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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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太陽と月の子ら
 
【1】
「おねーちゃん」
「ん?」
「尻尾の使い方を考えよう」
 
ルクラの双子の妹、ノアが突然そんな事を言い出した。
机について勉強していた顔をあげて、ルクラはやや考える。
 
「……尻尾の先で物を取ったりとか」
 
くねくねと自分の尻尾を動かして、ルクラは鉛筆を絡めとろうとする。
しかし力加減がよくわからず、勢い余って床に落としてしまった。
 
「……意外とだめ」
「先端丸くて意外とニクイね」
「そうなんだよねー。尻尾の先が丸く膨らんでるから……」
「んー」
 
ノアはルクラに背を向ける形でぺたんと座り込んだ。
何をするのかと暫く眺めていたら、スカートの裾から出ていた尻尾がうねうねと床を這い回るような仕草を見せる。
 
「蛇のまね」
「おー」
 
どうやらノアは自分より尻尾の動かし方が器用らしい。
蛇行するその姿はまさしく白い蛇で、思わず拍手などをしてみたりする。
 
「……でも」
「三人にしかわからない芸なのが残念だね」
「……うん」
 
自分達の尻尾が見えるのは、自分達とそして母親だけ。
赤ん坊をあやすことすら出来ないし、それで楽しむことは二人にとって些か遅すぎた。
 
「ドアのノックに尻尾」
「……普通に手で叩いたほうが早いような」
「尻尾で……攻撃?」
「それ、ノーちゃん前にふざけてやってどうなったか覚えてるよね?」
「すっごく痛かったね。びりびりっと来た。タンスに小指」
「それに暴力は駄目だよ」
「うん」
 
くるくると尻尾の先端を暫く回しながら、ノアはゆっくりと立ち上がり、服の裾についた埃を払うような動作をして、それからベッドに勢いよく背中から飛び込んだ。
柔らかな布が彼女の身体を包み、衝撃を吸収した音が響く。
 
「いい使い方無いかな。これじゃあえーっと、『宝の持ち腐れ』ってやつだよ」
「うーん……」
 
床に落とした鉛筆を拾って元の場所に戻してから、ルクラもベッドに上がりこむ。
無造作に自分の尻尾を掴んで眺めているノアとルクラの顔は瓜二つで、ノアが髪を伸ばしていなければ区別のつけようが無い。
 
「……えいっ」
 
ふらふらと所存なさげにして居る二つの尻尾を見ていたルクラは、突然ある事を閃いた。
大それたことではない、浮んでは消えていく無数の小さな小さな考えの一つを適当に手に取ってみて、それを実行しただけだった。
 
「わ」
 
自分の尻尾の先端を、ノアの尻尾の先端にこつんとぶつけたのだ。
大して意味の無い行動。
 
「………………」
 
そのはずだったが、お互いが眼を丸くして、それから嬉しそうに笑った。
 
「尻尾で握手」
 
互いの尻尾を絡ませてみたり。
 
「尻尾で……ハートマーク!」
 
形を作ってみたり。
単純だが息が合わないと綺麗なものが作れない。
 
「おおー」
 
しかし彼女らは双子だった。
息を合わせるなど造作も無いことで、美しいハートマークが背を向け合った二人の間に出来上がった。
 
「ささやかな楽しみが出来たね」
「わたしたちにしか出来ない事、だね!」
「はじめての共同作業です」
 
それはさっきのノアが行った蛇のまねと大して変わらないように見えるが、一人でするのと二人でするのとではその意味が違ってくる。
片方でも欠けては出来ない事なのだ。
 
「おねーちゃん」
「ん?」
「……またしようね」
 
にっこりと微笑んだノアに、ルクラも笑みを返した。

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 小さなお願い
 
【1】
「ただいま戻りましたっ!」
「おかえりなさい。……楽しんできたみたいですねぇ」
「はいっ! すっごく楽しかったです! 『踊りませんか』って男の人に誘われたりして……」
「あらあら、まぁ……」
 
キラキラと瞳を輝かせ、興奮冷めやらぬ様子で話し続けるルクラが宿に戻ってきたことで空気は静から動へと移り変わり、宿の中を満たしていく。
 
「いい思い出になりました!」
「よかったわねぇ……」
 
老婆に背をそっと押されながら部屋の中央まで導かれて、ルクラは荷物である鞄を一先ず椅子の上に置き、それから何気なしにダイニングキッチンの周囲を見回した。
そうして、綺麗に洗われて水切りの中に立てかけられていた大小二つずつの弁当箱を見つけると、眼を丸くして声を上げた。
 
「お弁当、どうでしたか?」
「とても美味しかったですよ。色んなお料理が入っていて……ちょっとしたご馳走だったのよ。本当に、ありがとうねぇ」
「リズレッタも、お弁当どうでした? 美味しかったですか?」
「……えぇ」
 
“悔しいけれど”とは椅子に座っていたリズレッタも口に出さず、控えめに笑みを浮べて、それから目の前のテーブルの上に置いてあったカップを手にとって、中身に口をつけた。
気に食わない女将だが、腕は確かであることをあの弁当で認めざるを得なくなったのだ。
二人とも満足そうな表情をして居る様子に、ルクラは心の底から嬉しそうに笑って見せた。
 
「よかった! ティアさんに伝えておきますね! 『二人とも美味しいって褒めてました』、って!」
「ふふ……えぇ。よろしく伝えて頂戴ね……」
 
たった一人でとても賑やかにして居るルクラだが、周りにとってそれは鬱陶しいものではなく、どころか非常に心地良い物として認識されていた。
この空気こそが“ルクラが居る場所”なのだ。
老婆は当然そう思っていたし、変に意地を張らなくなったリズレッタも、この雰囲気こそがルクラに相応しいものだろうと同意するに違いなかった。
 
「……ふぁ」
 
しかしそんな彼女も、時間の経過や楽しさの興奮状態が続いたことによって襲い来る眠気には流石に勝てないようで、可愛らしく欠伸をしてみせる。
 
「……何だか宿に帰ったらほっとしちゃいました。夢から覚めたような……そんな感じです」
「よっぽど楽しいパーティだったのねぇ……。はしゃぎ疲れたんでしょう、少し早いけれど、今日はもう休んではいかが……?」
「……うん、そうします」
 
目尻に湧いて出た少しの涙を指先で拭いつつそう答え、椅子に置いた鞄を体の前で抱えて。
 
「おやすみなさい」
 
ぺこりと丁寧にお辞儀をしてから、ルクラは二階への階段をゆっくりと上がっていく。
 
「……わたくしも今日はそろそろ、失礼しますわ」
 
そんな様子を眺めていたリズレッタも、後を追うように椅子から立ち上がり、“ご馳走様でした”と一言老婆に礼を言うと、ルクラに追いつくように素早く階段を上がっていった。
 
「おやすみなさい」
 
そんな二人の後姿にそう声を掛けて、老婆はそっと本棚から分厚い本を取り出して、椅子に腰掛ける。
本を読みながら、こうして夜にのんびりと編み物をするのが彼女の趣味だったのだ。
 
【2】
 
「少しいいかしら」
「はい?」
 
部屋に戻ろうと自室のドアノブに手を掛けていたルクラに声を掛けると、彼女は眠たそうな目つきでリズレッタを見やり、首をかしげた。
それを了承のサインと受け取ったリズレッタは言葉を続ける。
 
「わたくしはあなたに色々と世話になりましたわ」
「……? そ、そうですか?」
「えぇ。今までもずっと、あなたに助けられていた所は数多いですの。……ですから、それに見合ったお礼をしたいのですわ」
「お礼、ですか?」
「ただ誰かの助けを受け続ける……というのは我慢できませんの。恩には報いを、それがわたくしの考え方。……何でも好きな事を言いなさい。程度にもよるけれど……あなたの望むお礼をして差し上げましょう」
「うーん……」
 
ドアノブから手を離し、鞄を抱えなおし、そして唸りつつ何度も首を傾げるルクラ。
どういう答えを返していいか困っている、というのがよくわかる様子だった。
リズレッタはその様子に何も文句をつけない。
何か言えば、彼女の答えはきっと左右されてしまう。それでは駄目なのだ。
だからただ沈黙を守り、ルクラを見守っていた。
 
「……そうだ! じゃあ、これまでどおり……お友達でいてください!」
「……もう少し、わたくしがあなたに何か為せるような願いだと助かるのだけど」
「で、ですか。じゃあ……」
 
やがて飛び出たお願いはリズレッタにとっては抽象的過ぎて困るもの。
注文を受けてルクラは再び唸り、首をかしげ。
 
「……うん! それじゃあ……その……」
 
何故だか顔を赤らめる。
 
「なんですの? 何でも言いなさい」
「じゃ、じゃあ、ですね。……こ、これから一緒のベッドで寝てくれませんか……?」
「……そんなことでいいの?」
 
ルクラの言うことだからそう大した事は無いだろうと予想はして居たものの、思った以上に“軽い”お願いに、半ば呆れたような声が漏れ出たのをリズレッタは実感する。
 
「う、うん。……あ、はい。ベッド広いから一緒に寝ても大丈夫だと思うし……あ、毎日ですよ。今日だけじゃなくって――」
「いいでしょう。それがあなたの望みなら」
 
普段の部屋は共同で使用している二人だが、寝る時だけは空いている部屋がリズレッタにあてがわれており、別々に睡眠を取っていた。
ルクラの言うとおり部屋のベッドは広く、彼女達二人が寄り添って寝るには何の問題も無い。
自分の思っていた恩返しとはかなり違う展開だが、それが望むことならば仕方ないとリズレッタも既に妥協しており、二つ返事でそれを引き受ける。
すると今度はルクラが眼を丸くする。
 
「え、いいんですか?」
「……嫌なの?」
「い、いえ。そうじゃなくて……う、嬉しいです」
「では、そのようにしましょうか」
 
リズレッタはドアノブに手を掛けてそして開く。
それからルクラを先に部屋の中に入れて、そして自分も後ろ手にドアを閉めつつ、部屋の中へと消えた。
――まさかこのお願いがこれから自分を悩ませることになろうとは、リズレッタは夢にも思わなかった。

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 その愛情は誰が為に
 
【1】
遺跡の入り口に寂しくぽつんと建っている奇妙な館がある。
その館の名は『南海荘(なんかいそう)』と言い、今日ルクラがダンスパーティを楽しみに訪れた会場だった。
 
「……ここですの」
 
月明かりに照らし出されたその外見は奇妙だ。
というより、古臭くボロ臭い。
大きさは立派だが、これをダンス会場と言い張るには少々無理があるのではないだろうか。
 
「まぁ、予想通りですわね」
 
やはりちゃんとしたダンスパーティなどではない、真似事に過ぎない事はこの建物を見ても明らかだった。
 
「………………」
 
あの時妖精の宿で浮かべたような意地悪な笑みは、浮べなかったが。
不思議とそんな気分にならなかったのだ。
寧ろ、中でルクラがどうしているか気になって仕方が無い。
その思いは、直ぐに館の窓から中を覗き込む、という行動となって現れた。
室内は様々な音楽が入り乱れているようだった。
静かに雄大なるクラシックが勢いに任せたブラスバンドにかき消されたり、和太鼓の軍団が更にそれを覆していたりする。
混沌であった。
まず間違いなく自分であれば、すぐさまこの場を後にするであろうに違いない、混沌とした場だった。
音も混沌していれば参加者も混沌としている。
踊りなど一つも統一していない、思い思いの踊りといえば聞こえはいいものの自分勝手にして居るだけで、優雅なんて言葉とは無関係のように見えた。
 
「……醜いですわ」
 
思わずそんな言葉が口をついて出てくるが、聞いている人間など誰も居ない。
配慮する必要など無かった。
 
「……あ」
 
暫し眺めていると、ルクラの姿が見えた。
一人の青年と一緒に、どうやらフォークダンスを踊っているようだった。
しかしそれはとても。
 
「……醜いですわね」
 
酷い出来であった。
相手方にフォローさせっぱなしで、なんとも情けないフォークダンスを披露している。
本人もそれはわかっているのか、煙が出そうなほど顔を真っ赤にして踊っている。
それでも時折相手が声を掛けてくれれば、照れ隠しに笑みを浮べて、踊りを楽しんでいるようだった。
思った通りには行ってない様だが、どうやらしっかりと楽しさを噛み締めている、そんな様子。
 
「……!?」
 
気づけば、笑みを浮かべていた。
その笑みは嬉しさから来るものだった。
ルクラが楽しんでいる様子を見て、僅かながら嬉しさに顔を緩ませたのだ。
それに気づいて、微笑んでいた口元を押さえて、そして窓を覗き込むのを止めるがもう遅い。
否定をするには遅すぎた。
代替の答えを見つけるには、あまりにも難しかった。
 
「……」
 
受け入れはせず、見て見ぬ振りをすることにした。
ゆっくりと、南海荘を後にする。
 
【2】
「あぁ、おかえりなさい……」
「ただいま戻りましたわ」
 
懐中時計を開いてみれば、どうやら自分が宿を出てから一時間ほどの経過をしていたらしい。
再び戻ってきた宿のダイニングには老婆の姿があった。
自分を待っていたらしいことは想像に難くない。
お互いが浮かない表情で顔を見つめ、無言で過ごす嫌な沈黙が始まる。
 
「さっきは……ごめんなさいねぇ」
 
沈黙を先に破ったのは老婆だった。
本来先に破るべきは自分だったのに、先を越されてリズレッタは内心焦る。
 
「いえ……謝る必要などありませんわ」
「……?」
「貴女の言葉で、目が覚めましたわ。あれでは無様なだけで、ちっとも褒められたものではありませんものね」
「いえ……私も言い過ぎた気がするのよ……ごめんなさいねぇ」
「良いのですわ。……それが事実だったのですし、あのままではわたくしは、偽の王座に腰掛けたままでしたもの。本当に感謝します、ミセス」
 
その焦りに突き動かされてか、思った以上にすらすらと、老婆へ感謝の言葉を述べることが出来た。
再びお互いが無言で顔を見つめあう。
しかし先ほどと違うのは、その表情が笑みに変わっていることだろう。
 
「……お夕飯にしましょうか」
「……えぇ」
 
老婆が席を立ち、リズレッタが入れ替わるように席に着く。
 
「はい、今日のお夕飯ですよ……」
「……?」
 
目の前に出されたそれを見て、リズレッタは怪訝な顔をして見せた。
 
【3】
大小二つの箱が今、リズレッタの目の前に並んでいる。
箱はそれぞれ丁寧に紙とリボン――紙はオレンジ色で、涙を流す南瓜のプリントがされている。リボンは緑色で、紙製だった――で包装されていた。
 
「……これは?」
 
見れば老婆も全く同じものを食卓に持ってきている。
 
「あの子が貴女と私に、ってお弁当を買って来てくれたのよ。今日は一人、パーティに出かけるからか気を利かせてくれたのね……。『南瓜の涙亭』ってレストランのお弁当だそうですよ……」
「『南瓜の涙亭』……」
 
その名前は聞いたことがあった。
ルクラがとても親しくしている相手の一人が経営するレストランの名だ。
以前練習試合をした時酷い目に遭わされたが、それも今となっては良い思い出――。
 
「………………」
 
――にはなりえなかった。
忘れたかった記憶が呼び覚まされて幾らか不快になったものの、ぐしゃぐしゃぽいと丸めて捨ててついでに踏んづけておいて落ち着きを取り戻す。
とりあえず、老婆が包装を解き始めているのを見てリズレッタもそれに倣う。
 
「まぁ……」
 
出てきた中身に、老婆は嬉しそうな声を上げた。
大きな弁当箱の方に入っていたのはレタスハム、タマゴ、トマトチーズというサンドイッチ三種。
玉葱のコンソメゼリー。
ミニエビフライ串、タルタルソース付き。 
プチトマト串。
ミートボールが3個。(食べてみてうずらの卵が入っているのに気づいた)
マッシュバターポテト。
ザウアークラウト。
そして小さな弁当箱に入っていたのはミックスベリーパイ。
見た目にも美しい、ちょっとしたご馳走がこの弁当箱には詰まっていた。
 
「頂きましょうか……」
「え、えぇ」
 
何を食べようか迷った――それほどまでにこの弁当の中身が魅力的であった、ということだ――が、とりあえずレタスハムのサンドイッチに手を伸ばす。
水々しいレタスが顔を覗かせたそれを、小さく口を開けて一口齧る。
パンの仄かな甘みに、レタスの甘み、ハムの塩辛さに、それを纏め上げるマヨネーズのアクセント。
 
「……美味しい……」
「えぇ……すごく美味しいわねぇ……」
 
それ以上の言葉は必要なかった。
中身をすっかり平らげた後、リズレッタはルクラに付いて昼のランチを食べに行ってもいいだろう、そう思えるまでに心境を変化させていた。

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 忘れていた矜持
【1】
「では何故、あの子の傍にずっと居るのかしら……?」
 
老婆の言葉を聞いて、リズレッタの胸の鼓動は早く高く強くなった。
 
「……なんですって……?」
 
辛うじて絞り出した声はか細く、いつもの不敵な笑みは無く。
ただうろたえる少女が一人其処に居ただけだった。
 
「恩を返そうとは、思わないのかい……? あれだけあの子は、あなたに親切にしてくれているのに」
「……それは……」
「勿論あの子だって、お礼を目当てにそうしているわけでは無いわ……。ただ純粋に、助けたい、役に立ちたいと言う思いで誰にだって接してきている。あんなに小さな身体に……確固たる信念が眠っている……。頭が下がる思いね……」
「………………」
「あなたはあの子に……何かしてあげたのかい……? あの子が貴女にしてくれたことを、よく思い出して御覧なさい。……ただあの子の助けを身に受けて、尊大な態度で居続けて。……首をかしげる他ないのだけど、ねぇ……?」
「……ッ……!」
 
ふつふつと怒りが湧いてくる。
老婆に対してだ。
それを認識したとき、リズレッタは更に怒りを覚えた。
他人に言われて怒りを覚えるのは、自身も自覚しているからこそ。
そこで老婆に怒りを覚えるなどお門違いもいいところで、本当に怒りを向けるべきは、自分自身だった。
そのはずなのに老婆に怒りを向けてしまった自分に、今まで感じたことの無い苛立ちを覚えたのだ。
 
「強制は、できないわ……。それに、あの子に言うほど勇気も無い……。あの笑顔が無くなってしまう事は、今の私にとっては息子夫婦や孫をを亡くしてしまう事に等しいぐらいに、悲しいことだからねぇ……」
「………………」
 
がたり、と音を立てて椅子から立ち上がる。
心配そうに自分を眺める老婆の顔は見ることができなかった。
酷く自分が恥ずかしい存在に思えて、とても他人の顔など見れる状況ではなかったのだ。
 
「……出かけてきますわ」
「……えぇ、いってらっしゃい……。お夕飯はもう直ぐですから、なるべく早めに――」
 
勿論言葉など最後まで聞けるはずも無かった。
一刻も早く一人になりたかった。
宿から出て、懐から取り出し乱暴に鳴らした鈴は、リズレッタを霧に包み込んでくれる。
そして霧が晴れた時、リズレッタの姿はもう無かった。
 
【2】
鈴の音を響かせ辿り付いたのは、妖精の宿。
此処でならどれだけ長い時間居ても、元の場所では数十分程度の時間経過にしかならない。
静かに一人、物事を考えたいリズレッタにとっては、最適な場所といえた。
 
「……これは……」
 
しかし誤算が一つあった。
記憶の中にあった白一色の冷たく寂しげな庭は消え、今や賑やかな桃色が乱舞する場所へと変貌していたのだ。
見た目に五月蝿いその光景にリズレッタは眉を潜める。
目の前の大樹を見上げれば、枝一本一本を包み込むように咲き乱れる花々。
見事な狂い咲きである。
しかし、リズレッタにとっては鬱陶しい存在に他ならなかった。
あの大樹の枝に腰掛けようと思っていたのがこれでは、木の枝に登ることすら儘ならない。
まさかあの咲き誇る中に身体を突っ込んで、枝に腰掛けて……など出来るはずも無い。
”はしたない”行いをするはずが無かった。
何処か抜け道でもないかと大樹の真下まで歩いて行き、その幹に手を付いてそっと見上げるが、やはり同じことだった。
とてもすんなりと中に入れてくれる様子は無い。
 
「鬱陶しい……」
 
憎らしげにそう呟いても入り口が出来るはずも無い。
仕方なく、大樹の根元に腰を降ろす。
よく見れば地面には散った花が一つも残っていない。
どころか、自分の体に触れた花びらも消えていく。
相変らず奇妙な場所だ、そう思いながら暫く、花が散るさまを眺めていた。
 
「………………」
 
今頃ルクラは、機嫌よくダンスパーティを楽しんでいるのだろうか。
あんなのに舞踏会などという優雅な催しが似合うはずが無い、と思いかけ、招待状の歪な姿を見てあぁやはりあの娘にこそお似合いか、と思いなおす。
自分が思うような舞踏会ではないのだろう。
それっぽく仕上げただけの紛い物に違いない。
 
「……ふん――」
 
笑みが零れた。
 
「………………」
 
何故だか酷く、自分が惨めに思えたのですぐ押し留めた。
 
「あの娘が、わたくしにしたこと、か――」
 
膝を抱えて座り込む格好に直して、呟く。
 
「――全く。何故、あそこまで他人に尽くすことができると言うのかしら。……理解し難いですわ」
 
理解できない、それはリズレッタにとっては便利な言葉。
自分に合わないものは全て切り捨てて、見下して、自分をずっと優位に立たせる魔法の言葉だった。
 
「……理解なんて」
 
それが今や、どうだ。
呟くだけで、まるで自分が時代遅れで、何もかもに置いていかれるような孤独感をもたらす忌々しい言葉となっている。
 
「……理解……」
 
判っているのだ。
もう聞かない振りなど出来ないほど、内から聞こえる自分の声は叫んでいる。
受けた恩は報いるべきだ、と。
リズレッタは強大な存在だった。
しかし今は違う。
最早権威は地に墜ちた。
 
「……理解、できない。……いや――」
 
判っていたのだ。
自分が意地を張って、ルクラに何一つ恩を返すまいとしていたことなど。
ただ助けを受けるだけのぬるま湯に漬かりきっていたのだ。
そしてそれを、自分は恥と思わなかった。
ルクラを言い訳の材料にして、今までずっと――。
 
【3】
 
「――理解しようとしなかった、ですわね」
 
もう止めだ、そう自分を叱りつける。
 
「……全く、何という無様な姿。
 自身こそ最上位だと誇っていた誉れ高き姿は何処へ消えたのかしら」
 
呆れた声でそう投げかけた相手は他でもない自分自身。
ゆっくりと立ち上がり、大樹と向き合い、眼を閉じる。
 
「力を失くしたとて、その誇りは消えず。
 わたくしの誇りは力のみにあらず。
 あらゆる、全てが、何よりにも勝るからこその最上位。
 下賎に施しを受けたのなら、それに見合った褒美を与えるのは上に立つ者の義務に他ならぬ。
 ただ施しを受け続けるだけなどという、最低の行為に身を染めるなど、在ってはならない。
 ……あんな小娘一人の施しなど」
 
――。
 
「――直ぐに。
 直ぐに目も眩む様な褒美を与えてやりましょう。
 わたくしはあらゆる者の頂点に立つべき存在なのだから」
 
そうでなければ、妹に示しがつかない。
頂点を仲良く二人で分け合った片割れはもういない。
残された自分が、今まで以上に、眩いばかりに輝き続けなければならないのだ。
今まで自分が忘れていた物、それは矜持だった。
だがもう、二度と忘れることは無い、手放すことは無い。
そんな事があれば、最早自分に価値など無い。
 
「……ふふ」
 
再び大樹を見上げたリズレッタは、薄く笑みを浮かべていた。
鬱陶しかったはずの咲き乱れる花々が、美しく輝いて見える。
あれは自分を楽しませる舞台衣装なのだ。
もっと、もっと美しく咲け。
 
「――――」
 
笑みを浮かべるリズレッタの瞳には、力強い光が宿っていた。

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【1】
 
いつかはきっと、その日が来るだろう。
毎日、そう思いながら老婆は日々を過ごしてきた。
いつかはきっと。それが明日か、三日後か、一週間後か、一ヵ月後かは判らない。
だが何時か必ずきっと、その日がやってくるのだと老婆はある種の覚悟を常に持ち続けていた。
リズレッタとのささやかなお茶会を楽しんだ後の余韻に浸りつつ、今こうして食器を洗っている最中でも、その気持ちは決して手放す事は無い。
だから――。
 
「おっ、おばあさんっ! おばあさんっ!」
「はい……? どうしたの、そんなに慌てて」
「杖っ……! わたしの杖、知りませんかっ!?」
 
――ルクラのこの問いに眼を丸くして、身体を硬直させたものの、消して手に持った洗い立ての食器を落とす事は、無かった。
 
【2】
 
「わたし、思い出したんですっ……! 杖を持ってたことに! でも、今はその杖が無くって……。……あのっ、わたしが最後に杖を持って遺跡に行ったの、覚えてませんか!? きっと遺跡のどこかに落としたんだと思うんです!」
「………………」
「……おばあ、さん?」
 
老婆は無言で手に持った皿を脇に置いて、洗剤に塗れた手を丁寧に洗う。
それからしっかりと手の水気を拭き取って、洗い終えていたティーセットを持ち出して、そそくさとお茶の準備を始めた。
 
「ねぇ、おばあさん!」
「慌ててはダメよ、お嬢さん。……さぁ、席に着いて、息を整えて。お茶を入れ終わったら、話しますから……」
「……? わかりました……?」
 
何時ものおばあさんらしくない、とルクラは思った。
だが、それを追求する事も出来ず、老婆の言うままに席に着くしかない。
 
「さぁ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
 
クッキーを出され、お茶もカップに注がれて。
15分程度の待っている時間が、酷く長く感じられた。
 
「ちょっと! 部屋の片付けぐらいしてから行きなさい! 全くどうしてこのわたくしがあなたの散らかした部屋を片付けないと……」
 
文句を言いながら二階から降りてきたリズレッタにも、謝罪の言葉を掛けることは出来なかった。
三人分のお茶を用意した老婆が、そのまま無言で自室に引っ込んでいった様子を見て、ますます疑問が膨れ上がり、それどころではなかったのだ。
此処でリズレッタが何時ものようにルクラの頬を抓って無理矢理にでも謝罪の言葉を絞りだしてしまう事もできたかもしれない。
だが、それは無かった。
リズレッタも異様な雰囲気を察知して、そして注目の対象をルクラではなく、老婆に向けていたのだ。
 
「……なんですの。またお茶?」
「い、いえ。杖の事をおばあさんに聞いたら……なぜか……」
「……?」
 
老婆が再び戻ってくるのに1分も掛からなかっただろうか。
その手には奇妙な文様がびっしりと描かれた布に包まれた品が大事そうに抱えられていた。
 
「おばあさん、それは……?」
「……何時か、きっと杖について何か聞いてくるんじゃないかと思っていたわ」
「えっ!?」
「これから話すことをよく聞いて頂戴」
 
テーブルの上に置かれたそれはコトリと小さく音を立てた。
木製の箱か何かがその布には包まれているらしい。
 
「……この中には、貴女の杖が入っているわ、お嬢さん」
「っ……!」
「二重に封印を施してあるけれど……わかるでしょう?」
「……はい」
 
その品が老婆の手を離れ、テーブルの上に置かれた直後からルクラも気づいた。
品から滲み出る気配は、不穏そのもので触れることすら遠慮したい物だった。
それはとても”怖い”物に見えた。
 
「……お嬢さん。貴女はあの日遺跡に出かけて、そして……遺跡の崩壊に巻き込まれた。貴女はそのとき何かとても大きな恐怖を抱いたみたいだったわ。この宿に帰りついた貴女は……見ているのも辛いほど、怯えていた」
 
椅子に腰掛けて、老婆はじっとルクラを見据えて話を続ける。
 
「このままだといけない、そう思ってねぇ……。本当は余り好ましい手段ではなかったのだけれど……。貴女の記憶の一部を、杖の中に封じ込めてしまったの。……遺跡での事を、よく思いだせるかしら? 杖を持っていた時の事を」
「……いえ」
「この中にある杖を」
 
老婆は再び箱を持って、そしてルクラのほうに近づける。
咄嗟にルクラは、身を縮める。
その反応を見て、老婆は少し暗い表情を見せた。
 
「……手に取れば、きっと記憶は全て戻ってくるでしょう。でも、今は止めておいた方がいいと私は思うのよ……。箱を近づけただけで、貴女は恐れた。今手に取れば……恐らくは」
「全ては元通り、怯える愚かな娘が一人完成する、だけですわね」
「っ!? り、リズレッタ!?」
 
ひょいと横から手を伸ばし、軽々と布に包まれた品をリズレッタは持って見せた。
涼しい顔で、布に描かれた文様をまじまじと見つめていたりもしてみせる。
 
「……ふぅん。なるほどかなりの高位に当たる封印ですわね。それを二重にしてもまだこの気配……。一体どれだけの物を詰め込んでしまったのでしょうね?」
「へ、平気なの?」
「えぇ? この程度、別にどうということもありませんけれど? でも、あなたが手に取れば……」
「うっ……」
 
くすりと冷たい笑みを浮べたリズレッタは、含みを持たせたまま、品を再びテーブルに置く。
わざわざルクラに近いところに置いてみて彼女の反応を楽しむのも忘れない。
 
「……もう一度、言っておくわ……。今これを手に取るのはお止しなさい、お嬢さん。何時かきっと、あの時の恐怖すら克服できる時が来る筈だから……。今は杖の事は忘れて、仲間の皆と楽しい時間を過ごすべきです……」
「………………」
 
素直に頷けない。
老婆の言う事は尤もだが、簡単に諦める事はできなかった。
捜し求めた品が目の前にあるというのに、手に取れない。
その悔しさから、どうしても首を縦に振れなかったのだ。
長い長い沈黙が場を支配する。
 
「……あら」
 
その沈黙を破ったのは、以外にもリズレッタだった。
 
「そういえばあなたの散らかした荷物を整理していたらこんなチケットがあったのだけど」
「え? ……あ」
 
衣服のポケットから無造作に取り出したそれは、ルクラがつい先日ゲンザという男から貰った”いべんとちけっと”だった。
開催の日付は今日、時刻は――。
 
「そろそろ出発しないと遅れるのではないかしら? それとも目の前の杖と視線だけで踊る方がお好き?」
「う……」
「さっさと準備をなさい」
 
ぴしゃりぴしゃりと畳み掛けるようにルクラに言い放つと、リズレッタはテーブルの上の品を掴むと、老婆にさっさと手渡してしまう。
 
「こんなもの、何時間睨んでも事態が好転などするものですか」
 
止めとばかりに、高慢な笑みを浮かべ、ルクラの心の内を見透かしたような言葉を投げかけたのだった。
 
【3】
ルクラを見送った――門限を定めてそれまでに必ず帰ってくるようにとリズレッタが条件をつけて――後、老婆とリズレッタにとっては二度目のお茶会が始まっていた。
一度目の時のような静かな賑やかさは無い。
どちらも、あのリズレッタでさえルクラの杖についてしきりに考え通しだったのだ。
 
「……ありがとうねぇ、お嬢さん」
 
ぽつりと老婆が呟き、リズレッタは頭の片隅で考えていた思考を停止せざるを得なかった。
そもそも自分が考えても理解できるような話でもないし、興味も段々薄れていっていたので丁度良いタイミングでもあった。
 
「……? 何のことですの」
「貴女があそこで厳しく言ってくれたから、あの子も諦めが付いたのだと思うわ……」
「……別に。決してあの娘を思ってあのような態度を取ったわけではありませんわ。……ただ気に入らなかっただけですもの」
「ふふ……そう……」
 
微笑む老婆を眺めつつ、リズレッタは眉を潜める。
本当に気に入らなかっただけだ、そう口に出せばまた老婆は微笑むに決まっている。
そもそもそんな事を考えている時点でルクラを思っている事になるのだが、今この場にそれについて言及する人間はいない。
 
「しかし、意外でしたわ。貴女があのような術を会得しているなんて」
「これでも昔は、それなりに名を馳せていたものですからねぇ……。ほら、あの子に貸してあげた魔石……あれは私の思い出の品なのよ……」
「……ふぅん」
「今でこそこうして腰を落ち着けているけれど……結婚するまでは結構、やんちゃもしたものよ……。今貴方達がしているような冒険に胸を躍らせていたわ……」
「……そうですの」
 
他者の思い出に興味は無い。
適当に相槌を打ちつつ過ぎる静かな時間。
 
「……ねぇ。あの子を貴女に、お願いしてもいいかしら……?」
「っ!?」
 
しかし突然振られた話に、リズレッタは咽た。
 
「いっ……げほっ……。いきなり何を言いますの!」
「お友達が沢山いて、この島での生活も慣れてきた……それはわかるのだけど……。やはりあの子はまだ、寂しがっているみたいなのよ……。私じゃあどうしても、救いきれない部分が残っているわ……」
「……だから、わたくしにあの娘の事を任せると?」
 
老婆は首を傾げる。
 
「ダメかしら……? お互いに悪い条件ではないと思うのだけど……?」
「お互いに……? 何を馬鹿な、わたくしに何の利があると――」
「では何故、あの子の傍にずっと居るのかしら……?」
 
――。
 
「……なんですって……?」

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