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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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【1】
虎との戦いに勝利を収めたその日の夜。

「起きなさいボクネンジン」
「………………」
「おーい」
「………………」
「スーくん、起きて下さいー」
「………………」

ぐっすり、というよりはぐったりと寝ているスィンを前に、ルクラ達はあの手この手を使ってなんとか彼の意識を取り戻そうと努力する。
辺りには食欲をそそる香りが漂っていた。
他にもこの魔法陣”カウル山岳”の周囲にてテントを張る冒険者達の夕食の香りだ。
ルクラ達も勿論準備はしているが、スィン一人だけ放っておいて食べるわけにも行かない。
だが、努力虚しくスィンは意識を手放したままであった。
エクトがため息をつく。

「……だめね、これじゃあ」
「どうする?」
「……もう少しだけ時間を頂戴」
「うん、いいよ。スゥくん寝かせたままボクらだけで食べるのも、美味しくないだろうし」
「スーくん大丈夫ですよね、エーちゃん……?」
「その辺は心配しないで。兎に角丈夫だし……今回は当たり所が悪かっただけよ」

虎に噛まれる事を一番恐れていたルクラ達であったが、実際戦ってみて脅威だったのはその牙より、繰り出される虎パンチの方であった。
まさか虎に猫騙しされる日が来ようとは思いもよらず。

「アレは痛かった……。まだボクもひりひりする」
「メーちゃんも大丈夫ですか……?」
「うん。一日寝たら治るよ」
「よかった……」

何度も虎パンチを身に受け、スィンは倒れ。
メル曰く『目の前に星が飛んだ』とまで評された威力だ、幾ら従者として色々と訓練と経験を積んだ彼でも、いつもの練習試合の時のようにすぐさま復活というわけには行かないようだった。
もう暫く夕飯はお預けである事を悟ったルクラは、ここに来る途中ちらりと見た、森の中の小さな泉の事を思い出す。

「あの……ちょっと、出かけてきてもいいですか?」
「何処いくの? お散歩?」
「は、はい。そんな感じです」
「うん、いいよ。行ってらっしゃい。……あ、でもあんまり遠くには行かないでね」
「はい。行って来ます」
「気をつけてね」

自分の小さな白い肩掛け鞄を持って、革の半長靴を履いて、ルクラはキャンプを後にする。
その後姿を見送りながら、メルは首をかしげた。

「何処行くんだろう」
「まぁ、いいんじゃないかしら」
「……うん。ルゥちゃんだし、大丈夫だよね。……おーい」
「ほら、いい加減起きなさい、スィン」

【2】
「やっぱり、誰も居ない……」

小さな泉は清水を湛えて、そこに静かに存在していた。
辺りを見回しても人の気配は無い。

「こういうの、『穴場』って言うんですよね。……ふふ、貸切だ」

泉の前に立つ。
透き通った水に映るのは夜空。
そして、黄色く瞳孔の細長い蛇のような瞳、大きく広げられた白い竜の翼、足元でぱたぱたと振られる白い竜の尻尾を持った自分の姿。
それこそ、殆どの人が見ることが出来ないであろうルクラの本当の姿だった。

「鏡で見るのと、なんだか違うなぁ……」

泉の縁に足をだらんと垂らして、静かに波紋を広げている水面を、それに映るもう一人の自分の姿を見つめる。
笑みを浮かべると、もう一人の自分も笑みを浮かべてくれる。
翼も尻尾も全て、同じように動いている。

「そういえばわたし……鏡を見るの、大嫌いになった頃があったっけ」

ふと昔の事を思い出して、呟く。

「……ねぇ、わたし? 普通の人間に生まれたほうが良かったって、今でも思ってる?」

すると、水面に映った自分自身が口を開いた。
勿論そんなことは在り得ない。
ルクラ自身の、自問自答である。

「ううん」
「気軽にお友達も作れない」
「そうでもないよ。ちゃんとバングルさえつけてたら、平気だもん」

竜の血を引いていることによる不都合を、自分の観点から次々と上げて、それから自分自身で否定する。
何のために始めたのか、ルクラもよくわからなかった。

「――もし何かの不注意でバングルが壊れたら?」

暫しの沈黙。

「……そういえば、あったね。そんなこと」
「もう起こらないなんて保障は無いよ」
「もっと気をつける」
「解決になってない」
「それしか方法が無いもん」
「竜の血なんてやっぱり要らない?」

自分で自分に問いかけているだけのはずなのに、だんだんと妙な気分になってくる。
まるでもう一人、別の自分が傍にいるような感覚。
しかし不思議とそれを恐怖に感じることは無かった。

「そんなことないよ。不便な所も一杯あるけど」
「ずっと誰かに正体がばれるのを恐れる生活なのに? 人間だったらそんなこと気にしなくても良かった」
「わたしが望んで手に入れたものじゃないもの。どうにも出来ないじゃない。偽れる手段があるだけでも、いいと思うな」
「どうにも出来なくしたのはお父さんとお母さん」
「違う」
「違わない。生んで欲しくなかった」
「そんなことない」
「普通の人間として生まれたかった」
「もうそんなこと思ってない。……お父さんとお母さんの子供で、良かったって思ってる」
「それは何故?」
「心から、わたしを愛してくれてるんだもの」

考える事もなく、すらすらと出てきた言葉に少し驚く。
更に言葉は溢れ出てきた。

「このバングルが、何よりの証拠だと思う。『普通の人間じゃないわたし』が、『普通の人間の世界』に馴染むための唯一の道具。苦しんでるのはわたしだけじゃないよ。お父さんもお母さんも悩んで、苦しんできたんだと思う。その結果がきっとこのバングルなのよ」
「………………」
「その事に、一度だけバングルを壊してしまったあの日……あの日にわたしは気づいた。だからもう、『普通の人間に生まれたかった』なんて思わない、言わない。望んだりしない。お父さんとお母さんから半分ずつ受け継いだ血を嫌うことなく、ずっと生きていく」
「ずっと偽り続けるの?」
「そうなるかもしれない。そうじゃなくなるかもしれない。……この島に来てね、何時かわたしみたいな存在でも、差別なんかされずに生きていける時が来るんじゃないかな、って思えるようになったの。あんなに沢山、人間とは全然違う人達がいるんだもの。メルディアにだって何時かきっと……あんな人達が溢れて、普通の存在になるんじゃないかって思ってる。世界って広いんだから、可能性はあるでしょ?」
「……前向きになったね」
「そうかな」
「そうだよ」
「……そっか」
「いつか本当の姿でも、誰とでも仲良くなれる日が来ると良いね」
「うん。……ありがとう。そろそろ、帰るね」
「うん。またね、わたし」
「またね。……?」

寝ていたわけではないのだが、どこか覚醒したような感覚が身体を巡り、ルクラは驚く。
水面に映るのは自分の驚いた顔、本当の姿。
なんだかそれが、さっきよりも愛おしく思える。

「……これからも頑張ろうね」

にこりと微笑んだら、水面の上の自分も微笑んだ。

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