六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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彼女の求めたものは
【1】
バレンタインデー。
独り身の若い男性が心を躍らせ、独り身の若い女性が甘味の先にある物を夢見て、人によっては業界の陰謀だと存在そのものを全否定し島全体が甘い香りに包まれる、そんな日。
「……よし」
残り少ないへそくりを全部使って、高級とはいえないが確かな材料を揃え、テーブルに全て並べた彼女にとって、バレンタインデーという日は、先ほど挙げたどの例にも当てはまらない。
こうして手作りしたチョコを、日ごろお世話になっている人に配って、感謝の意を示す。
ただそれだけの、少し特別な日。
二度目となっても、その意味合いは変わらない。
「あら……チョコを作っているのね」
「はい! 今年もたっくさん作って、お世話になった人に配ります! それに――」
「それに?」
「リズレッタには……特別なのを、作ります」
――筈だった。
それに気づいたのは、ルクラ本人ではなく。
「……ルクラちゃん。それだと、美味しいチョコは出来ませんよ?」
「……え?」
湯煎したチョコをかき混ぜる様をじっと眺めていた、老婆だった。
【2】
「この香りは……チョコレートか。うむ、良い香りだ」
野良仕事姿がすっかり板についてしまったラウルバーフが、漂う香りに薄く笑みを浮かべた。
「………………」
しかしどうやら、良い香りの元を作っているルクラの表情は暗いようだった。
そんな彼女をじっと老婆が見つめている様は、まるで彼女が叱られているような、そんな錯覚さえラウルバーフに引き起こす。
「ルクラちゃん。貴女がどんなことを思って、リズレッタちゃんに特別なお菓子を作ろうとしているか、当ててみましょうか。……あの子には、感謝の気持ちと、それに――」
老婆は人差し指をぴんと立てて、続ける。
「謝罪の気持ちを、篭めるつもりなのでしょう?」
ルクラは何も答えない。
だが、眉を潜め、ふっと視線を逸らしたところを見ると、どうやら図星らしいとラウルバーフは思った。
「ルクラちゃん。よく考えてみて下さい。……本当にその気持ちは、必要ですか?」
「え……」
「確かにもうすぐ、ルクラちゃんは故郷へ帰る事になるのでしょう。みんなとお別れもしなければいけません。でも、その事で誰かに謝る必要が本当にあるのでしょうか? 貴女がずっと故郷に帰りたがっていたのは、少なくとも貴女の身の回りにいる親しい人は皆知っているはずです。喜ぶことはあっても、貴女に謝罪をさせるような感情を抱く人は居ないと思うのだけれど……?」
「でも、リズレッタは……わたしからのプレゼント、受け取れない、って……」
「それは本当に、『貴女が故郷に帰るから怒って受け取ってくれなかった』のですか?」
ルクラは俯いて、微動だにしない。
そして一瞬はっとしたような顔をして見せた。
「……あの子がそんな事を思わないのは、ルクラちゃん。貴女が一番判っているんじゃないかしら?」
その表情の意味を、老婆は正確に汲み取ったようだった。
「わたし……」
ルクラはそこまで口に出すと、悔しそうに唇を噛んだ。
【3】
謝る事など無かったと、自分で判っていた。
絶対にまた、みんなに会いに行くんだと決意を固めた筈なのに、あの時。
――あの……『ごめんね』、リズレッタ。
――謝る必要はないでしょう?
今までずっと近くに居てくれた彼女に、一番言ってはいけない言葉をあの時、口に出していた。
老婆に諭され、それに気づいたときのルクラの悔しさといえば、筆舌に尽くしがたいものがあった。
「……故郷に帰るのは、間違いなんかじゃないって、判ってたのに」
両の拳を握り締める。
「ちゃんとそう、判って、悲しいお別れには絶対にしない、って決めたのに……わたし……!」
「落ち込むことはありませんよ、ルクラちゃん」
「でもっ! 決めたことをわたし忘れて、リズレッタにあんなこと……!」
ルクラの目には涙が溜まっていた。
悔しくて滲み出てきた物だと、老婆にもすぐ判った。
「……事情はよく判らないのだが」
その様子を見かねてか、今までずっと静観の立場に居たラウルバーフが口を開く。
「取り返しが付かないわけではあるまい、少女よ」
「それはそう……だけど! 決意したのに、わたしそれをすっかり忘れて……それが許せないんです! 自分が……自分が許せない!」
「そう自分を責めることでもあるまい。……決めた決意を一度は忘れ、そして今こうして思い出して悔し泣きをしている。十分すぎるほど上等な結果だと思うがね」
「………………」
「君は“決意を固める”という行為が、どれほど困難な物か考えたことがあるかね?」
ラウルバーフは薄く笑みを浮かべ、そしてルクラをじっと見つめた。
「無いだろう。無いに決まっている。君にはその必要はないからな」
「それは、どういう……」
「言っただろう。“今の君の状況は十分すぎるほど上等な結果”だと。君にとって決意とは、それほど困難にならない取るに足らないものなのだ。……おっと、これは悪い意味ではないぞ。むしろ、喜ばしい。少女よ、君はまだ子供だ」
“子供”という単語に、ルクラは少しだけ不快感を露にした。
「だがはっきり言ってその辺の大人より、立派だ。決意とは総じて忘れ去られていく物なのだよ。強く心に誓ったはずが、時間の経過と共に、まるで物体が腐るように、風化するように消えていく。……それを君はきちんと拾い上げ、磨き上げて再びしっかりと眼に焼き付けた。これは例え大人でもなかなかできるものではない」
しかし続くラウルバーフの言葉に、いくらか表情を和らげる。
「悔やむのは結構。だがもうその辺にしておきたまえ。君にとって後悔の時間は長すぎるほど悪影響だ。そして、これだけを素直に聞き入れてはくれないかね」
「……?」
「――涙を拭いて、気持ちを切り替え、腕によりをかけて最高の菓子を作りたまえ」
“そして是非とも味見させてもらえないかね”と付け加え、にやりとラウルバーフは笑う。
「ラウルバーフさん……」
「いやはや、流石に小腹が空いてな。それに……菓子作りとは楽しくやるものだと妻にも娘にも教わった事があるのだよ。そうだろう、ご婦人?」
「……えぇ」
「………………」
老婆にラウルバーフは顔を見合い笑う。
そして、再びルクラへと視線を向けた。
「……わかりました! おばあさんに、ラウルバーフさん……ありがとうございます! そうですよね……楽しい気持ちで、お菓子って作るものですよね!」
彼女はもう照れ笑いを浮かべながら、そんな事を言っていた。
「えぇ。貴女だけのお菓子を、あの子に振舞ってあげて頂戴?」
「はい! ……あ、お婆さん! チョコだけじゃなくて……クッキーとマドレーヌも作りたいんですけれど、材料を借りてもいいですか?」
「勿論いいですよ。場所は……もう判りますね」
「はい! よぉ~っし……最高のお菓子を作りますから! 期待しててくださいね!」
ぱたぱたと足音を立てて、新しく材料を取りに行ったルクラの後姿を見届けながら、ラウルバーフはもう一度声を漏らさず笑った。
「良い子でしょう?」
「そうですな。実に面白い少女だ」
すぐに薄力粉の入った容器を持って来て、次に作るべきお菓子の準備を進めながら、ルクラは今度こそ、迷いの無い明るい表情でキッチンに立っていた。
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