忍者ブログ
六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7]  [8]  [9
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 三人のメリークリスマス
 
 
【1】
「みんな、探検お疲れ様でした!」
「おつかれさまー」
「全員大した怪我も無いみたいね。安心したわ」
「あれ、エーちゃんの武器……?」
「あぁ、これ? 元々この短剣が私の武器よ。練習試合で使ってたのは飾りみたいなもの。リズレッタちゃんは手数で押すと思ったから、スィンにあの時は渡しておいたのよ」
「へー……そこまで考えてたんですね」
「そりゃあ勿論勝ちに行ったからね。負けたけど、いい試合だったわ。あの試合のおかげか、単独行動してるときの戦いもすごく調子が良くてね……」
「………………」
 
練習試合に張り切りすぎて力を使いすぎ、その後の戦いで敵を仕留めそこなったルクラとリズレッタは、やや得意げに語るエクトの顔を見ながら頷くしかなかった。
 
【2】
「おばあさん、ただいまー!」
「あぁ、おかえりなさい。……探検は上手く行ったみたいですね?」
「はい! ばっちりです!」
「ご飯も丁度今出来上がったところです。お腹空いているでしょう?」
「今日のご飯はなんですか?」
「クリームシチューに、ミモザサラダ、パンに……デザートも用意してありますよ」
「いつもより豪華ですね!?」
「えぇ。だって今日はクリスマスですからね……」
 
笑いながらカレンダーを見る老婆に倣えば、ルクラは納得したように頷く。
テーブルの上に用意されていた三つのグラスに、子供でも飲めるシャンパンの瓶の理由もそのカレンダーを見ればすぐにわかったのだ。
 
「ほんとだ。……遺跡に長い間もぐってると日付感覚が薄れちゃうなぁ」
「まぁ、今回は特に人を集めても無いですし、貴女の記憶に残って無くても仕方ないんじゃありませんの。別に何かする日でもないでしょうに」
 
言いながら席に着き“コーヒーを”、と頼もうとしたリズレッタだが、その前に淹れたてのバターブレンドコーヒーが目の前に差し出されているのを見て、老婆に向けて僅かに笑みを浮かべた。
ルクラはそんな彼女の隣の席に座りながら、首を横に振る。
 
「そんな事ないですよ! クリスマスは、とっても素敵な日なんです!」
「ふぅん……?」
「……じゃんっ!」
 
ごそごそと鞄を漁り取り出したのは、単色で飾り気もないシンプルな毛糸のマフラーだった。
ところどころ縫い目が不自然に歪んでいたりするのは、手編みである証拠。
 
「おばあさん! これ……クリスマスプレゼントです!」
「まぁ……これを私に? ありがとう……」
「そういえばそんなもの、編んでましたわね」
「クリスマスには、こうやって大切な人にプレゼントを渡すんですよ! ……わたしの故郷で、だけど」
「ふぅん、そうなの」
 
余りリズレッタは興味が無いのか、ルクラ手作りのマフラーからさっさと視線を外すと、湯気の立つコーヒーを一人楽しみだす。
 
「……?」
 
しかし、目の前に差し出された水色をした何かが視界の端に入れば、また視線をそちらへと動かす。
 
「はい。……私からも二人にプレゼントです」
 
老婆が手にしていたのは、二つのマフラーだった。
ルクラには白色、リズレッタには水色の物をそれぞれ差し出している。
 
「私の故郷も、ルクラちゃんと同じ風習なんですよ……。二人とも首元が寒そうだから、マフラーを編んでみたんです」
「わぁ……!」
「……手編みにしては、なかなかのものじゃありませんの」
 
その出来栄えと言えば流石の一言で、店で売られているような物と比べても遜色が無いといっても過言ではなかった。
ルクラは勿論、リズレッタでさえもそのマフラーには興味を惹かれたらしい。
 
「つ……つけてみてもいいですか!?」
「えぇ、どうぞ……」
「うわー! あったかーい! ほら、リズレッタも付けてみて付けてみて!」
「ここで……? 別に寒くも無いのだけど……まぁいいでしょう」
「うんうん! 似合ってる似合ってる! おばあさん、ありがとう!」
「……感謝しますわ」
「どういたしまして。……ふふ、さぁ、冷めない内に頂きましょう?」
「はい! いっただっきまーす! ……あ、その前に! メリークリスマスです!」
「はい。……メリー・クリスマス」
 
老婆とルクラが、少し遅れてリズレッタがシャンパンの入ったグラスを持ち、そして軽やかな音が宿に響き渡った。

拍手[0回]

PR
 白翼の児竜と霧氷の女帝
 
 
【1】
凄まじいスピードで真正面からぶつかり合ったのは、リズレッタとスィンだった。
氷で作られた堅牢な双剣と鋼の長剣が互いの刀身を叩き折らんばかりに激しく音を立てる。
リズレッタの後方からは彼女の後を追うように、氷と死の世界が広がりだしていた。
ニブルヘイム。いまや完全に力を取り戻してしまったこの女帝の云わば縄張りのような世界が着実に相手を不利に追い込もうとする。
更に剣を持つ手に力を込めつつも、スィンにはリズレッタの背中越しに見えるルクラが、翼をはためかせこちらを見据えているのをしっかりと眼に映し出す。
彼女の眼が琥珀色となり、人のそれではない威圧感を一瞬発したのを確認し、予想通りの出方だと顔をしかめた。
慧眼。物事の本質を見抜くとされるその竜の瞳は、こと戦闘に関しては先読みという能力に本領を発揮する。
自分達の勝利を見据えているのか、それは自信の輝きに満ち溢れていた。
此処までは僅か、数秒。
剣を押し付け合い睨み合っていた両者が瞬時に飛び退く。次の瞬間にはエクトの放った大火球がその場を焼き尽くしていた。
 
「流石」
「ふむ……。そっちも、か?」
「云いますわね」
 
大火球のお返しとばかりに、氷の矢が嵐のように飛来する。
見ればニブルヘイムには、リズレッタを援護するかのように氷の騎士が弓を番えて狙い定めていた。
 
「貴方達ですもの、遠慮はしませんわ。数で押しつぶす事も厭わない」
「それは、どうも――」
 
素早く剣の腹で矢を受け止め、破片を払いのけるが早いか一気に距離を詰めたスィンが、リズレッタの身体を串刺しにせんと腕を突き出した。
 
「光栄だな」
「えぇ、光栄に思うことね」
 
剣はリズレッタの腹を貫いた。
しかし、手ごたえがまるで無い。
彼女は霧散し消えていた。
背に感じた殺気に、スィンはあえて使わなかった左手で素早く自身のもう一つの獲物である短剣を鞘から引き抜き、振り向きざまに彼女の攻撃を捌く。
 
「此処まで共に来たのだもの。……簡単に潰れないようになさい?」
「ふむ……善処しよう、と言いたいが。そちらこそ油断で足を掬われない様にな」
 
矢は途切れることなく降り注ぐ。
リズレッタに当たってしまうような物もあるが、彼女は涼しい顔でその矢を一瞬で取り込み治癒力にしているようだった。
 
「……それは無いんじゃないか?」
「あら、わたくしの立派な能力ですわ」
 
二人は一歩も引かない斬撃の応酬を続けていく。
 
【2】
「あの戦いに横槍は入れるだけ無駄ね」
 
あの朴念仁の足手纏いになるだけだ、そう判断したエクトは彼らの戦いを尻目に、一目散にルクラの元へ駆け出す。
ルクラも同じ考えだったのだろう。初めからエクトを狙っていたらしく、迫り来る彼女にも落ち着いたものだ。
 
「いい勝負をしましょう」
「えぇ! お互い悔いの無いように!」
 
レイピアを抜き放ち、切っ先をルクラに突きつければ、既にいつでも発射できる状態だった火球が六つ彼女へと飛来する。
それはあっさりと地面から出現した氷壁に遮られるが、エクトにとってはその方が都合がいい。
隙を作る事が狙いなのだから。
 
「魔法じゃルーちゃんには勝てそうも無いわ、だから――」
「えっ」
 
懐に飛び込み、レイピアを鞘に収めて。
 
「こうやって無力化してみようかしら!」
「ちょっ!? な、なにするんですかエーちゃーん!!!???」
 
そのローブを引っぺがしに掛かろうと掴みかかった。
 
「こんな寒い季節でもローブ一枚? だめよルーちゃん、破廉恥。とにかく破廉恥極まりないわ。ここで恥辱のきわみを与えて猛反省させてあげる」
「ちょ、ちょっと止めてくださいよー!? 真面目にしてくださいっ!」
「何を言うのルーちゃん、私は大真面目よ。ちょっと大真面目にふざけているだけ。……あら。青と白のストライプ」
「何言ってるんですか白ですよ!!! ……はっ!?」
「うふふふふふ」
「もうっ!」
 
ルクラの周囲に、敵を弾き飛ばさんと氷の柱が突き出す。
突き上げられる寸前に、ぱっとローブを離してエクトは軽くステップを踏み回避した。
 
「じゃ、ここから大真面目に戦いましょうか」
 
すらりとレイピアを抜き放ち、構えるエクト。
 
「……あら?」
 
しかし、その先にいる筈のルクラがいない。
 
「エーちゃん」
「ッ!」
 
声がしたのは真後ろ。
とっさに前転で飛び込むと、自分が先ほどまで立っていた場所に大きな氷の塊が飛来していたのが逆さになって見えた。
 
「魔法じゃわたしに勝てない。そのとおりです負けてやるつもりはありません。じゃあ近接戦闘を、って考えましたね?」
 
淡々と語る氷の塊を飛来させた主。
 
「残念だけど……。こっちでも負けてやるつもりないですからねっ!!!」
 
先ほどのローブ攻撃でどうやら怒ったらしい。
 
「ただの魔術士だなんて」
 
手に持った杖を空に投げ捨てたかと思えば、彼女は素手で魔術の展開を開始した。
 
「思わないで下さいっ!!!」
「ちょ、ちょっとルーちゃん」
 
前方から放たれる火球に眼を奪われたが、エクトは次の瞬間大きく横っ飛びして大げさなまでにそれを避けた。
先ほど杖を放り投げた理由を、その身で感じ取ったからだ。
 
「……ふざけない方がよかったかしら」
 
さっきまで立っていた場所の地面が大きな爪で引っかかれたように抉れている。
風の刃がそこを傷つけた証拠で、そしてそれを放ったのは、宙に浮き自分を完全に捕捉してしまっているルクラの杖、アスピディスケだった。
 
「でも、そうこなくちゃ。お互い本気が面白い」
 
そうでなければこの練習試合の価値が損なわれる。
エクトは不敵な笑みを浮かべて、再びルクラ目掛けて駆け出した。
 
「来なさい!」
 
ルクラの手から火球が放たれ、同時に風が空を裂き、かと思えば地面から岩槍が突き出し、雷撃がそれらを破壊する。
杖から放たれた水流が地面を抉り、神聖なる光が降り注ぎエクトを倒そうと襲い掛かる。
しかしエクトは、それらを華麗なステップで避け、魔術展開の合間を狙い一気にルクラに肉薄した。
今度こそ、その手に持ったレイピアを彼女目掛けて突き出す。
 
「……ッ!」
 
届かない。
いや、何かの力で阻まれた。
そう認識した瞬間、その何かはエクトの身体を思い切り吹き飛ばす。
 
「クッ!」
 
風の盾。
今まで風系統の術を使い続けたルクラならではの芸当である。
 
「……まさか、私のレイピアを止めるなんてね。ルーちゃん正確すぎるわ」
 
途中で体勢を立て直し、すぐさま構えなおしたエクトは感心したように呟く。
無論エクトもルクラの前に何らかの防御手段があるとは予想していたが、それを貫き通す自信があった。
その防衛手段の先にある、彼女の身体全体をあらゆるダメージから身を守る盾を破壊するつもりで、今まで培ってきた技術と経験から繰り出された一分の無駄も無い突きで破壊しようとしたのだ。
しかし彼女は、それを跳ね除けた。
針の穴を通すような正確さで繰り出した突きを完全に読みきり、その一点のみに風の盾を集中させていたのだ。
慧眼を発動させた彼女の力量を、見誤っていたと云わざるを得ない。
 
「あの頃と比べると見違えたわ」
「エーちゃんだって」
 
魔術の展開を続けながらも、ルクラはエクトの言葉に返す。
初めてこの遺跡に足を踏み入れた時の、自分達の姿が今、二人の脳裏に蘇る。
 
「ルーちゃんは、ちょっと大人になったわね。ステキよ」
「エーちゃんも、ずっとずっと素敵になったと思います。判断力があって、強くて……。スー君だって、本当に頼り甲斐があって。……立派なお姫様と、騎士様です」
「ありがとう」
 
静かに睨み合いは続く。
 
「あの朴念仁もなんだかんだで、変わったわ。良いことね。リズレッタちゃんも、この旅楽しんでくれてるかしら?」
「大丈夫ですよ。みんな……とっても楽しくて、素敵な旅だって思ってます」
「メーちゃ……じゃないわ。今はローちゃんか。……覚えてる? 私たちが初めて遺跡に入った時の事」
「勿論、覚えてるよ。忘れられない。……とっても素敵な、夢だった」
 
じっと試合を見守るロニアが、エクトの問いにそう答えて柔らかな笑みを浮かべた。
 
「みんなハッピー。なによりね」
「うん。……そうですね」
 
彼女の笑みに釣られて、二人も笑う。
そして、エクトが地を蹴り、再びルクラへと肉薄する――。
 
【3】
「姫様ッ!」
 
エクトの華奢な身体が地面より突き出された氷の柱に吹っ飛ばされた光景は、スィン達にも良く見えた。
 
「余所見の暇があるのかしら? 首を落としますわよ」
 
その言葉通り首筋を狙った冷酷な一撃を長剣で受け止めたスィンだが、リズレッタはにたりと笑みを浮かべ。
 
「ッ!?」
 
一瞬の早業で長剣を空高く打ち上げ、続いて短剣も地面へと叩き落す。
そして再び首筋に突きつけられた氷の双剣。限界まで引き絞られ狙い定められた氷の騎士の弓矢。
打ち上げられた長剣が、少し離れた地面にざくりと突き刺さった。
スィンは静かに両の腕を上げ――。
 
「……見事だ。こちらは降参だ」
 
決着は、付いた。

拍手[0回]

 手加減無し
 
 
【1】
 
果てしなく伸びるそれの用途は、この遺跡の中で自分達を弄び続ける連中にしか判らない。
一歩、また一歩と静かに地面を踏みしめ、ところどころ錆付きつつも怪しく光を発し続ける巨大な鋼鉄の樹をぼんやりと眺めつつ、リズレッタは一時の休息の時間を過ごす。
 
「あ、いたいた! リズレッター!」
 
声の方を向けば、黒衣を纏った少女が掛けてきているのが見える。
駆けて来る彼女のその背中には、彼女自身を覆い隠せる大きさの黒い翼に、足を踏み出す度に右へ左へと揺れる黒い尻尾が見えている。
本当なら見えないはずのそれらだが、彼女は服自体に工夫をして、仮初の翼と尻尾を手に入れた。
本来の白い色ではないが、元々着ているローブに合わせている結果なので仕方がない。
こうして他者にも見えるようになると、よりそれらの部位は彼女の感情を表すのに一役買っているらしいと誰の目にも明らかになっていた。
嬉しいときはとにかくよく動く。落ち込めば嘘のように静まり返る。
 
「……何かありましたの?」
「うん、ちょっと用事があって! あのね、エーちゃんとスー君が、練習試合しないか、って言ってるんですよ!」
「練習試合? ……戦いたいと?」
「うん! だから急いでリズレッタを呼びに来ちゃった」
 
長い間旅の行程を共にする仲間である虫人の姫と騎士、彼らの実力はリズレッタも一応は認めている。
それなりにいい勝負ができるであろう相手であるとも、認めている。
しかしこのタイミングでそんな申し出があるとは珍しい、とリズレッタは思った。
 
「この休憩が終わったら、別々で行動することになるでしょ? 自分達だけで敵も倒さなきゃいけないから、その前にウォーミングアップしておきたいんだって!」
「ふぅん……」
 
此処に来る前に蹴散らした栗鼠の群れは大した強さではなかった。
恐らく持て余しているのだろう。
自分と同じように。
 
「いいでしょう。挑戦は受けないわけにはいきませんわ」
「やった! じゃ、早速行こう! 審判はめーちゃ……じゃないや、ローちゃんがしてくれるって!」
 
いつの間にか、この遺跡の探検の目的だった愛瑠に関する事柄は、自分は勿論、ルクラやエクト、スィンにも知られずにひっそりと完遂されていたらしい。
ロニア=メレスカと名を改めた彼女は、唐突にそんなことを言い出して自分達に礼を言ったことをふと思い出した。
もうこの遺跡に縛られることは無い。宝玉をそろえることに皆興味はないし、ルクラの故郷に帰る手段が見つかるまでの暇つぶし、といったところである。
 
「答えは出たの?」
 
OKを貰えればあっという間に踵を返したルクラのその背中にそう言葉を投げかけた。
数日前、宿の彼女の部屋で問うた答えはまだ、聞いていない。
彼女の体と、黒い翼と尻尾がぴくりと一瞬動き、止まった。
 
「……うん」
 
振り向いて顔を向ける彼女の表情は笑顔で。
ゆっくりと近づいて、リズレッタの手を握る。
 
「故郷にはちゃんと、帰ります。寂しく思う人もいるでしょうけど、また会える、って信じて帰ることにしました」
「そう。……もう迷いはありませんのね?」
「うん!」
 
自信満々に大きく頷いて、そしてルクラはリズレッタの手を引いて駆け出した。
 
「だから! だからその時が来るまでに……一つでも多く皆と楽しい時間を過ごします!」
「……貴女にしては珍しくいい答え、でしたわ」
 
にかりと笑うルクラにつられて、リズレッタも思わず笑みを浮かべる。
 
【2】
「それじゃあ、一本勝負。勝敗はボクが判断するからね」
「えぇ、それでいいわ」
「問題ありません」
「うん。ルゥちゃんたちも、いいよね?」
「はい!」
「えぇ、構いませんわ」
 
大きく距離を開けて向かい合う四人。
既に各々の武器は構えられており、合図一つで試合は始まる。
 
「よーし。それじゃあ……」
 
大きくロニアが右腕を上げた。
 
「……はじめっ!」
 
そしてそれは勢いよく振り下ろされ――。

拍手[0回]

 オトナの対応
 
 
【1】
「……良いご身分ね、クロ」
「……? ふぃ?」
「……主が目の前にいるというのに、何、そのだらしない、はしたない返事は。本当に良いご身分よね、クロ」
「ふぁ……あ……はい、ごめんなさい!」
 
正午の日差しは暖かく、ウッドデッキの淵に腰掛てついうとうとと眠っていた片耳の猫人の少年が、少女の声に指摘されて慌てて立ち上がり、涎を袖でふき取った。
彼の視線は真正面ではなく、かなり下のほうに向けられていた。
果たしてそこには、両の手を腰に当てて彼を睨みつける、小さな小さな少女が居たのだった。
 
「ああ、もう汚い! そんな所で拭いたら、不衛生なのよ、クロ!」
「ふえ……ご、ごめんなさい」
「洗面所だったら入ってすぐですよ、クロさん。……ラズレッタちゃん、こんにちは」
 
そんな二人の様子を見ながら、ルクラは彼らのために用意したお茶のセットを、手際よくテーブルに設置していく。
ルクラがリズレッタと共に居るように、彼らもまた、同じような境遇で共に居る。
 
「……なんだ。ドラ子。いたの。お姉様はどこかしら」
 
ラズレッタと呼ばれた少女は、顔を洗いに行くクロの後姿を見送った後、ルクラに一瞬視線を向けるとぷい、と逸らして、周りを見渡している。
そこまで広くは無い庭だが、少し大きな人形といった程度の彼女には広大に見えているに違いない。
彼女があちらこちらを向くたびに、陶器と木材でできた造り物の左腕が遊びまわっていた。
 
【2】
彼女、ラズレッタはリズレッタの双子の妹だ。
それ以上のことは、ルクラも知らなかった。
なんだか複雑な事情がある、それぐらいの認識でルクラも深く知ろうとはしなかった。
それなりに長い付き合いになるリズレッタのことも殆ど知らないし、リズレッタ自身自分のことを話すのを避けているような感じがある。
多分この妹も事情に深入りすれば気を悪くするに違いない、と思っているからだ。
事実彼女は姉以上に気難しい性格をしているらしく、何かにつけて自分に突っかかってくるのである。
 
「リズレッタですか? うーん、多分どこかに出かけてるんじゃないかな……。ここには居ませんよ」
「……なんだ。お姉様はいないの。それじゃあ来た意味がなくなってしまったわ」
 
あからさまに“お前に用は無い”といった佇まいで、至極残念そうに肩を落とせば先ほどまでクロが座っていた所に腰を下ろすと、懐から何かを取り出した。
 
「そんなに遅い時間にはならないでしょうから……」
 
それが何か、ルクラは知っている。
数少ない、ラズレッタについての情報。
彼女はボトルシップ作成が得意で、そしてそれが趣味なのだ。
 
「少しお庭で暇をつぶしてたら、きっと会えますよ。……今度はどんな船を作るのか、実は結構楽しみにしてるんです」
「……む。何を笑っているのよ、ドラ子の癖に生意気よ。お前に期待されなくても、お姉様の心をわしづかみにするような、素晴らしい船を作るんだから。イーだ!」
 
憎まれ口を叩かれつつも、ルクラはちょっと苦笑するぐらいで涼しい顔だった。
何かと自分に突っかかってくる理由は、なんとなくルクラもわかっていたからである。
ふらりと庭に立ち寄っては、“お姉様”であるリズレッタと談笑を交わし時間を過ごすラズレッタだが、いざ帰る時間が迫ると途端に口数が減り、あからさまに寂しそうな様子を見せる。
それはリズレッタも同様で、姉妹二人とも、少しでも離れ離れになるのを嫌っているようだった。
妹が帰った後しばらくの間はリズレッタも扱いが難しくなる。
気をつけないと小言が連続して飛んでくるから、ルクラとしてもあまり心の落ち着く物ではなかった。
 
「二人とも、ちょっといいですか?」
「は、はい……なんでしょう?」
「……何よ、ドラ子」
 
しばらく話を暖めて、話題が途切れたときに、ルクラは至極真面目な顔つきで話し始めた。
こっそりと、リズレッタにも秘密で進めていたある計画を。
 
【3】
「新しく、お客様が増えたの。紹介しますね……。ラズレッタさんに、クロさんです」
「………………」
 
それを知ったときのリズレッタの驚きの表情や、そして喜びの表情は、ルクラにとっては忘れられない宝物になった。
とんとん拍子で話が進み、ラズレッタはリズレッタの部屋へ、そしてクロは最後の一部屋を使うこととなり、宿『流れ星』もついに満室となった。
この寒い季節暖かな寝床で眠られるとクロは大喜びしているし、ラズレッタも大好きな姉とずっと一緒で居られることを心の底から喜んでいる。
 
「お姉さまの分もお前に構ってやる!」
 
などと、彼女なりに気を使った言葉がルクラにとっても意外で、そして嬉しかった。
 
「皆さん仲良く……いえ、大丈夫ですね。これからよろしくお願いしますね、お二人とも……」
 
その日の夕食は、歓迎会という名目でいつもより豪華だった。
 
【4】
こん、こん、と控えめなノックの音が響く。
 
「……? 誰ですか?」
「わたくしですわ」
「リズレッタ? 空いてますよ、入って」
 
そろそろ寝ようかと言う時間、珍しい来客にルクラは目をまん丸に見開いて、リズレッタの言葉を待つ。
ドアを後ろ手に閉めながらリズレッタは言った。
 
「貴女にお礼を、と」
「お礼?」
「……妹とその従者のこと、貴女が何かしら手を打ったのでしょう?」
「えっ。ち、ちがう、よー?」
「別に怒ってませんわ。お礼、と言ったでしょう?」
「……う、うん」
 
リズレッタは静かにルクラに近づいて、微笑んだ。
 
「ありがとう」
「………………」
「………………」
 
きょとん、とした顔のルクラを見て、迷うことなくリズレッタは頬を抓る。
 
「いひゃい」
「何もそんな変な顔をしなくてもいいじゃありませんの。そんなに可笑しい? わたくしが貴女に礼を言うことが」
「い、いえ……その……。……うん」
「まぁ、いいですけれど。……わたくしは貴女に本当に恩を感じていますの。だから、こうしてお礼を言いに尋ねたのですわ。……おわかり?」
「うん。……どういたしまして」
「勿論言葉だけではないけれど。……何かわたくしにできることがあれば言いなさい。できる限りは報いますわ」
 
前もこんなことがあった、とルクラはぼんやりを思う。
あれは何をしたためだったか、そこまでは思い出すことはできなかった。
 
「……じゃあ」
 
だがそんなことは今は思い出さなくて良かった。
チャンスだったから。
 
「質問していい?」
「どうぞ? 答えられるものなら」
「この島の冒険が終わって、この島からわたしが帰っていなくなっちゃうとしたら、リズレッタ、どうする?」
 
ティアにあの時質問され、必死に一人で考えた。
答えらしい答えも一応出した。
それでも不安で仕方なかった。
だからいま、こうして一番身近に居てくれる彼女に質問を投げかけたのだ。
リズレッタの不思議そうな表情が目に写る。きっと彼女も悩んでいるのだ。
 
「見送るぐらいはしてあげますわよ?」
「え」
 
そんな予想は外れ、僅か数秒で彼女は答えを出した。
 
「そ、そうじゃなくて!」
「……他に何か?」
「んっと……さ、寂しいとか、名残惜しいとかそういうのは無いの!?」
「さぁ、それはどうかしら」
 
リズレッタは意地悪な笑みを浮かべる。
 
「……ふぅん、質問の意図が読めましたわ。貴女、悩んでいるのでしょう。今わたくしに問うた事で」
「え、いや、そんなことは」
「顔がはっきりイエスだと答えてますわよ」
 
慌てて顔を隠すルクラだが、もう遅かった。
 
「貴女は何かこの島を勘違いしているようだけれど」
「勘違い……?」
「普通なら『在り得ない』のですわ、この島は。在り得ませんの」
 
“よく考えて御覧なさい”と続け、リズレッタはベッドに腰掛けて足を組む。
 
「この島で出会う連中は、貴女の世界には似つかわしくない連中が殆どだったでしょう。このわたくしも含めて。容姿は勿論、その文化だって、まるで統一性の無い滅茶苦茶な集まり方をしている。……それぐらい貴女だって気づいているのではなくて?」
「………………」
「良いこと? もう一度言うけれどこの島は『在り得ない』のですわ。本来なら交わることの無い場所、それらが不自然に捻じ曲げられて混じっている。貴女もたまたまそれに巻き込まれただけですわ。……招待状を開いて御覧なさい」
 
言われたとおり、ルクラは招待状を取り出し、開いた。
変わらぬ文面がそこには記されている。
 
「物事には常に始まりと終わりが纏わりつく」
 
目を閉じ、人差し指を立ててリズレッタは言葉を続ける。
 
「パーティなのですわ、これは。あたりまえがあたりまえでなくなり、常識など彼方へ捨て去ったパーティ。まだ終わりは見えないけれど……確実に終わるときは来る。その終わりを惜しんで引き伸ばそうとしても、無駄。……貴女だって一度や二度じゃないぐらい、数え切れないぐらいその終わりの名残惜しさは味わっているでしょう? 今回もそんな、星の数ほど味わったものの一つに数えられるだけですわ」
「でもっ……同じなんて思えないよ! そんな……こんなに大きな『終わり』なんて、見たことないもん!」
「そうですわね。幼い貴女にはまだ初めてになることかもしれないけれど。丁度いいから受け入れておきなさい? この先、島を出た後も似たような『終わり』が起こるでしょうから」
「っ……」
 
目を開き、悔しそうな顔をしているルクラを見て、リズレッタはため息をついた。
 
「やれやれ。こういうところはまだ子供ですわね。こういう時でも涼しい顔をして受け入れるのが淑女と言うものですわ」
 
そのまま組んだ足の上に肘をつき、頬杖をついたリズレッタは薄く笑みを浮かべて続ける。
 
「『終わり』までを楽しみ『終わり』を忌み嫌うのが子供。『終わり』を受け入れ昇華するのが大人ですわよ、ルクラ? 貴女の考え方一つで、今貴女が忌み嫌うそれも輝かんばかりの過去となるのに」
「考え方……」
「……わたくしはもう戻りますわ。あまり外しているとラズレッタが拗ねてしまいますから」
 
すっと立ち上がり、リズレッタはドアに近寄って手をかける。
 
「答えが出たら聞きましょう。おやすみなさい、ごきげんよう?」
 
そんな挨拶と共に、彼女は部屋を後にした。
 
「わたしの……考え方一つで……」
 
一人立ち尽くすルクラは、新しい難問に再び頭を悩ませることになるのだった。

拍手[0回]

 『ごめんなさい』
 
 
【1】
「……私、それでもやっぱり。家族に会いたいです。一緒に居たいです。パパやママやノーちゃんと、一緒がいいです! 故郷に帰りたい……だから、ごめんなさいっ!!」
 
“ごめんなさい”?
わたしは、あの時どうして。
どうして、“ごめんなさい”と謝ったんだろう。
 
【2】
「ルクラちゃんは、家族を選んだのよ、ね?」
 
向かい合うようにして座った、ティアさんはわたしにそう言って、わたしはそこで、何故かどきりとした。
何故だろう。
そのときわたしは、大きな罪悪感を確かに感じた。
今まで出会った人達の顔が思い出されて、それが進むたびに、胸が痛んだ。
どうして?
わたしは、お家に帰らなくちゃいけない。
それは、この島に来てしまったその時から、真っ先に心に決めた事の筈で、誰が考えたって当然の決断に決まってる。
その筈なのに、あの時わたしは答えられなくて。
アルバイトが終わったその夜、忙しい仕事の中必死に考えた結論をティアさんに……。
……結論とか、そんな立派なものじゃないか。
だってわたしは、ティアさんの返事なんて待たずに、走って帰ってきちゃったんだもの。
それからこうして、ずっと布団の中に蹲って、誰かがわたしを晩御飯に呼びに来るのを待っている。
“ごめんなさい”の意味を、ずっとこうして考えてる。
わたしは、どうして“ごめんなさい”って、言ったんだろう。
 
「……ルクラ、元の世界に戻るって言ってたよね? 一度、僕のいた所に一緒に来て、そこで世界を繋げられるように試行錯誤してみるって言うのは、ダメ、かな?」
「そうすれば、一緒にいられる時間も伸ばせるし……」
 
あぁ。
そうか。
 
【3】
マコト・S・久篠院。
その名前はわたしのなかで、一際特別な意味を持った名前。
わたしの知らないもう一つの“好き”を教えてくれた人。
そして……わたしの知らなかった“好き”に当てはまる人……だと思う。
あの人の言葉が唐突に思い出されて、はっとした。
わたしが故郷に帰ることは、結局のところこの島の全てと“お別れ”することなんだ。
宿のお婆さん。
ずっとこの島で一緒に探検した、愛瑠ちゃん達。
エクトちゃんに、スィン君。
リズレッタ。
マコトさん、ティアさん、リーチャさん、ルークさん、レオノールさん。
くろさんともう一人のクロさんに、ジャックさん、ゲンザさん。
キキさんにララさん、みゆきさん、ファルさん、ヤヨイさん、はなさん、ミオンさんとカノンさん。
お別れしてしまえば、こんなにも沢山の思い出はわたしの手を離れて追憶に変わり、わたしはそれをただ眺めることしか、この先できなくなる。
全部じゃないけど……殆どがそうなってしまうのは、明らかだ。
正直言って、それは嫌だった。
でも、わたしの家族がずっと待ってる。
だから、わたしは帰ることを今になっても決意している。
決して揺らぐことの無い信念に、している。
だからマコトさんの提案は断った。
まだ道の断たれていない内から、甘えてしまったらいけないと思って。
その時も、ティアさんに“ごめんなさい”と謝ったときのように、胸が痛んだのを思い出した。
 
「ちょっと残念だけど、安心したんだよ。少しは揺れたみたいだから、僕はルクラの中では特別みたいだし、ね」
「見つかったら、しばらく離れ離れになっちゃうから、それまでにたくさん、二人の思い出つくろ?」
 
少なくともマコトさんは、わたしの決意を汲み取ってくれて、そう言ってくれたのだと思う。
その言葉にわたしは、救われた気がした。
けれど、わたしのことを知っている人には、わたしが嫌だと思ったように、わたしのことを追憶に変えたくない人が居るんだ。
それに気づかなかった?
……違う。気づきたくなかったんだ。
だからわたしはあの時、ティアさんに言われて……。
“ごめんなさい”って謝ったんだ。
 
【4】
わたしの思っていることは、目指すところは、我侭なんだろうかと疑問に思う。
……違う、と思う。
じゃあ、ティアさんやマコトさんの方が我侭なんだろうか?
……それも違う、と思う。
好きな人と離れたくないなんて、誰だって思うことなんだ。
ごくアタリマエ、普通の感情なんだ。
でもそれは時には、叶わないことでもある。
わたしなんかは、その叶わない例なんだろう。
きっと、そう。
でも、でもね。
がっかりしたり、諦めたりはしないでほしいな。
またいつか会えるから。
きっと会いに行くから。
“信じることが力になる”んだから。
永遠のお別れになるはずなんて、無いよ。
だから、悲しんで欲しくないな。
わたしも、我慢するから。

拍手[0回]

カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
最新CM
最新TB
プロフィール
HN:
鐘の音
性別:
非公開
自己紹介:
SD
-Eno.850セサリカ=ゴトランド(終了)
-Eno.37シルヴェリア・ミューアレネンス
偽島
-Eno.455ルクラ=フィアーレ→リズレッタ・メリゴール(終了)
六命
-Eno.1506レミス&ミーティア
バーコード
ブログ内検索
カウンター
リンク
酪農戦隊
酪農兵器
功夫集団
アクセス解析

Copyright © おしどり夫婦が行く。 All Rights Reserved.
Material & Template by Inori
忍者ブログ [PR]