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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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 夢現
 
 
【1】
「おばあさん、こんにちは」
「あら……こんにちは。今日もいい天気ですねぇ」
 
ジャック、飛鳥、みゆきの三人が一通り他愛も無い会話を済ませてこの宿を去ってから数時間後。
日は一度真上に昇り、少し降り始めたぐらいだ。
この時刻に、決まってこの庭に訪れる客人が二人居る。
 
「えぇ、ちょっと暑いぐらいですけれど、いい天気です」
 
手で日光を遮る仕草を見せながら笑って答えたのはウィオラ=ウェルリアス。
 
「左腕がこうでなければ好きだったんですが」
 
金属質の左腕を右の指先で触り、やや熱くなってしまっているそれに苦笑するのは夜紅水織だった。
 
「日差しがきつくなって来ましたからねぇ……。さ、お二人ともどうぞ。日除けの下に居ればみぞれさんの腕もこれ以上熱くはならないでしょうから」
「はい。お邪魔します……あ、おばあさん」
「はい……?」
 
ウィオラの言葉に老婆は準備する手を止めて、彼女のほうへ向き直る。
そこには新たに二人、客人が立っていた。
 
【2】
 
「そう……。貴方達も噂を聞いてここに来たのですね」
「はい。……でも、本当の事はここに来るまでに教えてもらいました」
 
木々や土の良い香りがする女性、スファール・バレルマイスタは緊張した面持ちを見せていた。
 
「ただの風邪なら良かった。……彼女が風邪を引いた、って事自体がまだ信じられないのが本音だけどね」
 
淹れて貰った紅茶を味わい、頭の上に生えた猫の耳をぴくぴくと小刻みに動かしながら微笑を浮かべているのはマコト・S・久篠院である。
彼の隣に席を置いてちょこんと座っているのは、彼と契約を交わした闇の精霊シェイドだ。
“私達のことはお構いなく”、とウィオラと水織の二人は別のテーブルでアクセサリーの話に花を咲かせている。
新たな客人との会話に専念できるようにという心遣いが、今の老婆には有難かった。
 
「ここもルクラちゃんに招待されて、行こうと思ってたんだけどなかなか時間が取れなくて……。ルクラちゃんには悪いことしたかな……」
「仕方がありませんよ。殆どの人……私が知る限りではここにいる皆さん全員が遺跡の探索もされているのですから……。ここはあくまで、遺跡の探索の疲れを癒すための場所。貴女が気に病むことではないわ……」
「……ありがとうございます」
 
胸に手を当てて小さく息を吐き出すと、ファルはようやくそこで初めて、目の前にある自分の分の紅茶に口をつけた。
そんなファルの様子を見つつ、マコトは窓が開け放たれた二階のある一部屋をじっと眺めて、それから同じように紅茶を口に含む。
 
「嬉しそうね」
「そう見える?」
 
シェイドにそう声をかけられると、マコトはにっこり笑ってそれだけ返した。
釣られる様に同じ所を眺めたファルは、視線を老婆へと戻して口を開く。
 
「……あの、おばあさん」
「はい?」
「ルクラちゃんが元気になったら……よかったら、このお庭でパーティしませんか?」
「パーティ? ……あの子の快気祝い、というところかしら……?」
「それもあるんですけど、前から『沢山の人と一緒にパーティが出来たらいいね』、ってルクラちゃんと話してて……。あの、どうでしょうか?」
 
老婆はその問いにあまり考える様子もなく、ゆっくりと頷いて見せた。
 
「いい提案ね……。えぇ、喜んで。準備のほうは少し手伝ってもらうことになるかもしれませんけれど、このお庭を使ってパーティを開きましょう。あの子が元気になったら……」
「わぁ……ありがとうございます! 準備はボクに任せてください!」
「――違うわファルちゃん、『ボク達』よっ!」
「えっ!?」
 
突然庭に響く新たな声。
果たしてそこに居たのは――。
 
「女将さん!?」
「ファルちゃーん♪ そういう事ならリーチャ達も協力しますよ!」
「フッ。このルーク・スタークヘルムも微力ながらお力添えを致しましょう!」
 
この庭の常連でもある“南瓜の涙亭”の面々だった。
 
「あらあら……楽しくなりそうですね」
 
三人に笑みを向け、彼らの分のお茶を入れに老婆は宿の中へと入っていく。
早速後では計画が練られているようで、さまざまな意見が飛び出しているらしかった。
 
「………………」
 
――もう老婆から笑みは消えて、どこか思いつめたような表情が張り付いていた。
 
【3】
「これで大体決定ね。後はルクラちゃんが元気になるのを待つだけか……」
 
小さな眼鏡を取り外し、色々とパーティの計画を練ったメモ帳を眺めつつティアは呟く。
だんだんとオレンジ色の輝きを増してきた太陽を眺めて、彼女は目を細めた。
反対側、庭の入り口のほうに目を向ければ、先ほどまで相談に参加していた他の客人たちの帰路に付く姿が見える。
 
「私たちもそろそろ帰ると致しましょうか、女将殿」
「えぇ、そうね」
「ではおばあさま、私達もそろそろ失礼します」
「はい……またいつでもいらして下さいね」
「あ! 待って下さいねーさま!」
「ん? なぁに、リッチャん?」
 
簡単な別れの挨拶を交わして、老婆に背を向けて宿を後にしようとしたティアの背中に、リーチャの声が掛かった。
振り向いて見て見れば、彼女は老婆に駆け寄って何かを頼み込んでいるようだった。
 
「ルクラちゃんに一言伝えたいんです! おばあさん、ダメですか?」
 
どうやらパーティを開くことをルクラに伝えて、少しでも励みになるようにと考えての行動らしい。
真剣な顔つきの彼女を老婆はじっと見つめ、そして困ったような笑みを浮かべて答えた。
 
「……ごめんなさいね。貴女にも風邪が移っては大変ですから……」
「……そうですか……」
 
その返答に、リーチャは残念そうに俯いてみせる。
 
「リッチャん。寂しいのはよくわかるけど、今は我慢の時よ」
「ねーさま……」
 
そんな彼女の頭を優しく撫でるティア。
老婆は手に持った食器をテーブルに置きなおして、背筋を伸ばして静かに頭を下げる。
 
「……ごめんなさいね。本当に、ごめんなさい。必ずあの子には私から伝えておきますから……」
「ううん。おばーちゃん、謝らないでください…!」
「無理を言ったのはこちらです。……それにおばあさま、お気持ちはわかりますが少々謝りすぎではないですかな? 皆、謝って欲しいとは思っていますまい」
 
ルークの指摘に、老婆は胸が痛んだ気がした。
 
「……そう、ですね。ごめんなさ……あら……」
 
再び出てきた謝罪の言葉を、ぎこちない笑みを浮かべて有耶無耶にする。
 
「それじゃあ、また今度。おばあさん」
「ルクラちゃんが早く好くなりますように、お祈りしますねおばあさんっ」
「では」
 
今度こそ三人は背を向けて、帰ろうとする。
老婆の胸の痛みは、続いている。
嘘をつき続けた、老婆が今まで生きてきた中で最も沢山嘘をつき続けてきた数日の疲労が、今胸の内を食い荒らしている。
もうこれ以上、嘘はつけない。
これ以上つけば――。
 
「……お待ちになって」
 
抑揚の無い声が、再び彼女達を引きとめた。
 
【4】
 
「………………」
 
静かに椅子に腰掛ける。
もう辺りはすっかり日が落ちて暗い。
だというのに、老婆は部屋のランプをつけようともしなかった。
その気力が沸き起こらないのだ。
ただひたすらに自問自答する。
本当によかったのか。
本当に彼女達に真実を教えてよかったのか。
目に焼きついた悲痛な顔を得たことが本当に正しいことだったのか。
 
「……お嬢さん……」
 
藁をも掴む思いだったのかもしれない。
ルクラととても親しかった人間に真実を打ち明ければ、何か進展があるのかもしれないとどこかで思ったのかもしれない。
そんな甘い期待は、今この身体を支配する倦怠感が真っ向から否定している。
何も変わらない。
変わるはずがなかったのだ。
暗い部屋に差し込む、霞に遮られてぼんやりとした外の明かりを、無気力に眺める。
 
「……?」
 
庭の方で音がした。誰かが居る。
こんな状況でも誰か客人が来たとなれば動く身体を恨めしく思い、そして有難く思った。
 
「……どなた……?」
 
人影は二つ。小さなものと、大きなもの。
どちらも庭に設けられた椅子に座っている。
霞が晴れた。
人影の正体が、露になった。
 
「こんばんは、おばーさん。はじめまして」
 
小さな人影は黒を纏った少女。
頭に載せた帽子を手で押さえつつ、勢いよく椅子から飛び出して仰々しくお辞儀をしてみせる。
 
「こんな遅くにごめんなさい。ルクラさん、居ますか?」
「あなたは……ヤヨイさんね?」
「わたしの事ご存知なんですかっ? わぁ、嬉しいなぁ」
 
喜ぶ少女、クロユキ ヤヨイは手を胸の前で合わせて笑顔を浮かべた。
 
「……ごめんなさいね。あの子は――」
 
言葉に詰まる。
一瞬の間が空いた。
 
「――ここには居ませんよ」
 
ヤヨイは暫くきょとんとした表情を見せた。
まるで“予想していた答えと違った”、と言わんばかりのそれ。
 
「……そうですかぁ。残念だなぁ」
 
そして心底残念そうな表情を見せて、これ見よがしに肩を落とす。
 
「そうね。ここには居ないわ」
 
もう一つの大きな人影が目を閉じたまま口を開いた。
ネグリジェに身を包んだ妖美な女性。
 
「遠いところで、眠っているみたいね。夢を……いえ、夢は見ていない。ただ眠っているだけ」
「……!」
「それとも、真っ暗な夢なのかしら」
 
歌うような調子で彼女は言葉を紡ぐ。
 
「眠っているなら、会えないわ。無理に起こしても可哀想」
 
目を開いて、窓の開いた二階の部屋を無造作に眺める。
 
「会えないなら仕方ないわよね……。じゃあ、わたし帰りますっ」
 
同じように眺めていたヤヨイは、くすりと笑みを浮かべて、ぺこりと老婆にお辞儀をする。
 
「お邪魔しました、おばーさん?」
 
そして老婆の横を通り抜けて、走り去っていく。
もう一人の女性もそのわずかな時間の間に、影も形も無くなっている。
 
「……っ……」
 
涙が溢れ、零れた。

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