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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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【1】
虎との戦いに勝利を収めたその日の夜。

「起きなさいボクネンジン」
「………………」
「おーい」
「………………」
「スーくん、起きて下さいー」
「………………」

ぐっすり、というよりはぐったりと寝ているスィンを前に、ルクラ達はあの手この手を使ってなんとか彼の意識を取り戻そうと努力する。
辺りには食欲をそそる香りが漂っていた。
他にもこの魔法陣”カウル山岳”の周囲にてテントを張る冒険者達の夕食の香りだ。
ルクラ達も勿論準備はしているが、スィン一人だけ放っておいて食べるわけにも行かない。
だが、努力虚しくスィンは意識を手放したままであった。
エクトがため息をつく。

「……だめね、これじゃあ」
「どうする?」
「……もう少しだけ時間を頂戴」
「うん、いいよ。スゥくん寝かせたままボクらだけで食べるのも、美味しくないだろうし」
「スーくん大丈夫ですよね、エーちゃん……?」
「その辺は心配しないで。兎に角丈夫だし……今回は当たり所が悪かっただけよ」

虎に噛まれる事を一番恐れていたルクラ達であったが、実際戦ってみて脅威だったのはその牙より、繰り出される虎パンチの方であった。
まさか虎に猫騙しされる日が来ようとは思いもよらず。

「アレは痛かった……。まだボクもひりひりする」
「メーちゃんも大丈夫ですか……?」
「うん。一日寝たら治るよ」
「よかった……」

何度も虎パンチを身に受け、スィンは倒れ。
メル曰く『目の前に星が飛んだ』とまで評された威力だ、幾ら従者として色々と訓練と経験を積んだ彼でも、いつもの練習試合の時のようにすぐさま復活というわけには行かないようだった。
もう暫く夕飯はお預けである事を悟ったルクラは、ここに来る途中ちらりと見た、森の中の小さな泉の事を思い出す。

「あの……ちょっと、出かけてきてもいいですか?」
「何処いくの? お散歩?」
「は、はい。そんな感じです」
「うん、いいよ。行ってらっしゃい。……あ、でもあんまり遠くには行かないでね」
「はい。行って来ます」
「気をつけてね」

自分の小さな白い肩掛け鞄を持って、革の半長靴を履いて、ルクラはキャンプを後にする。
その後姿を見送りながら、メルは首をかしげた。

「何処行くんだろう」
「まぁ、いいんじゃないかしら」
「……うん。ルゥちゃんだし、大丈夫だよね。……おーい」
「ほら、いい加減起きなさい、スィン」

【2】
「やっぱり、誰も居ない……」

小さな泉は清水を湛えて、そこに静かに存在していた。
辺りを見回しても人の気配は無い。

「こういうの、『穴場』って言うんですよね。……ふふ、貸切だ」

泉の前に立つ。
透き通った水に映るのは夜空。
そして、黄色く瞳孔の細長い蛇のような瞳、大きく広げられた白い竜の翼、足元でぱたぱたと振られる白い竜の尻尾を持った自分の姿。
それこそ、殆どの人が見ることが出来ないであろうルクラの本当の姿だった。

「鏡で見るのと、なんだか違うなぁ……」

泉の縁に足をだらんと垂らして、静かに波紋を広げている水面を、それに映るもう一人の自分の姿を見つめる。
笑みを浮かべると、もう一人の自分も笑みを浮かべてくれる。
翼も尻尾も全て、同じように動いている。

「そういえばわたし……鏡を見るの、大嫌いになった頃があったっけ」

ふと昔の事を思い出して、呟く。

「……ねぇ、わたし? 普通の人間に生まれたほうが良かったって、今でも思ってる?」

すると、水面に映った自分自身が口を開いた。
勿論そんなことは在り得ない。
ルクラ自身の、自問自答である。

「ううん」
「気軽にお友達も作れない」
「そうでもないよ。ちゃんとバングルさえつけてたら、平気だもん」

竜の血を引いていることによる不都合を、自分の観点から次々と上げて、それから自分自身で否定する。
何のために始めたのか、ルクラもよくわからなかった。

「――もし何かの不注意でバングルが壊れたら?」

暫しの沈黙。

「……そういえば、あったね。そんなこと」
「もう起こらないなんて保障は無いよ」
「もっと気をつける」
「解決になってない」
「それしか方法が無いもん」
「竜の血なんてやっぱり要らない?」

自分で自分に問いかけているだけのはずなのに、だんだんと妙な気分になってくる。
まるでもう一人、別の自分が傍にいるような感覚。
しかし不思議とそれを恐怖に感じることは無かった。

「そんなことないよ。不便な所も一杯あるけど」
「ずっと誰かに正体がばれるのを恐れる生活なのに? 人間だったらそんなこと気にしなくても良かった」
「わたしが望んで手に入れたものじゃないもの。どうにも出来ないじゃない。偽れる手段があるだけでも、いいと思うな」
「どうにも出来なくしたのはお父さんとお母さん」
「違う」
「違わない。生んで欲しくなかった」
「そんなことない」
「普通の人間として生まれたかった」
「もうそんなこと思ってない。……お父さんとお母さんの子供で、良かったって思ってる」
「それは何故?」
「心から、わたしを愛してくれてるんだもの」

考える事もなく、すらすらと出てきた言葉に少し驚く。
更に言葉は溢れ出てきた。

「このバングルが、何よりの証拠だと思う。『普通の人間じゃないわたし』が、『普通の人間の世界』に馴染むための唯一の道具。苦しんでるのはわたしだけじゃないよ。お父さんもお母さんも悩んで、苦しんできたんだと思う。その結果がきっとこのバングルなのよ」
「………………」
「その事に、一度だけバングルを壊してしまったあの日……あの日にわたしは気づいた。だからもう、『普通の人間に生まれたかった』なんて思わない、言わない。望んだりしない。お父さんとお母さんから半分ずつ受け継いだ血を嫌うことなく、ずっと生きていく」
「ずっと偽り続けるの?」
「そうなるかもしれない。そうじゃなくなるかもしれない。……この島に来てね、何時かわたしみたいな存在でも、差別なんかされずに生きていける時が来るんじゃないかな、って思えるようになったの。あんなに沢山、人間とは全然違う人達がいるんだもの。メルディアにだって何時かきっと……あんな人達が溢れて、普通の存在になるんじゃないかって思ってる。世界って広いんだから、可能性はあるでしょ?」
「……前向きになったね」
「そうかな」
「そうだよ」
「……そっか」
「いつか本当の姿でも、誰とでも仲良くなれる日が来ると良いね」
「うん。……ありがとう。そろそろ、帰るね」
「うん。またね、わたし」
「またね。……?」

寝ていたわけではないのだが、どこか覚醒したような感覚が身体を巡り、ルクラは驚く。
水面に映るのは自分の驚いた顔、本当の姿。
なんだかそれが、さっきよりも愛おしく思える。

「……これからも頑張ろうね」

にこりと微笑んだら、水面の上の自分も微笑んだ。

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【1】
休息の時間はあっという間に過ぎていった。

宿屋の老婆と共に過ごし、一緒に料理やお菓子を作り、沢山のお話をした一日は終わり、再び遺跡探検へ向かう日がやってくる。

今、ルクラは集合場所とされた遺跡の入り口に走って向かっている。

その表情は、好奇心と興奮に満ちていた。

「メーちゃん、エーちゃん、スーくん!」

途中、集合場所に向かっている仲間達を見かけて手を振る。

彼らもすぐにルクラに気づいて、手を振り返してくれた。

「おはようルゥちゃん」

「今日も元気ねー」

「はい! 一日しっかり休みましたから!」

買出しに駆け回り、宿に帰れば自分から老婆の手伝いをずっとしていたので、実質ルクラが休んだのは夜の睡眠時間だけであった。

それでもルクラには十分すぎる休息時間だったのだろう。

化物に襲われる危険の無い安全な街での生活、それ自体が休息になったに違いなかった。

「エクトさん、昨日はありがとうございました!」

「あぁ、いいのよ。仲間の頼みなんだからあれ位お安い御用」

「おかげで……ほらっ!」

ルクラが懐から取り出したのは、赤い魔石。

仲間達はそれを見て、笑みを浮かべた。

「武器を新調したのか。ふむ、おめでとう」

「戦力アップ~、だね」

「エクトさんが合成してくれた赤い枝を使って作ったんです! 上手にできました!」

「自作したの? ……それでもかなり良い出来してるわね……」

「はい! 作り方を教えてくれたおばあさんも、褒めてくれました!」

ルクラの掌の上で輝くそれは、記念すべき最初の自作魔石だった。

「どんな名前にしたの?」

「自作の醍醐味ね。是非聞かせて頂戴」

「えへへ……名前は、フィエンターシュ! フィエンターシュです!」

「……ふむ、不思議な名前だな」

「でもいい名前だと思う」

「えへへ……」

嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべるルクラ。

実は父親がたまに行ってる酒場の名だというのは、内緒にしておくことにした。

ちなみにダーツバーである。ジンジャーエールが美味しい酒場だ。

【2】

『波打ち際』の魔法陣の文様を思い浮かべると、一瞬の浮遊感の後その場所に立っていた。

遺跡の外に脱出するときと今回とで二回目の転送になるわけだが、つくづく便利な物である。

「不思議ですね……凄く便利」

「一体どういう仕組みなのかしら。今後の旅のためにも是非欲しいわ」

どんな場所に居ても思い浮かべればそこに戻れる。

またはそこへ行ける。

転送技術が発達していないルクラの故郷では驚愕される事間違い無しの代物だ。

――遅刻しそうなときもこれさえあれば……。

ただしルクラにとってはその程度の用途しか思い浮かばなかったのだが。

「よし、それじゃあ北へ向かってしゅっぱーつ」

「はーい!」

今回の冒険の目的は、【シリウス浮ぶ河】から南下した途中にあった森の中である。

あの森の中にも魔法陣があり、前回の冒険は【波打ち際】の獲得を優先したため、回収しに行こうという話になったのだ。

森にはすぐに到着する。

「わぁ……」

「視界が悪いな……」

「足場もね。転ばないように気をつけて」

日の光はあまり差し込まず、薄暗い。

眼を凝らさないと判らない物もあるかもしれない。

例えばそれは小さな虫たちであったり、木々のざわめきであったり。

「待って」

「えっ?」

「……来たな」

凶暴な動物であったり。

何かが、自分たちの近くをうろついている。

それもわざとらしくだ。

「……今までのとは一味違うよ。気を引き締めていこう」

「メーちゃん……」

「大丈夫、ボク達なら勝てるさ」

「援護を頼むぞ」

武器を構えてメルとスィンがそれぞれ前と後ろを固める。

中心に位置する形になったルクラとエクトは、それぞれメルとスィンを援護する形に入った。

「……ッ! 来たぁっ!」

メルの言葉と、二匹の猛虎が木々の間を縫って、飛び掛ってきたのは同時だった。

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【1】
辺りを水地に囲まれた場所に、新たな魔法陣はあった。

『波打ち際』、そう書かれた文字と共にルクラ達の頭の中にはその魔法陣の文様がしっかりと刻み込まれた。

二つ目の魔法陣を見つけた事にルクラ達は満足げな笑みを浮かべていた。

そして次には、皆安堵のため息をつく。

今回の冒険はここで終わり、遺跡の外へ戻ろうという話が纏まっていたためだ。

持ち込んだ食料も鮮度が落ちているし、この冒険で拾った様々な物品も鞄を圧迫している。

冒険の中断を挟み込むには丁度良いタイミングだった。

せーのとタイミングを取り、一斉に魔法陣を踏む。

光が立ち上り、眩い輝きに包まれ、一瞬何もかもが輝きに染まり。

気が付いたときには、ルクラ達はもう遺跡の外へ立っていた。

【2】
「お疲れ様。明日一日しっかり外で休んで、明後日からまた頑張ろぅ」

「準備に追われそうだな……」

「集合はまたここかしら?」

「うん。ここで集まって、それから出発」

メルとスィンとエクト、三人の話を聞きながら、ルクラは何度も頷く。

彼ら三人は非常に旅慣れていた。

今回の短い旅の中でも、何度ルクラは彼らに助けられたか判らない。

「買い物なんかも忘れないようにね。それじゃあ、これで解散!」

「お疲れ様でした! メーちゃん、エーちゃん、スーくん!」

「お疲れ様、ルゥちゃん」

軽い打ち合わせが終わった所を見計らい、労いの言葉を投げかける。

その名前の呼び方は、親しみを込めたもの。

日数にすればたったの二日、それでも彼ら三人を『友達・仲間』と呼んで、彼ら三人が自らを『友達・仲間』と認めてくれるには十分な時間だった。

――仲間って、友達って認めてくれた皆の為にも……これからがんばらなくっちゃ!

今は彼らの後ろを付いていくだけしかできないが、何時かきっと横に並べるように頑張ろう。

そんな思いを胸に、ルクラは疲れを感じさせない笑顔を浮かべてみせる。

三人も、その笑みに応える様に笑った。

「それじゃ、ボク達は宿に戻るけど……ルゥちゃんはどうするの?」

「泊まる場所はあるのか?」

「無いなら、一緒の宿にどうかしら」

「いえ! ちゃんとお宿は取ってます! だから、今日はここでお別れですね!」

「そうなんだ、よかった。それじゃあまた明後日ね。お買い物してる時に出会うかもしれないけど」

「これからも宜しく頼む」

「またね」

「はい! みんな、また!」

手を振って別れ、賑やかな町の中央へ向かうメル達三人と違い、ルクラは喧騒とは程遠い町の外れに向かって駆け出した。

疲れが無いわけではない。寧ろ、ベッドに寝転がれば熟睡できる自信がある。

それでもルクラには走る理由があった。

目指すは宿屋『流れ星』。

【3】
「おばあさん! ただいまっ!!!」

庭先の掃除をしていた宿屋の主に、ルクラは元気よく声を掛けた。

地面をじっと見つめ、枯れ葉をかき集めていた老婆は声に顔をあげて、そして喜びの表情を浮かべる。

「あぁ……! おかえりなさい!」

ルクラは老婆の前まで走って、それから膝に手をついて肩で息をつき始める。

「はぁっ……はぁっ……! あぁ、疲れた~……」

「そんなに息を切らして……大変だったのねぇ」

「い、いえ! 早くおばあさんに、探検がちゃんと成功したって、伝えたくって! 走って帰ってきました!」

「あらあら! ……でも、元気そうでよかった……。怪我はしてないかしら」

子供らしい受け答えをするルクラに老婆は笑い、それから彼女の身を案じる。

それがきっかけに、ルクラは堰を切ったように話し始めた。

「はい! 探検はわたし一人じゃなかったんですよ! お友達ができて、一緒に探検して……!」

止めなければ庭先で何処までも話をされそうだと思ったのか、老婆は人差し指をすっとルクラの顔の前に突き出して、言った。

「えぇ、えぇ。とりあえず、中にお入り。一日ぐらいはじっくり休める時間があるのでしょう?」

「はい!」

箒を適当な所に立てかけて、それからルクラの背中にそっと手をやり、老婆は玄関の扉を開く。

ゆっくりと家の中に入っていく二人の姿は、さながら孫娘と祖母のようだった。

【4】
「……それで! 橋を渡った先に、また緑色の変なのが出てきたんです! 三匹も!」

「あらあら……それは大変ねぇ」

「でも! メーちゃんが斧を持って突撃して、スーくんがエクトちゃんの守護魔術を受けてその後に続いて! わたしが後ろから魔術で援護して! ばっちりこれも勝っちゃったんです!」

「まぁ……」

「それで、それで……そう! 魔法陣も見つけたんですよ! 『シリウス浮ぶ河』って魔法陣と、『波打ち際』って魔法陣! 『シリウス浮ぶ河』は緑色の変なの三匹をやっつけた後で……『波打ち際』は、おっきなアリさんとミミズさんをやっつけた先にあったんです! あぁ、おっきなアリさんとミミズさん! 今回の探検の一番最後に戦ったんですけど、強敵でした! でも、絶対に負けない、魔法陣を覚えて帰るんだって思って――」

それから夕飯時。

老婆に用意してもらった久しぶりの温かく、様々な材料が使われた料理を食べながら、ルクラは冒険談を自慢げに老婆に話していた。

いつもなら食卓でこんなに騒ぎ立てるなど、行儀が悪い事と躾されている彼女には無いのだが、今回は特別だった。

嬉しい事、悔しかったこと、怖かった事、そのどれもが彼女の心臓の拍動を、興奮を高め、その勢いは言葉となって、身振りとなって現れている。

暫く話していて、ルクラはふと気づいたように声を上げる。

「おばあさん! 命術の本と、魔石! ありがとうございました! おかげで、色んな経験ができました!」

「どうだったかしら? 貴女だからきっとすぐに慣れると思ったのだけど」

「はい! もう完璧です! バッチリマスターしました! だからもう、本はお返しします!」

足元に置いた鞄から古びた本を取り出し、ルクラは老婆にそれを渡す。

老婆は受け取りながら、どこかからかうような笑みを浮かべた。

「『ボロウライフ』だけではないけれど、それもかしら?」

本に記されたのは命術の基礎だけではなかった。

他の技能と併せて使う『複合術』の基礎も乗っている。

老婆の質問はそれも扱えるようになっているのか、という確認だった。

ルクラはやはり自信満々の笑みを浮かべて答える。

「勿論です! 風の魔術と命術を組み合わせた『命風術ウィンドラバー』! 使えるようになりました!」

「『複合術』も扱えるようになったの……!?」

「これもおばあさんが貸してくれた本と魔石のおかげです! ありがとうございました!」

「まぁ……驚いたわ。予想以上に貴女は、魔術士としての才能があるのね」

「えへへ……」

褒められて嬉しくて恥ずかしいのか、何とも緩んだ表情を見せて、後頭部を掻くルクラ。

「……これなら、もう少し難しい事も教えてあげられるかもしれないわねぇ」

「え?」

だが、『もう少し難しい事』と聞いて、すぐにその顔は興味津々に染まった。

その移り変わりがどこか面白くて、老婆は笑い。

席を立ち、命術の本を本棚に戻す代わりに、別の本を取り出し、ルクラに手渡した。

「これは……?」

「貴女に渡した魔石はもう古くて、昔のような強さは出ないのよ。あれだけでこれからの冒険を続けるのは危険だと私は思うの。……だから、是非自分で魔石を作ってみてはどうかと思ってねぇ」

「ま、魔石をわたしが……!? つくれるんですかっ!?」

「勿論よ。その本をしっかり読んで……勉強すれば必ずね」

「わぁ……!?」

この島の魔術を学んだときも、自分の故郷で初めて魔術を習った時の様な高揚感があった。

しかし今、手元に収まった本の表紙を眺め、それ以上の高揚感が現れ、心臓を更に強く高鳴らせているのをルクラは実感する。

「が……がんばります!」

「えぇ。貴女なら大丈夫。『複合術』まであっという間に覚えてしまったのだから……」

「うん! ……あ、はい!」

「ふふ……。さぁ、お勉強は後にして、もっと聞かせてくれないかしら。貴女の大冒険を」

「……はい!」

【5】
窓から見える景色は、夕闇に包まれかけた寂れた通り。

人通りは少なく、眼を楽しませるものは皆無だった。

老婆から借りたスカイブルーのパジャマを着た彼女は布団の上に座って、窓に頬杖をついてぼんやりと景色を眺める。

頬杖の横には少しだけ殴り書きされたメモと一本の鉛筆。

「………………」

明日やる事はそう多くはない。冒険の準備として色々と買い込むのが大仕事なだけで、殆どが自由な時間になるに違いなかった。

実際メモには大まかな買い物の内容に、エクトに依頼する合成の内容ぐらいしか書かれていない。

「ベルクレア……かぁ……」

専ら今のルクラの思考といえば、探検の最中出会った奇妙な物体がその存在を、そして詳細をメルが教えてくれた『ベルクレア軍』の事だった。

複数の隊に別れ、奇妙な物体が立ちふさがった地より先を制圧しているという彼らは、話を聞く限りこの島の探索をする冒険者の存在をあまり快くは思っていないらしい。

練習試合と称して人との戦いは何度か経験してきた。

だがそれもお互いに何も損害を与えない行いのため、本当の戦いの緊張感は味わえない。

――あそこから先に進んだら、もう軍との衝突は避けられないと思う。

――話し合いでなんとかなる相手ではないの?

――だめだよ。あの人達話なんて聞かないし、問答無用なんだよ。

――そうすると、道は一つか。……ふむ、まぁ覚悟はしているさ。

――あの人達丈夫だから、全力で戦っても大丈夫。あんまり対人なんて気にせずに何時も通りで行けばいいよ。

「やっぱり、戦う事になるのかな……」

話し合いで穏便に解決したい、とルクラは思う。

だが戦う事になるだろうという『予感』が生まれているのも事実だ。

「……なるようになれです! ……寝よっと!」

話し合いで解決できれば良い、そうでなければその時だ。

深く考えるだけで気分が落ち込むのを感じたルクラは、そう言ってさっさと布団に潜り込んでしまった。

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【1】
「っ……!」

駆ける、止まる、飛ぶ、走る。

魔石は何度も光り輝き、キラキラと輝く小さな光弾も輝きと同じ数だけ発射されている。

「……ふ……ぅ……!」

相手がリコーダーを吹き鳴らすだけで、楽譜で見るような音符が形を持ち、ルクラへ向かって襲い掛かってくる。

時には打ち落とし、時には避け、そして時にはその身に音符を受けて。

防具を作成してくれたリレイバーリオン率いるパーティとの戦い、お互いに残りは一人。

遠距離攻撃手段に長けた二人による一騎打ちである。

避けた音符が、様々な色を持ってふよふよと辺りを浮き、目標に当たることなく弾け飛んだ光弾の塵が音符の周りを彩り、幻想的な光景が出来上がっていた。

【2】
「はぁ……はぁ……!」

動き続けたルクラの体力は最早限界だった。

魔石に力を込めて、放出するだけの単純な行動でさえ億劫に思える。

しかしルクラのその歩みの一歩一歩は力強く。

発射される光弾も力が衰えた様子を見せてはいない。

「まだ……まだぁ……!!!」

肩で息をしながらも、彼女は全力で動き、攻撃をする。

小さく可愛らしい外見の少女からは今、鬼気迫ると言っても過言ではないほどの気迫が発せられている。

「……!」

相手の奏でる音色に乱れが生じた。

音が飛び、不安定に高くなり低くなり、今まで静かに流れていた音楽が力強く、五月蝿く。

それは相手も疲労している何よりの証拠になった。

そしてルクラ自身は気づいていないが、彼女から発せられる気迫に相手が戸惑っているのもまた、音色が乱れた原因になっている。

――次で決める!

決着が近い事を予感したルクラは、相手に向かって全力で駆け出した。

予想外の行動だったのか、相手の顔には驚きの色がありありと見て取れる。

魔石を持った手を思い切り突き出し、それと同時に魔石が輝き。

――これで……!!!

瞬間――。

【3】
「……う、うぅーん……?」

「あ、起きた」

ルクラが次に見たのは、自分を覗き込むメルの顔だった。

「わたし……あれ……?」

「お疲れ様、るぅちゃん」

身体を起こして、周りを見渡す。

練習相手だったリレイバーリオン一行は既に居らず、メルトは少し離れた所で自分を見守っていたらしいスィンとエクトの姿だけがあった。

「れ、練習試合は……?」

「こっちの負け。……惜しかったんだけれどね」

「あと一発当たれば、という状況に二人ともなっていたからな」

「……そう、ですか。……負けちゃったんだ」

がっくりとうなだれたルクラ。

それを見て、メルたちはそのあまりの落ち込み振りに眼を丸くした。

「ごめんなさい、わたしがもうちょっと頑張ってたら……」

「そんなに気を落とさなくていいよ。負けても悪いことがあるわけじゃないんだから」

「それはそうですけど……」

メルの言うとおり勝っても負けても何も無いのだから、ここまで勝敗に拘る必要は無いのだ。

だが彼女は浮かない顔をして居る。

一体何がそんなに彼女の気分を沈めさせているのか、メルたちには皆目検討もつかなかった。

「だって……勝ちたいじゃないですか! 何にも悪いことがなくっても、やるなら負けるなんて嫌です!」

しかし、ルクラのこの言葉を聞いて、メルたちはあぁなるほど、顔を見合わせ心の中でぽんと手を打つ。

何事にも自分の理想、完璧を追い求める、それが達成できなければとてつもなく落ち込む。

つまり彼女は非常に一本気で、何事にも手を抜かない職人気質なのだ、と今までの彼女の様子を見てきた三人の意見が一致した瞬間である。

「……どんな勝負にも勝ち負けは存在するわ」

暫くの沈黙を破り、エクトが口を開く。

「どれだけ勝ちたいって思っていても、負けるなんてよくあること。相手も全力でこちらと戦って、『勝ちに来ている』んだから。今回の勝負は実力じゃなくて運で負けている気もするけど、それもこういう言葉があるじゃない、『運も実力のうち』」

言われている間にルクラには悔しさが蘇ってきたのか、目尻に涙が輝き始める。

エクトはルクラに手を差し伸べた。

「負けるのは嫌、それだけじゃあだだをこねているのに変わりない。負けて悔しかった気持ち、申し訳なかった気持ち、次の戦いに生かさないと。それでも負けるかもしれない。じゃあそこでまた悔しかった気持ちや申し訳なかった気持ちを次の次の戦いへ生かして。……強くなるってきっとそう言うことだと思うわ」

「………………」

「もう立てる? 大丈夫なら、次の戦いで負けないように、強くなるために探検続けましょうか」

ルクラは涙を腕でごしごしと拭い、そして――。

「……はいっ!」

笑顔で元気のよい返事を返し、エクトの手を取った。

【4】
「少し驚きました、姫」

「あら、どうして?」

「……いえ、他者に物を説かれる姿を見たのは、初めてだったもので」

襲い掛かってきた野犬の群れを撃退したあとの小休止。

乱れた息を整えながらスィンとエクトは、メルとルクラから少し離れた場所で会話をする。

スィンの言葉にエクトは微笑んだ。

「朝練のおかげよ」

「え?」

「負けてる数はきっと彼女より多いから」

「……あぁ」

なるほど、とスィンは呟き。

「そろそろ行くよー」

「出発ですよー!」

メルとルクラの声に反応し立ち上がり、エクトにすっと手を差し伸べて見せた。

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【1】
「たっ戦うんですか!?」

朝食を軽く済ませたその後、メルがどこかに行ったと思ったら、黒と白の双子とその付き人である老紳士、そしてローブを羽織り猫を従えた謎の歌い手を連れてきた。

「心配しなくても大丈夫だよ。練習試合だし、ちょっと力を競ってみようってだけ。勝っても負けてもお互いに影響は無し」

様々な冒険者と手を合わせ、戦術を磨き、戦力を向上させる目的で行われる練習試合。

そんな物があったとは、メルが相手を連れてくるまでルクラは全く知らなかった。

「ふむ。……なら、やってみるか」

「そうね。経験を積むのは良いことよ」

スィンとエクトはもう乗り気で、後はルクラの返答次第と言ったところ。

ルクラは――。

「――はいっ! やりましょう! よろしくお願いします!」

あっさりと承諾して、すぐさま戦いの準備を始めたのだった。

――怖いけど……でも!

彼らと探検をすると決めたとき、絶対に足手まといにならないと彼女は心に誓っている。

どんなに怖くても辛くても、絶対に諦めたり逃げ出したりはしない、という自分自身の約束を持っているのだ。

――みんなが居るから、大丈夫!

仲間と一緒にぶつかっていけば、どんな事だって恐れる必要はなく、乗り越えられる。

彼女はそう信じているのだ。

【2】
「お相手、ありがとうございましたっ!」

「いい試合でした」

「こちらも楽しかったですよ」

「次こそ勝ちたいわね……」

「もうちょっとだったんだけどなぁ……」

戦いが終わって、それから。

ルクラとメルは、練習相手になってくれた四人に頭を下げていた。

頭を下げられている四人は疲れた様子で地面に座り込んでいる。

ルクラとメルも頭を下げ終えると、彼らと同じように座り込んだ。

傍らには、寝かせられたスィンの姿に、それを見守るエクトの姿。

かと思えばスィンの眼が薄く開き、そしてゆっくりと起き上がった。

「おはよう、スィン」

「……姫? 戦いはどうなりました?」

「ちゃんと勝ったわ。……よくやったわね」

「おつかれさまー」

「スィンさん! なんとか勝てましたよっ!」

「……ふむ、そうか……」

微笑むルクラ達を見て、スィンも笑みを浮かべる。

初めての練習試合は白星と、出だしの良いルクラ達『おこさまたんけんたい』であった。

【3】
今日、ルクラにはもう一つ『初めて』があった。

「ご依頼ありがとうございます! きらきら風味なローブになりました」

「わぁ……綺麗!」

この島には様々な存在が訪れて冒険をしている。

身に着けている技術もまた様々。

そしてこの島に落ちているアイテムは、何かしら妙な力を宿しており、それを上手く使って様々な品を作り上げる技術があった。

リレイバーリオン、と名乗る女性から手渡されたのは、まるで星屑が散りばめられた様でキラキラと輝くローブ。

元はエクトに合成してもらった妙な物体を素材にしたものである。

まさかこんな綺麗なものができようとはルクラは夢にも思っておらず、ローブと同じくらい瞳を輝かせ、愛おしそうに出来立てのそれをぎゅっと抱きしめた。

「ありがとうございます!」

「またご縁があれば!」

会話もそこそこに二人は別れ、丁度そのとき出発の合図がメルから掛かり、ルクラの二日目の冒険が始まる。

【4】
二日目の道中は非常に順調だった。

襲い掛かってきたのは、ルクラが初めて島を冒険したときに出会った動く壁の化物に、赤い身体で翼を生やした小さな子供のような化物。

目的とした場所についても、ルクラ達の元気は有り余っている。

そうなると朝にやった事をもう一度やりたくなる、というのが自信を付けた子供らしい思考。

「じゃあ、誰か声を掛けてくるね」

と、メルが相手を探しに行って十分程度の経過の後、新しい練習相手はルクラ達の目の前にやってきた。

「えっ」

そしてルクラは眼を丸くする。

何故なら――。

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