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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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 眠り姫を尋ねて・1
 
 
【1】
今日、宿屋“流れ星”の庭には沢山の来客があった。
聞かされた事実に驚きの表情を見せている彼ら達を見るのは老婆も初めてだった。
だが、彼らの事はよく知っていた。
過去、ルクラが話してくれた人物達ばかりだったからだ。
彼らはルクラの噂を聞きつけてこの宿に訪れたのである。
 
【2】
「『だんすぱーちー』の時には元気そうだったんじゃがのぅ。踊りもまた可憐で」
「病とは全く縁のなさそうな女子だと思ったんじゃがのう」
 
水羊羹をつまみつつ、濃い目の緑茶の入った湯飲みから音を立てて飲んでいる一見浪人風の男に、傍らに控えながらなにやら思案顔でいる狗の耳を生やした美女。
犬飼四郎兵衛験座(いぬかい しろべえ げんざ)とシロである。
 
「ついこの前一緒にお茶を楽しんだのですが……。具合の方はどうなのですか、おばあさん?」
 
少しだけ不安げな顔つきで老婆を見つめるのは、黒襟餞(くろえりはなむけ)だった。
 
「まだお家から出られないし、眠っている時間は多いけれど……大丈夫ですよ。だんだん食欲も戻ってきていますし、回復の兆しは見えているの」
「おぉ、それは何よりでござった!」
「重畳じゃのう」
「よかった……」
 
ゲンザもシロもハナも、互いの顔を見てほっとしたように笑いあう。
三人とも偶々ここに訪れた時期が同じだっただけで初対面ではあったが、共通の友人の事となれば話は別である。
“おぉ、そうじゃ!”とゲンザがぽんと手を叩いた。
そして懐から何かを取り出し始める。
 
「よければこれをるくら殿に、見舞いの品として渡してもらえんかのぅ」
 
取り出したのは小瓶。日の光を受けて輝く琥珀色の液体が中には見えた。
 
「あら、それは……?」
「某(それがし)特製『蜂蜜飴』でござる。以前男が女にお返しする日にるくら殿に渡したのじゃが、とても喜んでおったのでな。また作ってきたというわけじゃ。芋と大根を使って作った水飴に蜂蜜を混ぜたものじゃよ」
「あまり気の利いてない品かもしれんが、この男が今見舞いの品として渡せそうなのはこれぐらいじゃ」
「いえいえ、あまり気になさらないでください……。ありがとうございます。ちゃんとお嬢さんに渡しておきますね……」
「かたじけない」
 
ゲンザの手から老婆の手へ、蜂蜜飴がたっぷり詰まった小瓶が手渡される様を眺めるハナ。
そして彼女も“あっ”と小さく声を上げて、ごそごそと荷物を探り出した。
 
「そうでしたわ、おばあさん! 私もクッキーを焼いてきましたの! よかったらこれも渡していただけないでしょうか?」
 
そして取り出したのは、きれいにラッピングされた小袋が二つ。
 
「まぁ……ありがとうございます。えぇ、勿論ちゃんと渡しておきますね……」
「一つは……リズレッタさんに渡していただけますか?」
「えぇ、えぇ。わかりました……。だから二つ、だったのねぇ」
「ありがとうございます! ルクラさんが一日でも早く元気になるよう、お祈り申し上げますわ」
「うむ。某からもるくら殿にお見舞い申し上げるでござる」
「早く好くなってまた元気な顔を見せるがよかろ。験座が毎夜毎夜うるさくて敵わんわい」
「なっ!? ま、まて! そのような事実はないぞ!?」
「全くこれじゃから――」
「某はろりこんではないっ!」
「まだわしは何も言っておらぬぞ験座?」
「し、しまったぁ!?」
「あらあら♪」
 
【3】
「えぇ~。ルクラちん会えないの? どうしてだよっ?」
「……ごめんなさいね。他の人に移してもいけないから……」
「どうしてもだめ? ルクラちんに会いたいんだよっ。くろがルクラちんに元気を分けてあげるのっ」
「こら、くろっ。わがまま言うんじゃありません」
「……ごめんなさいね、坊や」
 
宿の入り口の前で騒ぎ立てる少年と、それを窘める狼の耳を持った女性。
くろうと、その姉のルナだった。
 
「そっかぁ……。ルクラちゃん、大丈夫なの?」
「えぇ。……もう少ししたら元気な姿を見せられるようになると思いますよ、お嬢さん」
「よかった! それなら安心っ! ……あ、でも、治りかけが一番怖いって聞くから、気をつけてねってルクラちゃんに伝えてくださいっ!」
 
老婆の口からルクラの様子を聞いて、安心したように満面の笑みを浮かべて見せた少女、姫榊杏子(ひさかき あんず)。
賑やかな彼女とは対照的に、杏子の傍で静かに佇んでいる青年、瑚羨(こせん)。
 
「それと、これ! お見舞いにメロンもって来たの! ね、こーにぃ!」
 
杏子の言葉に瑚羨は腕に抱えていた大振りのマスクメロンを老婆にそっと手渡した。
ずっしりと重みのあるそれは、見るからに美味そうだった。
 
「まぁ……こんなに立派なメロン……」
「『昔バナナで今メロン』って言うんだよねっ! これ食べて、早く元気になってね!」
「ふふ……よく知ってるわねぇ。ありがとう、きっとあの子も元気になります……」
 
そんな様子を見ていたくろうは、メロンを指差しつつ自分の姉に尋ねる。
 
「おおぅ~。姉ちゃん、姉ちゃん! あれってなんだよ!」
「『お見舞いの品』というやつかしら? ……私達も何か持ってくればよかったわねぇ」
 
しまった、といった表情のルナ。
そんな姉の姿を三秒ほど眺めたくろうは、ぱっと笑みを浮かべてこう言った。
 
「姉ちゃん! 今からその『お見舞いの品』を探すんだよ!」
「今から? ……あぁ、それもいいわね? それじゃあ、何か探しに行きましょうかねぇ?」
「にししし~。すっごい物持ってくるんだよ!」
「あ、こらっ。一人で勝手に行かない!」
 
自信たっぷりの笑みを浮かべ、くろうはあっという間に駆け出し、そしてルナも彼の後を追うようにその場を後にする。
 
「それじゃあ……お大事にっ!」
 
にっこりと笑みを浮かべてぺこりと杏子は頭を下げて、瑚羨も彼女に倣い、少しだけ背を傾けて老婆に挨拶をしたのだった。
 
【4】
「そっかぁ……」
「最近少し見ないから気になってたけれど、噂を聞いてびっくりしたわ」
「心配をかけてごめんなさいねぇ……」
 
浮かない表情でいる少女に、ルクラが眠っているあたりを見当つけてか、宿の二階部分を眺めている少女。
葵邑とララの二人である。
 
「体調のほうが心配ねぇ」
「今は会えませんけど……大丈夫ですよ。少しずつ好くはなってきているんです」
「みょん、よかった。安心した」
 
赤いドレスを着た小さな人形に、対になるかのように蒼いドレスを纏った少女はお互い顔を見合わせて笑った。
東雲水音とその姉の火音だった。
 
「あの……たいしたものじゃないんですけど、お見舞いに花を持ってきました」
「みょん、僕も」
「……あ」
「あ」
 
葵邑と水音が同時に老婆の前に品を差し出して、そしてお互いのそれをみて、小さく声を上げる。
二人とも持ってきたのはガーベラの花で、その色合いも全く一緒だったのだ。
小さなバスケットに入れられたそれは、風を受けて静かに揺れている。
 
「あらら」
「被っちゃったわねぇ」
 
これにはララも火音も苦笑するしかなかった。
勿論葵邑と水音も、同じような表情でいる。
 
「……いいんですよ。同じものだからって、悪いことではありません。あの子を思って持ってきてくれたガーベラの花……大切に飾らせてもらいますね……」
 
そんな彼らを慰めるように、老婆は優しく微笑んだ。
そして二人から、同じ花を受け取る。
 
「元気になったらまた一緒にご飯食べたり……よかったらまた温泉にも来てね、ってルクラちゃんに伝えてください! 私達、待ってます!」
「僕も姉さんも、元気になるのを待ってるよ」
「まだまだいっぱい、お歌も準備してるもの♪ 早くルクラちゃんが元気になりますように♪」
 
“お大事に!”
四人はそう老婆に伝えて、何度かこちらを振り返りながら、宿を後にする。
 
「………………」
 
一日でこんなに嘘をついたのは老婆にとって生まれて初めてで、それはとても辛いものだと、実感した。

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