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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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 小さなお願い
 
【1】
「ただいま戻りましたっ!」
「おかえりなさい。……楽しんできたみたいですねぇ」
「はいっ! すっごく楽しかったです! 『踊りませんか』って男の人に誘われたりして……」
「あらあら、まぁ……」
 
キラキラと瞳を輝かせ、興奮冷めやらぬ様子で話し続けるルクラが宿に戻ってきたことで空気は静から動へと移り変わり、宿の中を満たしていく。
 
「いい思い出になりました!」
「よかったわねぇ……」
 
老婆に背をそっと押されながら部屋の中央まで導かれて、ルクラは荷物である鞄を一先ず椅子の上に置き、それから何気なしにダイニングキッチンの周囲を見回した。
そうして、綺麗に洗われて水切りの中に立てかけられていた大小二つずつの弁当箱を見つけると、眼を丸くして声を上げた。
 
「お弁当、どうでしたか?」
「とても美味しかったですよ。色んなお料理が入っていて……ちょっとしたご馳走だったのよ。本当に、ありがとうねぇ」
「リズレッタも、お弁当どうでした? 美味しかったですか?」
「……えぇ」
 
“悔しいけれど”とは椅子に座っていたリズレッタも口に出さず、控えめに笑みを浮べて、それから目の前のテーブルの上に置いてあったカップを手にとって、中身に口をつけた。
気に食わない女将だが、腕は確かであることをあの弁当で認めざるを得なくなったのだ。
二人とも満足そうな表情をして居る様子に、ルクラは心の底から嬉しそうに笑って見せた。
 
「よかった! ティアさんに伝えておきますね! 『二人とも美味しいって褒めてました』、って!」
「ふふ……えぇ。よろしく伝えて頂戴ね……」
 
たった一人でとても賑やかにして居るルクラだが、周りにとってそれは鬱陶しいものではなく、どころか非常に心地良い物として認識されていた。
この空気こそが“ルクラが居る場所”なのだ。
老婆は当然そう思っていたし、変に意地を張らなくなったリズレッタも、この雰囲気こそがルクラに相応しいものだろうと同意するに違いなかった。
 
「……ふぁ」
 
しかしそんな彼女も、時間の経過や楽しさの興奮状態が続いたことによって襲い来る眠気には流石に勝てないようで、可愛らしく欠伸をしてみせる。
 
「……何だか宿に帰ったらほっとしちゃいました。夢から覚めたような……そんな感じです」
「よっぽど楽しいパーティだったのねぇ……。はしゃぎ疲れたんでしょう、少し早いけれど、今日はもう休んではいかが……?」
「……うん、そうします」
 
目尻に湧いて出た少しの涙を指先で拭いつつそう答え、椅子に置いた鞄を体の前で抱えて。
 
「おやすみなさい」
 
ぺこりと丁寧にお辞儀をしてから、ルクラは二階への階段をゆっくりと上がっていく。
 
「……わたくしも今日はそろそろ、失礼しますわ」
 
そんな様子を眺めていたリズレッタも、後を追うように椅子から立ち上がり、“ご馳走様でした”と一言老婆に礼を言うと、ルクラに追いつくように素早く階段を上がっていった。
 
「おやすみなさい」
 
そんな二人の後姿にそう声を掛けて、老婆はそっと本棚から分厚い本を取り出して、椅子に腰掛ける。
本を読みながら、こうして夜にのんびりと編み物をするのが彼女の趣味だったのだ。
 
【2】
 
「少しいいかしら」
「はい?」
 
部屋に戻ろうと自室のドアノブに手を掛けていたルクラに声を掛けると、彼女は眠たそうな目つきでリズレッタを見やり、首をかしげた。
それを了承のサインと受け取ったリズレッタは言葉を続ける。
 
「わたくしはあなたに色々と世話になりましたわ」
「……? そ、そうですか?」
「えぇ。今までもずっと、あなたに助けられていた所は数多いですの。……ですから、それに見合ったお礼をしたいのですわ」
「お礼、ですか?」
「ただ誰かの助けを受け続ける……というのは我慢できませんの。恩には報いを、それがわたくしの考え方。……何でも好きな事を言いなさい。程度にもよるけれど……あなたの望むお礼をして差し上げましょう」
「うーん……」
 
ドアノブから手を離し、鞄を抱えなおし、そして唸りつつ何度も首を傾げるルクラ。
どういう答えを返していいか困っている、というのがよくわかる様子だった。
リズレッタはその様子に何も文句をつけない。
何か言えば、彼女の答えはきっと左右されてしまう。それでは駄目なのだ。
だからただ沈黙を守り、ルクラを見守っていた。
 
「……そうだ! じゃあ、これまでどおり……お友達でいてください!」
「……もう少し、わたくしがあなたに何か為せるような願いだと助かるのだけど」
「で、ですか。じゃあ……」
 
やがて飛び出たお願いはリズレッタにとっては抽象的過ぎて困るもの。
注文を受けてルクラは再び唸り、首をかしげ。
 
「……うん! それじゃあ……その……」
 
何故だか顔を赤らめる。
 
「なんですの? 何でも言いなさい」
「じゃ、じゃあ、ですね。……こ、これから一緒のベッドで寝てくれませんか……?」
「……そんなことでいいの?」
 
ルクラの言うことだからそう大した事は無いだろうと予想はして居たものの、思った以上に“軽い”お願いに、半ば呆れたような声が漏れ出たのをリズレッタは実感する。
 
「う、うん。……あ、はい。ベッド広いから一緒に寝ても大丈夫だと思うし……あ、毎日ですよ。今日だけじゃなくって――」
「いいでしょう。それがあなたの望みなら」
 
普段の部屋は共同で使用している二人だが、寝る時だけは空いている部屋がリズレッタにあてがわれており、別々に睡眠を取っていた。
ルクラの言うとおり部屋のベッドは広く、彼女達二人が寄り添って寝るには何の問題も無い。
自分の思っていた恩返しとはかなり違う展開だが、それが望むことならば仕方ないとリズレッタも既に妥協しており、二つ返事でそれを引き受ける。
すると今度はルクラが眼を丸くする。
 
「え、いいんですか?」
「……嫌なの?」
「い、いえ。そうじゃなくて……う、嬉しいです」
「では、そのようにしましょうか」
 
リズレッタはドアノブに手を掛けてそして開く。
それからルクラを先に部屋の中に入れて、そして自分も後ろ手にドアを閉めつつ、部屋の中へと消えた。
――まさかこのお願いがこれから自分を悩ませることになろうとは、リズレッタは夢にも思わなかった。

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