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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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レンタルで 一番やってはいけないミスをやりました。
自らへの戒めのため本文の訂正は行いません。
本当に申し訳ありませんでした。

【誤】
淹れて貰った紅茶を味わい、頭の上に生えた『猫の耳』をぴくぴくと小刻みに動かしながら微笑を浮かべているのはマコト・S・久篠院である。
 
 
【正】
 
淹れて貰った紅茶を味わい、頭の上に生えた『狼の耳』をぴくぴくと小刻みに動かしながら微笑を浮かべているのはマコト・S・久篠院である。



次は無いぞ、私。
自身に投げかける最大の罵倒はそれだけです。

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 夢現
 
 
【1】
「おばあさん、こんにちは」
「あら……こんにちは。今日もいい天気ですねぇ」
 
ジャック、飛鳥、みゆきの三人が一通り他愛も無い会話を済ませてこの宿を去ってから数時間後。
日は一度真上に昇り、少し降り始めたぐらいだ。
この時刻に、決まってこの庭に訪れる客人が二人居る。
 
「えぇ、ちょっと暑いぐらいですけれど、いい天気です」
 
手で日光を遮る仕草を見せながら笑って答えたのはウィオラ=ウェルリアス。
 
「左腕がこうでなければ好きだったんですが」
 
金属質の左腕を右の指先で触り、やや熱くなってしまっているそれに苦笑するのは夜紅水織だった。
 
「日差しがきつくなって来ましたからねぇ……。さ、お二人ともどうぞ。日除けの下に居ればみぞれさんの腕もこれ以上熱くはならないでしょうから」
「はい。お邪魔します……あ、おばあさん」
「はい……?」
 
ウィオラの言葉に老婆は準備する手を止めて、彼女のほうへ向き直る。
そこには新たに二人、客人が立っていた。
 
【2】
 
「そう……。貴方達も噂を聞いてここに来たのですね」
「はい。……でも、本当の事はここに来るまでに教えてもらいました」
 
木々や土の良い香りがする女性、スファール・バレルマイスタは緊張した面持ちを見せていた。
 
「ただの風邪なら良かった。……彼女が風邪を引いた、って事自体がまだ信じられないのが本音だけどね」
 
淹れて貰った紅茶を味わい、頭の上に生えた猫の耳をぴくぴくと小刻みに動かしながら微笑を浮かべているのはマコト・S・久篠院である。
彼の隣に席を置いてちょこんと座っているのは、彼と契約を交わした闇の精霊シェイドだ。
“私達のことはお構いなく”、とウィオラと水織の二人は別のテーブルでアクセサリーの話に花を咲かせている。
新たな客人との会話に専念できるようにという心遣いが、今の老婆には有難かった。
 
「ここもルクラちゃんに招待されて、行こうと思ってたんだけどなかなか時間が取れなくて……。ルクラちゃんには悪いことしたかな……」
「仕方がありませんよ。殆どの人……私が知る限りではここにいる皆さん全員が遺跡の探索もされているのですから……。ここはあくまで、遺跡の探索の疲れを癒すための場所。貴女が気に病むことではないわ……」
「……ありがとうございます」
 
胸に手を当てて小さく息を吐き出すと、ファルはようやくそこで初めて、目の前にある自分の分の紅茶に口をつけた。
そんなファルの様子を見つつ、マコトは窓が開け放たれた二階のある一部屋をじっと眺めて、それから同じように紅茶を口に含む。
 
「嬉しそうね」
「そう見える?」
 
シェイドにそう声をかけられると、マコトはにっこり笑ってそれだけ返した。
釣られる様に同じ所を眺めたファルは、視線を老婆へと戻して口を開く。
 
「……あの、おばあさん」
「はい?」
「ルクラちゃんが元気になったら……よかったら、このお庭でパーティしませんか?」
「パーティ? ……あの子の快気祝い、というところかしら……?」
「それもあるんですけど、前から『沢山の人と一緒にパーティが出来たらいいね』、ってルクラちゃんと話してて……。あの、どうでしょうか?」
 
老婆はその問いにあまり考える様子もなく、ゆっくりと頷いて見せた。
 
「いい提案ね……。えぇ、喜んで。準備のほうは少し手伝ってもらうことになるかもしれませんけれど、このお庭を使ってパーティを開きましょう。あの子が元気になったら……」
「わぁ……ありがとうございます! 準備はボクに任せてください!」
「――違うわファルちゃん、『ボク達』よっ!」
「えっ!?」
 
突然庭に響く新たな声。
果たしてそこに居たのは――。
 
「女将さん!?」
「ファルちゃーん♪ そういう事ならリーチャ達も協力しますよ!」
「フッ。このルーク・スタークヘルムも微力ながらお力添えを致しましょう!」
 
この庭の常連でもある“南瓜の涙亭”の面々だった。
 
「あらあら……楽しくなりそうですね」
 
三人に笑みを向け、彼らの分のお茶を入れに老婆は宿の中へと入っていく。
早速後では計画が練られているようで、さまざまな意見が飛び出しているらしかった。
 
「………………」
 
――もう老婆から笑みは消えて、どこか思いつめたような表情が張り付いていた。
 
【3】
「これで大体決定ね。後はルクラちゃんが元気になるのを待つだけか……」
 
小さな眼鏡を取り外し、色々とパーティの計画を練ったメモ帳を眺めつつティアは呟く。
だんだんとオレンジ色の輝きを増してきた太陽を眺めて、彼女は目を細めた。
反対側、庭の入り口のほうに目を向ければ、先ほどまで相談に参加していた他の客人たちの帰路に付く姿が見える。
 
「私たちもそろそろ帰ると致しましょうか、女将殿」
「えぇ、そうね」
「ではおばあさま、私達もそろそろ失礼します」
「はい……またいつでもいらして下さいね」
「あ! 待って下さいねーさま!」
「ん? なぁに、リッチャん?」
 
簡単な別れの挨拶を交わして、老婆に背を向けて宿を後にしようとしたティアの背中に、リーチャの声が掛かった。
振り向いて見て見れば、彼女は老婆に駆け寄って何かを頼み込んでいるようだった。
 
「ルクラちゃんに一言伝えたいんです! おばあさん、ダメですか?」
 
どうやらパーティを開くことをルクラに伝えて、少しでも励みになるようにと考えての行動らしい。
真剣な顔つきの彼女を老婆はじっと見つめ、そして困ったような笑みを浮かべて答えた。
 
「……ごめんなさいね。貴女にも風邪が移っては大変ですから……」
「……そうですか……」
 
その返答に、リーチャは残念そうに俯いてみせる。
 
「リッチャん。寂しいのはよくわかるけど、今は我慢の時よ」
「ねーさま……」
 
そんな彼女の頭を優しく撫でるティア。
老婆は手に持った食器をテーブルに置きなおして、背筋を伸ばして静かに頭を下げる。
 
「……ごめんなさいね。本当に、ごめんなさい。必ずあの子には私から伝えておきますから……」
「ううん。おばーちゃん、謝らないでください…!」
「無理を言ったのはこちらです。……それにおばあさま、お気持ちはわかりますが少々謝りすぎではないですかな? 皆、謝って欲しいとは思っていますまい」
 
ルークの指摘に、老婆は胸が痛んだ気がした。
 
「……そう、ですね。ごめんなさ……あら……」
 
再び出てきた謝罪の言葉を、ぎこちない笑みを浮かべて有耶無耶にする。
 
「それじゃあ、また今度。おばあさん」
「ルクラちゃんが早く好くなりますように、お祈りしますねおばあさんっ」
「では」
 
今度こそ三人は背を向けて、帰ろうとする。
老婆の胸の痛みは、続いている。
嘘をつき続けた、老婆が今まで生きてきた中で最も沢山嘘をつき続けてきた数日の疲労が、今胸の内を食い荒らしている。
もうこれ以上、嘘はつけない。
これ以上つけば――。
 
「……お待ちになって」
 
抑揚の無い声が、再び彼女達を引きとめた。
 
【4】
 
「………………」
 
静かに椅子に腰掛ける。
もう辺りはすっかり日が落ちて暗い。
だというのに、老婆は部屋のランプをつけようともしなかった。
その気力が沸き起こらないのだ。
ただひたすらに自問自答する。
本当によかったのか。
本当に彼女達に真実を教えてよかったのか。
目に焼きついた悲痛な顔を得たことが本当に正しいことだったのか。
 
「……お嬢さん……」
 
藁をも掴む思いだったのかもしれない。
ルクラととても親しかった人間に真実を打ち明ければ、何か進展があるのかもしれないとどこかで思ったのかもしれない。
そんな甘い期待は、今この身体を支配する倦怠感が真っ向から否定している。
何も変わらない。
変わるはずがなかったのだ。
暗い部屋に差し込む、霞に遮られてぼんやりとした外の明かりを、無気力に眺める。
 
「……?」
 
庭の方で音がした。誰かが居る。
こんな状況でも誰か客人が来たとなれば動く身体を恨めしく思い、そして有難く思った。
 
「……どなた……?」
 
人影は二つ。小さなものと、大きなもの。
どちらも庭に設けられた椅子に座っている。
霞が晴れた。
人影の正体が、露になった。
 
「こんばんは、おばーさん。はじめまして」
 
小さな人影は黒を纏った少女。
頭に載せた帽子を手で押さえつつ、勢いよく椅子から飛び出して仰々しくお辞儀をしてみせる。
 
「こんな遅くにごめんなさい。ルクラさん、居ますか?」
「あなたは……ヤヨイさんね?」
「わたしの事ご存知なんですかっ? わぁ、嬉しいなぁ」
 
喜ぶ少女、クロユキ ヤヨイは手を胸の前で合わせて笑顔を浮かべた。
 
「……ごめんなさいね。あの子は――」
 
言葉に詰まる。
一瞬の間が空いた。
 
「――ここには居ませんよ」
 
ヤヨイは暫くきょとんとした表情を見せた。
まるで“予想していた答えと違った”、と言わんばかりのそれ。
 
「……そうですかぁ。残念だなぁ」
 
そして心底残念そうな表情を見せて、これ見よがしに肩を落とす。
 
「そうね。ここには居ないわ」
 
もう一つの大きな人影が目を閉じたまま口を開いた。
ネグリジェに身を包んだ妖美な女性。
 
「遠いところで、眠っているみたいね。夢を……いえ、夢は見ていない。ただ眠っているだけ」
「……!」
「それとも、真っ暗な夢なのかしら」
 
歌うような調子で彼女は言葉を紡ぐ。
 
「眠っているなら、会えないわ。無理に起こしても可哀想」
 
目を開いて、窓の開いた二階の部屋を無造作に眺める。
 
「会えないなら仕方ないわよね……。じゃあ、わたし帰りますっ」
 
同じように眺めていたヤヨイは、くすりと笑みを浮かべて、ぺこりと老婆にお辞儀をする。
 
「お邪魔しました、おばーさん?」
 
そして老婆の横を通り抜けて、走り去っていく。
もう一人の女性もそのわずかな時間の間に、影も形も無くなっている。
 
「……っ……」
 
涙が溢れ、零れた。

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 眠り姫を尋ねて・2
 
 
【1】
“噂”というものは一度発生すれば広まるのは驚くほど早い。
知ってしまえば誰も彼もに話したくなる魅力があるし、ましてやそれが自身に関係の無い物であると腹に溜め込んでおく必要などまるで無い。
人の口から口へ、戸は立てられぬそこから伝わる噂は何時しか変性を起こして、根も葉もない尾ひれもくっついていく。
こうして広まった噂はやがて噂の張本人を知る人間にも伝わるだろう、とても捻じ曲がった形で。
しかし時としてその捻じ曲がった形が“真実”の場合も、あるのだ。
 
【2】
「そう……そんな噂になっているのね」
「えぇ、全く驚きました。こいつ……あぁ、青リスって云うんですけど、『ルクラさんが死んだ』って噂を拾ってきたもんだから……」
「いやねぇ……そんなはずが無いのだけれど」
「俺もそう思ったんですが、やっぱり心配で。……でも安心しました。あ、いえ。風邪で寝込んでるのが良かったって訳じゃないですけどね」
 
照れ隠しに笑みを零しつつ、後ろ頭をぽりぽりと掻く青年。
 
「噂というものは恐ろしいな、主人よ」
「あぁ全くだ。良い噂はともかく悪い噂の扱いにはホトホト困るね」
「噂話は面白いけれど、こういうときは困ったものです……。ねぇ、ジャックさん?」
「えぇ、そう思います。今回の一件で……本当に」
 
ファイン・ジャックとそのお供青リスは揃って首をかしげ、ばつが悪そうに頬を掻いた。
 
「ひとまず安心はしたけれど、風邪の方も心配だ。具合のほうはどうなんです?」
「まだ治まっては居ないけれど……食欲のほうは少し出てきたのよ。だから、もう回復に向かってると思います」
「うーん、そうか。……となるともうしばらくの辛抱かな。早く元気になるといいですね。やっぱり彼女には、元気な姿が一番似合ってると思います」
「えぇ、その通りですね。あの子は元気な姿が、一番……。……あぁ、ごめんなさい。お茶も用意しなくて。良かったら少し寛いで行かれませんか?」
「いいんですか? ……それじゃ、お言葉に甘えようかな」
 
老婆はジャックに笑みを向けて、少し早すぎる時間だがお茶会の用意をするべく、宿の中へ向かう。
予感もしていたしその準備もすでに早朝にしていたのだ。
噂を聞きつけやってくる人物がまだまだたくさん居ると、老婆は今までにルクラから聞かせてもらった話から推測していた。
急ぎの用意、寝かせておいたクッキーの生地を取り出し形成を始める。
十字に切れ込みを入れて四つに分けて、そのうち三つにチョコチップ、レーズン、セサミをそれぞれ入れて、薄く延ばす。
傍らでは水を張った鍋が火にかけられている。
テーブルの上ではポットとティーマット、紅茶葉の缶が独りでに動いて、いつでも茶葉をポットの中に注げるようにスタンバイ。
トレイの上にはポットと同じように独りでに動き出したカップ&ソーサーが二組きっちり整列して並んでいた。
大きい平たい皿が宙を泳ぐように進み、老婆の手元の邪魔にならないところに静かに降り立った。
型をクッキー生地に押し込んで切り取って、クッキングペーパーの引かれた四角いオーブン皿の上に並べる。
オーブン皿を三枚同時に焼ける大きなオーブンだから、この生地を全て一気に焼き上げることだってできる。
生地を切り取り、余った部分は丸めて延ばしてまた切り取って、もう型で切るには小さすぎる位になったそれは手でさっと形を作って。
オーブンのスイッチを入れる。170度で15分。
焼きあがって少し冷ます時間も入れれば、お客に出せるのは今から20分後だろう。
使い終わった器具を手早く洗う。そのついでに水を張った鍋を火にかけておく。
洗っている間にまた来客があったらしい。庭から上がる声がどうやら増えたことに気づいた。トレイの上にもう二組乗せておく。
オーブンが焼きあがったことを知らせるべく、甲高い音を一つ立てた。
焼きあがったクッキーを取り出し冷ましつつ、沸騰したお湯の入った鍋を取って、中身をポットとカップに注いで器全体を暖める。
注いだ湯を捨てて、ポットの中には6杯分の茶葉をティースプーンで流し込んだ。
また火にかけて沸騰した状態を保っていた鍋から勢い良くポットに注ぎいれてすぐに蓋をする。5分程度蒸らせば紅茶は完成。
それと同時にクッキーのほうも程よく冷めて、味の馴染んだ物になって完成だった。
 
「お待たせしました」
「いえいえ。……あ、お婆さん、お客さんですよ。俺の知り合いでもあるんですけど」
「はじめまして」
「はじめまして~」
 
庭にはジャックのほかに二人、新たな来客があった。
金属質のパーツを纏ったメイドに、紅白の装束に身を包んだ女性である。
 
「いらっしゃい。貴女は……みゆきさんですね。そちらの方はアスカさん、でよろしかったかしら……?」
「私の事をご存知なのですか?」
「まぁ~。その通りですわ~♪」
 
ぴたりと名前を言い当てられ――ジャックもそうだったのだが――舞鶴みゆき、草薙飛鳥の両名は少しだけ驚いたような表情を見せてから、ぺこりとお辞儀をして見せた。
 
【3】
 
「そうですか……」
「風邪を引いてしまったんですわね~? でも良かったですわ~、噂を聞いたときは私、びっくりしましたもの~」
「俺もですよ。だから慌てて……。でも本当良かったですよ」
「ですわね~。本当に、良かったですわ~♪」
「具合のほうも快方に向かっているようですし、安心しました」
 
焼きあがったクッキーを摘みつつ、三人は改めて安堵の様子を露にしていた。
 
「……主殿。食いすぎじゃ」
「だって慌てて来たから何も食べて無いんですもの~」
「はぁ……やれやれ」
「いいんですよ。まだまだ一杯ありますから……」
「とっても美味しいですわ~♪ それにこのお茶も、一体どんな方法でこんな美味しいものを作れるのでしょうか~?」
「紅茶と云うんですよ、このお茶は。……そんなに気に入ってくれるなんて、嬉しいわねぇ。良ければ少し葉っぱを分けましょうか?」
「あら? あらあら、いいんですの~? でしたら是非是非~♪」
「主殿、少しは遠慮というものを……」
 
一人で皿の三分の一ほどを平らげてしまった飛鳥は、更に紅茶の葉っぱをもらえるということで満面の笑みを浮かべていた。
 
「……あ、そうですわ~。何かこちらも御礼をしなければいけませんわね~」
 
そんなことを云いながらごそごそと荷物袋を漁る。
そうして出てきたのは、一本の酒瓶で。
 
「銘酒神招(かみまねき)ですわ~♪ ルクラさんはお風邪だそうですから、これで玉子酒をつくって飲ませてあげてくださいな~」
「玉子酒……。古くから伝わる飲み物ですね。鶏卵、日本酒、砂糖または蜂蜜を混ぜ合わせたアルコール飲料と記憶しています」
「えぇ、その通りですわ~。風邪にはこれが一番、ですのよ~」
「まぁ……こんなにいいお酒を……」
「いえいえ~。この……『みるくてぃ』と『くっきぃ』の御礼に、ルクラさんへのお見舞いですわ~♪」
「ありがとう。……あの子には少し刺激が強いかもしれないけれど、ちゃんと作って飲ませてあげますね。……こういうときにしかお酒には触れられないでしょうしねぇ」
「……そういえば、リズレッタ様の姿が見えないようですけれど……、あの方はこちらにはいらっしゃらないのですか?」
 
きょろきょろとみゆきは辺りを見回して、そんな疑問を老婆にぶつける。
老婆は苦笑をして見せて、答えた。
 
「探索を中断するわけには行かないと、今も遺跡の中に居るはずですよ」
「遺跡に……」
「なんだか今は大きな目的があって彼女たちも探検をしているようだから、あの子の世話は私が引き受けて、後押しもしたのですけどね……。やっぱり少し、心配みたいねぇ……」
「そうでしたか……ありがとうございます」
「そりゃあそうだ。……仲間が風邪を引いてしまってるんだから、やっぱり心配なものだね」
「一刻も早くルクラさんが元気になるように、お祈り申し上げますわ~」
「最近、お店を開いたんです。ルクラ様に『元気になったら、是非訪れて欲しい』とお伝えして頂けますか? ささやかな物ですけれど、お祝いの料理を振舞いたいです」
「ありがとう……。しっかりあの子に伝えておきますね」
 
飛鳥とみゆきの言葉に、老婆はしきりに頭を下げて感謝の言葉を述べていた。
 
「……」
「どうした、主人よ?」
 
それを見ていたジャックが無言で、立ち上がる。
彼はそのまま、ルクラが眠っているであろう、二階の窓の開いたところを真正面に見据えて。
 
「ルクラさーん!!! ……お大事にーっ!!!」
 
大きな声を上げた。
 
「……何もお見舞いの品を用意できなかったので、代わりに俺の言葉を送りました!」
 
きょとんとした表情の老婆たちに、ジャックは満足げな表情を見せつつそう言った。
彼の笑顔に、自然とみな釣られて笑みを見せた。

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 眠り姫を尋ねて・1
 
 
【1】
今日、宿屋“流れ星”の庭には沢山の来客があった。
聞かされた事実に驚きの表情を見せている彼ら達を見るのは老婆も初めてだった。
だが、彼らの事はよく知っていた。
過去、ルクラが話してくれた人物達ばかりだったからだ。
彼らはルクラの噂を聞きつけてこの宿に訪れたのである。
 
【2】
「『だんすぱーちー』の時には元気そうだったんじゃがのぅ。踊りもまた可憐で」
「病とは全く縁のなさそうな女子だと思ったんじゃがのう」
 
水羊羹をつまみつつ、濃い目の緑茶の入った湯飲みから音を立てて飲んでいる一見浪人風の男に、傍らに控えながらなにやら思案顔でいる狗の耳を生やした美女。
犬飼四郎兵衛験座(いぬかい しろべえ げんざ)とシロである。
 
「ついこの前一緒にお茶を楽しんだのですが……。具合の方はどうなのですか、おばあさん?」
 
少しだけ不安げな顔つきで老婆を見つめるのは、黒襟餞(くろえりはなむけ)だった。
 
「まだお家から出られないし、眠っている時間は多いけれど……大丈夫ですよ。だんだん食欲も戻ってきていますし、回復の兆しは見えているの」
「おぉ、それは何よりでござった!」
「重畳じゃのう」
「よかった……」
 
ゲンザもシロもハナも、互いの顔を見てほっとしたように笑いあう。
三人とも偶々ここに訪れた時期が同じだっただけで初対面ではあったが、共通の友人の事となれば話は別である。
“おぉ、そうじゃ!”とゲンザがぽんと手を叩いた。
そして懐から何かを取り出し始める。
 
「よければこれをるくら殿に、見舞いの品として渡してもらえんかのぅ」
 
取り出したのは小瓶。日の光を受けて輝く琥珀色の液体が中には見えた。
 
「あら、それは……?」
「某(それがし)特製『蜂蜜飴』でござる。以前男が女にお返しする日にるくら殿に渡したのじゃが、とても喜んでおったのでな。また作ってきたというわけじゃ。芋と大根を使って作った水飴に蜂蜜を混ぜたものじゃよ」
「あまり気の利いてない品かもしれんが、この男が今見舞いの品として渡せそうなのはこれぐらいじゃ」
「いえいえ、あまり気になさらないでください……。ありがとうございます。ちゃんとお嬢さんに渡しておきますね……」
「かたじけない」
 
ゲンザの手から老婆の手へ、蜂蜜飴がたっぷり詰まった小瓶が手渡される様を眺めるハナ。
そして彼女も“あっ”と小さく声を上げて、ごそごそと荷物を探り出した。
 
「そうでしたわ、おばあさん! 私もクッキーを焼いてきましたの! よかったらこれも渡していただけないでしょうか?」
 
そして取り出したのは、きれいにラッピングされた小袋が二つ。
 
「まぁ……ありがとうございます。えぇ、勿論ちゃんと渡しておきますね……」
「一つは……リズレッタさんに渡していただけますか?」
「えぇ、えぇ。わかりました……。だから二つ、だったのねぇ」
「ありがとうございます! ルクラさんが一日でも早く元気になるよう、お祈り申し上げますわ」
「うむ。某からもるくら殿にお見舞い申し上げるでござる」
「早く好くなってまた元気な顔を見せるがよかろ。験座が毎夜毎夜うるさくて敵わんわい」
「なっ!? ま、まて! そのような事実はないぞ!?」
「全くこれじゃから――」
「某はろりこんではないっ!」
「まだわしは何も言っておらぬぞ験座?」
「し、しまったぁ!?」
「あらあら♪」
 
【3】
「えぇ~。ルクラちん会えないの? どうしてだよっ?」
「……ごめんなさいね。他の人に移してもいけないから……」
「どうしてもだめ? ルクラちんに会いたいんだよっ。くろがルクラちんに元気を分けてあげるのっ」
「こら、くろっ。わがまま言うんじゃありません」
「……ごめんなさいね、坊や」
 
宿の入り口の前で騒ぎ立てる少年と、それを窘める狼の耳を持った女性。
くろうと、その姉のルナだった。
 
「そっかぁ……。ルクラちゃん、大丈夫なの?」
「えぇ。……もう少ししたら元気な姿を見せられるようになると思いますよ、お嬢さん」
「よかった! それなら安心っ! ……あ、でも、治りかけが一番怖いって聞くから、気をつけてねってルクラちゃんに伝えてくださいっ!」
 
老婆の口からルクラの様子を聞いて、安心したように満面の笑みを浮かべて見せた少女、姫榊杏子(ひさかき あんず)。
賑やかな彼女とは対照的に、杏子の傍で静かに佇んでいる青年、瑚羨(こせん)。
 
「それと、これ! お見舞いにメロンもって来たの! ね、こーにぃ!」
 
杏子の言葉に瑚羨は腕に抱えていた大振りのマスクメロンを老婆にそっと手渡した。
ずっしりと重みのあるそれは、見るからに美味そうだった。
 
「まぁ……こんなに立派なメロン……」
「『昔バナナで今メロン』って言うんだよねっ! これ食べて、早く元気になってね!」
「ふふ……よく知ってるわねぇ。ありがとう、きっとあの子も元気になります……」
 
そんな様子を見ていたくろうは、メロンを指差しつつ自分の姉に尋ねる。
 
「おおぅ~。姉ちゃん、姉ちゃん! あれってなんだよ!」
「『お見舞いの品』というやつかしら? ……私達も何か持ってくればよかったわねぇ」
 
しまった、といった表情のルナ。
そんな姉の姿を三秒ほど眺めたくろうは、ぱっと笑みを浮かべてこう言った。
 
「姉ちゃん! 今からその『お見舞いの品』を探すんだよ!」
「今から? ……あぁ、それもいいわね? それじゃあ、何か探しに行きましょうかねぇ?」
「にししし~。すっごい物持ってくるんだよ!」
「あ、こらっ。一人で勝手に行かない!」
 
自信たっぷりの笑みを浮かべ、くろうはあっという間に駆け出し、そしてルナも彼の後を追うようにその場を後にする。
 
「それじゃあ……お大事にっ!」
 
にっこりと笑みを浮かべてぺこりと杏子は頭を下げて、瑚羨も彼女に倣い、少しだけ背を傾けて老婆に挨拶をしたのだった。
 
【4】
「そっかぁ……」
「最近少し見ないから気になってたけれど、噂を聞いてびっくりしたわ」
「心配をかけてごめんなさいねぇ……」
 
浮かない表情でいる少女に、ルクラが眠っているあたりを見当つけてか、宿の二階部分を眺めている少女。
葵邑とララの二人である。
 
「体調のほうが心配ねぇ」
「今は会えませんけど……大丈夫ですよ。少しずつ好くはなってきているんです」
「みょん、よかった。安心した」
 
赤いドレスを着た小さな人形に、対になるかのように蒼いドレスを纏った少女はお互い顔を見合わせて笑った。
東雲水音とその姉の火音だった。
 
「あの……たいしたものじゃないんですけど、お見舞いに花を持ってきました」
「みょん、僕も」
「……あ」
「あ」
 
葵邑と水音が同時に老婆の前に品を差し出して、そしてお互いのそれをみて、小さく声を上げる。
二人とも持ってきたのはガーベラの花で、その色合いも全く一緒だったのだ。
小さなバスケットに入れられたそれは、風を受けて静かに揺れている。
 
「あらら」
「被っちゃったわねぇ」
 
これにはララも火音も苦笑するしかなかった。
勿論葵邑と水音も、同じような表情でいる。
 
「……いいんですよ。同じものだからって、悪いことではありません。あの子を思って持ってきてくれたガーベラの花……大切に飾らせてもらいますね……」
 
そんな彼らを慰めるように、老婆は優しく微笑んだ。
そして二人から、同じ花を受け取る。
 
「元気になったらまた一緒にご飯食べたり……よかったらまた温泉にも来てね、ってルクラちゃんに伝えてください! 私達、待ってます!」
「僕も姉さんも、元気になるのを待ってるよ」
「まだまだいっぱい、お歌も準備してるもの♪ 早くルクラちゃんが元気になりますように♪」
 
“お大事に!”
四人はそう老婆に伝えて、何度かこちらを振り返りながら、宿を後にする。
 
「………………」
 
一日でこんなに嘘をついたのは老婆にとって生まれて初めてで、それはとても辛いものだと、実感した。

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 誰も立ち入ることは出来ぬ
 
【1】
老婆は椅子に腰掛けて静かなままを保っている。
その呼吸すら限りなく無音に近づけるかのように、ただただ静か。
視線はどうやら定まっていないようだった。
彼女の見る光景は日の光に満ちた世界。
開け放たれた窓。
そよ風にはためく紺色のカーテン。
そしてベッドの中で眠る、一人の少女。
他の誰でもない、その少女はルクラ=フィアーレ。
彼女は眠っていた。
呼吸一つせず、死んだように眠っていた。
 
「……お嬢さん……」
 
悲しみに満ちた声色は、涙を流す一歩手前でどうにか耐えている事を物語っている。
こうして声を掛けるのも最早何度目か、老婆は覚えてなどいない。
何度声を掛けても、ルクラは身じろぎ一つすること無かった。
いまや老婆の目にもはっきりと見える白い竜の翼に、布団から僅かにはみ出しだらりと垂れ下がっている尻尾も、ピクリと動こうともしない。
 
「『封印』、ですわ。それも飛び切り強力な。……貴女にも勿論、わかるでしょう?」
「手に負える代物じゃありませんわ。……貴女は勿論、このわたくしでさえも、足元にも及ばない。俗な言い方をすれば『神に等しい力』とでもいうのかしら」
「この娘自身が解くしかない。けれど……」
 
リズレッタの言葉が頭の中で蘇り、そして変わりもしない状況が目に映り、老婆の中には『絶望』の二文字しか浮ばなかった。
横たわるルクラの頬は、少し痩せこけていた。
 
【2】
「ルーちゃん、大丈夫かな」
 
唐突にポツリと愛瑠が呟いて、他の三人は表情を固くした。
話題が尽きて、無言の状況だった中に放り込まれた新たな、今現在最も彼女らが気がかりであろう話題だったので、正確には唐突というよりは必然であり、そしてその表情の硬さもより一層増したようなものだった。
彼女達が囲むテーブルの上には更に乗せられたいくらかのクッキーに、そして人数分のカップ&ソーサーにココアが注がれている。
だが、そのどれにも、誰もが口をつけてはいない。
ここは愛瑠が部屋を取っている小さな宿。
彼女達は今後の予定を相談しあっていたのだった。
議題は専ら探索の“中断”か“続行”の二者択一で、そして答えはまだ出ていない。
簡単に答えが出るような問題ではないのだ。そしてその問題を抱えることになった原因である出来事に、誰もがまだ戸惑いを隠せていないのだから当然だった。
初めは湯気が立っていたカップも最早冷め切って、ココアの表面には膜が張っていた。
 
「大丈夫ですわ。心配など必要ありませんの」
 
沈黙を破ったのは、リズレッタだった。
 
「此処で止まる必要性は見出せませんわ。確かにあの娘が寝こけていることでの戦力低下は否めない、けれどそれだけで中断をする理由にはなりませんの」
「でも」
「それに――」
 
反論しかけた愛瑠を留めて、リズレッタは眼を閉じつつ言葉を続ける。
 
「あの娘のことですわ。もし此処で中断の選択肢を取った事を目覚めた後に知れば、自分の所為だと鬱陶しい事この上ないことになるのは明白。中断は長い目で見ればお互いに損だと思うのだけれど?」
「ルクラ殿は目覚めてくれるのですか、リズレッタ殿?」
「今すぐに、とはいかないでしょう。けれどいずれは。命に別状はありませんし……あの宿の主にならば全面的に任せても大丈夫だと思いますわ。……わたくしは『続行』を推しますの」
 
それを聞いた三人は、しかしまだ悩んでいるようだった。
あまりリズレッタにとっては、好ましくない態度であり状況だ。
もう少し強めに切り出すべきかと溜息をついたその時。
 
「あら。どうしたの口もつけないで」
「あ、おばさま」
 
不思議そうな顔でやってきたのはこの宿の主である女性だった。
自分が用意した品が全く減ってもいない事に首をかしげている。
 
「ちょっと、相談してて」
「だから皆難しい顔をしてたのね。……よければ相談に乗りますよ?」
 
愛瑠の言葉に納得したように頷き、そんな返事を返し。
 
「……うん。よかったらおばさまにも聞いてほしい、です」
 
“いいよね?”といった表情の愛瑠に他の三人も軽く頷いてみせる。
新たに椅子を一つ持ってきて、宿の女主人は彼らの輪の中に加わった。
そして愛瑠から事情を一通り聞き終え、彼女は少し考える様子を見せた後“そうね”と前置いて切り出す。
 
「私も彼女と同じ意見かしら。つまり『続行』」
 
リズレッタを見つつ。
 
「その子の事はあなたからもよくお話を伺っていますからね。目覚めて、探検がその間中断して居たことを知ると酷くショックを受けるんじゃないかと思うわ。あなたを迎えに来た時の数えるほどしか会ってないし、話したのも少しだけだけれど、あの子はそんな性格の気がするのよ。……みんなのほうがよくわかっているんじゃないかしら?」
 
リズレッタ以外は顔を見合わせて、それからゆっくりと頷いた。
此処まで一緒に旅をしてきたのだ、大方それぞれがどのような人物かはみな看破している。
そして何よりルクラは人一倍“判りやすい”人物でもあった。
目覚めて、探検をその間中断をしていたことを知れば、動揺して泣きながら謝って来る、そんな光景すら目に浮ぶ。
 
「とても心配なのもよくわかるわ。だってみんなの仲間、お友達ですものね。けれど、ここで立ち止まるのは彼女の言う通りお互いにとってためにならないと思うの」
 
愛瑠を見やる女主人。
彼女の事情を一番知っているからこそだろう、口には出さないが、“ためにならない”という言葉はどうやら主に愛瑠に向けられているようだった。
“だから”と続けて。
 
「ここは探検を続けて、少しでもあの子に変な負担をかけないようにする道を選ぶべきだと思うわ。勿論この道だって全く彼女に罪悪感を植え付けないわけではないけれど、探索を中断するよりはきっと少ないと思うの。少しでも彼女が戻りやすい環境を維持しておくべきだというのが私の意見ね」
「戻りやすい、環境……」
「彼女が居てこそ……誰一人欠けずにいられる事こそが一番。……そうみんなが思っているから、こんなにも難しい顔をして悩んでいるのでしょう? 苦しい探検になるかもしれない、だけど後々に良い方向に生きるのは探索の続行をすることだと思うわ。『彼女が居ないと』っていう思いを、それこそみんなが身をもって経験して、目覚めた彼女に伝えることが出来るのだから」
 
再び、リズレッタ以外の三人は顔を見合わせた。
ラジオから小さく流れてくる音楽だけが無言となったその場を支配する。
 
「……決めた」
「……そうね」
「ふむ」
 
何処かほっとした表情になった三人は、
 
「続けよう」
「続けましょう」
「続行だ」
 
一斉にそう口に出して、意見を完全に一つに纏め上げたのだった。
 
「では、決まりですわね」
 
その様子を横目で見ながら、リズレッタはココアに出来た表面の膜をスプーンで取り払い、そしてカップに口をつけて味わう。
 
「………………」
 
泥水のような味に顔をしかめかけたが、なんとかポーカーフェイスを装う。
急速な再生のためとはいえかなりの無茶をしたお陰で、味覚が壊れているのをすっかり忘れてしまっていたのだ。
これが元に戻るには、まだ時間が必要だった。
やや大きな音を立ててカップを戻し、その動作の間に無理矢理喉の奥にココアを流し込んでおく。
 
「頑張ってらっしゃい。……ぼろぼろになって帰ってこないようにね」
「うん。……何だか決まったらお腹が空いてきちゃった」
 
愛瑠はひょいと皿の上のクッキーに手を伸ばし、そしてかじりつく。
さくさくという音を響かせておいしそうに食べる彼女を見て、エクトとスィンも彼女に倣うように皿の上に手を伸ばした。
 
【3】
 
町外れの小高い丘の上で、リズレッタは一人で居た。
既に日は落ち空には星々が、地には街の灯が煌々と輝いている。
その光景を無感動に眺めつつ、リズレッタはじっと時間が過ぎるのを待っていた。
 
「………………」
 
今頃宿の老婆は一人寂しく食事をして居るに違いない。
だが帰ろうという気にもならなかった。
何を口に入れても腐ったような、泥水のような味しかしない今、無理に食事を取る必要も無いリズレッタは暫く断食を老婆に申し出ていたし、夕食の時間に帰る理由も無いのだ。
だから帰らない。
 
「……建前ですわね」
 
立って眺めていた風景を座り込み、膝を抱えて眺める。
宿に帰らない、“帰りたくない”理由はもっと他にあった。
言うまでもなくそれは、ベッドの中で眠っているルクラの存在にある。
 
「……あぁ、もう」
 
苛々する。
自分で自分を封じ、目覚めることの無い眠りについた彼女の姿を見ているだけで無性に腹が立って仕方が無かった。
今の彼女の存在を目にするだけで、彼女を手にかけたいほどの怒りの炎がたぎるのだ。
だから帰りたくなかった。傍に居たくなかった。
だから、あの時愛瑠たちにも強く探索の続行を推したのだ。
 
「本当に、なんて娘なのかしら」
 
懐から取り出した布の塊を解き、露にしたのは壊れてしまったルクラのバングル。
はめ込まれた宝石は無傷のままだが、本体になる銀の輪は何か強い力によって引き千切られたようになってしまっている。
手に持っただけで伝わる不快感。
破壊された状態でも十分すぎるほどの感覚に、リズレッタは再び布を巻いて懐へ仕舞った。
壊れてしまう前のこれは、一体どれほどの力でルクラの力を封じていたのか想像もつかない。
 
【4】
あの時、リズレッタは今まで感じたことの無い感情を覚えた。
それは”恐怖”だった。
圧倒的な力を前に、本能的に自らを弱者に位置づけてしまったのだ。
今思い返しても、身震いがする。
喰い止めようと飛び掛ることができたのがまるで奇跡のようだと思い、自分が奇跡などと言う下らない単語に頼っていることに気付いて苦笑する。
其れが結局、ルクラを確実な死に追いやる原因になったのではないかと思い、その苦笑は一瞬で消え去った。
そして再び彼女の感情を埋め尽くすのは得体の知れない怒り。
 
「……あぁ、もう!」
 
手近な雑草を力任せに引き抜いて、空に向かって投げ捨てた。
 
命に別状はありませんし……
 
 
彼女は愛瑠達に一つ嘘をついた。
本当はこのままいけば、ルクラは死ぬのだ。
そう遠くない未来に、確実に死ぬ。
宿の主人である老婆もそれは気付いている。
封印状態にも拘らず徐々に衰弱しているのは、封印を施した本人が“自らの死”を望んでいる証拠だった。
救う手立ては、見つからない。
何度考えてみても変わらない現実に、リズレッタは何故だか胸が痛くなった。
得体の知れないそれに顔が歪む。
だから膝を抱えて、その間に顔を埋めて、また只管に時間が通り過ぎるのを待つことにした。

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