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六命雑感、あと日記の保管庫もかねています。
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【1】
「もう少し、ですからね……! んっ……しょ……」

月明かりだけが道を照らす中、ルクラは黒い何かを背負って宿へ戻ろうとしていた。
彼女より少し大きなそれが月に照らされると、真っ黒なローブに身を包んだ少女である事がわかる。
少女は身動き一つしない。
腕力に自信があるわけでもないルクラが、自分より大きな少女を背負い運ぶというのは大変な重労働である。

「絶対、助けてあげますから……! 頑張って、下さい……っ……!」

時間にして30分ほど前の事であった。

【2】
街灯に照らし出される石で舗装された道は、だんだんと月明かりだけが照らし出す土道へと変わり行く。
首筋を撫でる風はとても冷たく、何時雪がちらついても可笑しくないな、とルクラは思った。
帰路を行く足の速度を速めようとは思わない。
どころか、帰る途中自分の思ったことが起こったらいいなと、わざと歩みを遅くする。
このぐらいの寒さ、竜の血を引く彼女にとってはなんでもない物だったのだ。
寒くないかとメルやスィンに問われ、全然、とにこやかに答えたときの彼女達の驚いた顔はまだ記憶に残っている。
暑さ寒さに強い身体、疲労病気に強い身体。
竜の血を引いていてよかったと思う数少ない要素である。

「……~♪」

小さく鼻歌を歌う。
最近の探検は特に失敗も無く、どころか困難な事を乗り切って成功を収める事ばかりだった。
自分でもしっかり役に立てている、あれだけの事ができるのだ。
過剰な自信は慢心を招くが、今この一人きりの時間ぐらいはそれに浸りたいとルクラは思っていた。
鼻歌は、自分へ向けた賞賛の拍手の代わりであった。

「……?」

誰も使っていないぼろぼろの物置の影に、何か白い物が顔を覗かせているのをルクラは見つけた。
何度も通いなれた道、なんとなしに眺めて覚えてしまった光景だ、何か違いがあればすぐに気づける。
物置の傍に置かれているのは同じようにぼろぼろな樽と、幾つかの農具ぐらいで、月明かりに照らし出され映える白い物は無かった筈だ、そう思いつつルクラは白い何かに近づいた。

「えっ……」

それは、投げ出された人間の足だった。
視線を辿れば、少女が物置の壁に寄りかかって、ぐったりとしている。
年恰好を見ればルクラと同じか、少し高いぐらいの少女だ。

「ちょ……だっ、だいじょうぶですかっ!?」

艶のある丁寧に切りそろえられた黒いショートヘア、それを飾る白いヘッドドレス。
陶器のように白い肌色、あまりに整ったその顔つきはまるで人形のようだった。
だが、僅かに苦しそうに呼吸をしていること、合わせて小さな胸が上下している事を見ると、その少女は生きている。

「しっかりしてくださいっ! ねぇっ!」

見捨てるという選択肢は初めからルクラの中には存在しなかった。
この少女が血に塗れて紅くなった、上半身だけ残されたレースドレスを纏っている所を見つけたときには、頭より先に身体が動いていた。
探検の最中作ってもらった新しいローブを纏う様になり、再び本来のパジャマとして使われだしたローブを着せ、四苦八苦しながらも背負う。

「わ……っとっと……」

完全に脱力した状態の、更には自分より大きな少女を背負うというのは、思った以上に大変な事だった。

「うわっ――」

ルクラはバランスを崩し、少女を背負ったまま物置の壁に身体を叩きつけてしまう。
みしみし、と木が衝撃に耐え切れず千切れていく音が耳元で響く。
やってしまった、そんな罪悪感が僅かに生まれた。

「いたたた……」

咄嗟に出した肘を思い切りぶつけたため、じんじん痛む。
だが、今は自分の肘や、多分壁を壊した物置を気にするべきではなかった。
か細い呼吸をしている背中の少女を、一刻も早く宿に連れ帰らねばならない。

「帰らなきゃ……!」

【3】
この少女は一体何者だろう?
何故あんな所で倒れていたのか?
血まみれの、一部しか残っていないドレスの謎。
あれこれと疑問は浮ぶが、どれも答えは出ないし、答えを知っているであろう少女は無言を貫いていた。

「おばあさんっ! 開けて下さい、早くっ!」

両手でやっと支えられる状態を、一瞬片手だけ離し扉を乱暴に素早く叩いて再び支えに戻す。
重力にしたがってずり落ちないように殆ど腰を90度近いところまで曲げて、扉が開くのを待つルクラの姿は滑稽だった。
無論本人はそんな些細な事を気にするほどの余裕は無いのだが。

「あらあら、どうしたの……!?」
「話は後ですっ! この子、道端で倒れてて……!!!」
「まぁ……大変……!」

扉を開けた先に予想もしなかった光景が広がっている事に老婆は酷く驚いた様子を見せたが、すぐに家の中にルクラと少女を招き入れた。

「とりあえず私のベッドまで運んで頂戴」
「はいっ!」

宿に辿り付いた時点でもう腕は悲鳴を上げている。
力が入っているのか入っていないのかも判らない。
相変らず腰を直角に曲げた姿勢で、ルクラは少女を部屋へと運び込む。
少し遅れて薬箱を持って部屋に入ってきた老婆の助けも借りて、なんとか少女をベッドに横たわらせる事ができた。

「お疲れ様。大変だったでしょう?」
「そんなことないですっ! あの、わたしのことよりその子を診て下さい! 何処か怪我してると思うんです! 元々着てた服が血だらけで……!」
「えぇ。すぐに診てあげる」

老婆が『ごめんなさいね』と小さく断わりを入れて、少女の黒いローブの裾を首元辺りまで引き上げる。
一糸纏わぬ下半身に、血に塗れた、元は白かったらしいレースドレスの上半身部分が露わになった。
暫く少女の身体を触り、傷の有無を確認していた老婆は難しい顔をして首をかしげた。

「ど、どうですか?」
「うーん……。怪我は、していないみたいねぇ……」
「えっ!? こんなに血がついてるのに!?」
「眠っているだけのようねぇ。少し顔色が悪いけど、ゆっくり休めば治ると思うわ……」
「そうですか……よかったぁ」

服を元の状態に戻し、布団を掛けながら老婆は言う。

「何か大変な事に巻き込まれたのかもしれないわねぇ」
「大変な事……ですか?」

ルクラは不安になった。
この少女が何かとんでもない厄介事に巻き込まれているかもしれないという懸念と、それにこの老婆を巻き込んでしまったのではという危惧からくる不安だ。

「よくはわからないけれど……。まぁ、この子が起きてから事情を聞くことにしましょうか。お腹が空いているでしょう? ご飯はありますから、いかが?」
「は、はいっ! 一応その子の分も……」
「勿論用意しておくわ。あの子が元気になるまで、とりあえずここに置いてあげましょう」
「あ……ありがとうございますっ!」

老婆は嫌な顔一つしないが、もしかすると困っているのかもしれない。
一度そう思うと、黙ってそのままを見送るわけには行かなかった。

「……でも、ごめんなさいっ!」

気が付けば深々と頭を下げていた。
一度でも罪悪感を感じてしまえば、それが一瞬にして膨れ上がる。
自分がまるで大罪人のように感じてしまう。
真っ白な純粋な心は、ただの一点の黒色さえ許せないのだ。
性格だった。

「あら、どうして謝るの?」
「だって、ご迷惑じゃないかって……」

ルクラの言葉に老婆はにっこりと笑って見せた。

「そんなこと無いわ。……やっぱり貴女は思ったとおり、とても心優しいお嬢さんねぇ。困った人が居ると行動を起こさずには居られない。いつも私のお手伝いをしている時だって、何にだって一生懸命。……貴女をお客様として迎えられて、誇りに思うわ」
「あ、ありがとうございます」
「さぁ、ご飯にしましょう。大丈夫よ、あの子もすぐに元気になるわ」

頭を撫でられ、なんだか気恥ずかしくて身体をもじもじとさせて。
老婆に促されるまま、ルクラは部屋を後にする。
部屋を出る前に振り返って見た少女の姿は、最初に見たときと同じだった。

【4】
「お姉さま?」

その声に少女ははっと眼を見開いた。

「あ……えぇ。なんでもないわ、ラズレッタ」

目の前に立っているのは、瓜二つの少女。
違うのは、髪の長さだけ。
それ以外は、不気味なほどに同じだった。
ラズレッタと呼ばれた少女は『キヒヒ』と独特の笑い声を上げて、小馬鹿にしたような様子で居る。

「今日のお姉さまはぼんやりさん。とても間抜けな感じがしますわ。いつもの笑みは何処へ行ったのでしょう?」
「少し考え事をしていただけよ。わたくしの妹は少しの思考の時間すら許さず、邪魔する子だったのかしら」
「えぇ、邪魔を致しますわ。『思考』にお姉さまを独り占めされるなんて、この身が引き裂かれる思い。お姉さまはわたくしだけを見て思っていれば良いのですわ」
「あらあら、それはごめんなさい。でもたまには考え事をしないといけない時もありますの」
「それは何故? お姉さま」
「貴女をどう喜ばせようか、それに心砕くため」

少女の答えにラズレッタは満足そうに笑い、そして抱きついてくる。

「さすがはお姉さま、わたくしのために『思考』をこき使っていますのね」
「当たり前でしょう? 貴女以外の誰に使うというのかしら」

少女はラズレッタの手を取り、どこかへ歩もうとした。

「……ッ!?」

動かない。
動けない。
足が錘をつけたように重い。

「今日は何をしましょうか?」
「何をしましょうね? 行きながら、話してあげますわ」
「なっ……!?」

目の前には自分とラズレッタが、歩いている。
楽しげに話している。

「待って!」

引き止めようとしても、目の前の二人、双子は意に介さず、ただただ前へ歩んでいく。

「待って……お願い、ラズレッタ! 待って……!!!」

自分と瓜二つな妹の名を呼んでも、結果は変わらなかった。

「ラズレッタ……待って……お願い……! お姉ちゃんを置いていかないで――!!!」
 
少女は必死に目の前に手を伸ばし――。

【5】

「……?」

ぱちり、と少女の眼が開いた。
数秒で、全くの見知らぬ場所に横たわっている事に気づく。
寝心地のよいベッド、質素な調度品が目立つ部屋、差し込む日の光。

――夢、か……。

ゆっくりと起き上がり、頭を振る。
そして自分を叱咤する。
妹は、死んだのだ。
光の奔流に飲まれ、絶叫と共に塵と化したのだ。
もう、何処にもいないのだ。

「……ラズレッタ……」

少女が妹の名を呟くのと、がちゃりと扉が開いたのは、同時だった。

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