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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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 皆に忌み嫌われし化け物の子
 
 
【1】
それはとても嫌な夢だった。
もう二度と見たくも、思い出したくも無い過去の出来事。
自分は人と違う存在なのだと無理矢理理解させられ、苦悩に身を焼け焦がした、言うなればルクラの唯一の“汚点”だった。
 
「………………」
 
“どうして? 何故今になって?”
 
拭い去るなど到底出来ない罪悪感に胸が痛む。
明かりの点いていないテントの中は真っ暗で、どうしようもない孤独感に苛まれる。
 
“だれか”
 
「……だれ、か……」
 
喉が渇ききって、擦れたような音が出る。
不自然に体が重くて、じっと目の前の闇を見つめるしかない。
 
“たすけて”
 
「………………」
 
次の言葉を口に出したら、泣いてしまうと確信した。
 
“たすけて”
 
また皆に迷惑をかけてしまうと、必死に自分に言い聞かせても、治まる気配は無い。
気付けば口は何度も、その言葉の通りに動いて。
 
“たすけて”
 
「……たす――」
「ルーちゃん。起きてるかしら?」
 
寸での所でテントの中に響いた声は、ルクラのよく知る少女の声。
入り口が開いて、ひょっこり顔を覗かせたのはエクトだった。
彼女と一緒に飛び込んできた月明かりが眩しくて、眼を細める。
 
「あ……」
「調子はどう? ご飯が出来たけれど、食べれそうかしら」
「………………」
「どうしたの? ……まだ、調子がよろしくないかしら」
「い、いえ! もう、大丈夫です。……直ぐ行きます」
 
身体はいつの間にか軽くなっていた。
泣いてしまう前に、彼女が此処に顔を出してくれたことに、ルクラは心の底から感謝した。
眠る前に湧き起こっていたどす黒い衝動も今やすっかり影を潜めてしまっている。
きっと治ってしまったのだろう。
 
「えぇ。じゃあ一緒に行きましょう」
「はい!」
 
差し伸べられたエクトの手をしっかりと握って、共にテントを出る。
直ぐ視界には煌々とした焚き火に、それを囲む仲間達の姿が見えた。
それを見て、ルクラは“忘れよう”と思った。
過去の苦痛は忘れ去って、今のこの幸せな一時を楽しむのだと自身に言い聞かせたのだ。
 
【2】
「わたしほんとは、『りゅう』の血を引いてるんです!」
「えー、ほんとう?」
「うそじゃないです! ……みんなにはないしょだよ? 『しんゆー』にだけ、見せてあげる! ……ね! ほんとはこういうかっこうで……かわいいでしょ?」
「………………」
「……? どうしたの?」
「ほんとうに、そうなの?」
「うん! ……びっくりした? でも、かっこうがちがうだけで、みんなと同じ! 何もこわくなんて――」
「……やだ」
「え?」
「そんなかっこう、変だよ。ちがう。……こわい」
「……! そんな――」
「こないでよ。……こないで」
「で、でも! みんなと変わらないんだって……知ってるでしょ!?」
「こっちに、こないで。あっちにいって」
「どうして――」
「こないでよ、ばけものっ!!!」
「………………」
「どうして……?」
「わたしは、ばけものなんかじゃない……。かっこうがちがうだけで、どうして」
 
 
 
「……何でそうやって、人間は差別するの? 何で、受け入れてくれないの?」
「何も悪いことなんてしてないもん。……ずっと『いい子』でいるもん。それなのに、どうして?」
「わたしが、悪いの? ……わたしがドラゴニュートだから、いけないの?……そんなはずない
 
背を向けて逃げ出すかつての親友の姿を追う。
 
「……謝ってよ」
 
その手に風を集わせ、攻撃のイメージを持ちながら。
 
「謝って」
 
急激に近づく姿に向けて、集った力を――。
 
「謝れっ!!!」
 
【3】
はじめは何が起きたかわからなかった。
突然身体に強い衝撃を受けて、それから背中と頭に地面がぶつかる痛みが走って、ルクラは我に帰った。
慌てて痛む頭を上げて前を見やると、黒い艶のある髪の毛が見えた。リズレッタだと直ぐに認識する。
彼女の片手はルクラのローブの胸元にやられ、異様なまでに力を込めて生地を握り締めている。
 
――わたし……!
 
あろう事か戦闘中にその意識を夢の世界へ旅立たせていたことに気付き、ルクラは背筋が凍る思いをした。
 
「り、リズレッタ! わたし、わたし……ごめんなさいっ!!!」
 
慌てて彼女を抱き起こそうと手を伸ばし、しっかりとその手を彼女の両肩に持って行く。
 
「……きゃっ!?」
 
否、持っていこうとした。
左手に生暖かい感触が走って、思わず引き戻す。
 
「え……」
 
べっとりと付着した血液に、眼を疑う。
もう一度、リズレッタの姿をしっかりと見やる。
 
「……あぁ……!!!」
 
彼女の左肩から先が、まるで鋭い刃物で切り取られたように無くなって、真っ赤な切り口を晒し出していた。
傍の地面に無造作に投げ出された腕もすぐに視界に飛び込んでくる。
 
「……の……」
「リズレッタ!!!」
 
細かに震え、ローブを引きちぎらんばかりの強さを込めて引っ張りつつ、リズレッタは苦痛に歪んだ表情をルクラに向けていた。
 
「……この……馬鹿、娘……ぇ……!!!」
 
搾り出すように恨み言をぶつけ、そしてリズレッタは力尽きたのか、ローブを握り締める圧迫が一瞬で消え去る。
 
「リズレッタ!!!」
「リズレッタ殿!!!」
 
少し離れた場所から、あらん限りの大声でリズレッタの名を呼ぶ愛瑠とスィンの声がルクラの耳にも届いた。
リズレッタの体が、溶けていく。
全身から白い煙を噴出して、偽りの空へと消えていく。
後に残ったのは、水に湿っている彼女が身に着けていた服だけだった。
 
「リズレッタ……?」
 
残された服を何度も握り締めて、ルクラはただリズレッタの名を呼ぶ。
しかしもう、其処に彼女の姿、声は無い。
 
「ルーちゃん!」
「いけません姫様っ!!!」
 
エクトの言葉の後に続く、スィンの制止。
呆けてしまった表情で、そちらを見やれば、不安げな顔で自分を見やる愛瑠とエクト、そして彼女らを手で遮り制していたスィンの姿がある。
 
「スー……くん?」
「……ルクラ殿。何故あのような事をされたのです」
「え……?」
 
今まで見たことも無い、スィンの険しい表情。
後ろで静かに自分を見やる二人の表情も、今まで見たことの無い“不安”に染まっているのが見て取れた。
 
「わたし……が?」
 
辺りをゆっくりと見回してみる。
戦っていたはずの砂のエキュオスの姿は見当たらなかった。
しかし自分達が今立っているこの砂地には、まるで大規模な戦闘が行われたような傷跡が幾つも付けられている。
 
「……何故ですか、ルクラ殿。リズレッタ殿を――」
「スィン、止めなさい」
「………………」
「エーちゃん、メーちゃん……」
 
彼の言葉を頭の中で反芻しながら、掌に付いた血を眺める。
そして、気付いた。
 
「……うそ」
 
だが、認めたくは無かった。
 
「うそ……だ」
 
リズレッタはエキュオスにではなく。
ルクラ自身の手によって、消えてしまったのだと認められるはずが無かった。
 
「ちがう、わたしじゃない……わたしがやったんじゃない……」
 
ばけもの

あっちにいけ
 
頭の中に響く不気味な声の連鎖に、ルクラは耳を塞いだ。
 
消えてしまえ
消えてしまえ
消えてしまえ
 
それでも声は消えない。
血に汚れるのも構わずに、髪の毛を引っつかんで、何度も何度も頭を振った。
 
「ルーちゃん!」
「違う、ちがう! わたしじゃない!!!」
 
仲間達の声にもただ只管に否定の言葉を返すだけで、最早ルクラの耳には届いてはいないようだった。
 
「ちがうちがうちがう!!! ちがう――」
 
もう、『いい子』じゃなくなっちゃった
 
仲間の声の代わりに届いた声は、紛れも無く自分自身の声で。
 
「いやあああぁぁぁーーーーっ!!!」
 
意識が、白く染まっていく――。

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 マナ
 
 
【1】
「少し良いかしら? ……あぁ、手は止めなくても結構ですの。そのままお互い仕事を続けながら」
 
地面に落ちた枯れ枝や、時には小枝を刈り取りつつ、リズレッタとスィンの二人は着々と作業を続けていた。
薪を入れる袋はすでに半分も埋まっている。
 
「この島に来て、何か奇妙だと思ったことはなくて?」
「……ふむ。奇妙ですか」
 
スィンはばらばらと薪を袋の中に落としこんでから暫く考える素振りを見せて、それから作業に戻った。
 
「挙げればキリはありませんよ、リズレッタ殿。遺跡の内部、其処に巣食う連中――」
「異常に成長する自身の技量」
「……ふむ。言われて見れば」
 
挙げだした内容に最も求めるべき其れがないため、割り込んで付け足してみると、彼はもう一度考える素振りを見せ、それから剣を抜き放ち小枝をばらばらと切り落とした。
 
「特訓をしながらも少々感じていたのですが……姫様の技量が目覚しいほど成長している気がしていました。無論、私も自身の力が上がっていると」
「他の娘達はどうかしら?」
「愛瑠殿にルクラ殿ですか。……そうですね。初めて出会い、こうして此処まで共にやってきましたが……『見違えた』という言い方が最も合っているでしょうか」
「あまりにも早すぎると思わなくて? 年端も行かぬ子供達が、熟練した戦士や魔術士のような真似を軽々とやってのけている。貴方達の常識では、其れが普通かしら?」
 
氷のナイフで太い枝を、まるでプリンのように軽々と細く切り裂いて、リズレッタは袋の中にそれを纏めて突っ込む。
 
「……この短期間でここまで、と言うのは少し考えられませんね。長い時間、地道な訓練を重ね技量を磨く。其れが強き騎士の絶対条件のようなものです」
 
“この前契約したばかりの火の精霊も”と前置いて、スィンは掌の上に紅蓮を生み出し、そして握りつぶした。
 
「姫様に比べれば、私の精霊の使役技術など取るに足らないものです。しかし……既に此処までできるようになった。姫様にいたっては、もっと強い力を行使できる状態です。……思えば、この島に来てからです。リズレッタ殿の言う通り」
「『マナ』をご存知かしら」
「『マナ』? ……あぁ、ルクラ殿が以前話してくれました。目には見えませんが、彼女の術の行使に必要不可欠な物だとか。『故郷のとは性質が少し違う』ともルクラ殿は仰っていましたね」
「もし其れが、術の発動以外に何かわたくし達に影響を及ぼしているとすれば?」
「……ふむ」
 
スィンは袋に枝を放り込んだついでに持ち上げて、何度か持ち上げて地面に落とし容量を増やしつつ。
 
「つまり、その『マナ』が私達の成長にも大きく関わっていると云いたいのですね」
「話が早くて助かりますわね」
 
にっこりリズレッタが微笑みかけるが、表情一つ変えないスィン。
たまに彼の云う『姫様』がその性格をネタに話しているが、なるほど話し通りだと思った。
 
「メリットだけがあるように見えて?」
「今のところは。……しかしリズレッタ殿は、デメリットをご存知のようですね」
「えぇ。だからわたくしは一切『マナ』を触れさせていませんの。……どうやってかは省きますわ。あまり関係のないことだし、それを貴方達に施す術もありませんもの」
「そのデメリットとは?」
「『暴走』ですわ」
「……暴走?」
 
“もう十分でしょう?”“そうですか?”などと軽い会話を交わしつつ、リズレッタは古い切り株の上に腰掛けて笑う。
 
「長い間ここの『マナ』に触れていると、どうやら何か悪影響が出てくるような連中も居るようですわ。全員がそうではないようだけれど。……例えば、この遺跡にもそうなった二人組みが居ると聞きますわね」
「地下2階でしたか、確か」
「えぇ。最早正気を保てず、探索している連中を襲う化物……あぁ、『エキュオス』とか云っていたわね? それとなんら変わりない存在になってしまっているとか」
「……ふむ。しかし防ぐ手立ては無さそうですね」
「無い訳ではないけれど、それが酷く実行しにくいというだけですわね。まぁ、十中八九無理というもの」
「それでは何故お話に?」
「さぁ、何故かしら? あまりに暇だったからかもしれませんわね」
 
何せ袋が半分埋まるまで全くの無言だったのだ。
いまだ真面目に枝を切り袋に詰め込んでいるスィンを眺め笑いつつ、リズレッタはのんびり景色を眺めるにかかっている。
 
「まぁ、喚起の意味もありますわ。折角こうして共に探索を続けているのですもの。欠けて貰っては困るでしょう?」
「ふむ……。リズレッタ殿に言われなければ気付かぬ事でした。ありがとうございます」
「それで、どうするつもり?」
「と、いいますと?」
「防ぐ手立てはわからない、何時起こるとも知れないデメリット。今貴方はそれを知った。……どうするのかしら?」
「気をつけます」
「………………」
 
悩む姿を見て笑ってやろうと思っていたのに、あっさりスィンは質問に答えた。
 
「どれだけ強大な力を手に入れようとも、それに溺れることは即ち自らの向上を放棄したも同じです。……私は騎士ですから、けして現況に満足することはありません。この力は全て、姫様を守るために磨いているもの。私自身が『十分だ』とどうして判断を下せましょうか?」
「……はぁ」
「リズレッタ殿?」
「いえ、何でもありませんわ。……それならいいんですの」
 
“全く筋金入りだ”、とリズレッタはもう一度ため息をついた。
 
「姫様や愛瑠殿、ルクラ殿にも伝えなければなりませんね。……ふむ。『マナ』の例を用いて一つ姫様に心掛けを説くことも良いか」
「………………」
「あぁ、リズレッタ殿。そろそろ戻りましょう。この通り袋も一杯になりましたし」
「……えぇ、そうしましょうか」
 
今度は別の相手と来よう。
そんな事を思いながらリズレッタは、袋を抱えて来たときと同じようにさっさと帰り始めたスィンの後ろをのろのろついて行くのだった。
 
【2】
 
「……こないで」
「こっちに、こないで。あっちにいって」

「こないでよ、ばけものっ!!!」
 
 
少女が一人、恐怖を湛えた表情を張り付かせたまま、逃げていく。
 
「………………」
 
白い竜の翼、尻尾。
そして黄色い瞳の自分は、ただただ、立ち尽くしていた。

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猛る何かに苦悩した日
 
【1】
「ルーちゃん、大丈夫?」
「あ……はい。もうかなり落ち着いた感じです」
「そっか。今日はもうここに腰を落ち着けるから、ゆっくりしててね。ご飯の時は呼びに来るから」
「ごめんなさい……」
「いいのいいの。気にしないで」
 
野営のテントの中に首を突っ込んで、自分の様子を見に来たらしい愛瑠とそんな短い会話を交わし、彼女が再び外へと戻っていくのを見送ると、ルクラは再びごろりと毛布の上に横たわった。
 
「……風邪ひいたのかなぁ……」
 
ポツリと呟いたのは独り言ではなかった。
憮然とした面持ちで二人の会話を聞いていたリズレッタに向けてのものだ。
 
「この前『竜は風邪ひかない』などと自慢げに語っていたのはどこのおチビさんだったかしら」
「……うん」
 
申し訳なさをそれらしい理由で着飾って、なんとか胸のうちから消してしまおうと、あまり考えもせず“風邪をひいた”などと彼女に言ってみたのは、どうやら悪手であったことをルクラは悟った。
結果的に、胸の内のもやもやとした感情は減るどころか増えてしまう。
 
「起こった事は仕方ありませんわね。……行程に遅れが出るのは腹立たしいけれど、無理して歩かせても結局遅れが出る結果に違いありませんもの。そう思っておくことにしますわ」
「……ごめんなさい」
「大人しく寝てなさい。……わたくしは暇だから外に出ますわ」
「うん……」
 
後姿を見送りながら、“間違いなくリズレッタは怒っている”、とルクラは思った。
思ったとおりに事が運ばないという事態は彼女が嫌う物の上位に位置するものであり、更にその事態を引き起こしたのが、ある意味今彼女の最も身近な人物である自分自身だったのだから、それも無理は無いと思い、ますます気分は落ち込んだ。
“もっとわたしがしっかりしてれば”と思うのも、最早何度目か。
一人きりになったテントの中で、ルクラは寝返りを打って、それからぎゅっとローブの胸元を握り締めて、身体を丸めた。
いよいよ地下二階へと足を踏み入れようと話が纏まり、その一歩を踏み出そうとしたはずが、突然ルクラに襲い掛かってきた体調不良。
多少のことなら空元気で跳ね飛ばせるほど自分の体は丈夫なはずなのに、そのときはどうしても我慢が効かず、罪悪感で胸を一杯にしながらも恐る恐る仲間達にそれを告げた。
それを聞いた仲間達は驚いた表情を見せて、それから“疲れが溜まっているのかもね”と笑って、その日の探検の中止を早々と決定してくれて――勿論リズレッタはその決定に不服そうな表情だったが――今に至る。
身体の内から沸き起こる奇妙な不快感、働かない思考、重だるい四肢。
これが人の症状で言う“風邪”なのだとルクラは必死で自分に言い聞かせる。
そう信じたかったのだ。
 
「……わたし、どうしちゃったんだろう」
 
それらの症状にあわせて沸き起こる、もっと別のどす黒い何かが湧き上がっていることすらも、“風邪”という存在に押し付けたかったから。
 
【2】
以前海岸に隠されていた宝の一つシャドウバックラーを探し当てたときのように、今度は人工の大地の上を別行動を取って探索していたときから、その症状はじわじわと現れていた。
その違和感に気付いたのは、そこでの戦闘中だった。
 
――……あれ……?
 
自分の思った以上に、自分の魔術の規模や威力が強まっている気がした。
外敵の力を完全に殺ぐだけの力は元より意識して作り出して入るが、その時は何故か、それ以上に強い力を自分が発揮しているような気がしたのだ。
その違和感が確信に変わったのは、彼女が戦況を一気にひっくり返そうとより集中し錬度を高めた魔術を繰り出そうと集中したときだ。
 
――いっけぇぇぇーっ!!!
 
繰り出した魔術は、捻りも何も無い、巨大な光球を生み出し相手にぶつけるだけの単純な魔術。
複雑怪奇な魔術を使う習慣がルクラにあるわけでもないが、そのとき彼女は光球を作り出し、そして相手に叩きつけるように思い切り投げつけるその瞬間まで、その行いをなんら疑問に思わなかった。
 
――……あれ……?
 
直前までもっと別の魔術を使おうと考えていたはずだったのに。
思考の大部分がその魔術のイメージで固まっていたはずなのに、繰り出したのはまるで違う魔術で。
そして異常に力を、本当なら恐れて出来ないぐらいその魔術に込めていたことに気付いた。
目の前の敵に対して、ある種の殺意まで抱いていたことに気付いたのだ。
一度別の場所の人工の大地で同じように別行動を取り、そこでも戦闘をし、そして痛み分けという負けず嫌いな自身にとっては納得の行かない結果に終わってしまった事を心のどこかで悔やみ、二度と同じ結果は出すまいと張り切った結果だったのかもしれない、と一度はそのときの状況をそう分析して彼女は忘れようとした。
しかし――。
 
「……ゆっくり今は……休まなきゃ。今日は訓練もお休みだから……戦いの練習する必要もないから……」
 
その衝動は今も、ずっと続いている。
遺跡から戻り、宿で寛ごうと思っていても、宿の庭で客人たちとお茶を楽しんでいるときも、今後の探検の予定を仲間達と立てているときも。
つい先ほど愛瑠やリズレッタと話している間にも、“戦いたい。魔術を使いたい。暴れたい”と彼女の身体は訴え続けていた。
 
「休まなきゃ……だっ……め……だから……!」
 
苦しい。
何がそんなに自分を駆り立てているのかわからない。
自分が自分でなくなってしまうような不安さえ、浮んでいる。
ローブを握り締める力が限界まで高まり、自分の爪がローブ越しとはいえ掌に食い込む痛みが感じられた。
こんな姿は決して、仲間達には見せられない。心配を余計にかけるだけだから。
その思いだけで必死に押さえつける。
油断したら大声で叫びそうになってしまうそれを息を殺して阻止する。
限界まで身体をこわばらせて、その場に身体をがっちりと縫いつける。
 
「……っ……」
 
日に日に強くなっていくそれと、ルクラは必死で戦っていた。
 
【3】
「あ。リズレッタ、ルーちゃんのところに居なくてもいいの?」
「別に……子供じゃないのですから睡眠ぐらい一人でできるでしょう」
「ルクラ殿の調子は?」
「特に問題は無いように見えましたわ。……明日にはあの娘も元の調子を取り戻しているのではないかしら」
 
愛瑠やスィンの問いに、リズレッタはあまりルクラを心配している様子も見せず答えた。
すわり心地の良さそうな岩を見つけ、それに腰掛けて、心底暇そうに頬杖を付く。
 
「ルーちゃんが風邪……でいいのかしら。ひくなんて珍しいわね」
「結構大変な道のりもあったから、知らないうちに疲れが溜まっていたのかも。……ボク達も今日は一日お休みして、しっかり疲れを取っておこう?」
「そうね。……だそうよ、スィン」
「そうですね。我々も気をつけましょう」
「と云いつつ、何故素振りを始めているの」
「日課ですから」
「疲れを取るのは」
「これぐらいは疲れの内に入りません。寧ろしなければ逆に身体が鈍ってしまいます、姫様。……姫様もまだまだ剣の腕を磨かなければなりませんよ」
「今日はダメよ」
 
適当な木の棒を拾ってきて、早速打ち合いの準備をしようとしたスィンにそう声を掛けて、続いてエクトは愛瑠の方を向いて“そうよね?”と声を掛ける。
愛瑠はそれを見て軽く頷いた。
 
「そうだね。ルーちゃんのために、今日は結構手の込んだ元気の出る料理作ろうかなって思ってた」
「手伝うわ。手は多いほうがいいでしょう?」
「うん。その方が助かる」
「ふむ。では私は薪を集めてきます。いつもより多く使う事になるのでしょうから」
「わたくしも手伝いますわ。……料理は二人に任せますの」
「ん。わかった。それじゃあよろしくね、二人とも」
「ではいきましょうか、リズレッタ殿」
「えぇ」
 
立ち上がり、スカートの裾を叩きながらリズレッタは返事を返す。
そして先に行くスィン――エスコートの素振りも見せないことについては減点ではあるが、このような集まりだし、とある種の納得もリズレッタは見せている――の後をやや駆け足で続く。
その途中、一度だけテントの方を振り向き、食事の献立を考え始めた愛瑠とエクトのほかに、テントの中に居るもう一人の少女の事を少しだけ気にかけて、近くの森の中へと向かったのだった。

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皆に愛されし人の子
 
【1】
「あら。珍しいわね? ルーちゃんがそんなかっこでソファーで寝っころがってるなんて」
 
そう声を掛けられて、ルクラは今の自分の状況を見直してみた。
下着姿で、だらしなくソファーに横になっている。
風呂上りでぽかぽかした身体が心地良く重く、ついついこんな格好で寝ていたのだ。
じっと自分の顔を覗き込む若い女性の表情は微笑であり、掛けた言葉はお咎めのそれではないことがすぐ判る。
 
「ん……あ。ご、ごめんなさい、お行儀悪いですよね」
 
それでも、生真面目なルクラにとってはそれは十分お咎めの言葉に聞こえたようで、やや慌てた様子でその身を起こそうとした。
 
「いーのよそんなの、気にしない気にしない。だって我が家じゃない?」
「で、でもお母さん」
「ルーちゃんがお行儀いい子なのはお母さんよくわかってるんだから。たまにはだらけたっていいのよ?」
 
そんな事を言いながら、若い女性、ルクラの母親であるミーティアは、ソファーから起き上がろうとしたルクラをそのまま抱きかかえ、あっという間に自分の膝に乗せて、一緒にソファーに座る形を取る。
 
「寧ろ、だらけちゃいなさい!」
「お、お母さん……」
 
後ろからぎゅっと抱きしめられて、お互いの頬をすり合わせてなんだか盛り上がっている母親の姿に、ルクラは苦笑を見せつつも満更でもない様子でその行為を受け入れていた。
 
「だって滅多に見れないもの、こんな可愛い我が子の姿~!」
「もー。お母さんったらー」
 
だから直ぐに二人してきゃいきゃいと騒ぎ出す。
そうしている姿を誰か見れば――勿論娘のあられもない姿をミーティアが家族以外の人間に見せるはずも無いが――“親子”というより“姉妹”だと評するに違いない。
小さなルクラをぎゅっと抱きしめる母親の体躯は決して大きすぎるものではなく、身体を丸めて普段より小さく見えている事を考慮しても、ルクラと酷く差を持った身長の持ち主でないのは明らかだった。
抱擁を緩め、ミーティアは子供っぽい笑みをうかべる。
 
「……ふふっ。おっきくなったわねぇ、ルーちゃん。……うんうん。翼なんか一回りぐらい大きくなってないかしら? 尻尾もちょっと伸びた気がするわね?」
「そうかな……?」
「抱きしめてみると、『あっ、前とちょっと違うな』って判るのよ。日に日に可愛くて素敵になってるわよ、ルーちゃん?」
 
“もちろんノーちゃんだってね”と、今はこの場に居ない双子の妹についても触れて、ミーティアは優しくルクラの翼を撫でながら言った。
 
「ほんとに……少し前までハイハイしてた感じだったのに」
「もう。13歳だよ? ハイハイしてた頃って……すっごく昔じゃない」
「そうなのよねぇ。もう13歳……13歳かぁ」
「あと一年したら“大人”だよ」
「うん、うん。本当に、時間の流れはあっという間……。気が付いたらお父さんもあたしもおじいちゃんおばあちゃんになってるかもしれないわねぇ、このままだと……」
 
再びルクラを優しく抱きしめ、ミーティアは眼を閉じる。
その感触が心地良いのか、呼吸が深くゆっくりなものへと変わっていくのが、ルクラにも耳元に聞こえる吐息でわかった。
背中に感じる暖かさに、ルクラも心地良いまどろみの中に身を任せようとする。
 
「……ごめんね」
「え?」
 
しかしミーティアのそんな言葉に、意識は引き戻された。
突然の謝罪の言葉。
思わず振り向いて母親の顔を見てみれば、それはとても悲しげな様子で。
 
「辛い思いをしてるんじゃないかな、って。貴方達は、皆と違う。だからずっとその事で、要らない負担をかけてるんじゃないか……って」
「お母さん……」
「違うのよ。違うの。貴方達が嫌いなわけじゃない。大好き。目に入れたって痛くないぐらい、愛しいわ。貴方達を身篭って……そして、貴方達が生まれたときの嬉しさは、世界で一番幸せな……嬉しさだった。でも……貴方達は生まれてくることを望めはしなかった。望んだのはあたし」
「……ちがう」
「あたしが望まなかったら、……産んだりしなければ、貴方達が苦しむことも無かったんじゃないかって――」
「違うよっ!!!」
 
【2】
「……ちょっと」
「……はぇ」
「いきなりなんですの……? 夜中にいきなり怒鳴らないで欲しいのだけど」
「ん……」
 
時計を見ればまだ時刻は日付が変わったあたりのところを指しており、辺りは月の光でぼんやりと満たされているだけだった。
寝ぼけ眼を擦りつつ、もぞもぞと起き上がったルクラを、ベッドに横たわったままリズレッタは少し睨みつけた。
折角深い睡眠に身を任せていたのに、突然大きな声で――相手が寝ぼけていたとはいえ――怒鳴られもすれば、流石の彼女も機嫌を悪くする。
 
「……ごめん、なさい。なんか……夢、見ちゃって」
 
ばつが悪そうに寝ぼけ眼を擦りながら、素直に謝罪したルクラを見て幾らかその不機嫌も和らぐが、失った眠気はなかなか戻って来そうに無い。
再び自分の隣に体を横たわらせて、浮かない顔をしているルクラを見て、せめて眠気が来るまではこの娘に付き合ってもらおうと考える。
 
「夢?」
 
夢を見ている時、ルクラはいつも自分にぎゅっと抱きついてくる
この前は妹扱いされ、その次は父親扱いされた。そして今度は母親扱いだ。
初めの内は戸惑いもあり、安請け合いしたのを後悔した物だが、慣れてしまえば余り気にならない。
寝相も特別悪いわけではないし、抱きついてくることさえ慣れてしまえばなんと言うことはなかったのだ。
今日は母親に甘えでもしている夢でも見ていたのだろう。
そこまでは容易に想像できたが、先ほどの怒鳴り声とは結びつかない。謎が残る。
故に時間を潰すのに手頃な話題として選び、たった一言そう聞き返して更に深いところへ立ち入ろうと目論む。
 
「……うん。お母さんの、夢」
 
静かに頷き、枕の感触を確かめるように手を動かしながらルクラは答えた。
 
「でも……あんまりいい夢じゃなかった、かな。……あ、ううん。お母さんが嫌いなわけじゃないよ。大好きだもん。でもお母さんったら……あんなこと言って」
「あんなこと?」
「……わたしがドラゴニュートだってこと、リズレッタも知ってるでしょ?」
「……一応ですけれど」
 
リズレッタの目にもルクラは普通の少女――耳が細長い事を除けば本当に普通だ――に見えている。
しかし、ひょんなことから彼女が竜の血を引いた存在である事を知った。
別段何か力を感じるわけでもないし、そんな事をルクラに告白された時は疑念ばかりが浮かんでいたが、それも彼女の言う証拠に手を触れたことで信じざるを得なくなった。
目には見えないが確かにそこにある翼と尻尾。
それは確かに彼女が人ではない何よりの証拠だった。
尤も、本当にドラゴニュートかどうかはまだ半信半疑といったところであった。
半分も受け継いでいれば圧倒的な何かを感じるはずなのだが、目の前に横たわり、悲しげに夢の話を続けるこの少女にはなんら特別な力を感じない。
 
「わたしの故郷、ね。わたしみたいな子は……『異端』なんです。居ちゃあいけない……怖がられる対象。だから、こうして姿を偽ってる。翼も尻尾も、黄色い瞳だって、全部素敵なものだって思って、お気に入りで……きっと他の人もそう思ってくれるはずだって信じきってた。でも……お父さんもお母さん……ううん。それだけじゃない、おばあちゃんだって、他のドラゴンさんだって皆口をそろえて『人に見せてはいけない』って言うの。初めは何故か判らなかった。何で隠しておかないといけないのか……。そのことでお父さんやお母さんと喧嘩した事だってあったよ。偽った自分の姿はわたしには判らなくて。一体わたしは、他の人にどんな姿で映っているのか、わからなくて。自分のはずなのに自分じゃない誰かがいつも友達と話してる。それが心底、嫌だった。でも……思い知った。そうしなければいけない理由を……」
 
一度言葉を切り、考えている。
悩むといった方が正しいのかもしれない。
 
「……ううん。夢の話だったよね。ごめんなさい。夢の中でお母さん、わたしに謝ったの。なんて謝ったと思う? ……『あたしが貴方達を産まなければよかった』……って言うの。わたし達が竜の血なんて引かずに、普通の女の子として生まれたら辛い思いもしなくて済んだかも知れない。だから、お母さんはわたし達を生まないほうが、わたし達にとって幸せだったのかもしれない……って」
 
“全然、そんなことないのにね”と困ったように笑みを浮かべる。
 
「だって、お母さんが産んでくれなかったら……わたしはここに居ないもの。もしどこかに同じ『ルクラ=フィアーレ』が居ても、わたしじゃ無い。わたしはここに一人しか居ない。家族だって、同じ。お母さんが産んでくれなかったら、わたしのお母さんは居ないし、お父さんも居ないし、妹だって、おばあちゃんだって、きっと居ない」
 
ルクラが右腕を掲げて、その手に嵌められたバングルを月明かりに照らす様を眺める。
 
「……『わたしの偽者』を作ってくれるこのバングルは、わたしの周りの人達が一杯考えて作ってくれた一つの答え。不便だし、辛い事もあるし。こんなの、無い方がいいって思うこともあったけど、今はもう、違う。これを見るたびに思うんだ。……わたしは、幸せだって」
 
段々とルクラの表情が明るくなっていくのがよくわかる。
話すことで実感を深めているのだろう。
 
「それにね? わたしがドラゴニュートだからって怖がったりしない、可愛いって言ってくれたり、凄いって褒めてくれたりする人だって一杯居る。色んな人と、本当の自分で仲良くなれた。種族なんて飛び越えて仲良くなれることの証明が出来るって、実感できた。“ドラゴニュートは全然怖くないんだよ”って、わたしがこれからも皆に行動で示していけば……『いい子』で居れば……きっと、わたしの故郷の人達とだって仲良くなれるはずなんです。……自分の寝言で起きちゃって夢の中じゃ言えなかったけど……ホントはこういうこと、お母さんに伝えたかった。また会えるかなぁ?」
「……さぁ。わたくしに聞かれてもわかりませんわ。ただでさえあやふやな夢の話だというのに」
「そうだよね……。でも、会えるといいな。今度は絶対、伝えるんだ。『お母さんは何も悪くないよ』って。それから、ぎゅーって抱きついて、思いっきり甘えるの。……そろそろ、寝るね。ごめんね、起こしちゃって」
「……いえ。いい時間つぶしでしたわ」
「うん、よかった。……おやすみなさい、リズレッタ」
「えぇ、おやすみなさい」
 
この調子だと、今日もまた抱きつかれる。
それもいつもより強くだろう。
そんな事を思いながら、先に眼を閉じてしまったルクラを暫し眺め、リズレッタもそれに倣うのだった。

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ビターな香りに父の面影
 
【1】
「手伝ってもらって悪かったね、ルー。重かったろう?」
「ううん。大丈夫! あれ位ならへっちゃらです!」
「はは、そうか。助かったよ、ありがとう」
「どういたしまして!」
 
背に扉の閉まる音と、客の入退出を知らせるベルの音を聞きながら、ルクラと彼女の父親レミスはそんなやり取りを交わした後に笑いあった。
目の前の往来の人通りはとても激しい。
眩しいぐらいにあたりを照らし出す太陽は丁度真上に昇っており、昼時であることを人々に知らせていた。
人の流れに上手く入り込み、はぐれないようしっかりと手を繋ぎ往来を歩きつつ、二人は此処まで持ってきた大荷物について、何気なしに話し始める。
 
「学校の図書室に、あんなに古い本が一杯あったんですね」
「結構歴史の長い学校だからね。その分沢山昔の本があるんだよ。……ただ、今となってはちょっと学生が読むには難しすぎたかもしれないね」
「そうなの? 表紙しか見てないけど、面白そうな本ばっかりだったような……」
「はは……凄いなぁ、ルーは。あの本達を面白そう、って思ったのか」
「……? 何か変ですか?」
「いや。僕も同じ感想を抱いたよ。たっぷりの時間と、箱に積めて古本屋に売りに行く、っていう仕事さえなかったらあの図書室に篭って何時までも読んで居たかったね」
 
服の内ポケットに仕舞い込んだ封筒――中には古本を売り払って手に入れたお金が入っている――を人差し指でとんとんと叩き、それからレミスはやや残念そうに肩を竦めて見せる。
 
「やっぱりお父さんもそう思いました?」
「そりゃあ、僕にとっては宝の山だったからね。……正直処分するのが勿体無い」
「ですよね! 勿体無い!」
「だろう? ……凄いと思ったのは、あの本達の魅力にルーが気づけたことさ。凄く嬉しいよ」
「えへへ……」
「……書斎の本棚まだ空きあったかな」
「買い戻しちゃうんですね?」
「はは。全部は無理だけど、何冊かはね。自分のお金で買い戻すんだから、誰も文句言わないだろう?」
「わたしも何冊か買っちゃおうかな……」
「おっ、また一緒に今度行くかい?」
「……うん!」
「じゃあまた今度行こう。そうだな……今度のお休みとかどうだろう?」
「うん! それでいいですよ!」
「よし決まり。……おっと、着いた着いた」
「え?」
 
父親に手を引かれ、人混みを離れた先には、一軒の小ぢんまりしたカフェがある。
真っ直ぐ家に帰るものだと思い込んでいたルクラは、眼を丸くして父親を見上げることしか出来なかった。
 
「手伝ってくれたお礼だよ、ルー。此処のパフェ好きだったろう?」
「……うん!」
 
きょとんとした表情のルクラを面白そうに眺めて、それからにっこりと優しい笑みを浮べたレミスに、ルクラも期待と嬉しさに満ちた笑顔を向ける。
 
「いらっしゃいませ」
 
この時間にカフェで一息、という客は今日はレミスとルクラの親子が初めてだったようで、どの席にも人は居ない。
窓から往来を眺めることのできる席を選び、二人は隣り合って席に座った。
注文を取りにきたのは顔馴染みのウェイトレス。
 
「ホットコーヒーを」
 
レミスがそう頼めば砂糖もミルクもついてないブラックコーヒーが必ず運ばれてくる。
覚えられるぐらい、此処は利用しているのだ。
 
「それとチョコレートパフェとホットミル――」
「わたしもホットコーヒー下さい! 砂糖とミルクは無しで!」
 
レミスの注文を遮り、いつもと違った注文をしたルクラに、彼女以外は驚いたようだった。
 
「……ルー、いいのかい?」
「うん!」
「凄く苦いって嫌ってたじゃないか?」
「今はもう大丈夫!」
「……なら、それで」
 
今度はレミスがきょとんとした表情をする番だった。
頭を捻っているうちに注文された品は届く。
新鮮な果実が乗せられたチョコレートパフェに、ブラックコーヒーが二つ。
嬉しそうな顔のルクラに対して、レミスはやや心配そうな顔。
 
「本当に大丈夫かい?」
「ふふ」
 
答える代わりに、ルクラはカップに口をつける。
珈琲特有のビターな香り、続いて流れ込み舌に広がるじんわりとした、身体をぶるりと震わせてしまいそうな苦味。
それをじっくり味わって、ごくりとルクラは飲み込んで。
 
「……美味しいです!」
 
自慢げな表情を浮べてレミスを見たのだった。
 
「……驚いたなぁ。何時の間に飲めるようになったんだ?」
「わたしも大人になったって事です、お父さん」
「はは。……そうか、大人の味が判るようになったのか」
 
ルクラに倣うようにレミスも同じ事をして、其の味に満足そうな笑みを浮かべ。
 
「この苦さ。……僕も初めは苦手だったけれど、今になって、大人になってみると美味しく感じる。不思議なものだよ」
 
そう言って窓の外の往来を眺める。
 
「………………」
 
彼の視線の先には、日没のオレンジが町を照らし、直ぐに珈琲色の闇が何もかもを包んでいく様子が映されていた。

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