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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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邂逅の予感に身を震わせて
 
【1】
「あの……リズレッタ? ご飯……」
「要りませんわ。……今日は必要ありませんの」
 
何をするわけでもなくテントの中で座り込んでぼうっとしているリズレッタに、ルクラは戸惑いを隠すことができなかった。
受け答えこそしっかりとするものの、彼女は今“心此処に在らず”と云った様子で。
 
「でも……」
「いいのよ。……今日は欲しくありませんわ」
「……わかった」
 
今まで彼女が纏っていた覇気すらも、まるで嘘のように消え去ってしまっていた。
余りの変わり様に、ルクラも何と言っていいか判らずに、ただ彼女の言うことにそう返すしかなかった。
 
「どうだった?」
 
食事を取る愛瑠達のもとに重い足取りで戻る。
彼女達も、始めてみるであろうあんなリズレッタの姿に内心驚いているだろうし、心配もしているようだった。
テーブル代わりに地面に敷かれた粗末な布の上に置かれた深皿の中にはビーフシチューがたっぷりと入っており、今日がそれの夕食であった。
椅子代わりにしている横たわる丸太にルクラは腰掛けて、まだ口をつけていないその皿を一つ、手に取る。
もう一つ、まだ口をつけていない、そしてこの場にいる誰のものでもない皿を見て、小さくため息をついた。
 
「欲しくないって……。だめみたいです」
「そうか……。リズレッタ殿が、珍しいな」
「何かあったのかしら。心当たり無いの、ルーちゃん?」
「『妖精の宿』……だっけ。そこから帰ってきてから、様子が変だった気がするけれど」
 
そう言ってからスプーンを口に運び、たっぷりとシチューのついた一口大のジャガイモを食べるめる。
つい数刻前に行ったばかりの場所の事を、そしてそこで起こった出来事をルクラは思い出すが。
 
「……いえ。わたしにも、良く判らないです」
 
ゆるゆると首を横に振って、そしてめるや他の仲間たちに倣って、皿の中にスプーンを進ませたのだった。
 
「そっか。……うん。じゃあルゥちゃん、このまま来なかったらリズレッタの分も食べてくれるかな? 保存がちょっとできないから」
「うん……わかりました」
「あ」
 
エクトが声を上げた。
彼女の見る先は自分達のテントで、そして今はその入り口から出て、どこかへと歩き去っていくリズレッタの姿がある。
 
「あっ……リズレッタ!」
 
呼び止めるが彼女はこちらを一瞥しただけで歩みは止めず、大丈夫だと気だるそうに片手を振って、どこかへと歩いていく。
 
「うーん、これは重傷ね」
 
見送った後、エクトは顎に手を当てて考える仕草をして見せつつ言った。
 
「重傷、ですか? しかし姫様、べつにリズレッタ殿は怪我をされているわけでも」
「身体は健康でも、心の状態と釣り合うと限らないわ。リズレッタちゃんは……」
「リズレッタは?」
 
“あの”リズレッタが、と言うことで仲間も少々彼女に関するどんな情報も聞き逃すまい、とある意味野次馬根性のようなものを発揮している。
全員が自分に視線を集めていることを確認したエクトは不敵な笑みを浮かべて。
 
「恋ね」
「……こい?」
「そう。恋。間違いないわ。ふふふ……」
 
笑うのであった。
“まさか”と笑いつつ、愛瑠ももう一度リズレッタの去った方向を見やる。
 
「へぇー。あのリズレッタがねぇ」
「『妖精の宿』で意中の人になるような相手を見つけたのかもしれないわね。あの気だるさ、あの表情……恋に違いないわ。……ルーちゃん一筋かと思ったら違ったわね」
「え?」
「ルーちゃん大変よ。此処は積極的にアプローチをかけてリズレッタを取り戻さないとあの子はどんどん離れていって良くない結果になるわ彼女はきっとあなたと意中の人を天秤にかけて迷い迷い迷い切ってどちらも選ぼうとしてビーフシチュー美味しいわね」
「どんどん食べてください」
 
たまにエクトは暴走するが、その対処もスィンは慣れた物だった。
 
「恋……か」
 
それがどんな感情かルクラには、よくわからない。
まだ抱いたこともないし、自覚したことも無い。
 
「……そう、なのかもしれませんね」
 
でもリズレッタの抱いている感情はきっと、それと同じぐらい大切な物だと確信していた。
自分の妹に向ける愛情はきっと、同じぐらい尊い物だと。
呟き、微笑んでから彼女も、食事に専念することにした。
 
 
【2】
『喧嘩別れしちゃって……今何処にいるか、わからないんだけど』
 
妖精の宿で出合った猫の耳を片方しか持たない少年クロが耳をたれ下げて意気消沈といった様子で語る。
彼の口から妹の名前が飛び出たとき、リズレッタは耳を疑った。
 
『妹が生きている』
 
そして話を聞いていくうちにそう確信し、心を凍りつかせた。
確信した時点で、自分はルクラに相手を任せて一人離れた場所に逃げたので、それ以上今妹がどうしているか、今までどうしてきたのかは判らない。
ただ妹は生きていて、それなりに生活を謳歌していることだけ知れば十分だった。
 
「生きているの……生きて、いたのね。ラズレッタ……」
 
それ以上知る必要は無かった。知りたいとは思わなかった。
何故なら――。
 
「でも……もう、会えない……」
 
怖かったのだ。
尊敬される姉としての姿はもう無いのだから。
侮っていた筈の連中と友好な関係を築き、その環境に満足して浸かりきり、あまつさえ自分は一人の少女にその身を捧げ、いまは服従の身と取られても仕方の無い身分なのだ。
こんな姿を妹が見れば、その失望の大きさは計り知れないだろう。
最早自分を姉ではないと吐き捨てて、捨てる様すら眼前に浮かび上がる。
それがとても怖かった。
誰よりも深く愛した妹に、そんな形で再び別れを告げられるなど、この身を裂かれるよりも、劫火で焼き尽くされるよりも辛い苦痛だった。
だから――。
 
「会いたく、ないわ……。こんな姿を見せたく……!」
 
会いたくない。このまま離れ離れで、妹に失望を与えずに居たい。
気がつけば妹に会わないようにすることばかり考える自分に気づいて、胸が痛くなった。
 
「あぁ……。あぁ……! 会いたい……!」
 
本当は会いたいのだ。
一刻も早く再会し、痛いぐらいこの手でぎゅっと抱きしめてやりたかった。
“お姉さま”と呼ぶその声を聞きたかった。
甘えじゃれつくその身を優しく撫でてやりたかった。
 
「でも……でも……!」
 
“会えない”。
 
無闇と身が震えて、リズレッタは頭を抱えて蹲った。
 

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