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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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 思いは一つ
 
 
【1】
遺跡から戻って、愛瑠たちと別れ。
リズレッタの足は自然と宿『流れ星』へと向いていた。
それに気づいたのは、宿が目の前に見えてからという随分遅いものだったが。
帰りたくない気持ちは消えたわけではない。どころか前より強い。
それでも今、宿が目の前に見えているこの状況で踵を返す行動には移れなかった。
やや緊張した面持ちで入り口に近づき、扉の取っ手を硬く握る。
ゆっくりと開き、ゆっくりと中に入る。
リビングにはいつものように老婆が居た。
驚いたような表情でこちらを見る彼女は少々、やつれていた。
ろくに睡眠も食事も取っていないことが直ぐに判る。
 
「貴女まで何か悪い物でも貰ったのかしら、ミセス?」
 
返事は無い。
難しい表情をして、ふいと視線を逸らしただけだ。
そんな様子にリズレッタはため息を一つ付く。
 
「……貴女まで倒れたら困りますわ。少しは自愛なさい」
 
二階で眠っている少女のように大げさに驚いたり、ましてや手を貸すことなどは無い。
言葉を投げかけるだけで終いだった。
それでも過去のリズレッタを知るものがもし此処に居れば、その言葉だけでも驚かれるに違いない。
そのまま足は二階へと続く階段へ向かう。
 
「あ……」
 
老婆の小さな声が聞こえたが、立ち止まらなかった。
 
【2】
「……君は?」
 
ルクラの眠る部屋の扉を開けて中に入るなり、そんな声を掛けられてリズレッタは少しだけ目を見開いた。
昼時の眩しい日差しが差し込み明るい室内には場違いなほどの黒い色が、部屋の中にある。
それは翼だった。
そして扉を開けた自分を見る女性の髪や肌の色はそんな黒い翼とは対照的だった。
 
「人に名を聞く前にはまず自分から名乗るべきですわ。……そうではなくて?」
 
自分にとって見知らぬ女性が、ルクラの部屋に居る。
なんだかそれが酷く気に喰わなくて、憮然とした態度を以ってそう返した。
一瞬戸惑った様子を見せた女性だが、直ぐに最初の時のように真面目な顔つきに戻り、答える。
 
「……すまない。私はレオノール=ライトニングリッジだ」
 
黒い翼を持つ女性、レオノールの名はリズレッタも聞いたことがある。
無論目の前で眠っている少女から聞かされてだ。
南瓜の涙亭とやらの店主とそのバイトのことを話すときも彼女は眼を爛々と輝かせていたものだが、思うにこのレオノールという女性のことを語っているときが一番“楽しそう”だったことをリズレッタは僅かに記憶していた。
 
「わたくしはリズレッタ。……一応その娘の友人ですわ。……それで? 誰の許可を得て此処にいるのかしら」
 
ルクラの事はひた隠しにすると老婆と取り決めた筈だった。
状況を一部知っている愛瑠やエクト、スィン達にもきつく口止めもしている。
誰にも彼女の状況を知られてはならないはずなのに、無関係のはずのレオノールが何故居るのか、リズレッタには理解できなかった。
押し黙るレオノールを見つつ、リズレッタはふと消沈しきった老婆を思い出す。
 
「……いえ。答えなくて結構ですわ。大体事情は察しましたから」
「すまない」
「謝る必要など無いでしょう? どういうつもりか知らないけれど、此処の主人は秘密を守る気を無くしただけのようだし」
「秘密……? ずっと、隠していたのか?」
「えぇ、そうですわ。広めても仕方が無いでしょう、こんなことを? 尤も、わたくしたちが広めなくても勝手に噂は立っていたようだけれど」
 
何気なく部屋を見渡して、見慣れないものが壁に掛かっているのに気が付いた。
なんとなく誰が置いていったかわかる、制服。
秘密を知っているのはレオノールだけではないようだ。
 
「……ルクラに一体、何があったのか教えてもらえないだろうか? 正直……何も判らなくて戸惑っているんだ」
「平たく言えば『封印』ですわ」
「『封印』?」
「この娘の正体はご存知かしら」
「……少しは彼女から聞いている。ドラゴニュートだとは」
 
リズレッタは懐から一つの品を取り出した。
布に包まれたそれは、ルクラが肌身離さず実につけていたバングルだ。
いまやぼろぼろに壊れてしまっているが。
 
「あの老婆が秘密を守る気がなくなったのなら、わたくしも秘密は隠さないことにしますわ」
「それは……」
「触れてみなさい」
 
布越しに掴んだそれを放り投げる。
 
「っと――!?」
 
反射的に受け取ったレオノールだが、一瞬にしてその手を離した。
まるで熱い物に触れてしまったような、そんな反応。
木の床にぶつかりバングルは鈍い音を立てた。
 
「……お分かり?」
「これは……一体?」
「この娘が本来持っている力は凄まじい物がありますわ。その品は、それを極限まで押さえるための品。……姿を偽るのなんて、おまけに過ぎない。着けているときは指先一つ分ほどの力も出せていなかったのでしょうね」
「まさか。だが、彼女は……」
「信じられないでしょうね。わたくしも最初は信じられなかった。こんな小娘にそんな力が眠っていたなんて。けれど、直ぐに理解『させられた』」
 
部屋の中を歩き、バングルを布で包んで拾い上げてから、ルクラの眠るベッドの脇に腰を下ろす。
まだあの時、暴走したルクラと対峙した事を思い出してしまうと、とても立ってなど居られないのだ。
レオノールにも、さっきまで座っていた椅子へ座るよう促した。
 
「この娘が秘めている力は、まだ自身では制御できないほど強大な力。陳腐な言い方をすれば『神にも等しい』と言うのかしら? ……故に品で制御する必要があった。誰が作ったのか知らないけれど、同じように神を封じてしまうような強さの品で」
「その封印が解けたのか? ……何故?」
「本来なら解けることなど無かったのでしょうね。……本来なら。でも、この島の『マナ』がその本来を捻じ曲げた」
 
何か思い当たる節があったのか、レオノールの目が見開かれた。
それを見やりつつ“詳しく説明する必要はなさそうですわね”と、リズレッタは呟く。
 
「この島のマナは急速な成長を約束しますわ。そしてその見返りに……『狂わせる』。全員ではないようだけれど、この島に来てその『マナ』と触れ続けたこの娘は逃れることは出来なかった。狂って増大した力を抑える術も無く、やがて限界を超えて――」
 
一旦言葉を切って、レオノールの反応を待つ。
 
「……そこまでは理解した。いや、理解しよう。だが、どうしてそこから封印に結びつくんだ? それだけに強い力を封じ込める手段は早々無いだろう?」
「いいえ。とても身近に封印を施せる人間は居ましたわ」
「……まさか」
「えぇ。この娘は『自分で自分を封印した』。自分でさえ知らない力に翻弄されて、恐ろしくなったのでしょうね」
 
“そうしてこの有様ですわ”と、リズレッタはルクラを眺めて答える。
 
「我武者羅に、訳も判らずただ『封印』と願ったそれは一応叶えられた様だけれど、お粗末ですわね。不完全もいいところ。この季節が終わるまでには間違いなく死にますわ」
「……助けることはできないのか? 何かある筈だ」
「どうにかできるとお思い?」
「そう易々と諦められる訳が無いだろう!?」
 
冷ややかに返した事が諦観の境地と見られたか、そう怒鳴られた。
無言となったお互いの間に風が吹き込んで、部屋の中の埃を僅かに舞い上げる。
古びた木々の匂いを吸い込んだそれは、互いに感情が昂っている今、静かに命を小さくし続ける少女の最期を予感させるような死臭に思えた。
レオノールが背の翼を僅かにはためかせて、その香りを無理矢理に掻き消す。
 
「……すまない。感情的になりすぎた、な」
 
必死に平静を装うレオノールの顔は、しかしそれでも時たま歪み。
 
「リズレッタ、と言ったな。私はそろそろ……帰るとしよう」
 
悔しさで埋め尽くされた口元を手で覆い隠し、背を向けて部屋の扉を開く。
 
「彼女を、頼む」
 
そう一言、搾り出すように告げて、レオノールは部屋を後にした。
 
「………………」
 
ゆっくりと腰掛けていたベッドから降りて、先ほどまでレオノールが使っていた椅子に腰掛けて、ルクラを見た。
よほど長時間の間レオノールは手を握っていたのか、青白く血色の悪い筈のルクラの手に僅かに赤みが差していた。
少し捲られた布団から覗く彼女の胸元には、光を受けて輝くファイアオパールのブローチが身に付いたままだった。
このブローチも先ほど部屋を後にしたあのレオノールから貰ったのだと以前、ルクラが興奮した様子で話してきたのを思い出す。
改めて、部屋を見渡す。掃除の手が行き届かなくなってしまった今のルクラの部屋は、あちこちに埃が溜まってしまっている。
掃除をする筈のルクラがこうなってしまっており、老婆もそんな彼女の部屋を、掃除したくても出来ないのだろう。
当然とはいえば当然の状況だが、リズレッタとしては落ち着かない。椅子から立ち上がり、叩きを持って掃除を始める。
しかし直ぐに、手を止めた。
 
「……何故、わたくしは……?」
 
浮かんだ一つの疑問に、手を止めざるを得なかったのだ。
 
「もう、いいじゃないの」
 
少なくとも、十分あの小娘に対して見返りは与えた筈だ。
言われたとおり“友人”として接して、彼女の我侭も聞き入れて、受けた恩は返した筈。
もうこの少女は死んでしまうのだ。これ以上自分が此処にいる意味が何処に在る?
 
「十分ですわ……」
 
去ってしまえばいいのだ。
もうこの場に居る意味など無い。恩を返すべき相手はもう居なくなるのだから。
また一人、死んだ妹のためにも再びあらゆる存在を侮蔑する最上位の存在へと戻れば良い。そうなる為の力も、もうじき完全に掌中に戻る。
飯事の様な真似はもう必要ない。
去ればいい。
 
「……何故……なんで」
 
何故だ。
 
「どうし……てっ……」
 
何故、泣いている。
 
【3】
 
「……そんな、馬鹿な事を……!」
「無茶は承知。賭けであることも承知の上ですわ」
「何を言っているのか判っているの、貴女は!?」
「くどい。……あの娘を助けるためにはこの方法しかない。そしてこれは貴女にしか頼めないことですわ、マダム。貴女の力が絶対に必要」
「……っ……!」
「早く返答なさい、わたくしの気が変わる前に。あの娘を助けたいのかどうか……早く答えなさい!」
 
殺戮の道だけを歩んできた氷の女帝が今、本当の意味で救済の道へと足を踏み入れた瞬間だった。

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レンタルで 一番やってはいけないミスをやりました。
自らへの戒めのため本文の訂正は行いません。
本当に申し訳ありませんでした。

【誤】
淹れて貰った紅茶を味わい、頭の上に生えた『猫の耳』をぴくぴくと小刻みに動かしながら微笑を浮かべているのはマコト・S・久篠院である。
 
 
【正】
 
淹れて貰った紅茶を味わい、頭の上に生えた『狼の耳』をぴくぴくと小刻みに動かしながら微笑を浮かべているのはマコト・S・久篠院である。



次は無いぞ、私。
自身に投げかける最大の罵倒はそれだけです。

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 夢現
 
 
【1】
「おばあさん、こんにちは」
「あら……こんにちは。今日もいい天気ですねぇ」
 
ジャック、飛鳥、みゆきの三人が一通り他愛も無い会話を済ませてこの宿を去ってから数時間後。
日は一度真上に昇り、少し降り始めたぐらいだ。
この時刻に、決まってこの庭に訪れる客人が二人居る。
 
「えぇ、ちょっと暑いぐらいですけれど、いい天気です」
 
手で日光を遮る仕草を見せながら笑って答えたのはウィオラ=ウェルリアス。
 
「左腕がこうでなければ好きだったんですが」
 
金属質の左腕を右の指先で触り、やや熱くなってしまっているそれに苦笑するのは夜紅水織だった。
 
「日差しがきつくなって来ましたからねぇ……。さ、お二人ともどうぞ。日除けの下に居ればみぞれさんの腕もこれ以上熱くはならないでしょうから」
「はい。お邪魔します……あ、おばあさん」
「はい……?」
 
ウィオラの言葉に老婆は準備する手を止めて、彼女のほうへ向き直る。
そこには新たに二人、客人が立っていた。
 
【2】
 
「そう……。貴方達も噂を聞いてここに来たのですね」
「はい。……でも、本当の事はここに来るまでに教えてもらいました」
 
木々や土の良い香りがする女性、スファール・バレルマイスタは緊張した面持ちを見せていた。
 
「ただの風邪なら良かった。……彼女が風邪を引いた、って事自体がまだ信じられないのが本音だけどね」
 
淹れて貰った紅茶を味わい、頭の上に生えた猫の耳をぴくぴくと小刻みに動かしながら微笑を浮かべているのはマコト・S・久篠院である。
彼の隣に席を置いてちょこんと座っているのは、彼と契約を交わした闇の精霊シェイドだ。
“私達のことはお構いなく”、とウィオラと水織の二人は別のテーブルでアクセサリーの話に花を咲かせている。
新たな客人との会話に専念できるようにという心遣いが、今の老婆には有難かった。
 
「ここもルクラちゃんに招待されて、行こうと思ってたんだけどなかなか時間が取れなくて……。ルクラちゃんには悪いことしたかな……」
「仕方がありませんよ。殆どの人……私が知る限りではここにいる皆さん全員が遺跡の探索もされているのですから……。ここはあくまで、遺跡の探索の疲れを癒すための場所。貴女が気に病むことではないわ……」
「……ありがとうございます」
 
胸に手を当てて小さく息を吐き出すと、ファルはようやくそこで初めて、目の前にある自分の分の紅茶に口をつけた。
そんなファルの様子を見つつ、マコトは窓が開け放たれた二階のある一部屋をじっと眺めて、それから同じように紅茶を口に含む。
 
「嬉しそうね」
「そう見える?」
 
シェイドにそう声をかけられると、マコトはにっこり笑ってそれだけ返した。
釣られる様に同じ所を眺めたファルは、視線を老婆へと戻して口を開く。
 
「……あの、おばあさん」
「はい?」
「ルクラちゃんが元気になったら……よかったら、このお庭でパーティしませんか?」
「パーティ? ……あの子の快気祝い、というところかしら……?」
「それもあるんですけど、前から『沢山の人と一緒にパーティが出来たらいいね』、ってルクラちゃんと話してて……。あの、どうでしょうか?」
 
老婆はその問いにあまり考える様子もなく、ゆっくりと頷いて見せた。
 
「いい提案ね……。えぇ、喜んで。準備のほうは少し手伝ってもらうことになるかもしれませんけれど、このお庭を使ってパーティを開きましょう。あの子が元気になったら……」
「わぁ……ありがとうございます! 準備はボクに任せてください!」
「――違うわファルちゃん、『ボク達』よっ!」
「えっ!?」
 
突然庭に響く新たな声。
果たしてそこに居たのは――。
 
「女将さん!?」
「ファルちゃーん♪ そういう事ならリーチャ達も協力しますよ!」
「フッ。このルーク・スタークヘルムも微力ながらお力添えを致しましょう!」
 
この庭の常連でもある“南瓜の涙亭”の面々だった。
 
「あらあら……楽しくなりそうですね」
 
三人に笑みを向け、彼らの分のお茶を入れに老婆は宿の中へと入っていく。
早速後では計画が練られているようで、さまざまな意見が飛び出しているらしかった。
 
「………………」
 
――もう老婆から笑みは消えて、どこか思いつめたような表情が張り付いていた。
 
【3】
「これで大体決定ね。後はルクラちゃんが元気になるのを待つだけか……」
 
小さな眼鏡を取り外し、色々とパーティの計画を練ったメモ帳を眺めつつティアは呟く。
だんだんとオレンジ色の輝きを増してきた太陽を眺めて、彼女は目を細めた。
反対側、庭の入り口のほうに目を向ければ、先ほどまで相談に参加していた他の客人たちの帰路に付く姿が見える。
 
「私たちもそろそろ帰ると致しましょうか、女将殿」
「えぇ、そうね」
「ではおばあさま、私達もそろそろ失礼します」
「はい……またいつでもいらして下さいね」
「あ! 待って下さいねーさま!」
「ん? なぁに、リッチャん?」
 
簡単な別れの挨拶を交わして、老婆に背を向けて宿を後にしようとしたティアの背中に、リーチャの声が掛かった。
振り向いて見て見れば、彼女は老婆に駆け寄って何かを頼み込んでいるようだった。
 
「ルクラちゃんに一言伝えたいんです! おばあさん、ダメですか?」
 
どうやらパーティを開くことをルクラに伝えて、少しでも励みになるようにと考えての行動らしい。
真剣な顔つきの彼女を老婆はじっと見つめ、そして困ったような笑みを浮かべて答えた。
 
「……ごめんなさいね。貴女にも風邪が移っては大変ですから……」
「……そうですか……」
 
その返答に、リーチャは残念そうに俯いてみせる。
 
「リッチャん。寂しいのはよくわかるけど、今は我慢の時よ」
「ねーさま……」
 
そんな彼女の頭を優しく撫でるティア。
老婆は手に持った食器をテーブルに置きなおして、背筋を伸ばして静かに頭を下げる。
 
「……ごめんなさいね。本当に、ごめんなさい。必ずあの子には私から伝えておきますから……」
「ううん。おばーちゃん、謝らないでください…!」
「無理を言ったのはこちらです。……それにおばあさま、お気持ちはわかりますが少々謝りすぎではないですかな? 皆、謝って欲しいとは思っていますまい」
 
ルークの指摘に、老婆は胸が痛んだ気がした。
 
「……そう、ですね。ごめんなさ……あら……」
 
再び出てきた謝罪の言葉を、ぎこちない笑みを浮かべて有耶無耶にする。
 
「それじゃあ、また今度。おばあさん」
「ルクラちゃんが早く好くなりますように、お祈りしますねおばあさんっ」
「では」
 
今度こそ三人は背を向けて、帰ろうとする。
老婆の胸の痛みは、続いている。
嘘をつき続けた、老婆が今まで生きてきた中で最も沢山嘘をつき続けてきた数日の疲労が、今胸の内を食い荒らしている。
もうこれ以上、嘘はつけない。
これ以上つけば――。
 
「……お待ちになって」
 
抑揚の無い声が、再び彼女達を引きとめた。
 
【4】
 
「………………」
 
静かに椅子に腰掛ける。
もう辺りはすっかり日が落ちて暗い。
だというのに、老婆は部屋のランプをつけようともしなかった。
その気力が沸き起こらないのだ。
ただひたすらに自問自答する。
本当によかったのか。
本当に彼女達に真実を教えてよかったのか。
目に焼きついた悲痛な顔を得たことが本当に正しいことだったのか。
 
「……お嬢さん……」
 
藁をも掴む思いだったのかもしれない。
ルクラととても親しかった人間に真実を打ち明ければ、何か進展があるのかもしれないとどこかで思ったのかもしれない。
そんな甘い期待は、今この身体を支配する倦怠感が真っ向から否定している。
何も変わらない。
変わるはずがなかったのだ。
暗い部屋に差し込む、霞に遮られてぼんやりとした外の明かりを、無気力に眺める。
 
「……?」
 
庭の方で音がした。誰かが居る。
こんな状況でも誰か客人が来たとなれば動く身体を恨めしく思い、そして有難く思った。
 
「……どなた……?」
 
人影は二つ。小さなものと、大きなもの。
どちらも庭に設けられた椅子に座っている。
霞が晴れた。
人影の正体が、露になった。
 
「こんばんは、おばーさん。はじめまして」
 
小さな人影は黒を纏った少女。
頭に載せた帽子を手で押さえつつ、勢いよく椅子から飛び出して仰々しくお辞儀をしてみせる。
 
「こんな遅くにごめんなさい。ルクラさん、居ますか?」
「あなたは……ヤヨイさんね?」
「わたしの事ご存知なんですかっ? わぁ、嬉しいなぁ」
 
喜ぶ少女、クロユキ ヤヨイは手を胸の前で合わせて笑顔を浮かべた。
 
「……ごめんなさいね。あの子は――」
 
言葉に詰まる。
一瞬の間が空いた。
 
「――ここには居ませんよ」
 
ヤヨイは暫くきょとんとした表情を見せた。
まるで“予想していた答えと違った”、と言わんばかりのそれ。
 
「……そうですかぁ。残念だなぁ」
 
そして心底残念そうな表情を見せて、これ見よがしに肩を落とす。
 
「そうね。ここには居ないわ」
 
もう一つの大きな人影が目を閉じたまま口を開いた。
ネグリジェに身を包んだ妖美な女性。
 
「遠いところで、眠っているみたいね。夢を……いえ、夢は見ていない。ただ眠っているだけ」
「……!」
「それとも、真っ暗な夢なのかしら」
 
歌うような調子で彼女は言葉を紡ぐ。
 
「眠っているなら、会えないわ。無理に起こしても可哀想」
 
目を開いて、窓の開いた二階の部屋を無造作に眺める。
 
「会えないなら仕方ないわよね……。じゃあ、わたし帰りますっ」
 
同じように眺めていたヤヨイは、くすりと笑みを浮かべて、ぺこりと老婆にお辞儀をする。
 
「お邪魔しました、おばーさん?」
 
そして老婆の横を通り抜けて、走り去っていく。
もう一人の女性もそのわずかな時間の間に、影も形も無くなっている。
 
「……っ……」
 
涙が溢れ、零れた。

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 眠り姫を尋ねて・2
 
 
【1】
“噂”というものは一度発生すれば広まるのは驚くほど早い。
知ってしまえば誰も彼もに話したくなる魅力があるし、ましてやそれが自身に関係の無い物であると腹に溜め込んでおく必要などまるで無い。
人の口から口へ、戸は立てられぬそこから伝わる噂は何時しか変性を起こして、根も葉もない尾ひれもくっついていく。
こうして広まった噂はやがて噂の張本人を知る人間にも伝わるだろう、とても捻じ曲がった形で。
しかし時としてその捻じ曲がった形が“真実”の場合も、あるのだ。
 
【2】
「そう……そんな噂になっているのね」
「えぇ、全く驚きました。こいつ……あぁ、青リスって云うんですけど、『ルクラさんが死んだ』って噂を拾ってきたもんだから……」
「いやねぇ……そんなはずが無いのだけれど」
「俺もそう思ったんですが、やっぱり心配で。……でも安心しました。あ、いえ。風邪で寝込んでるのが良かったって訳じゃないですけどね」
 
照れ隠しに笑みを零しつつ、後ろ頭をぽりぽりと掻く青年。
 
「噂というものは恐ろしいな、主人よ」
「あぁ全くだ。良い噂はともかく悪い噂の扱いにはホトホト困るね」
「噂話は面白いけれど、こういうときは困ったものです……。ねぇ、ジャックさん?」
「えぇ、そう思います。今回の一件で……本当に」
 
ファイン・ジャックとそのお供青リスは揃って首をかしげ、ばつが悪そうに頬を掻いた。
 
「ひとまず安心はしたけれど、風邪の方も心配だ。具合のほうはどうなんです?」
「まだ治まっては居ないけれど……食欲のほうは少し出てきたのよ。だから、もう回復に向かってると思います」
「うーん、そうか。……となるともうしばらくの辛抱かな。早く元気になるといいですね。やっぱり彼女には、元気な姿が一番似合ってると思います」
「えぇ、その通りですね。あの子は元気な姿が、一番……。……あぁ、ごめんなさい。お茶も用意しなくて。良かったら少し寛いで行かれませんか?」
「いいんですか? ……それじゃ、お言葉に甘えようかな」
 
老婆はジャックに笑みを向けて、少し早すぎる時間だがお茶会の用意をするべく、宿の中へ向かう。
予感もしていたしその準備もすでに早朝にしていたのだ。
噂を聞きつけやってくる人物がまだまだたくさん居ると、老婆は今までにルクラから聞かせてもらった話から推測していた。
急ぎの用意、寝かせておいたクッキーの生地を取り出し形成を始める。
十字に切れ込みを入れて四つに分けて、そのうち三つにチョコチップ、レーズン、セサミをそれぞれ入れて、薄く延ばす。
傍らでは水を張った鍋が火にかけられている。
テーブルの上ではポットとティーマット、紅茶葉の缶が独りでに動いて、いつでも茶葉をポットの中に注げるようにスタンバイ。
トレイの上にはポットと同じように独りでに動き出したカップ&ソーサーが二組きっちり整列して並んでいた。
大きい平たい皿が宙を泳ぐように進み、老婆の手元の邪魔にならないところに静かに降り立った。
型をクッキー生地に押し込んで切り取って、クッキングペーパーの引かれた四角いオーブン皿の上に並べる。
オーブン皿を三枚同時に焼ける大きなオーブンだから、この生地を全て一気に焼き上げることだってできる。
生地を切り取り、余った部分は丸めて延ばしてまた切り取って、もう型で切るには小さすぎる位になったそれは手でさっと形を作って。
オーブンのスイッチを入れる。170度で15分。
焼きあがって少し冷ます時間も入れれば、お客に出せるのは今から20分後だろう。
使い終わった器具を手早く洗う。そのついでに水を張った鍋を火にかけておく。
洗っている間にまた来客があったらしい。庭から上がる声がどうやら増えたことに気づいた。トレイの上にもう二組乗せておく。
オーブンが焼きあがったことを知らせるべく、甲高い音を一つ立てた。
焼きあがったクッキーを取り出し冷ましつつ、沸騰したお湯の入った鍋を取って、中身をポットとカップに注いで器全体を暖める。
注いだ湯を捨てて、ポットの中には6杯分の茶葉をティースプーンで流し込んだ。
また火にかけて沸騰した状態を保っていた鍋から勢い良くポットに注ぎいれてすぐに蓋をする。5分程度蒸らせば紅茶は完成。
それと同時にクッキーのほうも程よく冷めて、味の馴染んだ物になって完成だった。
 
「お待たせしました」
「いえいえ。……あ、お婆さん、お客さんですよ。俺の知り合いでもあるんですけど」
「はじめまして」
「はじめまして~」
 
庭にはジャックのほかに二人、新たな来客があった。
金属質のパーツを纏ったメイドに、紅白の装束に身を包んだ女性である。
 
「いらっしゃい。貴女は……みゆきさんですね。そちらの方はアスカさん、でよろしかったかしら……?」
「私の事をご存知なのですか?」
「まぁ~。その通りですわ~♪」
 
ぴたりと名前を言い当てられ――ジャックもそうだったのだが――舞鶴みゆき、草薙飛鳥の両名は少しだけ驚いたような表情を見せてから、ぺこりとお辞儀をして見せた。
 
【3】
 
「そうですか……」
「風邪を引いてしまったんですわね~? でも良かったですわ~、噂を聞いたときは私、びっくりしましたもの~」
「俺もですよ。だから慌てて……。でも本当良かったですよ」
「ですわね~。本当に、良かったですわ~♪」
「具合のほうも快方に向かっているようですし、安心しました」
 
焼きあがったクッキーを摘みつつ、三人は改めて安堵の様子を露にしていた。
 
「……主殿。食いすぎじゃ」
「だって慌てて来たから何も食べて無いんですもの~」
「はぁ……やれやれ」
「いいんですよ。まだまだ一杯ありますから……」
「とっても美味しいですわ~♪ それにこのお茶も、一体どんな方法でこんな美味しいものを作れるのでしょうか~?」
「紅茶と云うんですよ、このお茶は。……そんなに気に入ってくれるなんて、嬉しいわねぇ。良ければ少し葉っぱを分けましょうか?」
「あら? あらあら、いいんですの~? でしたら是非是非~♪」
「主殿、少しは遠慮というものを……」
 
一人で皿の三分の一ほどを平らげてしまった飛鳥は、更に紅茶の葉っぱをもらえるということで満面の笑みを浮かべていた。
 
「……あ、そうですわ~。何かこちらも御礼をしなければいけませんわね~」
 
そんなことを云いながらごそごそと荷物袋を漁る。
そうして出てきたのは、一本の酒瓶で。
 
「銘酒神招(かみまねき)ですわ~♪ ルクラさんはお風邪だそうですから、これで玉子酒をつくって飲ませてあげてくださいな~」
「玉子酒……。古くから伝わる飲み物ですね。鶏卵、日本酒、砂糖または蜂蜜を混ぜ合わせたアルコール飲料と記憶しています」
「えぇ、その通りですわ~。風邪にはこれが一番、ですのよ~」
「まぁ……こんなにいいお酒を……」
「いえいえ~。この……『みるくてぃ』と『くっきぃ』の御礼に、ルクラさんへのお見舞いですわ~♪」
「ありがとう。……あの子には少し刺激が強いかもしれないけれど、ちゃんと作って飲ませてあげますね。……こういうときにしかお酒には触れられないでしょうしねぇ」
「……そういえば、リズレッタ様の姿が見えないようですけれど……、あの方はこちらにはいらっしゃらないのですか?」
 
きょろきょろとみゆきは辺りを見回して、そんな疑問を老婆にぶつける。
老婆は苦笑をして見せて、答えた。
 
「探索を中断するわけには行かないと、今も遺跡の中に居るはずですよ」
「遺跡に……」
「なんだか今は大きな目的があって彼女たちも探検をしているようだから、あの子の世話は私が引き受けて、後押しもしたのですけどね……。やっぱり少し、心配みたいねぇ……」
「そうでしたか……ありがとうございます」
「そりゃあそうだ。……仲間が風邪を引いてしまってるんだから、やっぱり心配なものだね」
「一刻も早くルクラさんが元気になるように、お祈り申し上げますわ~」
「最近、お店を開いたんです。ルクラ様に『元気になったら、是非訪れて欲しい』とお伝えして頂けますか? ささやかな物ですけれど、お祝いの料理を振舞いたいです」
「ありがとう……。しっかりあの子に伝えておきますね」
 
飛鳥とみゆきの言葉に、老婆はしきりに頭を下げて感謝の言葉を述べていた。
 
「……」
「どうした、主人よ?」
 
それを見ていたジャックが無言で、立ち上がる。
彼はそのまま、ルクラが眠っているであろう、二階の窓の開いたところを真正面に見据えて。
 
「ルクラさーん!!! ……お大事にーっ!!!」
 
大きな声を上げた。
 
「……何もお見舞いの品を用意できなかったので、代わりに俺の言葉を送りました!」
 
きょとんとした表情の老婆たちに、ジャックは満足げな表情を見せつつそう言った。
彼の笑顔に、自然とみな釣られて笑みを見せた。

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 眠り姫を尋ねて・1
 
 
【1】
今日、宿屋“流れ星”の庭には沢山の来客があった。
聞かされた事実に驚きの表情を見せている彼ら達を見るのは老婆も初めてだった。
だが、彼らの事はよく知っていた。
過去、ルクラが話してくれた人物達ばかりだったからだ。
彼らはルクラの噂を聞きつけてこの宿に訪れたのである。
 
【2】
「『だんすぱーちー』の時には元気そうだったんじゃがのぅ。踊りもまた可憐で」
「病とは全く縁のなさそうな女子だと思ったんじゃがのう」
 
水羊羹をつまみつつ、濃い目の緑茶の入った湯飲みから音を立てて飲んでいる一見浪人風の男に、傍らに控えながらなにやら思案顔でいる狗の耳を生やした美女。
犬飼四郎兵衛験座(いぬかい しろべえ げんざ)とシロである。
 
「ついこの前一緒にお茶を楽しんだのですが……。具合の方はどうなのですか、おばあさん?」
 
少しだけ不安げな顔つきで老婆を見つめるのは、黒襟餞(くろえりはなむけ)だった。
 
「まだお家から出られないし、眠っている時間は多いけれど……大丈夫ですよ。だんだん食欲も戻ってきていますし、回復の兆しは見えているの」
「おぉ、それは何よりでござった!」
「重畳じゃのう」
「よかった……」
 
ゲンザもシロもハナも、互いの顔を見てほっとしたように笑いあう。
三人とも偶々ここに訪れた時期が同じだっただけで初対面ではあったが、共通の友人の事となれば話は別である。
“おぉ、そうじゃ!”とゲンザがぽんと手を叩いた。
そして懐から何かを取り出し始める。
 
「よければこれをるくら殿に、見舞いの品として渡してもらえんかのぅ」
 
取り出したのは小瓶。日の光を受けて輝く琥珀色の液体が中には見えた。
 
「あら、それは……?」
「某(それがし)特製『蜂蜜飴』でござる。以前男が女にお返しする日にるくら殿に渡したのじゃが、とても喜んでおったのでな。また作ってきたというわけじゃ。芋と大根を使って作った水飴に蜂蜜を混ぜたものじゃよ」
「あまり気の利いてない品かもしれんが、この男が今見舞いの品として渡せそうなのはこれぐらいじゃ」
「いえいえ、あまり気になさらないでください……。ありがとうございます。ちゃんとお嬢さんに渡しておきますね……」
「かたじけない」
 
ゲンザの手から老婆の手へ、蜂蜜飴がたっぷり詰まった小瓶が手渡される様を眺めるハナ。
そして彼女も“あっ”と小さく声を上げて、ごそごそと荷物を探り出した。
 
「そうでしたわ、おばあさん! 私もクッキーを焼いてきましたの! よかったらこれも渡していただけないでしょうか?」
 
そして取り出したのは、きれいにラッピングされた小袋が二つ。
 
「まぁ……ありがとうございます。えぇ、勿論ちゃんと渡しておきますね……」
「一つは……リズレッタさんに渡していただけますか?」
「えぇ、えぇ。わかりました……。だから二つ、だったのねぇ」
「ありがとうございます! ルクラさんが一日でも早く元気になるよう、お祈り申し上げますわ」
「うむ。某からもるくら殿にお見舞い申し上げるでござる」
「早く好くなってまた元気な顔を見せるがよかろ。験座が毎夜毎夜うるさくて敵わんわい」
「なっ!? ま、まて! そのような事実はないぞ!?」
「全くこれじゃから――」
「某はろりこんではないっ!」
「まだわしは何も言っておらぬぞ験座?」
「し、しまったぁ!?」
「あらあら♪」
 
【3】
「えぇ~。ルクラちん会えないの? どうしてだよっ?」
「……ごめんなさいね。他の人に移してもいけないから……」
「どうしてもだめ? ルクラちんに会いたいんだよっ。くろがルクラちんに元気を分けてあげるのっ」
「こら、くろっ。わがまま言うんじゃありません」
「……ごめんなさいね、坊や」
 
宿の入り口の前で騒ぎ立てる少年と、それを窘める狼の耳を持った女性。
くろうと、その姉のルナだった。
 
「そっかぁ……。ルクラちゃん、大丈夫なの?」
「えぇ。……もう少ししたら元気な姿を見せられるようになると思いますよ、お嬢さん」
「よかった! それなら安心っ! ……あ、でも、治りかけが一番怖いって聞くから、気をつけてねってルクラちゃんに伝えてくださいっ!」
 
老婆の口からルクラの様子を聞いて、安心したように満面の笑みを浮かべて見せた少女、姫榊杏子(ひさかき あんず)。
賑やかな彼女とは対照的に、杏子の傍で静かに佇んでいる青年、瑚羨(こせん)。
 
「それと、これ! お見舞いにメロンもって来たの! ね、こーにぃ!」
 
杏子の言葉に瑚羨は腕に抱えていた大振りのマスクメロンを老婆にそっと手渡した。
ずっしりと重みのあるそれは、見るからに美味そうだった。
 
「まぁ……こんなに立派なメロン……」
「『昔バナナで今メロン』って言うんだよねっ! これ食べて、早く元気になってね!」
「ふふ……よく知ってるわねぇ。ありがとう、きっとあの子も元気になります……」
 
そんな様子を見ていたくろうは、メロンを指差しつつ自分の姉に尋ねる。
 
「おおぅ~。姉ちゃん、姉ちゃん! あれってなんだよ!」
「『お見舞いの品』というやつかしら? ……私達も何か持ってくればよかったわねぇ」
 
しまった、といった表情のルナ。
そんな姉の姿を三秒ほど眺めたくろうは、ぱっと笑みを浮かべてこう言った。
 
「姉ちゃん! 今からその『お見舞いの品』を探すんだよ!」
「今から? ……あぁ、それもいいわね? それじゃあ、何か探しに行きましょうかねぇ?」
「にししし~。すっごい物持ってくるんだよ!」
「あ、こらっ。一人で勝手に行かない!」
 
自信たっぷりの笑みを浮かべ、くろうはあっという間に駆け出し、そしてルナも彼の後を追うようにその場を後にする。
 
「それじゃあ……お大事にっ!」
 
にっこりと笑みを浮かべてぺこりと杏子は頭を下げて、瑚羨も彼女に倣い、少しだけ背を傾けて老婆に挨拶をしたのだった。
 
【4】
「そっかぁ……」
「最近少し見ないから気になってたけれど、噂を聞いてびっくりしたわ」
「心配をかけてごめんなさいねぇ……」
 
浮かない表情でいる少女に、ルクラが眠っているあたりを見当つけてか、宿の二階部分を眺めている少女。
葵邑とララの二人である。
 
「体調のほうが心配ねぇ」
「今は会えませんけど……大丈夫ですよ。少しずつ好くはなってきているんです」
「みょん、よかった。安心した」
 
赤いドレスを着た小さな人形に、対になるかのように蒼いドレスを纏った少女はお互い顔を見合わせて笑った。
東雲水音とその姉の火音だった。
 
「あの……たいしたものじゃないんですけど、お見舞いに花を持ってきました」
「みょん、僕も」
「……あ」
「あ」
 
葵邑と水音が同時に老婆の前に品を差し出して、そしてお互いのそれをみて、小さく声を上げる。
二人とも持ってきたのはガーベラの花で、その色合いも全く一緒だったのだ。
小さなバスケットに入れられたそれは、風を受けて静かに揺れている。
 
「あらら」
「被っちゃったわねぇ」
 
これにはララも火音も苦笑するしかなかった。
勿論葵邑と水音も、同じような表情でいる。
 
「……いいんですよ。同じものだからって、悪いことではありません。あの子を思って持ってきてくれたガーベラの花……大切に飾らせてもらいますね……」
 
そんな彼らを慰めるように、老婆は優しく微笑んだ。
そして二人から、同じ花を受け取る。
 
「元気になったらまた一緒にご飯食べたり……よかったらまた温泉にも来てね、ってルクラちゃんに伝えてください! 私達、待ってます!」
「僕も姉さんも、元気になるのを待ってるよ」
「まだまだいっぱい、お歌も準備してるもの♪ 早くルクラちゃんが元気になりますように♪」
 
“お大事に!”
四人はそう老婆に伝えて、何度かこちらを振り返りながら、宿を後にする。
 
「………………」
 
一日でこんなに嘘をついたのは老婆にとって生まれて初めてで、それはとても辛いものだと、実感した。

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