなさいね。お詫びにはならないかもしれないけれど、今から一緒にどこかへ行きましょう? それで、許してくれるかしら?」

ぎゅっと痛いぐらいに抱きついてくるラズレッタ。
少女はそれを返答と受け取って、にこりと笑って答えた。

「それじゃあ今日は、何をしましょう? 何でも言いなさい。貴女の望む事を一緒にやってあげますわ。珍しい物が欲しい? その辺の生きている『おもちゃ』で遊びましょうか? 両方合わせてしまうのもいいかもしれませんわね。 『おもちゃ』達から貴女の好きなものを取り上げてしまいましょう?」

いつも自分達がやっていた事を、いつものように提案する。
すぐにラズレッタは、無邪気で残酷な笑みを浮かべて、それから”キヒヒ”と笑って一番最後の提案に乗るに違いなかった。

「――いいえ」

――少なくとも、今までの夢ではそうだった。

「え?」
「今日は、珍しい物も欲しくないし、『おもちゃ』遊びもしたくありませんわ」

思いも寄らぬ反応に、少女は戸惑う。

「それじゃあ、どうするというの?」
「今日は……」

ラズレッタは顔を俯かせ、頭を少女の胸に擦りつけ、言葉を詰まらせる。
今まで見たことも無いその姿に、少女の戸惑いは続いた。
だが、その声色は淀ませる事なく、優しく語りかけてやる。

「どうしたの? お姉ちゃんに言って見なさい?」
「……今日は、お姉さまにお伝えしたい事がありますの」
「わたくしに……?」

顔をあげたラズレッタ。
その表情を見て、少女の表情は驚愕に染まった。

「もっともっと一杯一杯、お姉さまと一緒に。ずっとずっとずっと色んな豚たちを躾けてやりたかったけど。……お姉さま、どうか、長く、良い御余生をお過ごし下さいませ」

ラズレッタは、涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。

「それは……一体、どういうこと? 答えなさいラズレッタ」
「きっとこれはわたくしの願いですの。この一言だけを、お姉さまに伝えたかったのですわ」
「意味がわかりませんわ。ラズレッタ、貴女今日は可笑しくてよ? いつものように、一緒に遊びましょう? そんな――」
「だってだって……! わたくし、もうお姉さまとは一緒にいられませんの……。お姉さまとは帰るところが違いますのよ」
「何を……!?」

少女ははたと気づいた。
ラズレッタの身体が段々と薄れていっている事に。
その存在が急激に、自身の目の前から、夢の中から、永遠に消え去ろうとしていたのだ。

「お姉さま、今までありがとうございました。お姉さまを置いて逝くわたくしをお許し下さい」
「嫌……待ちなさい」
「ごめんなさい。もう、時間ですの。……さようなら、お姉さま。ラズレッタはお姉さまを……世界中で誰よりも深く深く、お慕い、もうして――」
「だめ……! 待ちなさいラズレッタ!」

涙を流しながら、無理矢理に笑みを作っていたラズレッタだが、最後の最後で悲しみに耐え切れなかったのだろう。
両の手で自分の顔を覆いつくしてしまう。
少女がもう一度、ラズレッタを抱きしめようとしたがそれはもう叶わぬことで。

「……ラズレッタ……」

一人取り残された少女の意識も、直ぐに深淵の中へと沈んだ。

【2】
夢から覚めた後、少女とルクラが交わした一騒動は省略する。
”何でもする”というルクラの言葉に、少女は不気味な笑みを浮かべていた。

「じゃあ、貴女。わたくしの妹になりなさい」
「はいっ! ……はいっ!?」
「何?」
「い、妹になる、ですか?」
「えぇ、そうですわ。問題でも? なんでもしてくれるというお話でしたわね?」
「そ、そうですっ! わかりました、なりますっ!」
「そう、それで良いのですわ。……では、そうなるからには四つ、注文をしますわね? 今の貴女は、わたくしの妹になんて全く相応しくない、その辺の塵と変わらない存在なのだから。見合うように変わって頂きますの」
「は、はいっ! なんでもどうぞ!」

始めは戸惑い、慌てていたらしいルクラだが、また直ぐに笑みを取り戻している。

――ふん。気に食わない。この笑みも失くしてしまいましょう。

その笑みは少女にとって大変不愉快な物だった。
密かにそんな事を思い、少女はまた不気味な笑みを浮かべる。
少女がルクラに命じた事。
それは、”自分の妹になれ”という無茶苦茶なものだった。

【3】
それから三日後。
すっかりルクラは、少女のお望みどおりの妹となっていた。
浮かべる笑みは明るく子供っぽいそれではなく、控えめで気品を感じさせる物。

「おねえさま? 今日はどうしますの?」

そしてルクラの口から飛び出す言葉は、いつものルクラの言葉ではなかった。
まるで少女が用いるような、上品な口調。
一日掛けて少女がルクラに文字通り叩き込んだ成果は、確かにそこに存在した。
何でもするというのなら、自分好みの妹に仕立て上げてしまおう。
このどうしようもない喪失感を、この馬鹿な少女を使って少しでも埋めよう。
”教育”などという生易しいものではない、”調教”によって、少女は目の前の少女を自分の思うが侭に変えたのだ。
一つ、言葉遣いや振る舞いを直すこと。
一つ、自分の事を”お姉さま”と呼ぶこと。
一つ、名を”ラズレッタ”と改める事。
一つ、ある笑い方を、覚える事。
少女がルクラに求めた注文、それは”ルクラ=フィアーレ”という存在を完全に無視した物だった。

「……何もありませんわ。適当に、散歩をしますの」
「はい、わかりましたわ」

面倒臭げに返しても、ルクラはにっこり笑って、そして気品を保った言葉を返し、少女の手を引いて薄く雪化粧が施された草原を行く。
願いを聞き入れた日からずっと行われる、夜中の当てのない散歩だった。

「おねえさま、見てください? 雪が降ってるというのに、月が顔を覗かせていますわ」
「あぁ……とても綺麗ね」
「えぇ! ……キヒヒ♪」

夢の中に現れたラズレッタの特徴であるとも言える独特な笑い声。
少女が注文したとおり、ルクラはちゃんとその笑い方を覚え、使いこなしていた。

――違う。

しかし、それは少女の思ったものとは違っていた。
声が違う。響きが違う。笑い声の中に含まれる嘲りは存在しない。
もっと本当の妹の笑い声は、この世の全てを馬鹿にしたような笑い声だったのだ。

――こんな、こんな笑みじゃない。

その笑みには、純粋さと、底抜けの明るさと、この世の全てを愛するような慈愛に満ちていた。
邪悪さと、底無しの暗さと、この世の全てを見下すような笑みではなかったのだ。

――何もかもが……。

自分の思うように変えていく度に、少女の苛立ちは募るばかりだった。
似ているようで、違う。
喪失感は埋まるどころか、ますます広がっていく。

――違う。違う。ちがうチガウ……。

自分の思うように変えていく度に、少女は思い知っていたのだ。
妹は、本当のラズレッタは二度と自分の目の前に、夢の中にさえもう現れないのだと。
少女はその場に立ち止まり、俯いた。
突然の抵抗感にルクラは首をかしげ、そして少女の顔を覗きこむ。

「おねえさま?」
「……違う」
「え――?」

とん、と少女はルクラを軽く突き飛ばした。
抗う事はせず、その場にしりもちをつくルクラ。
少女はさらに、ルクラの上に馬乗りになり、大きく手を振り上げた。
その手には、蒼白く輝く氷のナイフが一振り、収まっている。

「違う。何もかもが……違うのよッ!!!」
「っ――!!!」

絶叫と共に、少女はナイフを躊躇なく振り下ろした。
鈍い音が僅かに響く。

「……お……ね……さま……?」

視線を横に移せば、顔と1センチも離れていない位置に突き立った氷のナイフが見えるだろう。
草原の上に倒れこんだルクラは、眼を見開きじっと少女を見つめている。

「何を怯えているの」
「ひっ……!?」

少女はナイフを抜き取り、ルクラの首筋にあてがった。
少し肌に沈ませると、途端に切り裂かれ、真っ赤な血が滾々と湧き出し、刃を伝って流れ出す。

「や、やめ……て」
「何を言うの? ラズレッタ、貴女はこれがとても大好きだったじゃないの。首筋を切り裂いて、噴水のように血が噴出すのを一緒によく眺めたのを忘れたの? お互いが真っ赤に染まって、それから二人で仲良く、血を全部舐めとるの。身体の隅々まで」
「そ、そんなこと……したら、死――」
「笑いなさい。喜びに打ち震えなさい。早く、早く斬ってとわたくしに乞いなさい。さぁ」
「……っ……!!!」

ルクラはがちがちと歯を鳴らし震え、目尻に涙を溜めている。
少女はその光景を見て、哂った。

「嫌だというの? 出来ないというの? わたくしの妹はそんな子ではないわ。そうでしょうラズレッタ?」
「うっ……ぅっ……!!!」
「ふん……やはりお前は妹ではありませんわ。何の価値も無い下衆だ。さぁ、泣き喚きなさい。最上位たるわたくしに無様な命乞いをして見せろ。そして自らの行いを恥じて呪え」

――そしてその時が、お前の最後。姉妹ごっこは、お終いですわ。

少女はにたりと笑い、その時を待つ。
せめてもの自分への慰めに、自分の下に居る少女を最高の形で、絶望の底に叩き落し命を刈り取ろうと待ち構える。

「……は――」

ルクラの口が、動いた。

「は……やく……き……って……。おねえ……さま……!」

にっこりと、泣き笑いの表情を見せ、たどたどしく、しかしはっきりとルクラはそう答えた。

「ッ……!!!」

氷のナイフが、静かに崩れて消えていく。
少女の表情が怒りに歪む。

「ち……がう……! 違うッ!!!」

代わりに少女は、ルクラの頬を思い切り平手で叩き、それから胸倉を掴んで叫んだ。

「お前など……ラズレッタなんかじゃありませんわっ!!! わたくしの……わたくしの愛しくて可愛いラズレッタは、お前なんかよりずっと……! ずっと……!!!」
「おねえ、さま……?」
「五月蝿いっ! うるさいうるさいうるさいっ!!! そう呼んでいいのはわたくしの妹だけだっ!!! わたくしのっ……ラズ、レッタ……だけっ……!!!」

わめき散らしながら、少女は涙を流していた。
 

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【1】
不遜な態度を取り続け、ついには出て行こうとした少女を、ルクラは咄嗟に止めようとした。
少女の身体を抱きとめて、ベッドに戻そうとしたのだ。
きっと相手はそれに腹を立てて、先ほどより数倍酷い口を利かれるかもしれなかった。
しかし少女の身の事を思えば、そんな事を恐れて行動に出ないルクラではない。

「だっ……だめですっ! 安静にしてなきゃ――!」
「五月蝿いですわねっ!!!」

案の定少女はルクラを振りほどこうと暴れ始める。

「そこをどきなさっ――!?」

しかし。

「あ……ぅ……!!!」

一瞬身体に力を込めただけで、少女はがくりと膝を落としてその場に倒れこんでしまった。
なんとか両の手を床について、辛うじて自分の体を支えているその様子に、ルクラが慌てないはずがない。

「だっ……大丈夫ですかっ!? やっぱりまだ安静にしてなきゃ駄目ですよ!」
「うるさい、ですわ……!」
「さぁ、ベッドに戻りましょう?」
「触れるんじゃ……ありませんの……! 下賎の者がわたくしに、触れるんじゃ……!!!」

なおも少女は暴れようともがく。
否、もがこうとした。
それは力なく身体が揺れるだけで、ルクラでも簡単に止められる。
呆気なくルクラの手で少女はベッドに戻されてしまい、腹いせにルクラを睨みつけるも、同じようにベッドを飛び出す力は無いようだった。
そんな少女の様子に、ルクラは微笑む。

「ここは安全ですから。元気になるまで、ここでゆっくり休んでもいいんですよ。怖がらなくても大丈夫なんです。……何が来たって、あなたを守ります」

ルクラは、少女が自分を恐れているのだと思った。
眼が覚めたら見知らぬ場所に居たのだから、警戒をするのも無理はない。

「……だから、ね?」

少しでも安心させよう、そう思ってルクラは少女の手を取る。

「――っ!?」

しかしその手は、あっという間に振り払われた。
拒絶するように乱暴なそれを予想していなかったルクラの手は、サイドテーブルの角に思い切りぶつかる事となる。
鈍い音がして、ルクラは痛みに顔を歪めた。

「……ふん」

ベッドの上にのろのろと、再び起き上がった少女はルクラを鼻で笑う。
嘲りの視線で、痛みに顔を歪めたままのルクラを見やる。

「全てが見ていて不愉快なんですの。声も、言葉も、動作の一つ一つが嫌。今すぐわたくしの目の前から消えなさい」

冷たい、拒絶の感情しかないその声に、ルクラは表情を暗ませる。
 
「……嫌いでも、いいです。でも、お願いします。心配……なんです。居させてください……」
「何度、言わせる気かしら。……消えろ、と言っているのがわかりませんの?」
「お願いします……。まだ体調も優れないみたいだから、何かあったらって思うと――」
「黙りなさい、下衆が」
「………………」

身も心も凍りつくような声が部屋に響く。

「わたくしは、お前のような存在が一番嫌い」
「……っ……!」
「良い子ぶって、ただそうして恩を振りまくだけの存在が大嫌いなんですの」

少女の反応全てが、ルクラの予想外だった。
そして思い知る。
彼女は自分を恐れているのではない。
心の底から自分を軽蔑しているのだ。
しかしそれが判った所で、ルクラは納得できるはずもなかった。

「……ど、して……そんなこと……」

震える声で、なんとか声を搾り出して問う。

「わたしなにか……悪いこと、したの……? なんで……!」
「えぇ、悪いですわね。わたくしに何度も不愉快な気分を味あわせ、わたくしの視界をいちいち遮るほどの目障りな存在ですわよ、お前。……納得した?」

にっこりと笑みを浮かべ、心をずたずたに引き裂かんと、ルクラの全てを否定する言葉を紡ぐ少女に、ルクラはもう限界だった。
身体を震わせ、目の前の少女への恐怖と、罵倒の悲しみに涙を零し始めたのだ。
少女はその光景をまるで塵でも見るような目つきで見下しつつ、言葉を続ける。

「出来る事ならその顔を滅茶苦茶に切り裂いて、その身体をバラバラにして犬にでも食わせたい所ですわ」

手を伸ばし、乱暴に突き飛ばす。
いとも簡単に床に倒れこんだルクラを睨みつける。

「――消えなさい、下衆が」
「う……。……うぅ……うぇぇ……!」

ルクラが泣き声をあげて、それから部屋を出て行くまでの姿を少女は眼にしない。
最早彼女の存在など、少女には無いも同然だったのだ。
ベッドに不満げに寝転がり、自分に背を向けたままの少女を見て、ルクラは嗚咽を漏らしながら、部屋を後にした。

【2】
『Fairy's INN』と呼ばれる宿がある。
外部は完全に隔てられており、偶然迷い込むか、妖精達に誘い込まれない限りは入ることが出来ぬ場所。
ルクラはたまたまこの島に来て早い時期に妖精達に誘われ、何時でも来る事ができるようになっていた。
ここに来る理由は人によって様々だが、ルクラは眠れない夜、ここに来る事にしている。
無性に寂しくなった時、ここで様々な人と語り合い、紛らわすのだ。
今日も彼女は、ここへ来ていた。
そして今日も、いくらかの喧騒を楽しんだ。
少女に酷い事を言われた悲しさを紛らわすために。

「ルクラも随分と落ち着いているな、私のときとは大違いだ」

この宿で出会い親しくなった一人、レオノールのその時の言葉だ。
その言葉を聞いたとき、ルクラは悪い事をしていたのがばれたような、そんな驚きが生まれた。
ちょっと誰かと話をして悲しみが紛れたらそれで良い。
その内心を見透かされてしまったように思えたのだ。

「実は……――」

ルクラは話すことにした。
胸の内にたまったもやもやを、吐き出すように。
少女の事を全て――無論、自分になされた仕打ちは全てひた隠しにした上でだが――レオノールや、その場に同席して居た何人かに話したのだ。

「見捨てちゃえば、いいんじゃないかしら」

全てをじっと黙って聞いてくれていた内の中の一人、ティアはそう答えた。
いつもの彼女らしくない言葉だとルクラは思った。
もっと歩み寄るような、そんな言葉を掛けてくれるものと密かに期待して居たのを裏切られた事に、一瞬息を詰まらせた。
だが、それと同時に自分の今の本当の気持ちが湧き上がった。

「……そんなこと、できません。わたしには、絶対に出来ない」

たとえどんなに自分に酷い仕打ちをするような相手であっても、あの少女はどう見ても、守られるべき立場にいるようにルクラは思っていた。
勿論永劫その立場に居る物だとは思わない。
だがその立場を脱するまでは、自分が守らねばという確固たる信念があったのだ。
その信念が、あの少女の言う『恩を振りまくだけ』の行動なのかもしれない、とルクラは初めて思った。

――それでも、あの子が元気になってくれるならそれで良い。

だが、その思いは信念を打ち砕くまでの力は持っていなかった。
どれだけ自分が嫌われようと、蔑まれようとも、犠牲になろうとも、”助けたい”という純粋な気持ちは不動だったのだ。

「なら、ホレ。やる事決まってんじゃないのさ」

ティアは最初からルクラの気持ちがわかっていたのかもしれない。
わざとそっけなく突き放して、自分自信の思いを改めて見つめなおさせ、そして確固たる物にする機会を与えたのかもしれなかった。
少なくともルクラにはそう思えた。
だが、まだ困った事が一つある。

「勿論、やることは決めてます。でも――」

そのために自分はその少女に、一体何をしてやれば良いのか。
それが全く判らなかった。

「心配しすぎ、なんでしょうか。時間が経てば、あの子も話してくれるのかな」

時間は大抵の事を解決してくれる物。
時間が経てば、あの少女も少しは心を開いてくれるようになるのだろうか?
そんな疑問を口にすると、ティアはすぐさまこう答えた。

「時間だけじゃ、無理無理無理。当たり前の事を考えれば、見捨てるのが正解なのよ。でもそれが嫌なら、笑顔で要るべき立場でいなきゃいけない人間がさー。そーんな顔じゃ駄目駄目。笑顔のまんまお節介し続ければいいじゃない。それを出来る自信がないなら、見捨てるべきだと私は思うわよん」
「笑顔のまんま……お節介」

眼から鱗の思いだった。

――そうだ。わたしがあの子を守らなきゃいけないのに、笑ってなかったら……、あの子不安なままだ。

「事情を知らなくてもできることはある、そこの手を尽くすことからじゃないのか?」

続くレオノールの言葉にも、同じ思いを抱く。

――事情なんてわからなくたって、あの子にやれることは一杯あった。……わたし、そんなこと考えもしなかった。ただただ、うろたえるばっかりだった。

もやもやが、一気に晴れた。
それと同時にルクラの中には、硬い覚悟が形成された。

――そうだ。簡単な事じゃない。ずっと笑顔で、何を言われたって笑顔で、あの子のために頑張るんだ。何を悩んでたんだろう、わたし。すごく、すごく簡単じゃない。

島で学ぶ事は多い。
だが、この宿で学ぶ事はもっと多かった。
どうしても気分が浮かずに、なんと無しに頼んでしまったブラックコーヒーを一気に飲み干し、その苦さに顔を顰めてから、ルクラはそれ以降明るい笑みを絶やすことはなかった。

【3】
宿から戻り、部屋を飛び出し、再び少女の眠る部屋へ訪れる。
少女は、眠っていた。

「……う……ぅ……」

しかし何かに苦しみ、うなされていた。

「……れ……った……。……ら……ず……」

誰かの名を呼び、両の目尻からは涙を零し、泣いている。

「………………」

だからルクラはそっと微笑んで、少女の手を優しく握り締めた。

「あ……ぁ……。らず……れ……った……」

心なしか少女の表情が和らいだ気がした。
手を握り締め、自分の頬に押し付けて、ルクラは呟く。

「……大丈夫。大丈夫だよ……。大丈夫……」

瞳を閉じて何度も、何度も。
少女に言い聞かせるように呟く。
何時しかルクラは、そのまま眠りに落ちてしまった。

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【1】
「もう少し、ですからね……! んっ……しょ……」

月明かりだけが道を照らす中、ルクラは黒い何かを背負って宿へ戻ろうとしていた。
彼女より少し大きなそれが月に照らされると、真っ黒なローブに身を包んだ少女である事がわかる。
少女は身動き一つしない。
腕力に自信があるわけでもないルクラが、自分より大きな少女を背負い運ぶというのは大変な重労働である。

「絶対、助けてあげますから……! 頑張って、下さい……っ……!」

時間にして30分ほど前の事であった。

【2】
街灯に照らし出される石で舗装された道は、だんだんと月明かりだけが照らし出す土道へと変わり行く。
首筋を撫でる風はとても冷たく、何時雪がちらついても可笑しくないな、とルクラは思った。
帰路を行く足の速度を速めようとは思わない。
どころか、帰る途中自分の思ったことが起こったらいいなと、わざと歩みを遅くする。
このぐらいの寒さ、竜の血を引く彼女にとってはなんでもない物だったのだ。
寒くないかとメルやスィンに問われ、全然、とにこやかに答えたときの彼女達の驚いた顔はまだ記憶に残っている。
暑さ寒さに強い身体、疲労病気に強い身体。
竜の血を引いていてよかったと思う数少ない要素である。

「……~♪」

小さく鼻歌を歌う。
最近の探検は特に失敗も無く、どころか困難な事を乗り切って成功を収める事ばかりだった。
自分でもしっかり役に立てている、あれだけの事ができるのだ。
過剰な自信は慢心を招くが、今この一人きりの時間ぐらいはそれに浸りたいとルクラは思っていた。
鼻歌は、自分へ向けた賞賛の拍手の代わりであった。

「……?」

誰も使っていないぼろぼろの物置の影に、何か白い物が顔を覗かせているのをルクラは見つけた。
何度も通いなれた道、なんとなしに眺めて覚えてしまった光景だ、何か違いがあればすぐに気づける。
物置の傍に置かれているのは同じようにぼろぼろな樽と、幾つかの農具ぐらいで、月明かりに照らし出され映える白い物は無かった筈だ、そう思いつつルクラは白い何かに近づいた。

「えっ……」

それは、投げ出された人間の足だった。
視線を辿れば、少女が物置の壁に寄りかかって、ぐったりとしている。
年恰好を見ればルクラと同じか、少し高いぐらいの少女だ。

「ちょ……だっ、だいじょうぶですかっ!?」

艶のある丁寧に切りそろえられた黒いショートヘア、それを飾る白いヘッドドレス。
陶器のように白い肌色、あまりに整ったその顔つきはまるで人形のようだった。
だが、僅かに苦しそうに呼吸をしていること、合わせて小さな胸が上下している事を見ると、その少女は生きている。

「しっかりしてくださいっ! ねぇっ!」

見捨てるという選択肢は初めからルクラの中には存在しなかった。
この少女が血に塗れて紅くなった、上半身だけ残されたレースドレスを纏っている所を見つけたときには、頭より先に身体が動いていた。
探検の最中作ってもらった新しいローブを纏う様になり、再び本来のパジャマとして使われだしたローブを着せ、四苦八苦しながらも背負う。

「わ……っとっと……」

完全に脱力した状態の、更には自分より大きな少女を背負うというのは、思った以上に大変な事だった。

「うわっ――」

ルクラはバランスを崩し、少女を背負ったまま物置の壁に身体を叩きつけてしまう。
みしみし、と木が衝撃に耐え切れず千切れていく音が耳元で響く。
やってしまった、そんな罪悪感が僅かに生まれた。

「いたたた……」

咄嗟に出した肘を思い切りぶつけたため、じんじん痛む。
だが、今は自分の肘や、多分壁を壊した物置を気にするべきではなかった。
か細い呼吸をしている背中の少女を、一刻も早く宿に連れ帰らねばならない。

「帰らなきゃ……!」

【3】
この少女は一体何者だろう?
何故あんな所で倒れていたのか?
血まみれの、一部しか残っていないドレスの謎。
あれこれと疑問は浮ぶが、どれも答えは出ないし、答えを知っているであろう少女は無言を貫いていた。

「おばあさんっ! 開けて下さい、早くっ!」

両手でやっと支えられる状態を、一瞬片手だけ離し扉を乱暴に素早く叩いて再び支えに戻す。
重力にしたがってずり落ちないように殆ど腰を90度近いところまで曲げて、扉が開くのを待つルクラの姿は滑稽だった。
無論本人はそんな些細な事を気にするほどの余裕は無いのだが。

「あらあら、どうしたの……!?」
「話は後ですっ! この子、道端で倒れてて……!!!」
「まぁ……大変……!」

扉を開けた先に予想もしなかった光景が広がっている事に老婆は酷く驚いた様子を見せたが、すぐに家の中にルクラと少女を招き入れた。

「とりあえず私のベッドまで運んで頂戴」
「はいっ!」

宿に辿り付いた時点でもう腕は悲鳴を上げている。
力が入っているのか入っていないのかも判らない。
相変らず腰を直角に曲げた姿勢で、ルクラは少女を部屋へと運び込む。
少し遅れて薬箱を持って部屋に入ってきた老婆の助けも借りて、なんとか少女をベッドに横たわらせる事ができた。

「お疲れ様。大変だったでしょう?」
「そんなことないですっ! あの、わたしのことよりその子を診て下さい! 何処か怪我してると思うんです! 元々着てた服が血だらけで……!」
「えぇ。すぐに診てあげる」

老婆が『ごめんなさいね』と小さく断わりを入れて、少女の黒いローブの裾を首元辺りまで引き上げる。
一糸纏わぬ下半身に、血に塗れた、元は白かったらしいレースドレスの上半身部分が露わになった。
暫く少女の身体を触り、傷の有無を確認していた老婆は難しい顔をして首をかしげた。

「ど、どうですか?」
「うーん……。怪我は、していないみたいねぇ……」
「えっ!? こんなに血がついてるのに!?」
「眠っているだけのようねぇ。少し顔色が悪いけど、ゆっくり休めば治ると思うわ……」
「そうですか……よかったぁ」

服を元の状態に戻し、布団を掛けながら老婆は言う。

「何か大変な事に巻き込まれたのかもしれないわねぇ」
「大変な事……ですか?」

ルクラは不安になった。
この少女が何かとんでもない厄介事に巻き込まれているかもしれないという懸念と、それにこの老婆を巻き込んでしまったのではという危惧からくる不安だ。

「よくはわからないけれど……。まぁ、この子が起きてから事情を聞くことにしましょうか。お腹が空いているでしょう? ご飯はありますから、いかが?」
「は、はいっ! 一応その子の分も……」
「勿論用意しておくわ。あの子が元気になるまで、とりあえずここに置いてあげましょう」
「あ……ありがとうございますっ!」

老婆は嫌な顔一つしないが、もしかすると困っているのかもしれない。
一度そう思うと、黙ってそのままを見送るわけには行かなかった。

「……でも、ごめんなさいっ!」

気が付けば深々と頭を下げていた。
一度でも罪悪感を感じてしまえば、それが一瞬にして膨れ上がる。
自分がまるで大罪人のように感じてしまう。
真っ白な純粋な心は、ただの一点の黒色さえ許せないのだ。
性格だった。

「あら、どうして謝るの?」
「だって、ご迷惑じゃないかって……」

ルクラの言葉に老婆はにっこりと笑って見せた。

「そんなこと無いわ。……やっぱり貴女は思ったとおり、とても心優しいお嬢さんねぇ。困った人が居ると行動を起こさずには居られない。いつも私のお手伝いをしている時だって、何にだって一生懸命。……貴女をお客様として迎えられて、誇りに思うわ」
「あ、ありがとうございます」
「さぁ、ご飯にしましょう。大丈夫よ、あの子もすぐに元気になるわ」

頭を撫でられ、なんだか気恥ずかしくて身体をもじもじとさせて。
老婆に促されるまま、ルクラは部屋を後にする。
部屋を出る前に振り返って見た少女の姿は、最初に見たときと同じだった。

【4】
「お姉さま?」

その声に少女ははっと眼を見開いた。

「あ……えぇ。なんでもないわ、ラズレッタ」

目の前に立っているのは、瓜二つの少女。
違うのは、髪の長さだけ。
それ以外は、不気味なほどに同じだった。
ラズレッタと呼ばれた少女は『キヒヒ』と独特の笑い声を上げて、小馬鹿にしたような様子で居る。

「今日のお姉さまはぼんやりさん。とても間抜けな感じがしますわ。いつもの笑みは何処へ行ったのでしょう?」
「少し考え事をしていただけよ。わたくしの妹は少しの思考の時間すら許さず、邪魔する子だったのかしら」
「えぇ、邪魔を致しますわ。『思考』にお姉さまを独り占めされるなんて、この身が引き裂かれる思い。お姉さまはわたくしだけを見て思っていれば良いのですわ」
「あらあら、それはごめんなさい。でもたまには考え事をしないといけない時もありますの」
「それは何故? お姉さま」
「貴女をどう喜ばせようか、それに心砕くため」

少女の答えにラズレッタは満足そうに笑い、そして抱きついてくる。

「さすがはお姉さま、わたくしのために『思考』をこき使っていますのね」
「当たり前でしょう? 貴女以外の誰に使うというのかしら」

少女はラズレッタの手を取り、どこかへ歩もうとした。

「……ッ!?」

動かない。
動けない。
足が錘をつけたように重い。

「今日は何をしましょうか?」
「何をしましょうね? 行きながら、話してあげますわ」
「なっ……!?」

目の前には自分とラズレッタが、歩いている。
楽しげに話している。

「待って!」

引き止めようとしても、目の前の二人、双子は意に介さず、ただただ前へ歩んでいく。

「待って……お願い、ラズレッタ! 待って……!!!」

自分と瓜二つな妹の名を呼んでも、結果は変わらなかった。

「ラズレッタ……待って……お願い……! お姉ちゃんを置いていかないで――!!!」
 
少女は必死に目の前に手を伸ばし――。

【5】

「……?」

ぱちり、と少女の眼が開いた。
数秒で、全くの見知らぬ場所に横たわっている事に気づく。
寝心地のよいベッド、質素な調度品が目立つ部屋、差し込む日の光。

――夢、か……。

ゆっくりと起き上がり、頭を振る。
そして自分を叱咤する。
妹は、死んだのだ。
光の奔流に飲まれ、絶叫と共に塵と化したのだ。
もう、何処にもいないのだ。

「……ラズレッタ……」

少女が妹の名を呟くのと、がちゃりと扉が開いたのは、同時だった。

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