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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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ビターな香りに父の面影
 
【1】
「手伝ってもらって悪かったね、ルー。重かったろう?」
「ううん。大丈夫! あれ位ならへっちゃらです!」
「はは、そうか。助かったよ、ありがとう」
「どういたしまして!」
 
背に扉の閉まる音と、客の入退出を知らせるベルの音を聞きながら、ルクラと彼女の父親レミスはそんなやり取りを交わした後に笑いあった。
目の前の往来の人通りはとても激しい。
眩しいぐらいにあたりを照らし出す太陽は丁度真上に昇っており、昼時であることを人々に知らせていた。
人の流れに上手く入り込み、はぐれないようしっかりと手を繋ぎ往来を歩きつつ、二人は此処まで持ってきた大荷物について、何気なしに話し始める。
 
「学校の図書室に、あんなに古い本が一杯あったんですね」
「結構歴史の長い学校だからね。その分沢山昔の本があるんだよ。……ただ、今となってはちょっと学生が読むには難しすぎたかもしれないね」
「そうなの? 表紙しか見てないけど、面白そうな本ばっかりだったような……」
「はは……凄いなぁ、ルーは。あの本達を面白そう、って思ったのか」
「……? 何か変ですか?」
「いや。僕も同じ感想を抱いたよ。たっぷりの時間と、箱に積めて古本屋に売りに行く、っていう仕事さえなかったらあの図書室に篭って何時までも読んで居たかったね」
 
服の内ポケットに仕舞い込んだ封筒――中には古本を売り払って手に入れたお金が入っている――を人差し指でとんとんと叩き、それからレミスはやや残念そうに肩を竦めて見せる。
 
「やっぱりお父さんもそう思いました?」
「そりゃあ、僕にとっては宝の山だったからね。……正直処分するのが勿体無い」
「ですよね! 勿体無い!」
「だろう? ……凄いと思ったのは、あの本達の魅力にルーが気づけたことさ。凄く嬉しいよ」
「えへへ……」
「……書斎の本棚まだ空きあったかな」
「買い戻しちゃうんですね?」
「はは。全部は無理だけど、何冊かはね。自分のお金で買い戻すんだから、誰も文句言わないだろう?」
「わたしも何冊か買っちゃおうかな……」
「おっ、また一緒に今度行くかい?」
「……うん!」
「じゃあまた今度行こう。そうだな……今度のお休みとかどうだろう?」
「うん! それでいいですよ!」
「よし決まり。……おっと、着いた着いた」
「え?」
 
父親に手を引かれ、人混みを離れた先には、一軒の小ぢんまりしたカフェがある。
真っ直ぐ家に帰るものだと思い込んでいたルクラは、眼を丸くして父親を見上げることしか出来なかった。
 
「手伝ってくれたお礼だよ、ルー。此処のパフェ好きだったろう?」
「……うん!」
 
きょとんとした表情のルクラを面白そうに眺めて、それからにっこりと優しい笑みを浮べたレミスに、ルクラも期待と嬉しさに満ちた笑顔を向ける。
 
「いらっしゃいませ」
 
この時間にカフェで一息、という客は今日はレミスとルクラの親子が初めてだったようで、どの席にも人は居ない。
窓から往来を眺めることのできる席を選び、二人は隣り合って席に座った。
注文を取りにきたのは顔馴染みのウェイトレス。
 
「ホットコーヒーを」
 
レミスがそう頼めば砂糖もミルクもついてないブラックコーヒーが必ず運ばれてくる。
覚えられるぐらい、此処は利用しているのだ。
 
「それとチョコレートパフェとホットミル――」
「わたしもホットコーヒー下さい! 砂糖とミルクは無しで!」
 
レミスの注文を遮り、いつもと違った注文をしたルクラに、彼女以外は驚いたようだった。
 
「……ルー、いいのかい?」
「うん!」
「凄く苦いって嫌ってたじゃないか?」
「今はもう大丈夫!」
「……なら、それで」
 
今度はレミスがきょとんとした表情をする番だった。
頭を捻っているうちに注文された品は届く。
新鮮な果実が乗せられたチョコレートパフェに、ブラックコーヒーが二つ。
嬉しそうな顔のルクラに対して、レミスはやや心配そうな顔。
 
「本当に大丈夫かい?」
「ふふ」
 
答える代わりに、ルクラはカップに口をつける。
珈琲特有のビターな香り、続いて流れ込み舌に広がるじんわりとした、身体をぶるりと震わせてしまいそうな苦味。
それをじっくり味わって、ごくりとルクラは飲み込んで。
 
「……美味しいです!」
 
自慢げな表情を浮べてレミスを見たのだった。
 
「……驚いたなぁ。何時の間に飲めるようになったんだ?」
「わたしも大人になったって事です、お父さん」
「はは。……そうか、大人の味が判るようになったのか」
 
ルクラに倣うようにレミスも同じ事をして、其の味に満足そうな笑みを浮かべ。
 
「この苦さ。……僕も初めは苦手だったけれど、今になって、大人になってみると美味しく感じる。不思議なものだよ」
 
そう言って窓の外の往来を眺める。
 
「………………」
 
彼の視線の先には、日没のオレンジが町を照らし、直ぐに珈琲色の闇が何もかもを包んでいく様子が映されていた。

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