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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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むかしばなし・2 
【1】
「これは……学校、ですか?」
「えぇ」
 
写真を眺める老婆の表情はにこやかで、何時までも飽きることなく眺め続けている。
恐らくこれは彼女が卒業するときに写された物なのだろう。
細長い黒い筒を持ち、中央に立って満面の笑みを浮かべている。
すぐ傍には同じ筒を持った蝙蝠の翼を持つ少女が彼女に抱きつき、にかりと笑っている。
そしてこの二人を祝福するかのように両脇に佇む、真っ赤なツインテールを持った少女と、大きなリスの尻尾を持った少女も、矢張り変わらぬ笑みだった。
 
「卒業式が終わって、皆で撮ったんです。この子は……」
 
それぞれ老婆は写真の人物を指差してその人柄を説明する。
蝙蝠の翼を持った少女は学園きっての天才で、そして学園一の問題児。
そんな少女の傍にいつも居て、ずっと彼女の良き理解者であり続けたリスの尻尾を持つ少女。
赤いツインテールの少女は老婆の従姉妹で、自分とは全く正反対な、無邪気で明るい振る舞いが羨ましかったそうだ。
 
「私の生活や……その価値観が変わりだしたのは、17歳の頃です。この子と、出会ってからですね」
 
老婆は蝙蝠の翼を持つ少女を指差した。
 
「従姉妹のこの子もそうだったけど、彼女は本当に……新鮮な感触を覚えたのを今でも覚えています。今まで私が見たこともない、そんな子だった」
「どんな人だったんですか?」
「とても不真面目な子だったのよ」
「え?」
「本当ですよ。とっても不真面目で、学校の先生方も手を焼いていると私も後で知ったのですが……。殆ど授業には出ないし、先生にも失礼な態度をとったり……色々、悪い噂は耳にしましたねぇ」
「そ、そんな人居るんですね……」
「本当ならそんな生徒は、学校から追い出されても仕方がありませんでした。とても厳しい学校でしたから。けれど……さっき話したとおり、彼女は天才だったんです。ただの天才ではなく、恐らく何百年に一人と言う逸材であったのでしょう。卒業してしばらくして、彼女の名が世界に轟いた時は、驚きより納得が先に来ましたから……」
「そんなにすごい人なのに……どうして」
「そういう人物になるようには、今の話を聞いてとても思えなかったのでしょう?」
「えっ。い、いえ、そんな」
「ふふっ……。……本で読む英雄や、偉大な人物。それはみんな『完璧』であるかのように語り継がれています。知らぬうちに彼らが私たちとは違う、遠い別の存在だとつい思い込んでしまう……。けれど、違うのですよ。彼女と同じ時間を過ごして、私はそう確信しました。彼らだって、極普通の人……何かしらの欠点はあるものなのですよ。彼女の場合は、先ほど話したような事になるのでしょうか。でも彼女の名誉のために言っておくと、そんな不真面目さも本当は無かったのだと思います。本当はとても勤勉で、努力家で。素直で……優しい子でした」
「うーん……。でも、しっかり学校でお勉強はしなくちゃだめだとわたしは思います」
「えぇ、そうねぇ……。貴女の言う通り、それは正しいわ。だから彼女も最後には改心……というのかしら? ちょっと違うかもしれないけれど、とにかく、貴女の言うようなことを
ちゃんとこなして、この写真のように……卒業をしたのですよ。そして、今この時代にも受け継がれる素晴らしい物を遺してくれた」
「一体どんな物を遺されたんですか?」
 
老婆は含みを残した笑みを浮かべて、黙って立ち上がる。
ぽかんとしたルクラを背にして、彼女は確りとした手つきで本棚から一冊を取り出してみせた。
 
「え……! これって!?」
「そう……。ルクラちゃんも勿論知らないはずありませんね」
 
それはかつて老婆がルクラに貸してくれた“命術”の本。
一番最後の見開きに粛々と記されたある人物への感謝の言葉を指でなぞり、その人物こそが今語った人物その人であったことを、老婆は懐かしさに笑みを浮かべながらルクラに教えたのだった。
 

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 双魔相見えて
 
 
【1】
リロル=エミネム。
ルクラはこの少女について委細を知ることは無く、従って語ることも多くは無い。
ほんの偶然で出会い、そして“友人”となった一人。
自分より幼い外見だというのに遥かに大人びていて、美しい歌を歌う。ルクラが見て、知っているのはそれぐらいだった。
いつぞやは彼女の愛用する超厚底のブーツで身長を伸ばそうと企み、見事に額に大きなたんこぶを作ったことなどもあるが、彼女との関わりといえば本当にそれぐらい、僅かな物だった。
 
「待ち合わせ……って……。なんか、ちょっと怖い場所ですね……」
 
そんな彼女からの突然の呼び出し。
彼女の従者らしい羊のような巻き角を持った女性が届けてくれた手紙には場所と時間、そして少しだけの追伸と、丁寧に包装するほうに時間を使ったのではないかと思うぐらい簡素な内容が記されていた。
 
貴女の大切な友人も必ずご一緒に――
 
 
リロルにリズレッタのことを話した覚えはないが、どうやら向こうは知っていたらしい。
それとももしかすると、リズレッタはどこかでリロルに出会っていたのかもしれない。
しかしそれについての追求をリズレッタにすることは、ルクラにはできなかった。
 
「………………」
 
自分の後ろをついて来るリズレッタの表情は乏しく、ともすれば不貞腐れているようにも見えた。
それも無理は無い、とルクラは思う。
ちらりと後ろを見やり彼女の頬と、そこを張った自分の右手の掌を眺めるが、もうどちらにも赤みは残ってはいなかった。
 
【2】
「え……どうしてですか!?」
「だから、いいのですわ。探さなくとも……」
「だって、折角もう少しで妹さんに会えるかもしれないのに……!」
「いいの。……探さなくて、いいのですわ」
 
遺跡の外に居る間の時間を使って、早速リズレッタの妹を探しに行こうとルクラが決めるのは至極当然なことで、彼女はリズレッタがそれを承諾してくれるものと信じきっていた。
だが帰ってきた返事は、とても冷ややかで。
 
「なんで!? 理由を教えてください!」
「……会いたくないのよ」
「どうして!」
「いいでしょうどうだって。貴女には関係ありませんわ」
「ありますよ! 妹のことずぅっと……リズレッタ、考えてたんでしょう!? わたしと初めて会った時から、ずっと! それなのにどうして……!」
「だから……ただ会いたくない。それだけ。理由なんてほかにありませんわ。……何故そんなに貴女がこだわるの?」
「お嬢さん……」
「……そんな理由だったら、聞きませんよ!」
「何ですって?」
「リズレッタが来ないならいいです。わたし一人で探します!」
「……貴女が出る幕ではないでしょう!? 余計なことをしないで下さる!?」
「だったらわたしにも納得行く理由を教えてくださいよ! なんでいきなり『会いたくない』なんて言い出すんですか!」
「まぁ、まぁ……二人とも、少し落ち着いて下さ――」
「五月蝿い!」
「……!」
「関係ないと……言っているでしょう! 聞き分けなさいこの莫迦娘! もうそんなこと、わたくしにはどうでも――」
 
気がつけば、手が出ていた。
 
「――っ……!?」
「まぁ……! ルクラちゃん!」
 
老婆の驚いた、そして何とか制止しようとする声も振り切って、両の拳を握り締めて、興奮で顔を真っ赤にして、半ば叫ぶようにして声を張り上げる。
 
「なにが……なにが『どうでもいい』よリズレッタの馬鹿!!! 自分の妹なんでしょ!? 妹のことを『どうでもいい』なんて言うなっ!!!」
 
【3】
喧嘩の真っ最中に手紙が届けられたのだ。
謝る暇も、そんな気持ちにもならなかったし、半ば怒りに任せて呼び出しに応じたようなものだった。
しかし肌寒い、寂しい風景を望み行けばその気持ちもだんだんと冷めて。
今やただただ気まずい気分だけが残っている。
 
「こんにちはー……。ルクラさん……ですよね?」
「あっ」
 
そんな気分を吹き飛ばしてくれたのは、最近よく知るようになった声だった。
振り向けばそこには以前宿で出会ったクロの姿。
そしてすぐ横には、彼に手を引かれたリロルの姿もあった。
 
「お待たせして申し訳ありません。何分不調が多いものでして……お久し振りね、ミス・ルクラ?」
 
「……! こ、こんにちは!」
 
だが今此処で、一番彼女の気を引いたのは彼ら二人ではない。
クロの頭の上に見えた影、それは。
はやる気持ちを抑えつつ、改めてリロルを見た。
 
「……? リロルちゃん、なんだか雰囲気変わりましたね……?」
 
しゃんとした姿は少し遠く、クロに手を引かれる彼女は些か弱弱しく見えた。
それに、髪の色もルクラの記憶のものとは全く違う真っ黒な物へと変わっている。
 
「私が魔族だと言う事はお話したかしら? マナの影響で色々と……ね。髪の色も変わってしまったし」
 
“貴女はお変わりなくて?”と小首を傾げるリロル。
 
「聞いたような聞いてないような……」
 
首を傾げるが、“マナの影響”と聞いて事情は察して。
彼女の仕草には軽く頷いて返答とする。無事を伝えるには、恐らく最も簡単で判りやすいだろう。
ちらちらと視線をクロの頭の上に動かす。
 
「~~~~ッ、このおばかッ……いきなり耳を垂らす奴が――」
 
なにやら騒いでいる、少し大きな人形サイズの少女はリズレッタにそっくりだった。
初めてルクラは、リズレッタの探す妹は彼女と双子という関係だったことに気づく。
 
「……まだ喋らないのね、そこの貴女。ワタクシの“プレゼント”はお気に召さなくて?」
 
リズレッタに向けられたリロルの言葉。
しかし彼女は口を開かない。
妹の姿を見ても顔色一つ変えず、ただ冷ややかに眺めている。
それを見て、ルクラはとてつもない違和感と、不安を抱いた。
何かはわからない。ただひたすらに大きなそれらを感じ、身動きすることも叶わない。
視線だけを動かしてクロの頭の上に居る少女を見るが、彼女も喜びとは程遠い表情で自分たちを見つめている。
 
「折角見えない目をおしてまでこの場を用意しましたのに」
 
肩を竦めて、ため息をつくリロル。
彼女だけがこの雰囲気を異様とは感じていないのが判る。
 
「ようやくの姉妹の再会でしょう?もう少し喜んだら如何」
 
にっこりと浮かべた笑みは、ルクラには――恐らくリズレッタにも――ひどく意地悪なものに見えていた。

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 むかしばなし・1
 
【1】
「おばあさん? それなんですか?」
「これですか? アルバムですよ。……懐かしくなってしまって、つい出してしまったんです」
「へぇ……? わぁ、すっごい古い写真ですね!」
「もう100年以上も前になりますからねぇ……」
「ひゃくっ……!? お、おばあさんそんなに歳を……あ、い、いえ!」
「ふふ……いいんですよ。今年で125歳です。でも、私の生まれを考えると、余り珍しくはない年齢ですね」
「そうなんですか……?」
「えぇ。……そうだ、ルクラちゃん。お暇でしたら、この前言ってくれたように……。私のお話を、聞いてもらえますか?」
「えっ!? 勿論喜んで!」
「ありがとう……。それじゃあ……」
 
「むかしばなしを、始めましょうか」
 
【2】
「わたしが生まれたのは……由緒正しい、と言うのでしょうか。とにかく、とても大昔から続く誇りある血筋の家でした」
 
一番最初のページにある写真を老婆が指差せば、そこには幸せの表情に満ちた男女の姿がある。
女性の腕の中には、布に包まれた小さな小さな赤ん坊が、すやすやと眠っていた。
 
「初めて生まれた子供で……両親はそれはとても、喜んだでしょうね……。この写真を見ても、それが判ります。本当に幸せそう」
「うん……二人とも笑ってて、すごく幸せな感じです」
 
写真を追っていけば、赤ん坊の成長が良くわかる。
母親の膝の上で指を咥えながら座っている写真。
まんまるとしていた顔が少しスマートになり、母親の膝の上で明るい笑みを浮かべて写っている写真。
正装に身を包み、膝の上から離れて新しく用意された椅子の上に行儀良く座り、少し緊張した様子で写っている写真。
老婆が言うには、それぞれ一年ごとに撮った物だろう、ということだった。
 
「可愛いなぁ……あれ?」
 
しかしその写真もそこで終わり、次にあったのは父親と一緒に移っている写真ばかりで。
 
「おばあさんのお母さんの写真、あれだけなんですか?」
「えぇ……」
 
老婆は苦笑する。
 
「私が三つの頃に亡くなってしまったんです」
「え……」
「身体が弱かったと聞いています。……流行病にかかってしまって、それがいけなかったんだと、父から聞かされたのをうっすら覚えていますよ」
「………………」
「嵐の夜に、母の手をぎゅっとにぎって、ずぅっと傍に居たものよ。いつの間にか私は眠って、起きたときにはもう母は冷たくなってしまっていたわ」
 
“でも”、と続けて。
 
「その時の私は、『死』を理解するには幼すぎた。……母が居なくなって、父と二人きりで暮らすようになったのを、ただただ緩やかに受け入れていましたねぇ……」
「おばあさん……」
「あら……ごめんなさい。こういう湿っぽいのは、いけませんねぇ」
 
ページを捲れば、今度は父親の姿もなく、全く別の夫婦と一緒に移っている若かりし頃の老婆の姿の写真が並んでいる。
 
「これは違うのよ」
 
そう前置いて、不安げな表情のルクラに笑いかけて。
 
「母が亡くなってしまって、一人で私を育てないといけなくなってしまった父だけれど……その時はまだ、そんな余裕は無かったの。だから、祖父母に私を預けたんです」
「じゃあこの人たちは……」
「そう。私のお爺さんとお婆さんですよ。……そういうには若すぎる外見だって、言いたそうですね?」
「ううん……なんとなく、判りました。長寿な種族なんですね」
 
写真に写る人は皆耳が尖っていた。
それはルクラもよく知る種族で、彼らは長寿で知られるのだ。

「私も昔は、尖っていたんですよ。今はすっかり萎縮してしまったけれど……」
 
老婆はゆっくりと頷いて、指を進める。
 
「11年、祖父母に預けられて育ったけれど……。どちらかといえば、辛い思い出の方が多かったかもしれませんね」
「それは、どうしてですか?」
「……とても厳しかったのですよ。良い意味で、なのですけれどねぇ……」
 
またもや苦笑。
後にも先にもあれ以上のことは無かったとでも言いたげなそれに、ルクラも釣られて苦笑する。
 
「祖母はとても優しかったのだけれど、祖父がとても厳しくて。幼い私をこの血筋を持つだけの人物にしようと熱心だったそうです。勉強は勿論……ありとあらゆる習い事、体が弱かった母のことを思ってか、運動も沢山。……あれだけ大変な時間を過ごしたのはあの時位、そう思うぐらいに、とても大変な……」
「わたしだったら……くじけちゃいそう」
「ふふ……私だってそうですよ。最初はくじけそうでした。遊ぶ時間なんてありませんでしたし、運動で痛い思いばかりするのですもの。帰り道に何度泣きそうになったか……」
 
くすくすと老婆は笑った。
 
「でも……ある目標ができてから、そんな辛い日々も頑張ってこなせるようになったんですよ」
「目標、ですか?」
「えぇ。……いつかまた父と再会したときに、立派な姿を見せてあげよう、と。母が『死んだ』ことを理解できたのは6つの頃。そのとき……少しだけ泣いて。それから思ったんです。悲しいのは父も同じ。せめて私が、立派な姿を見せて、父を慰めてあげたいと……」
 
写真を目で追って、老婆が先ほど語った辛い日々があったことなど感じさせない、気品を感じさせる若かりし頃の彼女の姿。
その佇まいに思わずルクラは息を呑んだ。
 
「あ……」
 
そして再び、彼女が父親と一緒に写っている写真を見つける。
アルバムで言えばたった数ページ。
しかし流れた年月は――。
 
「父と再び暮らすようになったのは、14歳の時です。……父はとても喜んでくれました。母もきっと喜んでくれている、『お前は私の誇りだよ』と、目に涙まで浮かべて」
 
自信に満ちた笑みの父親の傍に寄り添う、清楚という表現で言い表すほかに無い彼女の姿。
14年。それは奇しくもルクラの今まで辿った年月と同じだった。
 
「……よかった、ですね……」
「えぇ……。とても辛かったけれど、祖父には感謝しています。それを支えてくれた祖母にも。……けれど」
「けれど……?」
 
若い頃は苦い思い出が多いのだろうか。
何度も老婆は、照れくさそうにばつが悪そうに笑っている。
 
「少し、私も硬くなりすぎた……というのでしょうかねぇ……。それに、父とも10年以上離れていた所為で……。その、お互いぎこちない関係になってしまったんです」
「そ、そうだったんですか?」
「えぇ。家の誇り、父のために。……それに少し振り回されすぎていたのでしょうね。父と娘と言うよりは、主人と従者のような……勿論、どちらも望まなかったのですが、気づけばそうなっているような……そんな関係になってしまっていたのよ……」
「それは……あんまり、良くないですね」
 
ぱたりと老婆はアルバムを閉じて、別のアルバムを開く。
 
「あ……」
 
そこにある写真には、すっかり大人になった彼女が、歳の近い少女達と共に楽しそうに笑っている姿が写っていた。
 
「そんな関係を正してくれたのは……『親友達』でした」
 
老婆は懐かしむように写真を指でなでて、微笑を浮かべていた。
 

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邂逅の予感に身を震わせて
 
【1】
「あの……リズレッタ? ご飯……」
「要りませんわ。……今日は必要ありませんの」
 
何をするわけでもなくテントの中で座り込んでぼうっとしているリズレッタに、ルクラは戸惑いを隠すことができなかった。
受け答えこそしっかりとするものの、彼女は今“心此処に在らず”と云った様子で。
 
「でも……」
「いいのよ。……今日は欲しくありませんわ」
「……わかった」
 
今まで彼女が纏っていた覇気すらも、まるで嘘のように消え去ってしまっていた。
余りの変わり様に、ルクラも何と言っていいか判らずに、ただ彼女の言うことにそう返すしかなかった。
 
「どうだった?」
 
食事を取る愛瑠達のもとに重い足取りで戻る。
彼女達も、始めてみるであろうあんなリズレッタの姿に内心驚いているだろうし、心配もしているようだった。
テーブル代わりに地面に敷かれた粗末な布の上に置かれた深皿の中にはビーフシチューがたっぷりと入っており、今日がそれの夕食であった。
椅子代わりにしている横たわる丸太にルクラは腰掛けて、まだ口をつけていないその皿を一つ、手に取る。
もう一つ、まだ口をつけていない、そしてこの場にいる誰のものでもない皿を見て、小さくため息をついた。
 
「欲しくないって……。だめみたいです」
「そうか……。リズレッタ殿が、珍しいな」
「何かあったのかしら。心当たり無いの、ルーちゃん?」
「『妖精の宿』……だっけ。そこから帰ってきてから、様子が変だった気がするけれど」
 
そう言ってからスプーンを口に運び、たっぷりとシチューのついた一口大のジャガイモを食べるめる。
つい数刻前に行ったばかりの場所の事を、そしてそこで起こった出来事をルクラは思い出すが。
 
「……いえ。わたしにも、良く判らないです」
 
ゆるゆると首を横に振って、そしてめるや他の仲間たちに倣って、皿の中にスプーンを進ませたのだった。
 
「そっか。……うん。じゃあルゥちゃん、このまま来なかったらリズレッタの分も食べてくれるかな? 保存がちょっとできないから」
「うん……わかりました」
「あ」
 
エクトが声を上げた。
彼女の見る先は自分達のテントで、そして今はその入り口から出て、どこかへと歩き去っていくリズレッタの姿がある。
 
「あっ……リズレッタ!」
 
呼び止めるが彼女はこちらを一瞥しただけで歩みは止めず、大丈夫だと気だるそうに片手を振って、どこかへと歩いていく。
 
「うーん、これは重傷ね」
 
見送った後、エクトは顎に手を当てて考える仕草をして見せつつ言った。
 
「重傷、ですか? しかし姫様、べつにリズレッタ殿は怪我をされているわけでも」
「身体は健康でも、心の状態と釣り合うと限らないわ。リズレッタちゃんは……」
「リズレッタは?」
 
“あの”リズレッタが、と言うことで仲間も少々彼女に関するどんな情報も聞き逃すまい、とある意味野次馬根性のようなものを発揮している。
全員が自分に視線を集めていることを確認したエクトは不敵な笑みを浮かべて。
 
「恋ね」
「……こい?」
「そう。恋。間違いないわ。ふふふ……」
 
笑うのであった。
“まさか”と笑いつつ、愛瑠ももう一度リズレッタの去った方向を見やる。
 
「へぇー。あのリズレッタがねぇ」
「『妖精の宿』で意中の人になるような相手を見つけたのかもしれないわね。あの気だるさ、あの表情……恋に違いないわ。……ルーちゃん一筋かと思ったら違ったわね」
「え?」
「ルーちゃん大変よ。此処は積極的にアプローチをかけてリズレッタを取り戻さないとあの子はどんどん離れていって良くない結果になるわ彼女はきっとあなたと意中の人を天秤にかけて迷い迷い迷い切ってどちらも選ぼうとしてビーフシチュー美味しいわね」
「どんどん食べてください」
 
たまにエクトは暴走するが、その対処もスィンは慣れた物だった。
 
「恋……か」
 
それがどんな感情かルクラには、よくわからない。
まだ抱いたこともないし、自覚したことも無い。
 
「……そう、なのかもしれませんね」
 
でもリズレッタの抱いている感情はきっと、それと同じぐらい大切な物だと確信していた。
自分の妹に向ける愛情はきっと、同じぐらい尊い物だと。
呟き、微笑んでから彼女も、食事に専念することにした。
 
 
【2】
『喧嘩別れしちゃって……今何処にいるか、わからないんだけど』
 
妖精の宿で出合った猫の耳を片方しか持たない少年クロが耳をたれ下げて意気消沈といった様子で語る。
彼の口から妹の名前が飛び出たとき、リズレッタは耳を疑った。
 
『妹が生きている』
 
そして話を聞いていくうちにそう確信し、心を凍りつかせた。
確信した時点で、自分はルクラに相手を任せて一人離れた場所に逃げたので、それ以上今妹がどうしているか、今までどうしてきたのかは判らない。
ただ妹は生きていて、それなりに生活を謳歌していることだけ知れば十分だった。
 
「生きているの……生きて、いたのね。ラズレッタ……」
 
それ以上知る必要は無かった。知りたいとは思わなかった。
何故なら――。
 
「でも……もう、会えない……」
 
怖かったのだ。
尊敬される姉としての姿はもう無いのだから。
侮っていた筈の連中と友好な関係を築き、その環境に満足して浸かりきり、あまつさえ自分は一人の少女にその身を捧げ、いまは服従の身と取られても仕方の無い身分なのだ。
こんな姿を妹が見れば、その失望の大きさは計り知れないだろう。
最早自分を姉ではないと吐き捨てて、捨てる様すら眼前に浮かび上がる。
それがとても怖かった。
誰よりも深く愛した妹に、そんな形で再び別れを告げられるなど、この身を裂かれるよりも、劫火で焼き尽くされるよりも辛い苦痛だった。
だから――。
 
「会いたく、ないわ……。こんな姿を見せたく……!」
 
会いたくない。このまま離れ離れで、妹に失望を与えずに居たい。
気がつけば妹に会わないようにすることばかり考える自分に気づいて、胸が痛くなった。
 
「あぁ……。あぁ……! 会いたい……!」
 
本当は会いたいのだ。
一刻も早く再会し、痛いぐらいこの手でぎゅっと抱きしめてやりたかった。
“お姉さま”と呼ぶその声を聞きたかった。
甘えじゃれつくその身を優しく撫でてやりたかった。
 
「でも……でも……!」
 
“会えない”。
 
無闇と身が震えて、リズレッタは頭を抱えて蹲った。
 

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 今はまだ考えない、考えたくない
 
 
【1】
「・・・・・・ハハッ!しっかり負けちまったなぁ?エキュオスちゃんよぉ。」
「・・・シズクです。現状、話すのも疲れますからやめてください。」
「あぁそうそう、俺を負かした冒険者さんよ。・・・・・・この島の秘密を知りたくねぇか?」
「・・・・・・ギル、貴方何を。」
「いいじゃねぇか、勝者にはとことん勝者になってもらうってことでよぉ!」
「・・・・・・」
「・・・宝玉。あれな、揃えると財宝がどうこうじゃねぇーんだわ。あれを揃えてどっかに持ってくと、なんとなぁ~・・・・・・」
 
「・・・・・・過去を操れるんだってよッ」
 
 
白い歯を剥き出しにして笑うギルの顔と、その言葉が脳裏をよぎる。
 
「……過去を操る、かぁ」
 
あの時あの場所で聞いたときも、今宿屋の自室のベッドの上で思い返しているときも、その言葉にルクラはなんら魅力を感じなかった。
たった14年しかこの命を生きていない、そんな彼女に過去を顧みろと言っても土台無茶な話なのだ。
 
「……あの時の事はもう、いいですし……」
 
過去に一つだけやり直したいことは確かにあった。
親友に自分の正体をばらして、悲しい思いをしたあの時をやり直せたらと思ったことは一度や二度ではない。
しかし今のルクラにしては、それはもう過ぎたことで、克服したことだった。
今更どうこうしたいと思えるほどのものではなくなっている。
 
「うーん……困ったなぁ」
 
宝玉の力を使って故郷に帰れたら、そんなことを思って探索をしていたものだが、どうやらその話が真実であれば余り役に立ちそうには無い。
 
「過去をやり直したからって何かあるわけじゃ……」
 
役に立ちそうには――。
 
「やり直し……。……やり直し!?」
 
はっと顔を上げる。
その顔には喜びが表れていて。
 
「それなら、わたしがあの時招待状を拾ったのを無かったことにできたら! 帰れる……ってわけじゃないけど、そもそも島に来ることも無い! そうか……こんな事もできる! これなら――!」
 
そこまで思い立って、またがっかりした様子で肩を落とした。
顔も同じように俯く。
 
「それじゃ……それは、ダメだよ。そんなことしたら……皆が……」
 
【2】
我ながらいい思い付きだと思ったその考えは、ある一つの残酷な現象が発生する。
確かにそうすることで、“招待状を拾わなかった”ことにしてしまえば、この島に訪れることは無かっただろう。
そう、一歩も足を踏み入れることも無い。“初めから島など無かったこと”にできる。
それの意味するところはつまり、今までルクラが築いた一切が無に帰すということなのだ。
今まで歩いた道筋も、出会った人々も、仲間も、全て、消える。
 
「……そんなのは……そんなことして帰るのは……嫌。それなら宝玉なんて揃えなくて、いい」
 
頭の中に浮かぶのは、懐かしき故郷の姿。賑やかな市場、港、学校。
道行く人々、友達。
 
「お母さん、お父さん……。ノーちゃん……」
 
家族。
 
「でもどうしたらいいんだろう……ちゃんと、帰れるのかな……。宝玉なんか使わずに、故郷に……皆のところに」
 
苦悩する。
未だ故郷の話は耳に入ることは無い。
最初は大したことが無いと思っていたその事実も、日に日にルクラの心の奥を確実に蝕み始めていた。
 
「……うー」
 
唸る。
 
「……うー!!!」
 
ぼふぼふぼふ。
ベッドの上に転がり込んで枕を殴ってみる。
 
「あーもーわかんないっ! いーや! このまま悩んだってどうにかなるわけでもないし! くよくよせずに頑張ればなんとかなるっ!」
 
ひょいとベッドから飛び降りて。
 
「……よしっ!」
 
風のような速さで自室を飛び出して、階下へと走る。
 
「あら、お出かけですか?」
「はいっ! ちょっと皆のところへ出かけてきます!」
「いってらっしゃい。気をつけていくんですよ」
「はいっ!」
「……? 何をあんなに慌てているのかしら、あの娘」
 
ばたばたと慌しく宿を出て行くルクラに、老婆とリズレッタは首をかしげたのだった。

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