忍者ブログ
六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
[46]  [45]  [44]  [43]  [42]  [41]  [40]  [39]  [38]  [37]  [36
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

【1】
「……気分は落ち着きまして?」
「は、はい。……なんとか」
 
目尻に残った雫を指先で拭い取り、ルクラは鼻をずるずると鳴らしながらも、漸く気分を落ち着けたようだった。
一体その小さな身体の何処からあれだけの量の涙を流せるのか、そう思えるほど今リズレッタの服の一部は湿っている。
鼻水だけは逐一離れて鼻をかんで処理して、また胸に顔を埋める、と面倒な手順をルクラが踏んでいたお陰で一つも付いていないのが幸いか、とリズレッタは小さくため息を吐き出した。
怒る訳にはいかない。
風に当たれば直ぐ乾くだろうし、跡にもならないような些細な物でもあるし、それに。
 
「あぁ……すっごく泣いちゃった。なんでだろ……」
 
再び鼻をかんでいるこの泣き虫少女を、リズレッタはぼんやりと眺め、先ほどの夢の中での出来事と照らし合わせる方が、彼女を怒るより重要な事だったのだ。
 
――何故……。何故、わたくしは……この子の事を思い浮かべたの……? 誰かに助けを請うなんて……こんな相手に助けを請うなんて、何故?
 
「……鼻水止まんない……」
「……ほら」
「あ、ありがとう」
 
未だにずーずーと鼻を鳴らすルクラに、リズレッタはポケットの中からちり紙を取り出し手渡した。
お礼をちゃんと言って――何時ものような丁寧なものではないが、寧ろそれが見た目通りで違和感はあまり無い――ルクラは思いっきり鼻をかむ。
何時も携帯している小さなゴミ袋の中にそれを放り込んで、人心地付いたと言わんばかりに息を吐き出して見せた。
それからリズレッタを見やる表情は、やはり心配そうな表情で。
 
「……リズレッタ」
「……なんですの」
「勝手に他所にいっちゃ、だめなんですよ。何があるかわからないんだから……」
「少し……考え事をしたかっただけですわ」
「……何か、困った事があるの?」
 
リズレッタは言葉に詰まった。
本当にこの少女は何時もこうだ。
鬱陶しく感じられた事も一度や二度では済まない。
 
「別に何も――」
「だったら何で勝手に抜け出したりしたの?」
「それは……」
「本当に、何も無かったの?」
「………………」
「眼を逸らさないで話して」
「だから、何も無いと言っているでしょう?」
 
しかも誰かに恩を売ろうという八方美人的思考から来る物ではないため、リズレッタにとっては尚性質の悪い物だった。
呆れるほどこの少女は、純粋な心に満ちている。
しつこく問いただすルクラを、リズレッタは睨みつけた。
暫くの沈黙が二人の間に敷かれる。
 
「……わかりました。でも――」
 
先に破ったのはルクラだった。
 
「もうこんな事はしないで下さい。……何があるか、判らないから」
「雑魚が何匹来ようがわたくしには――」
「約束して」
 
じっとリズレッタを見つめるルクラの瞳には、力強い輝きが宿っている。
有無を言わさぬ気迫が、発せられている。
 
「……はぁ」
 
これ見よがしにリズレッタはため息をついて。
 
「わかりましたわ、約束しましょう」
 
不服であるという素振りは隠そうともせず、答えた。
 
「……ありがとう、リズレッタ」
 
それでもルクラは安心したようにふんわりと笑みを浮かべる。
その様子にリズレッタはもう一度ため息をついた。
 
「……リズレッタ。何時でも相談に乗りますからね? 夜中でも、わたしを起こしてくれても構いませんから」
「だから何も無いと言っているでしょう……? ……全く、どうして其処まで。理解に苦しみますわ」
「わたしにもわかんない。
 けど……困ってる人、悲しんでる人……見逃せないんです。何とかしてあげたいんです。
 わたしでよかったら、何時だって力になりますよ。
 ……さ、帰りましょう? そろそろ寝ないと、寝不足になっちゃうかもしれませんし」
 
キャンプへと戻ろうと、ルクラはリズレッタの手を取り引っ張った。
少し力を込めて引けば、リズレッタも同調してついて来てくれるだろうと予想しての行動。
しかし意に反して、引っ張った手からいくらかの抵抗感が生み出された。
 
「……リズレッタ?」
 
ルクラは不思議そうな顔をリズレッタに向け、そして彼女が眼を見開いて硬直しているのに気づく。
 
「どうしたの?」
「……もう少し、散歩に付き合いなさい」
「えっ」
 
今度はルクラの手がリズレッタに引っ張られる。
踏み留まる事もできず、為すがままに草原を連れ回される。
 
「ちょ、ちょっとリズレッタ」
「いいから、黙ってついてくればいいのですわ」
 
【2】
月明かりの下、リズレッタはルクラの手を引いて、あてのない散歩を続ける。
手を引っ張っているのが自分ではなくルクラで、草原に雪による薄化粧が施されていたら、”あの時”の状況そのままだ、とリズレッタは思った。
同時に脳裏に蘇るのは、”あの時”の出来事。
自分がこうして、彼女に付いていくようになったきっかけ。
 
――わたくしは、あの時……。
 
殺そうと思っていた。
姉妹ごっこという戯れは終わらせて、馬鹿みたいに自分に付き従い世話を焼くこのお人好しの少女に、最後の最後に絶望を味わわせて首筋を切り裂いて、それで終わりだと思っていた。
しかしこの少女は生きているし、自分も彼女の探検に同行している。
 
――鬱陶しいぐらい、苛々するぐらいにお人好しなこの娘の言葉に、何もかも狂わされた。不愉快な筈なのに。わたくしのしようとする事をどんな手段であれ邪魔をするような連中は、殺すに値する筈だったのに。それなのにわたくしはあの時……。
 
情に絆された、言い表すならそれが最も近い表現。
全く予想もしなかった”あの時”のルクラの言葉に大いに心を揺さぶられ、取り乱した自分に掛けられた彼女の言葉によって生み出されたある感情に、屈したのだ。
 
――この娘と行動を共にするようになってから、何かが可笑しい。話すだけで、見ているだけで……一緒に居るだけで、何故こんなにも心が安らぐの。
 
依存しているのだろうか。
かつて妹が傍に居ないと安らげなかったように、この娘が傍に居ないと自分は安らげなくなっているのだろうか。
それは何故か、そう考えればやはり”あの時”掛けられたルクラの言葉が原因ではなかったのだろうか、とリズレッタは考える。
立ち止まり、そしてルクラの方へ向き直る。
 
「……ねぇ」
「はい?」
「何か、思い出しませんの?」
「え……?」
「あの時もこうして、二人で草原を歩いた。……思い出せないの?」
「………………」
 
ルクラは困ったような表情で、首を横に振った。
 
「……そう」
「ごめんなさい……」
 
彼女は”あの時”の事をすっかり忘れていた。
リズレッタにその原因は判らない。
自分自身を否定され、一種の洗脳を施され、挙句に死の恐怖を味わわされたという事実を、彼女の脳がすんなりと記憶の棚の中に仕舞うはずが無い事など、判らなかった。
一種の自己防衛として、彼女の頭の中で”あの時”の記憶は、厳重に封をされて仕舞われていることなど、想像すらできなかったのだ。
 
「……じゃあ、一つだけ聞きますわ」
「はい……?」
「あなたにとっての、『優しさ』とは何?」
 
当り散らしても思い出さないことは十分に判っていた。
だから、たった一つだけルクラに聞く。
あの時自分に掛けた言葉が偽りでないことを確かめるために。
ルクラはあまり考える様子も見せず、答えた。
 
「みんな笑顔で居られるように、手を差し伸べる事です。
 困ってる人、悩んでる人、悲しんでる人……少しでもそんな人の力になるために。
 ……お節介だって思われるかもしれない、大きなお世話だって言われるかもしれない。
 でも、嫌なんです。見て見ぬふりをするのは絶対に嫌。
 だからどんなに難しい悩みでも、一度その人に手を差し伸べたら、どんな事があっても最後まで一緒に居る。
 ……それがわたしの信じる『優しさ』、かな」
「……そう」
「リズレッタも……さっき言ったけど、本当に何時だってわたしは相談に乗りますからね? 
 わたしはリズレッタの力に何時だってなります。これからもずっと。だから――」
「帰りますわよ」
「えっ?」
 
言葉を遮り帰る、と言った所為か、ルクラはきょとんとした表情を見せた。
 
「……二度も言わなくたってわかりますわ」
 
しかしこの言葉に、ぱっと笑みを咲かせて頷いた。
 
「……うん」
 
再びリズレッタはルクラの手を引いて草原を行く。
今度は自分達のキャンプへ戻るため、迷いの無い足取りで。
”あの時”と全く変わらぬルクラの『優しさ』の定義を聞き、リズレッタは満足だった。
今日はよく眠れそうだと僅かに微笑を浮かべて、そして驚く。
 
――本当に……この娘の所為で、滅茶苦茶ですわ。
 
ルクラに聞こえないようにこっそりとため息を吐くものの、その表情は変わらぬ微笑だった。

拍手[0回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
secret (管理人だけにコメントする。)
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
10 2024/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新CM
最新TB
プロフィール
HN:
鐘の音
性別:
非公開
自己紹介:
SD
-Eno.850セサリカ=ゴトランド(終了)
-Eno.37シルヴェリア・ミューアレネンス
偽島
-Eno.455ルクラ=フィアーレ→リズレッタ・メリゴール(終了)
六命
-Eno.1506レミス&ミーティア
バーコード
ブログ内検索
カウンター
リンク
酪農戦隊
酪農兵器
功夫集団
アクセス解析

Copyright © おしどり夫婦が行く。 All Rights Reserved.
Material & Template by Inori
忍者ブログ [PR]