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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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 彼女の求めるものは何か
 
【1】
控えめなノックの音が廊下に響いた。
 
「リズレッタ? 入りますよ」
 
ノックの音と同じようにドアを開いて、中を見渡せば、椅子に腰掛け、膝の上に組んだ手を置いて静かに眼を閉じたリズレッタの姿がルクラの視界にも飛び込んでくる。
 
「……リズレッタ?」
「起きてますわ」
 
リズレッタの向いている先は開け放たれた窓だった。
目の覚めるような青空が、そこには広がっている。
 
「特に何かすることも無いから、景色を眺めていただけ」
「うん……そういうの、いいよね。窓からの眺め、わたしも好きです」
 
ルクラは後ろ手に持った紙袋をちらりと確認した。
この中には、リズレッタが喜ぶであろう品が入っているのだ。
そしてルクラは、それを今彼女に渡しに来たのである。
 
「あのね、リズレッタ」
「ん……何ですの?」
「これ……リズレッタにあげる」
 
紙袋を受け取ったリズレッタは、怪訝な顔をして暫くルクラを眺めていた。
 
「……あら」
 
ルクラの促されるままに袋の中身を取り出せば、意外そうな表情を見せる。
それは上質なシルクで作られた、純白のパジャマだった。
フリルまで付いてなかなかに可愛らしい。
 
「前々からね、わたしとリズレッタと、リーチャさん……覚えてるでしょ? 一緒にお泊り会しようね、って相談してたんです。ずっと内緒にしてたんだけど、この前、やっと出来たから……」
「……随分、上質な素材みたいですけれど。よくそんなお金を出せましたわね?」
「えへへ……ちょっとずつ貯金したの。10ヶ月ぐらい……かなぁ?」
「……呆れた。隠さずに云えばいいじゃありませんの」
「だめだめ! ずーっと内緒にして、こうやって渡すのが楽しみだったんだから!」
 
子供らしい回答にリズレッタも苦笑するしかない。
 
「だけどね……」
「何か問題でも?」
「うん……もうすぐわたし、帰っちゃうでしょ? お泊り会、できそうになくて」
「……何時帰りますの?」
「わからないけど……多分、そう遠くないと思う」
「ふぅん……」
「あの……ごめんね、リズレッタ」
「謝る必要はないでしょう?」
「……でも……」
 
リズレッタの小さなため息が部屋に響き渡った。
そして彼女は黙って紙袋の中へパジャマを戻すと、ルクラの前へ突き出した。
 
「受け取れませんわ」
「え?」
「受け取れない、と言ったの。持って帰りなさい」
「ど、どうしてっ――!? い、いたたたっ!?」
 
無理矢理紙袋を押し付けて、それからリズレッタは思い切りルクラの頬を抓る。
堪らずその手を跳ね除けて後ろへと逃げたルクラの頬には、真っ赤な痕が残っていた。
 
「理由は貴女が考えることですわね。とにかく、それは受け取れない」
「リズレッタ……」
「さぁ、用事は済んだのでしょう? 出て行きなさい」
 
取り付く島も無い、
そんな様子のリズレッタに、ルクラは何も言えないようだった。
ただ、悲しげな表情を見せて、静かに部屋を出て行く。
 
「……全く」
 
そう呟くと、リズレッタはぼんやりと外を暫く眺め、そしてまた静かに目を閉じた。
 
【2】
紙袋を力無く自分のベッドの上に置いて、ルクラは途方にくれていた。
喜んでもらえるプレゼントだったはずなのに、自分の予想した展開とはかけ離れた状況に、頭は混乱してまだ現実について来ていない。
何度考えても、何故受け取ってもらえなかったのかが判らず、気分は沈むばかりだった。
 
「……はぁ……」
 
ため息しか出てこない。
 
――コン、コン。
 
小さなノックの音が響いたのはそんな時だった。
 
「……」
 
――コン、コン、コン。
 
「………………」
 
――ゴンッ!
 
「っ!?」
「ドラ子ーッ!!! 居るのでしょう! 返事ぐらいしなさい!」
「は、はいっ!?」
 
終いには思い切り蹴飛ばされたらしい音を立て始めた扉を慌てて開ければ、そこには。
 
「全く! 最初のノックで出てきなさい! この私を待たせるとはいい度胸をしているじゃないのドラ子!」
「ラ、ラズレッタちゃん……」
 
ラズレッタがじろりとルクラを見上げて睨みつけていた。
 
「え、えと……なかなかでなかったのは謝ります、ごめんなさい。それで……何か用ですか?」
「えぇ、用事よ。ドラ子すぐに支度なさい、温泉に行くわ」
「……温泉、ですか?」
「鸚鵡返ししなくても良い! ほら、40秒で支度なさい! 私がお姉様をお誘いするまでに終わらせる事、いいね!?」
「え、あ、はい!」
 
ぱたぱたとラズレッタは廊下を走り、一目散にリズレッタの部屋へと向かう。
用意をするといっても、大した荷物は無いしすぐ手の届く場所にそれは全て纏めて置いてあった。
カバンの中にそれを入れれば、40秒も掛からずに準備は終わる。
 
「……でも……お姉様」
 
開けっ放しの扉の先からラズレッタの食い下がる声が聞こえる。
先ほどあんな事を言われた手前会いに行くのは気が引けるが、出ないわけにも行かず、ルクラは意を決してリズレッタの部屋の前へと歩みを進めた。
 
「……あら」
 
再びルクラの姿を目にしたリズレッタは、別に怒った様子を見せるわけでもなく、ルクラを無感動に眺めているだけのようだった。
すぐに視線は眼下のラズレッタへと向き、優しい、姉としての言葉で彼女に語りかける。
 
「今日はわたくし、用事があってどうしても一緒に行けないの。我慢してもらえるかしら、ラズレッタ?」
「……むー……」
「二人で行ってらっしゃい。埋め合わせはまた今度しますわ」
「……判りました。では、お姉様」
 
静かに扉を閉めたラズレッタは、膨れっ面を隠そうともしない。
 
「……何をぼさっとしているの! ほら、行くのよ!」
 
傍のルクラに気づいて挙げた第一声は、やはり表情どおり不機嫌そうだった。
 
【3】
妖精の宿と呼ばれる場所は、これまで度々ルクラも訪れた事があった。
季節が変わればその景色も変わり、時には庭先に妙な扉が現れ、やはり季節に合った場所に通じている事がある。
夏には広大な海に繋がっていたが、冬の今は――。
 
「わぁ……!」
 
――かぽーん。
 
そんな音が響く、温泉だった。
想像していたよりずっと大きな、そして広大な白銀の世界を一望できる『お風呂』に、ルクラは思わず辺りを見回してしまう。
 
「……そんなにキョロキョロと見るものじゃないよ。それじゃあ、自分は田舎者ですと言っているようなものよ、ドラ子」
「だって、こういう大きなお風呂は初めてで……」
 
そう応えながら振り向けば、ぺたぺたと音を立てて自分のところに歩いてくるラズレッタの姿があった。
 
「これだから下々は困るわ。私とお姉様のお風呂はもっと大きくて……」
 
生身ではない腕は既に自分で外したらしく、片腕だけの姿になっている。
その表情は相変わらず不満げだった。
 
「しかも今、誰も居ませんよ! 『貸切』って言うんですよね、こういうの!」
「貸切と、閑古鳥は紙一重よ。流行っていないだけかも知れない」
「いつでも来れる場所ですから、流行っていないことはないと思うけど……。まぁ、今日はわたしは静かな雰囲気の方がいいかな、って思ってるので良かったです」
「まあ、騒がしいよりは、同意するよ。耳障りなものは、好きじゃないから。……全く、お姉様もいれば最高だったのに」
 
その原因は勿論、リズレッタがこの場に居ないからであった。
彼女としては、三人で此処に来るのが目的だったのだろう。
 
「……今日は我慢しましょう? 用事があるんだったら仕方ないですよ……」
 
本当は用事なんて無い事をルクラは知っている。
そして断った理由も、なんとなくだが察する事ができた。
 
「この私に我慢だなんて。お姉様の、いけず。ふン」
 
ぶつぶつと言いながら桶を持つラズレッタだが、片腕故にかなりやりにくそうな様子を見せている。
 
「……む。むぅ」
「あっ。ごめんなさい気づかなくて、わたしがしますよ」
「いい、自分でできる……あっ」
「まぁまぁ。遠慮しないで下さい」
 
暫し温泉には水の流れる音に、二人分の少女の声が木霊する。
 
【4】
「ん……。ふぅ。やっぱり暖かくて気持ちいいですね。景色も綺麗だし……」
「私は二度目だから、特に感慨は無いのよ。……お姉様もくれば良かったのに。ねえ」
「そうでしたね、リズレッタと一緒に来たんでしたっけ。……本当に、リズレッタも来ればよかったのになぁ」
 
本当は来て欲しくない気持ちが大きかったが、そう答えないとラズレッタが怒り出すに決まっていた。
ちくりと胸が痛む思いをしつつも、ルクラは平静を保ちながら改めて周りを見渡して、その景色に思わず目を細める。
宿『流れ星』のそれとはスケールの違う眺めに、身も心も震える思いだったのだ。
そしてそれは、胸の痛みを確かに一時的に忘れさせてくれた。
 
「………………」
「あ……ラズレッタちゃん、よかったら、膝の上に座ります?」
 
ふと気づけば、立ったままのラズレッタの姿。
彼女はその小ささ故に、その状態でもう肩まで浸かってしまっていたのだ。
しかしそれでは休まらないだろうと思っての親切からそう言葉をかける。
 
「……ふン、まあ、座ってやらない事も無いわ。ドラ子、私の椅子になりなさい!」
 
その提案にラズレッタは暫し思案していたようだったが、相変わらずの尊大な物言いをしつつルクラに近づいて、そして彼女の膝の上にちょこんと納まった。
丁度良い高さになったようで、ラズレッタも満足そうな顔を見せる。
 
「……ふふン、勝った」
「……勝った?」
「ふふン、ドラ子ったらぺったんこなんだもの。私の勝ちなのよ」
「ぺ、ぺったんこ?」
「まあ、お姉様も似たようなものだけど。まだまだ精進が足りないようね、ドラ子」
「は、はぁ……がんばります?」
 
どうやら他にもその満足の理由があるらしいが、ルクラには判らず、くつくつと笑うラズレッタを眺めるしかなかった。
 
「まぁ今回はお姉様については良しとするわ。また来ればいいのだから」
「……また、ですか」
 
再びルクラの胸がちくりと痛んだ。
本当にその『また』が自分に残されているのだろうかが判らなくて。
 
「なに? この私の言う事が聞けないっていうの?」
 
顔を上げてじぃっとラズレッタがルクラの顔を見つめている。
 
「……実は、故郷に帰る手段が見つかったんです」
 
そんな彼女に困ったような笑みを浮かべながらも、ルクラはぽつりぽつりと話し出した。
 
「……へえ、それは良かったじゃないか」
「うん、それは嬉しいです。わたしがずっと探してた事だから。……でも、その故郷に帰るのが……多分、そう遠くない日になるんです。だから……また一緒に此処にはこれないかも」
「そうなの。それは、寂しく……別にならないけど。まあ、急ぎの話でもないのだから、またこれる機会はあるんじゃないの?」
「うーん、そうだといいんですけど……。その、故郷につれて帰ってくれる人のお仕事がいつ終わるか、よくわかんないんです。一週間先か、一ヶ月先か……。遺跡を探検する必要もあるし、こうやってまたラズレッタちゃんと一緒にのんびりできる時間がまたいつできるかもわかんなくて……。だから、約束、出来ないんです」
「何、それじゃあ、明日帰っちゃうかもしれないって事?」
「明日は流石にないとおもいますけど、もしかすると次の遺跡探検が終わったら、ってことも十分に……」
 
沈黙。
風に撫でられ揺れる枝の音と、温泉に注ぐ湯の水音が辺りを包む。
 
「……そ、そうなの。ふン、お姉様についていた悪い虫が居なくなると思うと清々するわ」
 
ラズレッタはルクラから視線を外すと、俯くような形になって、鼻先までを湯船に浸けた。
 
「……うん。リズレッタも、ラズレッタちゃんがいるしもう大丈夫、ですよね」
 
そんな彼女をルクラは撫でるしかない。
 
「……勝手にお姉様の友達になっておいて、勝手に何処かへいってしまうドラ子なんて、好きにすれば良い!」
 
だがラズレッタはそれが気に喰わなかったようで、怒気を少し含ませた声を挙げた。
 
「……ごめんね」
「謝る人間が違うでしょう。このドラ子が! ドラ子が!」
 
ルクラが謝れば、今度は身体ごとくるりと翻し、ぽかぽかとルクラの胸元を拳で叩きつける。
痛みなど微塵も感じないので、そのままルクラは彼女の頭を撫でながら、つい先ほどの出来事を思い返しつつ答えた。
 
「う、うん……。リズレッタにももう話はしたんだけど……謝ったら抓られちゃった」
「ふン、下々とはやはり最後まで解り合えなかったようね。お姉様を捨てていくなんて、一体何を考えているのだか。いいもん、私が慰めてあげるんだから。お前のような奴はどこへなりともいってしまえばいい!」
 
やはり姉妹は似るのか、続いてラズレッタは手をルクラの頬へと伸ばし始めた。
 
「………………」
 
何をするのか想像がついたが、ルクラは逃げない。
そしてラズレッタの手は彼女の頬をしっかりと掴み――。
 
「いたたたたた!?」
「お姉様はもっと痛いんだから!」
 
確かにその通りだ、とルクラは思いつつ。
 
「……お姉様は、お顔にはお出しにならないけど……」
「……うん……」
「……ふン、まあ、いいわ。お姉様は私が慰めてやるんだから。もうドラ子になんて、渡さないんだからね!」
 
ラズレッタが皆まで言わなくともルクラにも判っていた。
だから自分は、寂しい思いをさせてごめんと、リズレッタに謝ったのだ。
だが、それは正しい道ではなかったらしい。
そうでなければ、この温泉には二人ではなく三人で訪れていたはずなのだから。
 
「何か……何か帰る前に、出来たらいいなぁ……」
 
何が間違っていたかわからない、だが、何かしてあげたい。
そんな思いから、ふと呟く。
 
「……私、お姉様にチョコ作ってあげようと思ってたんだけど。お前もなんか作ればいいんじゃないかしら。……ふン」
「チョコ……?」
「ああもう! ドラ子の頭にはカレンダーも無いのかしら!」
「……あ!?」
 
頭の中のカレンダーを眺めれば、数日後に控えたある特別な行事の存在を思い出す。
 
「……バレンタインデーでしたね、もうすぐ!?」
「きゃあ!? ちょ、ちょっといきなり! 下ろしなさい、このドラ子!」
 
居てもたってもいられずに、ラズレッタを抱きかかえたままルクラは立ち上がった。
ざばぁ、と大きな音が立つ。
足は既に出口へと向かっていた。
 
「うんうん! 作ります! 去年よりうーんと美味しいのを作ります!」
「勝手にすればいいわ。言っておくけど、私は食べてあげないからな!」
「そんなこといわずに! ラズレッタちゃんの分もちゃーんと、作りますよ! よーし、そうと決まれば! 早速準備しなきゃ! ね!」
「お、下ろせ! この私を気安く抱えるな! っていうか、ドラ子、前々から疑問だったんだけども。何でお姉様だけ呼び捨てで、私はちゃん付けなんだー……」
 
猪突猛進の勢いに攫われ、そんなラズレッタの声が温泉の中に虚しく響いた。

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☆アビリティ/スキル設定

今期途中より実装されそもそもその存在に気づかれていない地味な設定箇所ですが、意外とその内容は重要なことも多いので説明させていただきます。

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 錬金術師は機械に夢中
 
 
【1】
ざく、ざく。
 
「さて少女よ」
 
ざく、ざく。
 
「答えを聞かせてもらおう」
 
ざく、ざく。
 
「野良仕事の最中なのは気にせず言うと良い」
「は、はぁ……」
 
宿“流れ星”の庭にある小さな畑を熱心に耕しながらラウルバーフは言った。
麦藁帽子と軍手と手拭いが実に良く似合っている。
お供のバルミアラは相変わらずすぐ傍で主人を見守る振りをしながら寝ているようだった。
予告通りあれから三日の時間が経過した今、彼と同行するかどうかの結論を、ルクラは出さなければならない。
しかし別に思いつめた様子もなく、ルクラは一度頷くと口を開いた。
 
「みんなと相談しましたけど……ラウルバーフさん。一緒に探索はオーケーだそうです。……勿論わたしも、賛成です」
「それは何よりだ。実に良い選択と云える」
 
ざく。
力強く鍬を振り下ろして、ラウルバーフは僅かに笑ったようだった。
 
【2】
「ありがとう、きっと作物もこれでよく育ちます」
「なに、先日の償いだ。礼など要らぬよ、ご婦人」
 
庭に用意されたテーブルに着き、出されたお茶と菓子を堪能しつつ、ラウルバーフは手拭いで自分の汗を拭う。
 
「さて、めでたく君と……君達か。同行する事になったわけだが……。何か聞いておきたいことはあるかね」
「うーん……それじゃあ、もうちょっとラウルバーフさんのこと、知っておきたいんですけれど」
「ふむ。私の事かね。……アルケミストだとは既に言ったから……ラブルスカ家にでもついて話そうか。素性も少しは知れるだろう」
「ラブルスカ……?」
「あぁ。ラブルスカ家は機帝国ではそれなりに名が知れている。資産家としてだ。私の妻が七代目の当主を務めている」
「……あれ? でもラウルバーフさんはゴトランドって名乗ってますよね?」
「うむ。ゴトランドは私の旧姓だし、本来なら結婚したときに私もラブルスカの姓に変わっていた筈なのだが……。何故かゴトランドの姓が良いと妻が我侭を言い出してな。数百年続いた『ラブルスカ』の名をあっさり捨てそうにまでなった」
「えぇぇ……」
「宥めるのに苦労した。それからまぁ色々と話し合って、ラブルスカの名はそのまま、ただし私たちはゴトランドの姓を名乗る、ということで一応の決着がついたのだよ。故に私もラブルスカとは名乗らず、ゴトランドのままを名乗っているわけだ。……考えても見たまえ、数百年という年月を積み重ねその地位を築き上げてきたラブルスカの名を捨て去っては、余り良い未来は見えんだろう? 『カネ』の世界では肩書きも少なからず必要であるし、時には重要な武器にもなるからな。……仕事上ではラブルスカであり、プライベートではゴトランドというなんとも奇妙な状態がこれで出来上がったわけだ。私が今此処でゴトランドと名乗っているのもそういう理由からだな」
「な、なんだか大変な事情なんですね……」
「いや、なに。慣れればなんということは無い。……うむ、これは美味い」
「それはよかった。遠慮せず食べてくださいね」
 
老婆の言葉にラウルバーフはもう一枚クッキーを口の中に放り込んで、その味を楽しんでいる。
紅茶でそれを胃の中へ流し込んだ時を見計らい、ルクラは二つ目の質問へと移った。
 
「えぇっと……アルケミスト、ってなんなんですか?」
「一括りに云うには少し難しいが……錬金術を行使する人間をそう呼ぶ。有名なものでは卑金属から貴金属を精錬するような行いか」
「……?」
「まぁ、そうだな。あの石ころを金に変える手段というだろうか」
「へぇ……」
「最も私はそういう行いとは無縁だがな。私が専門とするのは人工生命体だ」
「人工生命体?」
「たとえばあのバルミアラのようにな」
 
相変わらず黒い巨大鳥は寝ている。
 
「初めての成功例であり、私の最高傑作だ。……あの石ころを、バルミアラにした、といえば君にもわかりやすいかね」
「そんなこと、できるんですか?」
「石ころだけでは無理だが、さまざまな素材を使ってな。最も、私も確信の元成功させたわけではないから詳細は話せん。バルミアラは全くの偶然の産物のようなものだからだ。何故成功したのかを解き明かしたいものだが……」
「難しいんですか?」
「何せ私本人がまるで理解できていないのでな、バルミアラが生まれた過程を。同じ素材で同じことを何度やっても無駄だった。それに、今はもうその探求も止めている」
「それは、どうして?」
「いいかね。私のやったことは酷く歪んだ生命の誕生なのだよ。それを追求し、後世に残したとしても良い結果にはなるまい? いわば人間が立ち入れぬ領域に私は片足を突っ込んでいたのだ。その先に待ち構えているのは……」
 
確信に満ちた笑みを浮かべ、ラウルバーフは一旦言葉を切った。
 
「それに、娘が出来てからはなおさら探求することの恐ろしさも悟った。やはり命と言うのは定められた環境でのみ機能するのが一番なのだ。私のやっていたことは余りに強引過ぎる命の操作であった。……少々ややこしい話に逸れていたな。失礼。私の悪い癖だ」
「いえ、そんな……。えっと、なんとなくだけど、ラウルバーフさんのこと、よくわかった気がします。……でもラウルバーフさん?」
「ん?」
「探求をもう止めたんなら、素材探しは必要ないんじゃ……?」
「ふむ、いい質問だ。確かにもう、人工生命体の研究をしていないなら素材は要らん。だが……」
「?」
「別の研究に手を出したのだよ。確かこの中に……」
 
ごそごそとズボンのポケットを探り、ラウルバーフは何かをテーブルの上に置いた。
それは四角いブロックが重なって出来たような、やや不恰好な小さな人形に見える。
 
「さて」
 
頭の上の出っ張りを、ラウルバーフは軽く押す。
すると人形は勝手に動き出した。
 
「これは……?」
「機械だ。君も少しは知っているだろう?」
 
ジージーと音を立てつつ、しばらく動き回っていた人形だが、やがてぎこちなくだが手足を動かして踊りのようなものを始める。
 
「これはただの機械だが、ある人物と共同で、魔術と機械の融合というテーマに研究を進めていてな。此処にきたのはベースとなる機械の材料を見つけに来たというわけだ。ただの金属では魔術の力を存分に生かせないらしいから、それに代わる丈夫な素材や……まぁ色々だな。最も私には魔術分野となるとまるでわからんから、毎回適当に見繕っては帰るのだが」
「へぇー……」
「そこで話を元に戻すが君達と同行し素材探し、というわけだ。一人で探すよりは効率が良い。何せ此処に来るまでに日数を掛けすぎた。遅れた分を取り戻さなければいかん」
「うん……よくわかりました。出来る限り協力します!」
「ありがたい申し出だ。暫くの間だが、よろしくお願いしよう」
「はいっ! よろしくお願いします、ラウルバーフさん!」
 
大きな褐色の、ごつごつとした手に、小さな白い手が固い握手を結んだ。

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 故郷への道、突然に
 
 
【1】
ぼうっと突堤の淵に座り込み、海を眺める。
響く音は、波の音と海鳥の声だけで、人気もなく静かなものだった。
ぶらぶらと垂れ下げた足を動かしながら、ルクラは遠く見える船出を見送っていた。
その船が何処に行くかなどは知らない。ただ、故郷での光景をそれに当て嵌め、想起していた。
静かに目を閉じて、音だけに神経を集中させる。
そうすると不思議な事に、故郷の音までもが蘇る。
積荷を運ぶ水夫達の威勢の良い声、船が海面を切り裂き進む音、大通りにまで続く露店が扱い品は、みな此処で降ろされた品物ばかりだ。
水夫達とはまた違う威勢の良い声で商人達は道行く人に声をかけ、一人でも多く惹きつけて、あわよくば品を買ってもらう。
客と商人の間での値切り合戦はどちらも負けじと声を張り上げ、時には見物人が出来るほど、一つの芝居として成り立ちそうなぐらい、実に見ていて小気味の良いやり取りは日常茶飯事だ。
再び視界を開かせて、明るい真昼の太陽の光を受ければ、故郷の音は静かに薄れていく。
後ろに手を付いて空を見上げる。まだ風は寒いが、太陽の光は暖かかった。
これから徐々にこの風も、今の太陽のように温かくなるだろう。
年明けと共に、気候もまた春へと移り変わろうとしている。
そしてまた暑いあの夏が来て、哀愁すら漂わせる秋がきて、全てを白く染めていく冬が来て。
今やルクラはこの島の四季を、知り尽くしていた。
一年と言う年月を此処で過ごした事で手に入れた、経験の一つだった。
 
【2】
今日は一日、何も無い。
次の探検の準備は万全に整っているし、愛瑠の一件が無事に解決した事でようやく働く事ができるようになった“かぼちゃの涙亭”での仕事も今日は休みだ。
珍しいぐらい何も無い日で、ルクラは何をするも自由だった。
さて何をするか、と候補を選び出す。
一つ目、自分の技能を磨く事。
所謂特訓だ。
だんだんと強くなるエキュオス相手には、実力を幾ら高めておいても悪い事ではない
二つ目、買い物。
特にこの場合はお菓子類の購入である。
冒険者が大半を占めるこの島でも、食べ物全般に関しては結構なこだわりがあるルクラでも満足するだけの美味なお菓子が沢山売っている。
冒険者と一括りにしても、実際はさまざまな人々がいる。
ルクラが働いている“かぼちゃの涙亭”の店主だって、立派な一料理人なのだ。
この島の食事は、そんな料理人達に支えられているのかもしれない。
三つ目、仲間の所へ遊びに行く。
ロニアのところか、エクトとスィンの所か。
彼らを誘ってどこか買い物に行くのもいいな、とも思う。
と、ここまで考えてルクラはそのどれもに余り乗り気でない事に気づいた。
なぜかと思い返してみると、どうも先ほどの想起が原因らしい。
未だに帰る手段が見つからない現状に落ち込んでいるつもりはないのだが、なんとなく先ほど考えたそれらを実行している自分を考えてみると居心地が悪い。
しかし此処で延々と留まるわけにも、と悩みかけたその時に頭に浮かんだのは、あの老婆の顔に、宿“流れ星”だった。
今日は一日、あの優しい老婆の手伝いでもしよう。
そう決めるのに時間は掛からない。
 
【3】
ただいまと見慣れた扉を開いて、奥にいるであろう老婆にも聞こえるようにルクラは元気な声を上げる。
そして小走りでいつものリビングへと向かえば、果たしてそこは少々見慣れぬ光景が広がっていた。
老婆と向かい合って座っている見知らぬ男が、老婆の用意してくれたコーヒーを味わいつつ、帰ってきたルクラをじっと見ていたのだ。
見慣れぬ人物に不思議そうな視線を返していると、老婆は横から嬉しそうに声を掛けてきた。
“きっと貴女にとっていいお話だから”、そう言われるとますますルクラの好奇心は高まる。
言われるままに老婆の隣の席に着き、ルクラはじっと男を見た。
 
【4】
真っ黒な髪の毛は短く刈り上げられて、同じように黒いあごひげは綺麗に切り揃えられている。
薄汚れた白衣や服に包まれた身体は、細いががっしりと引き締まっており、かなり鍛え上げられているものだと瞬時に判断できた。
男は名をラウルバーフ・ゴトランドと名乗り、紫色の瞳をルクラに向けて、笑みを浮かべて握手を求める。
握り返したその男の手は大きく硬いが、それとは裏腹に指先はとても器用そうだった。
ラウルバーフは自身をアルケミストと称し、あらゆる素材を求めてメルディア中を回っているのだとルクラに説明した。
そんな生活の中彼もまた、この島の入場券である招待状を手に入れたらしい。
財宝などに興味は無いが、新天地でならまた何か珍しい素材が手に入れられるはずだ、そう考え彼はこの島にやってきたのだ。
自身が生み出した、巨大鳥に乗って。
庭の方を見てみれば、太陽の光すら吸い込んでしまいそうなほど真っ黒な身体を持った、大きな鳥が羽を休めているのが見えた。
 
「遥々海を越えてやってきたのはいいのだが、流石に長旅だったのでな。何せ一週間殆ど飛び続けだ。私も疲れていた」
 
うっかり居眠りをして、空高く飛んでいる最中落ちたらしい。
落ちた先がたまたまこの“流れ星”の庭、正確には主である老婆の設けていた小さな畑だったらしく、老婆が大きな音に吃驚して庭を見たときは、彼は頭から畑に突き刺さっていたそうだ。
 
「はっはっは! 柔らかい地面で助かったと言うものだな!」
 
普通の人間なら死んでいる筈だが、目の前に座り豪快に笑うこの男に傷などは見当たらない。
疑いたくなるようなタフネスだがそれは置いておいて、ルクラは老婆と一緒に苦笑を向けつつ彼に問う。
 
「えっと……それでその、ラウルバーフさん。お話っていうのは……?」
「あぁ。失礼。自分の事はこれぐらいにしておこうか。……む、モノクルは何処へ行った」
「……畑に落ちていたものかしら? それならここに……」
「助かった、ご婦人。いや、これが無いと調子が出なくてな……」
 
白衣の裾で軽くレンズを磨き、ラウルバーフは老婆から受け取ったモノクルを身につけた。
金縁のそれの奥にある瞳が、じっとルクラを見据えて言う。
 
「単刀直入に言おう、少女よ。私は君を故郷へ連れて帰ることが可能だ」
「……え?」
「何を隠そう、私もメルディアからこの島へ来たのだよ。ディカーセイトは知っているかね?」
「は……はい。機帝国……ですよね」
「そうだ。そこから遥々海を越えて私はやってきた。一週間掛けてだ。寝ずにだ。あそこまで水平線が続くルートを取ろうとは夢にも思わなかった」
 
メルディアの一週間は、七日で換算するこの島に当て嵌めると十二日に相当する。
どうやらあの巨大鳥も規格外のタフネスらしい。
今は羽を閉じ首をうずめている。呑気に眠っているようだ。
 
「このご婦人から君の事情は少し聞かせてもらった。メルディアに帰る手段をずっと探しているのだろう?」
 
ルクラは無言で頷く。
 
「私でよければ力になろう。セイディラハのメジーナ、そこまで責任を持って送り届ける」
「え……でも……」
「戸惑うのも無理は無いだろう。何しろ突然だからな。……それに、だ」
 
コーヒーを一口含み間を空けて、ラウルバーフは再び口を開く。
 
「私も何も君を連れ帰るために此処に来た訳ではない。目的はこの島での素材収集だからな。今すぐにと言うのはこちらも首を縦には振れん。それに何より、私は君の信用をなんら得ていないという問題点まである。これでは到底連れ帰れないだろう。……そこでだ」
 
ラウルバーフはにやりと不敵な笑みを浮かべた。
 
「島の探索はまだ続けているのかね?」
「え……あ、はい。まだ探検はしてます」
「好都合だ。しばらくの間同行しても構わんかね? ……私は素材収集がスムーズにできる、君は私の事を知ることが出来る。お互いにとってプラスではないか」
「それは……ですけど」
「なに、足手纏いにはならんさ。それなりに荒事の経験はある。……確か仲間と共に探索していたのだったな。すぐに答えは出せないだろう。しばらく考えてくれたまえ。……さて、私はそろそろ宿を探さねば。いやその前に金を稼ぐか」
 
言いながら椅子から立ち上がると、ルクラが見上げなければ顔が見えない長身がそこにあった。
180は超えているに違いない。
 
「お部屋が空いていなくて、ごめんなさいねぇ……」
「いやいや、謝ることはないだろうご婦人。寧ろ謝るのは私のほうだ。畑に大穴を空けて済まなかった。しかも此処の金を持っていなくて弁償まで出来ない身、どうか許して欲しい。必ずこの件に関しては償いをしよう。……バルミアラ、行くぞ!」
 
バルミアラと声を掛けられた黒い巨大鳥は、少し面倒臭そうに動くと、羽を大きく広げて一時的に光を完全に遮ってしまう。
 
「少女よ。三日後、私は再び此処を尋ねよう。そのときに答えを聞かせてもらいたい。……では、失礼する」

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